第32話 大抵のものは叩けば直る


 紗彩さんからの着信。

 通話かと思ったらどうやら違うようだった。

 バーチャルな文字盤には、



 「コンピューターが壊れそうなんです。急いで来てもらえますか?」



 と記されていた。

 コンピューターということは……。

 最後の塔最上階にある、あのコンピューターのことだろう。


 それにしても、紗彩さんから連絡が来るなんて初めてだ。

 場所も書いてくれないとは、相当急用であることが窺える。


 紗彩さんには色々思うところもあるが、コンピューターが壊れるというのはこの世界にとっても困ることだ。

 とりあえず、急いで戻ろう。



 ……しかし、どうやって戻るかが問題だ。

 僕の後ろには、青いドラゴン。

 移動手段は……彼(彼女?)に乗るしかない。


 まだ見えるところにいたユーリを呼びとめる。



「ユーリ、ちょっと……」


「……どうした? せっかくだし、お前も来いよ! 人見知りなのか?」


「今コンピューターがヤバいらしいんだ。ちょっとだけ青いドラゴン借りてもいいかな?」


「あのコンピューターか。何だかよく分かんないけどいいぞ! ちゃんと返せよな!」


「でも、ユーリたちはどうやってここから帰ってくるつもりなの?」


「あたし達は、きっと大丈夫。心配するな」



 ユーリは笑った。

 何が大丈夫なのかよく分からないが、というか多分大丈夫ではないが、ユーリが言うなら青いドラゴンを借りていっていいのだろう。



「分かった。ありがとう、ユーリ。青いドラゴン、借りるね」



 僕が青いドラゴンの上に乗ると、ドラゴンはすぐに飛び立った。

 まるで僕らの会話を理解していたかのように。


 ……って、理解してるはずだよな。

 ちょっと前までこいつ喋れてた気がするし……。

 何で急に無口になったんだろう。

 まあ、静かでいいけど……。



 青いドラゴンは嫌がらせのようにどんどん速度を上げていく。

 本当に嫌がらせなのか、気を使ってくれてるのかは不明だ。

 変に話しかけてドラゴンの機嫌を損ねて振り落とされたりしたくないから、僕は静かにしていた。

 UFOよりは確実に乗り心地の良い乗り物だ。


 それにしても、コンピューターが壊れそうって……。

 何か無理をさせたかな。

 パスワードを入れたことで、どこかおかしくなったとか……?

 そんなことはないと思うけど。


 あれこれ考えているうちに、最後の塔のコンピュータールームに着いた。

 ゆっくりと開いていくコンピュータールームの壁。



「ユーリ!?」



 中から紗彩さんの声が聞こえた。

 ユーリ……?

 そうか、ユーリと間違われるのも無理はない。

 僕はユーリのドラゴンに乗っているのだから。


 何とも言えない表情の紗彩さんが見える。

 紗彩さんは、青いドラゴンに乗っているのが僕だということに気づいたようだ。

 いくらユーリの味方についたと言えど、紗彩さんを前にしてしまうと強くは出られない自分がいた。

 でも、全てを話さなきゃいけない。



「ナツメグ……さん……?」


「紗彩さん…………」



 僕がドラゴンから降りるのと同じくらいのタイミングで、コンピュータールームの壁が自動で閉まってゆく。

 そして、沈黙が訪れた。

 紗彩さんが口を開く。



「ナツメグさん、どこへ行っていたんですか? そのドラゴンは……ユーリの……」


「紗彩さんも探していた、ユーリの仲間が閉じ込められているというところに行ってきたんだ。今頃、ユーリは彼らを解放していると思う」


「……未開発エリアに……皆は閉じ込められていたんですね……」


「どうして分かったの?」


「通話がかからなかったものですから……。あそこは通話ができない地域なのです。ナツメグさんがその地域に行くことはないと思っていたので、何らかの不具合かとも思っていましたが……」


「そういうことか……」


「それにしても、ナツメグさんは、どうして……ユーリの言うことを……。ユーリは……」


「ユーリの仲間たちを解放したら、僕を倒しにくるかもしれないっていう話だよね? きっとそれはないよ。ユーリは、僕と同じ元プレイヤーで、僕と似たような考えを持っているんだ。僕の味方になってくれるって言うし……」


「そんな……」


「紗彩さんの言うことに従っていたら、多くの人が消えてしまった。僕はもう、紗彩さんの下にはいたくないんだ」


「消えてしまった……っていうのはどういう意味ですか?」


「最近、このゲームのプレイヤーが減ってきてると思わない? なぜか、死んでしまうと、そのままいなくなってしまっているんだ。復活できないんだよ。それに加えて、プレイヤーはログアウトもできなくなっている。僕が作った町も何か知らんけどPvPエリアになってるし……。つまり、紗彩さんが僕をラスボスにしなければ、皆は楽しくゲームをプレイできてたってことなんだよ」


「それは、私にも分からないことです……。ただ、最近コンピューターがだんだんおかしくなってきていて……。そのせいかもしれません。騙し騙しやってきましたが……、先ほど、遂に画面が点滅し始めて……」


「コンピューターのせいだか何だか知らないけど……、僕がラスボスにならなければ……」


「……ナツメグさん、とにかく、こっちに来てくれませんか? まず、コンピューターを直して欲しいんです。ナツメグさんが操作すれば何か改善できるかも……」


「……分かった」



 その画面を見てみると、画面が点滅したり、文字が乱れていた。

 明らかに調子が悪そうである。

 僕は思いっきり、バンバンとそのコンピューターの側面を叩いた。



 「な、何するんですか、ナツメグさん!」



 紗彩さんが叫ぶのと同時に、いつも通りの画面に戻った。

 これでさしあたり、大丈夫だろう。

 大抵のものは叩けば直る。



「前にこれが変になった時も、叩いたら直ったんだけど……」


「このコンピューターは繊細なんですよ? 前にも叩いたんですか?」


「ま、まあ……少々……」


「ちょっとコンピューターの具合が悪くなったくらいでも、この世界は大きく変わってしまう可能性があるんですよ? 今も叩いた瞬間にどこかで変なことが起きているかもしれないんです。叩かなくても、ナツメグさんが操作すれば、ある程度は修復できるんですよ?」


「そ、そうだったのか……」


「このコンピューターは、自らの異常を修復するシステムが備わっていますので……」


「備わっているなら自動で直せばいいじゃないか」


「いえ、それは自動では起動しません。そのシステムを起動する権限は今、ナツメグさんにしかないんです」


「僕の許可を得なくても、勝手に直してくれていいのに……」


「前のラスボスがそうしていたんです。少し動かせばこの世界を変えてしまうこのコンピューターの操作権限は、全てラスボスにあるんです。誰かが勝手にこのコンピューターにアクセスすることを極度に恐れていましたから……。何をするにもラスボスの許可が必要なんです」


「そうなのか…………」


「今現在は普通に動いているようですので、何もしなくていいと思いますが、次におかしくなった時は絶対に叩かないでください。今、その修復システムの操作を教えておきますね」



 紗彩さんにコンピューター修復の操作を教えてもらう。

 それは、思ったより簡単なやり方であった。

 ……まあ、僕が直すわけじゃないから、そうだろう。

 ラスボスはあくまでGOサインを出すだけなのだ。



 僕がラスボスになってから、この世界に起こり始めた不具合。

 それはまさか、僕がこのコンピューターをバンバン叩いてしまったから……なのか……?





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