第36話 エマージェンシー・テレポート
「この世界で、モンスター側の人間が死んだらもう元の世界に戻れなくなるバグ……。それは、栞姉ちゃんが作ってしまったものなんだ」
遥ちゃんは、ハッキリとそう言った。
紗彩さんとユーリは、驚きを隠せない。
かく言う僕も、かなりビックリしていた。
あの理不尽ルール……。
そもそもバグだったのか。
しかも、それを栞さんが作った……?
「それ、本当なんですか?」
「本当なのか?」
少しの間があって、紗彩さんとユーリがほぼ同時に言う。
栞さんの妹である遥ちゃんが言うのなら、本当なのだろう。
僕らが悩まされてきた、「モンスター側の人間が死んだら元の世界に戻れない」ルール。
それは、栞さんが作り出したバグだったのか……。
「栞姉ちゃんはこのボウケンクエストの開発者の一人でもあった。ゲームが動き始めた頃、栞姉ちゃんが複雑なシステムをいじっていたら、その一部が壊れてそうなってしまったみたい。最初は何とか自分で直そうと頑張ってた。でもモンスター側の人間は増えていくし、そのバグが発生してることはどんどん言えなくなっていった。幸い、プレイヤーが強くなることはなくて、事故は起こらなかったんだけど」
「なるほどな。紗彩とかあたしがここに来る前の話か」
「それで、栞姉ちゃんはいつも責任を感じていた。このことはあたし以外、誰にも言ってないと思う。今あたしも言うべきか迷ったんだけど……、でも、言わなきゃいけないタイミングだったような気がしたから……」
「ちょっと待てよ。栞は自分でそういう危険なバグを作ったのに、遥をこのゲームに誘ったのか? それは変だろ。妹である遥をわざわざモンスター側の人間に入れるか?」
「あたしは、プレイヤーなの」
「そ、そうだったのか」
「プレイヤーとして、このゲームに参加してた。たまに、栞姉ちゃんの手伝いとしてここに来たりしてたけどね」
「プレイヤーが常にここの最上階にいるなんて、ラスボスとしてはビクビクだったんじゃないのか? というかよく許されたな」
「あたしは武器を持ってないし……、戦える能力も無い。それに加えて、栞姉ちゃんが、『この子はモンスター側の人間』って周りに言ってくれてたから」
「私もそうだと思っていました……」
紗彩さんが言う。
……遥ちゃんは、プレイヤーだったのか。
確かに、見た目だけでは分からないもんな。
僕がプレイヤーと塔を登ったりしても気づかれないわけだし。
ユーリが口を開いた。
「でも、プレイヤーだけどモンスター側の人間として生きるっていう、そういう生き方もアリだよな。中ボスとかにはなれねぇけど、その分プレイヤーしかできないことができるんだもんな」
「できないことの方が多かったけどね。例えば一番あたしが関わってたそのコンピューター。それは栞姉ちゃんとラスボスしかアクセス権限がなかったわけだし。だからあたしは他のコンピューターで作ったプログラムを栞姉ちゃんのところにわざわざ送ったりしてた」
「そのコンピューターは、ラスボスしかアクセス権限がなかったと聞いていますが……?」
「一応そういう体にして、ラスボスを安心させていたけど……、でも実際は栞姉ちゃんがそこにアクセスしなければならなかった。バグを直すためのシステムを作ったり、テレポートを開発するために。栞姉ちゃんはそのマザーコンピューターにアクセスはできてた」
「栞が作ったエマージェンシー・テレポート。あれは……すごかったですね」
「エマージェンシーテレポート……。あれもこのコンピューターでこっそり作っていたもの。栞姉ちゃんのせめてもの償いだったんだ。『元の世界に帰れなくなるバグ』を作ってしまったことで、この世界にいるモンスター側の人間に大変なことをしてしまったっていう気持ちから生まれたんだ」
「なるほどな……」
「ユーリのクーデターは、そのバグに端を発するものだった。栞姉ちゃんは、自分が作り出したバグさえなければこのクーデターは起きなかったと思って、その自らの責任を取る形で、削除されにいってしまったんだ……」
「そういうことだったのかよ……。栞が一番そのあたり詳しかったわけだしな、削除されてほしくはなかったよ。…………いや、あたしのせいだよな。……申し訳ない」
コンピュータールームが、何とも言えない沈黙に包まれた。
大広間からはガヤガヤと声が聞こえてくる。
その声は先ほどから少し増えたようにも思えた。
遥ちゃんが開発した通常時でもできるテレポートによって、次々に人が来ているのだろう。
「誰が栞姉ちゃんを死なせただとか……、そんなことはどうでもいい。仮にその結論が出たところで、栞姉ちゃんが帰ってくるわけでもない。あたしたちは、今何をすべきかを考えるべきだと思う」
姉が死んだと言うのにかなり冷静な遥ちゃん。
しかし、彼女の言うことは最もだ。
今更、栞さんを責める気にもなれないし、ユーリを責める気にもならない。
紗彩さんを責める気にもならなかった。
結局、誰を責めたって何も生まれない。
「栞姉ちゃんがいなくなったのは痛手だけど、ここにいるあたしたちが、力を合わせてこのゲームを運営していくしかないんじゃない? さっきちょっと聞いたけど……、ナツメグっていう新しいラスボスは、結構いい人なんでしょ?」
皆が一斉に僕の方を見る。
ここは、僕が何か言わなきゃいけないところなのか……?
でも、そうだよな。
……しかし、「いい人なんでしょ?」に対して、一体僕は何て答えればいいんだ。
「いやいや全然いい人じゃないよ」と謙遜するのも微妙だ。
じゃあラスボスやめてくださいとか言われて無表情で双剣を向けられたら嫌だ。
「いい人だよ」というのも胡散臭いし……。
でもまだ「いい人だよ」の方がいいかな……。
そろそろ何か言わなくては……。
「……ぼ、僕は、いい人だよ」
「……は……? 自分で言うの、かなりヤバいだろ。この人がラスボスで大丈夫なのか……?」
中学三年生の遥ちゃんに、高校二年生の僕はそう言われた。
確かにかなりヤバいと思う。
大丈夫じゃないかもしれない。
「じゃあ、遥。皆で力を合わせてやっていこうというのは分かった。そこで、残されたあたしたちは一体何から始めたらいいと思う?」
ユーリが新しい話題を持ってきてくれた。
助かった。
「あたしが、栞姉ちゃんの代わりになる」
「……遥が、なれるのか……? ……でも、あのテレポートを作れたわけだしな」
「栞姉ちゃんがいない今、あたしがこの世界を救う責任があると思う。だから、あたしもラスボスに近いところで、力になりたい」
「では、遥、早速なんですが……、このコンピューター、直せますか……?」
紗彩さんがコンピューターを指差した。
画面が、不気味に点滅している。
遥ちゃんはそれを見て少し顔をしかめた。
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