第33話 もう一人のプログラマー
「今度から、このコンピューターがおかしくなったら僕がその修復システムを起動すればいいんだね?」
「そうなんですが……、それが頻繁に起こるようになったら厳しいですね」
「そのたびに修復すればいいんじゃないの?」
「その修復システムは、トラブルの根本的な解決ではなく、その場しのぎのものですから……。このままだと、いつかは本当に壊れてしまう時が来るでしょう。……こんな時に、栞がいてくれたら……、このコンピューターを根本から直せたのですが……」
「……まさか、僕が叩いたから、コンピューターがおかしくなってきちゃった……なんてことは……ないよね……?」
「………………」
紗彩さんは黙った。
彼女がまばたきをするたびに、眉の下で揃えられた前髪が少し揺れる。
そんなことないよ、と言って欲しかったところなのだが……。
「僕が、この世界のバグを引き起こしてしまったということなのかな……? そ、そうじゃないよね?」
「プレイヤーがログアウトできなくなる問題に関しては、確かに、乱暴にこのコンピューターを扱ったせいかもしれません……。ログイン/ログアウトのあたりはデリケートな部分で、栞も苦心していました。あんなにバンバン叩いてしまっては……」
「じゃ、じゃあこのコンピューターを根本から直そうよ。その場しのぎの修復じゃなくて。あの、今、月の塔にいるムーン何とかじいさんに頼んだら何とか直らないかな?」
「モンスターは、所詮助手です。確かに簡単なものは直せますが……。人間のプログラマーでないと、ダメでしょう……。ただ、もしかしたら、遥なら、できるかもしれません」
「遥……?」
「栞の、妹なんです。遥は、栞と同じく天才気質で、プログラミングができる子でした。栞には及びませんでしたが……、しかし、恐らくこの世界にいる人間の中では、一番可能性があると思います」
「その、遥さんは、今どこに……?」
「ナツメグさん。ナツメグさんは、ユーリの仲間たちを解放したのですよね?」
「そうだけど……」
「その中にいます。クーデターとは直接関係ありませんでしたが、栞と関係あるという理由だけで、そこに幽閉されていました」
「見つかって良かった。早速ここに呼んで……」
「楽観的ですね、ナツメグさんは……。ユーリが、クーデターを企てていないと思っているのですか?」
「まあ、大丈夫でしょう」
「そこにいるのは、かつてラスボスを倒すために集まった人々ですよ? 彼らはずっと、どういう気持ちでそこに閉じ込められていたか。ラスボスやこのゲーム自体に恨みを持っているかもしれません。しかもそこには、遥もいます。ユーリが上手いこと言って彼らを言いくるめ、クーデターを起こしてきたら、彼らに敵う術はないのですよ? あれほどユーリの配置をここから外さないでと言ったのに……」
「ユーリが栞さんをハメて死なせてしまったと言うなら、栞さんの妹である遥さんは、ユーリのことを仇くらいに思ってるんじゃないの? そこで遥さんがユーリと一緒になって、こっちに攻め入ってくるとは思えないけど」
「罪のない人間を簡単にこの世界から消してしまえるような人ですよ、ユーリは。『私が助けにきた』とか言って囚われていた者に恩を着せ、あることないこと言って上手く立ち回られたら、何が起こるか分かりませんよ?」
「も、もう紗彩さんの言うことは信じないよ。……でもこのコンピューターに詳しい遥さんがユーリ側について、その軍団が僕に攻めてくるとしたら……、それはかなりキツいことだね……」
「栞は、人が死ぬのを見たくなかったから、ユーリを庇ったんだと思います。そこでユーリは『そうだそうだ、遥が犯人だ』と言い、最終的に栞は死にました。そんな人なんですよ、ユーリは!」
紗彩さんの目からは涙がボロボロと落ちていった。
一体僕は、何を信じればいいのだろう……。
確かに、この世界が変になりつつあるのは、もとをただせば僕をラスボスにした紗彩さんのせいかもしれない。
でも、この世界を直接壊したのは、どうも僕自身のようなのだ。
紗彩さん一人のせいにするのは、間違っている。
僕は一体、どうすれば……。
「ナツメグさん、ユーリはそのあたりのことについて何か言っていましたか?」
「クーデターのこと? ……クーデターのことについては、聞いたけど、何も話してくれなかったよ……」
「話したくないんでしょうね……。そこであったことを話すと、ユーリが不利になるからでしょう。そんな人なんですよ、ユーリは。私の親友をこの世界から消しておいて、お咎めなしで生きている……。そのユーリが、仲間たちと合流したわけです。今、最も危険な状況だということを理解してください」
「さ、紗彩さんだって、彼らを見つけて仲間にして、クーデターを起こそうとしていたんじゃないの?」
「私は、無実である遥がそこに閉じ込められているのを知っていたので、彼女を助けるために、その場所を探していたのです。そのために、ナツメグさんの力が必要だったのです。同時に、ユーリよりも先にその場所を見つけ、かつてユーリの仲間だった者たちをユーリと接触させないようにして、再度クーデターが起こることがないようにしようと思っていました……」
ユーリが急に優しくなったという印象を受けたのは、ユーリが僕を油断させるためだったのか……?
ユーリの言葉に嘘が含まれていたとしたら……。
有り得ないことではないのかも……。
「ナツメグさん、もう、時間の問題でしょう。彼らはきっと、今頃作戦を打ち合わせていると思います。クーデターの……」
「いや、でも、場所が遠いから大丈夫でしょ。まだこっちには時間があるよ」
「あっちには、遥がいるんですよ」
急に、大広間の方がガヤガヤと騒がしくなる。
一気にモンスターたちが戻ってきたのだろうか?
……いや、この感じは、恐らく人間だ。
人間たちが、大広間に急に現れたのだ。
「……やっぱり。ナツメグさん、彼ら、もう来たみたいですよ」
「な、何で……何で、もう来ることができるの?」
「分かりません。ナツメグさん、……今更あがいても、仕方ないことです。運を天に任せましょう」
「そ、そうだ。コンピューターを操作すれば、味方同士攻撃できなくさせることができるよね?」
「遥を味方につけたユーリに、通用するかどうか……」
その瞬間、またコンピューターの画面が乱れ出す。
まずい。
こんな時に……。
僕は先ほど教えてもらった修復を始めようとする。
「ナツメグさん……、誰か来るみたいです……!」
足音が大きくなってくる。
どうやら、誰かが一人、こっちに向かってくるようだ。
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