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 放課後。隼人は悠馬と一緒に部室に向かう。

「やっぱ無駄に広いなウチの学校は」

 悠馬が少しだけうんざりした声で言う。

「まぁちょっとした大学並みの広さはあるからな」

 隼人達が通う天石学園てんせきがくえんは山の上に建ち、来雫らいだ市内で一番の大きさを誇る学校である。そこに普通科、芸術科、体育科の三つ学科があり、全国から生徒が集まってきている。校舎数もかなり多く、中には入学してから三年間、一度も使用せず知らないまま終わる校舎もあるぐらいだった。

 その広い敷地の南にある第二グラウンドを横切り、部室棟区へ。その部室棟区の奥の奥。天石学園の最南端。敷地の一番端に二階建てのプレハブハウスが見えた。『煉城影狩り事務所』と書かれた看板がかかっている。

 鍵を取り出し、ドアを開けて事務所に入る。

 煉城影狩り事務所は広い。二階建てで地下にも部屋がある。一階には事務などをするスペースと依頼人と話をする応接スペース、その奥には台所、トイレ、風呂、洗面所がある。二階には仮眠室と物置がある。そして地下はトレーニングルームとガレージになっている。当然ガス、水道、電気、ネット回線まで完備。家具も一揃えある。ここに泊まることも可能。もともとこの建物は物置だったが、隼人達が勝手に改築して今のような状態になっている。

 隼人と悠馬は事務スペースの机にカバンを置くと、依頼人である浪川を待つ。

 待つ間に隼人が訊いた。

「おい、そういや朝の一件はどうなったんだよ」

 悠馬が悲しそうな顔で言った。

「山地はいいヤツだったよ。彼女が出来て祝福したかったが、裏切り者に慈悲はない。何の呵責もなく処分した」

「……そうか。詳しくは聞かないでおくよ」

 隼人はそれ以上訊くのをやめた。

「おっつかれさまでーす!」

 依頼人より先に皐月が来た。

 部室の空気が重いことに首を傾げる。

「あれ? 誰か死にました?」

「同志が一人な」

 ギャグなのか真面目なのか良く分からない顔で悠馬が言った。

「ふーん。そうですか」

 さして気にせず流した。

「あ、それより今日、面白いものを見ましたよ。グラウンドの隅で磔にされた男子がいたんですよ。しかもパンツ一丁で! 遊んでたんですかね? この学校って人多いだけに変な人多いですよねー」

 ケラケラと笑いながら報告する。

 隼人はエロ本の騒動で犠牲になった山地という男の冥福を祈った。

「それより皐月、依頼人が来る。お茶の準備だ」

 隼人が指示する。

「はい。分かりました」

 いそいそとお茶の準備にかかる。

 そして丁度、出来た頃に浪川が垣内に連れられてやってきた。

「いらっしゃい。ようこそ煉城影狩り事務所へ」

 隼人が招き入れて応接スペースに案内する。

 垣内が物珍しそうに見回す。

「凄い。学校の敷地にこんなの建ってたんだ」

「好き放題に改築しているが、一応、学校には許可とってある」

 悠馬が説明する。

 皐月がお茶を出した。

 隼人が浪川達の対面に座る。その隣に悠馬と皐月も座った。

「さて、依頼の話をしようか。ここなら俺達以外に誰もいねぇ。安心して話してくれ」

 隼人に促されて、浪川は口を開いた。

「兄を。兄さんを助けて欲しいんです」

「お兄さんを? 悪喰と何かトラブルが?」

 隼人が尋ねる。

「悪喰とトラブルというか、その、一から話すね」

 そう言うと浪川は話し始めた。

「私の兄は所謂、不良なの。大学生なんだけど、学校には行かずに悪い人達と付き合ってる。夜な夜な出かけて一週間くらい帰ってこないこともあるわ。両親もそんな兄を家の恥だって言ってまともに取り合わない。そんな状態だから、兄が何所で何をやってるのか知らなかったの」

 辛そうに説明する。

 隼人達は黙って聞いている。

「私は更生して欲しくて話したりするけど、兄は聞く耳を持たなかった。でも、先月くらいに兄が嬉しそうに話しかけてくれたの」

 そう言うと、スマホで撮った写真を見せる。

 その写真には黒い小さな種のような物が写っていた。

 隼人達は険しい表情をする。

「兄がこの種を見せて言ったの。『これを手に入れたおかげで俺は誰よりも強くなった。これで誰も俺に逆らえなくなる。気の弱いお前にも一つやるからこれで強くなれ』って」

 隼人はそこで尋ねた。

「その種、受け取ったのか?」

 浪川は首を振った。

「ううん。なんだか、怖くなって受け取らなかった。兄もあっさり引き下がったの。でも、なんだか心配になって、出かけた時にこっそり後を追ってみたの。そしたら……」

 そのとき見た光景が恐ろしいのか震えだした。

 悠馬が優しい声で言った。

「気が弱いのに勇気を出したんだな。凄いことだ。だから大丈夫だ。ゆっくり、落ち着いて。少しずつで良い。話してくれ」

「う、うん。兄が、ナイフとか鉄の棒とか持った男の人達に囲まれていたの。慌てて誰か呼ぼうと思ったら、兄が、毛むくじゃらのクモみたいな怪物になって男達をこ、殺したのよ」

 浪川の目から涙がぽろぽろと零れた。

 隣に座っていた垣内が肩をそっと抱いた。

 浪川はさらに続ける。

「でも、その後すぐに死んじゃった男の人達が同じクモみたいな怪物になって、兄と一緒に何所かに跳んで行ったのよ。私、そのとき気がついたの。兄があの、世間で騒がれている悪喰になっちゃったって。もうどうしたら良いのか分からなくて。一人でずっと考えて、誰かに相談しようにも、相談したら兄は影狩りの人に殺されちゃうし。私、私」

 涙がとめどなく流れる。限界だった。

 隼人はポケットからハンカチを取り出すと差し出した。

「よく話してくれたな。ありがとう」

 浪川が落ち着くのを待ってから隼人は言った。

「確かに、最近クモ怪人による事件が相次いでいる。俺達も調査に本腰を入れるところだったんだ」

「そうなんだ」

 浪川が呟く。

 悠馬が真剣な顔で言った。

「君の判断どおり、影狩りに見つかればお兄さんは殺されるだろう。話の内容から判断して、悪喰の進行具合がレベル3に移行している。そうなれば、もう宿主ごと殺すしかない」

 浪川は絶句した。

 そしてまた、ポロポロと泣き出した。

「どうしようもない、兄だけどそれでも、それでも……!」

 顔を覆って最後まで言えない。しかし、言いたいことは伝わる。

「だったら、私達なら助けられます」

 皐月が力強く言った。

 浪川ははっと顔を上げる。

「だが、俺達はプロだ。タダで仕事をするつもりはねぇぜ」

 隼人は厳しい顔で告げた。悠馬も皐月も真面目な顔をする。

 垣内はムッとした。

「ちょっと、少しは考えてよ!」

「考えるも何も、それが俺達の流儀だ」

 隼人は垣内の抗議をバッサリと切り捨てた。

「お金ならいくらでも払うよ。どれだけかかっても必ず払うから、お願い」

 浪川は深々と頭を下げた。

「皐月、見積書だせ」

「はーい。隼人先輩」

 皐月が立ち上がって、事務机から書類を取り出して、戻ってくる。

 二枚の書類を浪川に提示する。

「これが、今回の依頼料になります。良ければこちらの契約書を読んで、こちらにサインをお願いします」

 浪川と垣内は見積書を見る。

 内容はいたってシンプルに書いていた。

 報酬「学園の食堂スペシャルAランチ3つ」

「へ?」

 二人は目が点になった。

 食堂のスペシャルAランチ。それは学園の食堂の中で、一番高いメニュー。週一回の限定十食。お値段九百八十円。元五つ星ホテルで勤務していた一流シェフが作り出す絶品定食だ。学食としては高い値段だが、それでも完売するという人気メニュー。

「こ、これが報酬?」

 浪川は顔を上げて尋ねる。

 隼人達は頷く。

「そうだ。命懸けで確保してもらうぜ。なにせ、コイツの食券を巡って血で血を洗う、悲惨な争いが繰り広げられてっからな」

 隼人は悲しそうな顔で言った。

 悠馬も頷いて同意する。

 皐月は蕩けた顔で言う。

「でも、それを乗り越えて食した時の美味しさはヤバいって聞きました。先輩達から話聞いて楽しみだったんですよねぇ~」

「おい皐月、よだれ、よだれ」

 隼人は慌ててティッシュを渡す。

「まぁ、そう言うわけだ。報酬はびた一文まけねぇぜ。それが嫌なら他を当たってくれ」

 二人は言葉を失った。

 報酬は金額にすれば合計二千九百四十円。

 通常、影狩りに仕事を依頼すれば万単位で請求される。それから比べればとんでもない安さだった。

 安すぎて逆に不安になってくる。

 その気持ちを察したのか悠馬は苦笑いした。

「大丈夫だ。通常、俺達もこの安さで仕事はしない。ただ、ウチの生徒は特別に割引している。学園の敷地内で商売をしている都合上、学園上層部とそういう契約になっている」

 隼人は何を思い出したのか忌々しげな顔になる。

「あいつら、タダで受けろなんて言ってきやがって。こっちは命懸けの仕事だ。誰がタダでやるかっての」

「まぁタダより高いものはない。俺達は影狩りの力を売る。依頼人はそれを買う。これで安心安全な契約が成立するというものだ」

「で、どうです? やっぱり無理ですか? 私としてはスペシャルAランチ食べたいので引き受けてください。お願いします」

 身を乗り出して迫る皐月の目は、食欲に支配されていた。

「おい、がっつくな食いしん坊娘」

 隼人が頭を叩いた。

「痛ぁ! むー暴力反対! AVですよAV!」

「はぁ? AV?」

「そうです。よく言うでしょデートAVとかって」

 しばらく考えて思い当たる。

「DVのことか? ドメスティック・バイオレンス」

「そう、それです。あれ? AVじゃなかったですか?」

 隼人は後輩の頭の悪さに渋面を作った。

 悠馬はニヤリと笑う。

「AVに興味があるならいくつか貸そうか?」

「おい! お前も何を言ってんだよ」

 隼人が鋭く突っ込む。

「AVってアニマルビデオですか?」

「さらにボケをかぶせんな!」

 そんなやり取り見て、浪川は噴出した。

「くくく。三人とも仲が良いんだね」

 ここに来てから辛い顔をしていた彼女が笑った。

 ひとしきり笑うと言った。

「うん。この報酬でお願い。食券買うの大変だけど、頑張るね」

 契約書に目を通して、彼女はサインして隼人に渡す。

 受け取った隼人は、写しになっている契約書を渡す。

「これで契約は成立だ。報酬はお兄さんを助けてからで良いぜ」

 そして隼人、悠馬、皐月は頼もしい顔で宣言した。

「「「この依頼、確かに引き受けた!!」」」

 そいうことになった。

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