第35話 全部私のせいだから


「栞が本当に『全部私のせいだから』って言ったって……。信じられません。何で、全部栞のせいなんですか?」



 紗彩さんは声を震わせながら、そう呟いた。

 コンピュータールームは静かになり、大広間の方からは少し話し声が聞こえてくる。

 そんな中、ユーリが口を開く。



「……そんなことはあたしにも分からない。そう言って栞は罪を被って死んじまった。あたしが何かを隠してるわけじゃねぇよ」


「どうして……栞が……」


「……でも、冷静になってみて、あたしは、……あたしが死ぬべきだったって思ったよ。罪のないやつが死んじまった。あたしは、ずっと自責の念というやつに苛まれてたんだ」


「今更反省なんかしたって、栞は戻ってきません……」


「どう償ったって、栞は戻ってこないのは分かってる。何もできない自分にいら立ってた。とにかくあたしができることは何かって考えた時に、栞に近い人間が囚われの身になってしまったことを思い出した。まず、彼らを助けるべきだな、と。続いて、あたしのクーデター計画に乗ってくれた仲間たち。全部、あたしのせいだったから。だからあたしは、彼らが捕まっている場所をずっと探してた。彼らを解放することが、唯一生き残ったあたしにできることだと思ったから……」



 ユーリは今まで見たことのないほど真剣な表情で、そう語る。

 紗彩さんは俯いたまま、その話を聞いていた。

 彼女の黒く長い髪が地面に向かって垂れ、それがわずかに揺れている。



「ユーリは、クーデターを起こそうとしていたわけではなかったんですね……」


「そうだ。あたしはナツメグのこと、嫌いじゃない。ラスボスになろうとも思わない」


「どうしてそのことを、もっと早く私に話してくれなかったんですか?」


「どうせ話したって誰にも信用されないと思ったからだ。なぜ栞がそう言ったのかも分からないし。皆を解放して、話す時が来たら、話そうと思っていた。今がその時だ」


「ユーリの話が本当だとすると……、私、誤解していたところもあるかもしれません……」


「あたしも、ずっと悩んで、イライラしてた。急に栞があたしのせいで死んじまったし、理由も不明。『全部私のせいだから』って栞に言われたことも、誰も信じてくれないだろうと思ってた。都合の良い嘘言ってるだけだと思われることは分かってたからな。……そして、皆を解放しようにも手掛かりがない。だからあたしが、どうにかしてラスボスになって、皆を解放しようと思ってたんだ。でも、どうしたらいいのかは分からなかった」


「そこで……ナツメグさんがラスボスになったということですね」


「そうだ。急にハイパーキングアルティメットドラゴンが呆気なく倒されて、ナツメグが新しいラスボスになった。紗彩のクーデターだったわけだ。虎視眈眈と紗彩はラスボスの座を狙っていたんだなって思った。栞の謎もあるし、紗彩は何か知ってるんだと思ってた。紗彩が何か企んでたら厄介だなと、そういう気持ちになっていた」


「私は、罪のない人を助けたかっただけなんです……」


「最初こそ、『この世界のモンスター側の人間は、死んだら元の世界に帰れない』という理不尽ルールを何とかしないとと思ってクーデターを計画した。あたしがラスボスになれば何とかなるかもしれないと思ったから。そしたら紗彩のクーデターでナツメグがラスボスになり、あたしの計画は終わった。しかも、皆が囚われてしまった。今度は、とにかく彼らを解放することが優先事項となってしまって……、全ては良くない方向に向かっていった。……かに見えた。でも、こうして、最終的に皆を解放できて、色々と話せる時が来たわけだ。あたしは嬉しい。ナツメグがラスボスになってくれて良かったと今は思える」


「ユーリ……。私は、ユーリを誤解してたようです……」


「……そうだ。思い出した。遥に、栞からのプレゼントがあるんだが」


「あ、あたしに……? 栞姉ちゃんから?」


「そうだ。……確かこのあたりに……」



 ユーリは部屋の隅に行き、ガサガサと何かを掘り起こし始めた。

 そこから一つの真っ黒い金庫を出してくる。

 それを遥の前に置いた。

 あの金庫は……前に僕も見たことがあるやつだった。



「開けてみなよ、栞の形見だ」


「このダイヤルは、いくつに合わせればいいの……?」


「あたしは数字が覚えられねえから、カギはかかってねぇぞ」



 ギィ……。

 その金庫は、すぐに開いた。

 何というセキュリティだろう。

 遥ちゃんは、その中に入っていたものを外に出す。



「これは……」


「そうだ、双剣だ。栞がくれたんだ。わざわざ装備を外してな」


「栞姉ちゃんが……」


「誰かが『削除』されるなら、そいつが装備してる武器も一緒に削除されてなくなっちまうだろ。栞はそれを知っていた。削除される前に『これはまだ使える武器だから、何かの役に立ててほしい』って言って、こっそりあたしにくれたんだ」



 遥ちゃんはその双剣を両手にそれぞれ持ち、鞘に入った状態のまま眺めていた。

 栞さんも、こういう風にこの剣を眺めたりしていたのだろうか。

 遥ちゃんは早速それを両方の腰に上手く装着する。

 それは、よく似合っていた。



「誰かがかつて装備してたもんは、人にあげた場合、あと一回しか装備できないだろ? あたしは遥に渡すために、これは装備しなかった。遥、お前が使うべき武器だ。遥は武器を何も持ってなかっただろ?」


「……うん……。でも、あたしは戦えないから……」


「やればできるぞ。最初は誰だって初めてだ。もう中学三年生だろ? 何だってできる」


「うん、あと……栞姉ちゃんのことで、まだ皆に話してないことがあるんだ。まさに、今話してた、栞姉ちゃんが自ら削除されにいった理由なんだけど……」



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