第1話「狩りは依頼から始まる」

1-1

 季節は四月。満開を過ぎて葉桜となった桜並木を、制服姿の少年少女達が歩いていく。

 毎朝見られるいつもの登校風景だった。

 真新しく着慣れていない制服姿の少年少女達もいる。一年生だろう。

 聞こえる話し声は、テストのこと、新しいクラスのこと、部活のこと。

 色々な話題が飛び交い楽しげだ。

 だが、そんな楽しげな集団に混じって真剣な面持ちで歩く少年がいた。

 彼の名前は煉城隼人れんじょう はやと。この桜並木の先にある学校、私立天石学園てんせきがくえんの二年生だ。

 隼人は考える。

 今月に入って多発するクモ怪人の事件。昨晩の討伐で四件目。事態は深刻と言わざるを得ない。この楽しげな登校風景も一瞬のうちに地獄に変わるかもしれない。そんな危機感がよぎる。

「おはよう。朝から不景気な顔だな」

 後ろから声をかけられた。

 聞きなれた声。振り向くと、隼人の同級生にして、親友。そして命を預けあう相棒、大道寺悠馬だいどうじ ゆうまだった。

「おう、おはよ。不景気は余計だっての」

 隼人は苦笑して挨拶をする。

 二人は並んで歩いていく。

 悠馬が口を開いた。

「それで、何か名案が浮かんだか?」

 不景気な顔をしている理由は聞かない。何を考えているかなど、手に取るように分かるからだ。

「ぜんぜん。全く。これっぽっちも思い浮かばねぇ」

「ま、そうだろうな。早々簡単に見つかるなら昨日のうちにケリが着いている」

 悠馬も不機嫌そうな顔で言った。

 彼はさらに続ける。

「仕留めたクモ怪人は全てレベル2だった。段階から見て、事件の発端は一ヶ月前から起こっていただろう。俺達や他が気づかなかったのだから相当巧妙な手口か、はたまた俺達が間抜けなだけか」

 隼人は考えて言った。

「多分、どちらでもねぇな。急速に成長した可能性がある。宿主になった連中は町の不良共だった。『悪喰あくじき』に取っちゃ格好のエサだろうぜ。レベル2になるくらいは簡単だろう」

「ふむ。その線から本体にたどり着けないか?」

「どうだろうな。量産した【種】が、ドラッグよろしく出回っていたら辿るのは困難だぜ」

「簡単お手軽、超人化か。迷惑な話だ。自分達が何に手を出しているのか分かっているのか」

 悠馬が呆れかえる様にため息をつく。

 隼人は遠い目をする。

「悪喰が現れて十数年。非日常も時が過ぎれば日常になる。感覚麻痺してるんだろうぜ」

『悪喰』それはこの世に蔓延る謎の生命体である。遥か太古の時代から存在していた。世の中では空想上の存在として扱われ、神、悪魔、妖怪、魑魅魍魎などと言われていた。しかし二十世紀末。ノストラダムスの大予言、終末の世、世界の終わりなどと持て囃された時代にそれは明るみとなった。

 その年、世界は喰われた。次元の穴が、口のごとく開き飲み込んだ。そして悪魔、鬼、幽霊、妖怪、様々なオカルト存在が溢れかえり混乱した。事態を収束させるために、それまで密やかに世界の裏側で相対していた能力者達が、表舞台へと戦場を移して行動を開始。一年のうちに世界の平穏を取り戻した。

 だが、それはあくまで一時的なもの。一度開いた口は塞がらず、この世は怪物が跋扈する世の中になってしまった。

 隼人は朝の日常を見渡す。

「ま、世間の感覚が麻痺しているんなら、俺達が戦えばいい。そのために俺達は『影狩かげがり』になった。そうだろう?」

「家庭の事情もあるが、その通りだ」

 二人が決意を新たにしたとき、空から機械仕掛けの鳥が飛来した。

「お、【チェイサー】の定時報告か」

 隼人は手をかざして、鳥を受け入れる。

 【チェイサー】とは影狩りが使用する小型ロボの総称である。

「お疲れさん。【ラプター】」

 彼はチェイサーシリーズ・ラプターを労うと背中に指を置いた。

 情報が指を伝って流れてくる。

 全てを読み取ると、再び空に放った。

「どうだった?」

 悠馬が尋ねる。

「町の不良共が根城にしている場所をいくつか見つけたようだぜ。【ハウンド】が張り込んでるってさ」

「本体を見つけられないなら、一つずつ潰していくか」

 悠馬が獰猛な顔になる。

「おーい、物騒な顔になってるぜ」

 隼人は注意した。

「おっと、いかん。後輩をビビらせてしまう」

 悠馬は慌てて口を押さえた。

 隼人は少し考えて言った。

「派手に動けば相手がさらに隠れる。もう少し情報を集めてみようぜ」

「それもそうだな。皐月さつきにも連絡を入れておこう」

 そんなことを話しているうちに、学校に着く。

 校門では生徒指導の一環で、教師と風紀委員が立っていた。

 なにやら、もめている声がする。

「ん、あれ皐月じゃねぇか」

 教師となにやら問答をしている金髪の少女がいた。

 どうやら新学期恒例の持ち物、髪色、服装検査に引っかかっているようだ。

「生徒指導の伊藤と何をやってるんだアイツは」

 二人は駆け寄る。

「だから、地毛ですって。伊藤先生」

「嘘をつけ。入学式の時はそんな髪じゃなかっただろう。校則違反だ。黒彩振ってやるからこっち来い」

 金髪の少女の名前は宮部皐月みやべ さつき。天石学園の一年生だ。

「おい、皐月何をやってんだ」

 隼人は声をかけた。

「あ、先輩、聞いてくださいよ。私の髪、地毛ですよね」

 彼女はショートカットの髪を指差して言った。

「いや、お前の髪色は黒だろうが。てか、何で【覚醒】してんだよ。元戻しやがれ」

 すると皐月は残念そうな顔をした。

「えー。こうやって普段からこれを維持しておけば、負担が軽くなるってマンガで言ってましたよ」

 悠馬はため息をついて言った。

「いや、少年漫画の知識を現実に応用するな。いいから戻せ」

「はーい」

 心底残念そうに言いながら、髪色が黒く戻る。

 伊藤はその現象に驚いた。

「え? 髪が元に戻るって、まさか宮部」

 彼女は胸を張って答えた。

「はい! この春から晴れて影狩りの一員です。頑張ります!」

 ライセンスまで見せていた。

 伊藤は隼人に言う。

「おい、煉城。後輩の躾は重要だぞ。ちゃんと言っておけ」

 隼人は申し訳なさそうに謝る。

「すんません。先生。この馬鹿にはよーく言って聞かせますんで」

 悠馬も頭を下げた。

「俺からも良く言って聞かせます。申し訳ありませんでした」

「むー馬鹿って何ですか! ぶーぶー!」

 皐月はふくれっ面で抗議する。

 隼人は頭を押さえて言った。

「あのな。ライセンスとって嬉しいのは分かるが、もう少しプロとしての自覚をだな……」

「あ、私、人を待たせてたんだった。じゃ、先輩失礼します」

 説教の前に脱兎のごとく逃げていった。

「あの野郎、反応が見事だな。ったく」

「野郎ではなく娘だな。しかし、誰に似たんだか」

 悠馬は呆れた声で言って、歩き出す。

 隼人もため息をついて歩き出す。

「そりゃ、どう考えてもお前じゃねぇか」

「いやいや、どう考えても貴様だろう」

 後輩の教育不足を押し付けあう。

 互いに睨み合いながらその場を去っていく。

「いや、ちょっと待て、お前ら」

 伊藤が引き止めにかかる。

「何、ドサクサにまぎれて検査を無視して行こうとしている」

「「ちっ」」

 二人は舌打ちをして、脱兎のごとく駆け出した。

「あ。こら煉城、大道寺! 待て」

「わははは。待てと言われて待つ馬鹿はいねぇ。さらばだ」

「髪は普通。制服は着崩し無し。そして、やましいものは持ってきていない。信じてくれ」

 朝から追いかけっこが始まった。

 一年生はその光景に驚き、二、三年生は今学期も始まったなぁという顔をした。

 その後、二人は伊藤に捕まりしっかり持ち物検査を受けた。

 教室に入って席に座るとカバンを置く。

「くそー。俺のゲーム機を奪いやがって」

 隼人は携帯ゲーム機を取り上げられて不機嫌な顔をする。

「むぅ。まさかあの秘蔵本が取り上げられるとは」

 悠馬は悲しそうな顔でうなだれた。

 よく見るとクラスの男子が意気消沈していた。

 同じく本を取り上げられたようだった。

「秘蔵本ってまさかエロ本か?」

 隼人は察したように尋ねる。

「エロ本などと俗物的な言い方をするな。保健体育の参考書だと言え」

 悠馬が怒る。

 クラスの男子が大きく頷いた。

 クラスの女子は心底ゴミを見る目で見ていた。

「いや、どーでもいいよ。それで何で今日に限って、そんなに持ってきてるんだよ」

 悠馬は説明する。

「今日の放課後、全学年の同志による保健体育の即売会を行う予定だったのだ。極秘に事を進めていたはずなのに何故だ。何故今日、検査だったのだ」

 クラスの男子連中は深い悲しみに包まれた。

「全学年って。そりゃ、教師が嗅ぎ付けるわな。ご愁傷様」

 隼人が悠馬の肩を叩く。

 そんな時、別のクラスの男子が教室に勢いよく駆け込んできた。

「大道寺! 情報が漏れた理由が分かった。二組の山地やまちが風紀委員にリークしたらしい!」

「本当か、牧瀬まきせ。信憑性は?」

 悠馬が驚いて確認する。

「あいつ、最近になって、風紀委員に所属している彼女が出来たらしい。それで裏切ったんだ。女に俺達を売ったんだよ!」

 牧瀬と呼ばれた男子は涙を流して報告した。

 悠馬が静かに立ち上がった。

 ガタッとクラスの男子達も立ち上がる。

「狩るぞ。探せ!」

 同志と呼ばれた男子連中は連れ立って出て行った。

 見送った隼人は心の底からアホらしくなった。

「それで、煉城君は行かなくていいの?」

 クラスメイトの女子二人が席にやってくる。

 隼人はクラス替えしたばかりで、顔と名前が一致していなかったが、付けられた名札で確認した。垣内凛かきうち りん浪川真樹なみかわ まきだった。

「いや、俺は別に同志でもなんでもねぇし」

 垣内が笑う。

「そ、なら良かった。相談しようとしていた人が、あんな連中の仲間だと不安だもんね」

「相談?」

「うん。私じゃなくて浪川さんだけどね」

 促されて浪川が口を開いた。

「煉城君って影狩りなんだよね。プロの」

 影狩り。その言葉でスイッチが切り替わる。仕事の顔になった隼人は、居ずまいを正して言った。

「そうだ。煉城影狩り事務所をやってる。よろしく」

 名刺を取り出して渡した。

 垣内が感心したように言う。

「へぇ。名刺なんて、プロっぽい」

「いや、プロだっての。ちゃんとライセンスを持ってる」

 影狩りの証であるライセンスを見せた。

 それは「悪喰対策法」と「国際脅威生物対策法」によって認められた【影狩り】と呼ばれる戦士の証。

 垣内はまじまじと見る。

「凄いよねぇ。怪物の脅威から世界を守る正義の味方って感じ?」

「そんな大層なものじゃねぇよ。必要な試験をパスすりゃD級ライセンスは小学生でも取れる。まぁこの年齢でA級ライセンスを取得しているのは少ねぇけどな」

 段階としてD、C、B、A、Sの五段階に分かれている。Dはアマチュアのような位置づけ。Cからはプロとして影狩りの仕事ができる。そして隼人、悠馬はA級、皐月はこの春にC級ライセンスに合格した。彼らは高校生でありながらプロのライセンスを取得していた。

「それで、相談は何だ?」

 浪川は話し難そうな顔をした。

「ほら、A級ってくらいなんだから実力あるっぽいし、言ってみたら?」

 垣内が困っている浪川に優しく言う。

 それでも言い辛そうだった。

 隼人は時計を見る。もうすぐショートホームルームが始まる。

「ここで話し辛いなら、放課後に部室に来てくれ。地図は名刺に書いてある」

 名刺の裏側に地図があった。

「これ、部活棟区の奥の奥よね。敷地の一番端」

 垣内が地図を指差す。

「ああ、そうだ。そこで待ってるよ」

 そう告げたところでチャイムが鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る