第30話 墓場に行くために
「お前に頼みたいこと。それは、あたしの仲間たちを、解放してほしいってことなんだが」
「ユーリがかつて起こしたクーデターの……?」
「そうだ、いまだに彼らは閉じ込められてる。可哀想だと思わねぇか? お前じゃないと、その場所にアクセスできねぇんだ」
「……この世界のどこかに閉じ込められてるっていうやつね。……でも、僕は場所すら知らないよ」
「マップに、パスワードを打ち込むんだ。そうすれば、場所が分かるようになっている」
「……ユーリはよく知ってるんだな」
「前のラスボスが彼らを封印するところを、ここで見ていたからな。パスワードをそのコンピューターに打ち込んで、操作をしていた。……でも、その肝心のパスワードが分からねぇんだ。パスワード入力画面のようなところでそれを打ち込んではいたんだが、画面にそれは映し出されてなかったからな」
「ユーリはそのパスワードを探して、この世界を飛び回っていたの?」
「そのパスワードを探してた……ってわけではない。あたしは、パスワードは諦めて、その場所を直接探してたんだ。場所さえ見つければ、もしかしたら入口なんかぶっ壊して皆を助け出せるかなって思ったからな」
「一応聞いておくけど……、ユーリは、その人たちを助けて僕を倒そうというわけではないんだよね?」
「心配性だな、お前は……。一緒に頑張ろうとさっき言ったところじゃねぇか、大丈夫だ」
「モンスターは裏切ったりはしなさそうだけど、人間は少し怖いからね」
「モンスター達のクーデターに怯えなくていいのは安心だよな。モンスター達にとって、ラスボスの命令は絶対だから。お前がそう命令しない限りはモンスター達の反乱はない。お前が何したって問題ないぞ。不満は募ってくけどな」
「もし人間が裏切ったとしても、僕がその中ボスたち全員を味方につければ心強いね」
「どうだろうな……?」
ニヤリと笑うユーリ。
彼女の、肩にかかるくらいの鮮やかな青髪が揺れる。
何か嫌な感じがした。
「高レベルになってくると、モンスターよりも人間の方が強くなるぞ。所詮は、人工知能だからだ。決められたプログラムに沿って動いてはいるが、トリッキーな戦いなんかは人間の方が遥かに強いだろう。そういう柔軟性の部分では人間の方が強いだろうな……。まあ、とりあえず、今はパスワードを探したい。お前の協力が必要だ。お前しかできないこともいっぱいあるからな」
「前のラスボスが決めたパスワードなんて、どうやったら分かるの?」
「あたしは分からん。その辺にメモとかねぇか?」
「そんなセキュリティーレベルだったら、とっくにそこにアクセスできてるでしょ」
「それはそうだな……。簡単に見つかるなら、紗彩がとっくに見つけてしまってるだろうしな。あいつもなぜか探してるっぽいし……。まあ、紗彩は、あたしよりも先にその場所を見つけて、それでその場所を守りたいんだろう。あたしがまたクーデター起こすと面倒だから。……ナツメグはラスボスになって、気になる数字とか英語とかなかったか?」
「そんなの特にないな……。そもそも、紗彩さんも知らないことで僕が知ってることなんてあるのかな。当時のクーデターのことだって紗彩さんの方が詳しいだろうし……。そうだ、あのクーデターが起こった時、その場にユーリはいたんだよね? そこで何が起こってたか……」
「うるせぇな、色々あったんだよ!」
ユーリは僕の言葉を制するように言う。
何だか、これ以上聞けない感じにされてしまった。
やっぱ怖いなこの人……。
「紗彩がパスワードを知っていれば、もう既にお前を利用してるはずだしな。……栞がいたら、きっと分かったんだろうな。あいつがいればな……」
「かつて栞さんと一緒に仕事をしていたモンスターなら、会いにいけるよ」
「モンスターか……」
「かなりコンピューターに詳しかったし、大広間に置いてあるUFOも作ったやつなんだ」
「技術者か……あ、あの月みたいなやつか? 昔、コンピュータールームには確かにいたが……。あたしにはあんま口聞いてくれなかったな。でもまあ、とりあえず会ってみるか」
「多分、何かは知ってると思う」
「そいつは今どこにいるんだ? この塔か?」
「月の塔の最上階にいるんだ。さっき会ってきた」
「ナツメグ、一緒に行くぞ。あたしのドラゴンに乗れ」
その言葉を聞いて、机と机の間に寝ていたであろう青いドラゴンが顔を出した。
ずっとそこにいたのか……。
気づかなかった。
ユーリはコンピュータールームの壁をボタン操作で開ける。
そして彼女は、もう飛べる体勢になっているドラゴンの背中に乗った。
「ナツメグ、後ろに乗れ」
「あ、ありがとう……」
ユーリに促されるままドラゴンに乗る。
紗彩さんのドラゴンと感触は一緒だった。
……これは、ユーリに掴まっても怒られないのだろうか……?
そんなことを考えていると、ドラゴンは空に向かって急発進した。
思わずユーリのお腹のあたりを後ろから掴む。
何か言われるかと思ったが、特に何もリアクションはなかった。
僕らは、月の塔へと飛んでいく。
……さっき別れたばかりのムーンじいさんの元へ。
ボウケンクエスト -月の塔-
「おーい、モンスター!」
月の塔最上階に着くや否や、ユーリはそう叫んだ。
モンスターと呼ぶのは斬新だ。
まあ、モンスターであることには違いない。
ムーンじいさんはそこにはいないようだった。
「何じゃ……騒がしいのう……」
……と思ったら、ムーンじいさんが奥からゆっくりと歩いてくる。
ユーリと僕の突然の登場に、驚いているわけでもなさそうだった。
僕が二度と会わない感じを出していたことに関するリアクションも、特になかった。
流石に長く生きていると、少々のことには動じないのだろう。
……実際に長く生きてるのかどうかは知らないが。
「モンスター、パスワードを教えろ!」
「急に何じゃ……。ユーリ様かい……。パスワード……? はて、何のことか……」
「しらばっくれるな、モンスター」
「ワシの名前は、ザ・クレータ……」
「モンスター、お前は最後の塔のコンピュータールームに、かつていたよな?」
「そうじゃが……」
「そこで、前のラスボスがパスワードを打ち込んでいなかったか? あのマザーコンピューターに」
「パスワード……? 何に使うものじゃ?」
「あたしの仲間が閉じ込められている場所だ。その場所を特定するためには、それが必要なんだ」
「……なるほど、それじゃな。それなら…………。いや、それは言わぬよう、命令が下っておる。ハイパーアルティメットキングドラゴン様は、そのことについて口外せぬようワシに命じなさったのじゃ」
「何だと? ここまで来たのに教えてくれねぇのかよ! もういいだろ、ハイパーアルティメットキングドラゴンは死んだんだしよ!」
モンスターはラスボスの命令には絶対に従う。
それはプログラムされていることだから、変えられないだろう。
……ヒントくらいは教えてくれないだろうか。
僕が頼めばそのくらい……。
僕が……?
そうだ。
ラスボスは、今は僕なんだ。
その僕からの命令なら……。
「僕からのお願いです。その場所について、教えてください」
「ナツメグ様の命なら……、従いましょう」
「おお! 本当か! モンスター!」
「あのコンピューターのことなら、ワシはよく知っておる」
「お前、前のラスボスが皆を閉じ込めてたあの時にコンピュータールームにいなかったよな? なのに何で分かるんだ」
「そのシステムは、ワシと、栞様が作ったんじゃからのう……。当たり前じゃ」
「いつの間にそんな刑務所みたいなところを作ってたんだよ、お前らの責任は重いぞ」
「ハイパーアルティメットキングドラゴン様の命令だった故、仕方のないことじゃ」
「待てよ。そんな場所をあらかじめ作ってたってことは、じゃあ、あたし達のクーデターを予測してたってことか?」
「いや、あれは急な事件じゃった。お主のクーデターに関係なく、ハイパーアルティメットキングドラゴン様が、何かあった時のために作った場所じゃ。ワシと栞様は、その場所を『墓場』と呼んで開発にあたっておった。……作ったらワシらが入れられるんじゃないかと、栞様と冗談で話していたわい」
そんなことがあったのか……。
とにかく、その『墓場』のことを教えてもらわなければならない。
まずは、そこに行くためのパスワードだ。
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