第28話 人間の心を持ったモンスター
xo魔梨亜oxの魔法銃を拾ってあげたかった。
それだけが心残りだった。
しかし天井が落ちてくるあんな場所に、あれ以上は居られなかった。
エレベーターはもう使えなかったため、僕は、右手に剣、左手に刀を持ち、階段をゆっくりと上がっていく。
10階の方からは、時折何かが崩れる音が聞こえてきた。
この塔自体が崩れていってしまうかもしれないという不安は、ないわけではなかった。
でも今や、そんなことはどうでもよかった。
外から差し込む光。
もうじき朝になりそうだ。
そういえば、ユーリとの約束があったな。
夜はもう、過ぎてしまった。
まあ、彼女はいつも最後の塔にいるわけだから、多少遅れてもいいだろう。
……と思うかもしれない。
でも僕は、約束はしっかりと守りたい派なのだ。
それに、すぐにでもユーリに会いたかった。
僕の考えはもう、固まっていた。
あの比較的元気だった剣士は、「楽しみたくてこのゲームをやっていたのに」と言った。
あそこにいた他の剣士たちも同じ考えだっただろう。
彼らだけではない。
xo魔梨亜oxだって、鈴木君だってそうだろう。
僕だってそうだった。
剣士たちは、腕試しだとか軽い気持ちでこの塔に上がってきたのかもしれない。
それなりの強さがあれば越せるだろうし、まさか全滅するとは思わなかったのだろう。
思っていたよりもザコモンスターが強かったのかもしれない。
死ぬかもしれないのに塔に登る方がおかしいだろ、とは思わない。
全部、僕のせいなのだ。
僕の、誰にも嫌われたくないという心の奥にあった思いが、そうさせたんだ。
何であんなに二つ返事でラスボスになったのか、今となっては分からない。
悲劇は、僕が起こしたものだ。
結局僕はハメられただけだったんだ。
万が一、紗彩さんにその意図がなかったとしても、結果として僕は人を殺している。
もうこれ以上、大人しく紗彩さんの言うことなんか、聞けない。
僕がラスボスにさえならなければ。
あの死んだ剣士、大切な人がいたのかもしれない。
僕は、信じられないくらい簡単に、悲しみを生み出してゆく。
鈴木君は、空気は読めないし性格も終わっている。
でも、礼はしっかりと言うイイ奴だった。
少なくとも僕なんかよりはイイ奴だ。
何でそんな僕だけがのうのうと生きていて、楽しもうとしてこのゲームに来てくれた人たちが消えていってしまうのだろう。
僕がプレイヤーだった頃は、楽しかったな。
もうちょっと色々なことを考えて行動すれば良かった。
マンタンポーションだって、アップアップルだって、ウニュ町だって……。
どれが直接的な原因になったかはよく分からない。
ただ、ウニュ町を作ったあたりから、世界が変わり始めてしまった。
ずっと何も変わらず単調だったゲームを明らかにおかしくしてしまったのは僕だ。
遊びに来てくれた人たちに対して、取り返しのつかないことをしてしまった。
人に必要とされたことのなかった僕が、必要とされた。
それが嬉しくて、ラスボスになることを深く考えずについ承諾してしまったんだ。
それが全ての始まりだった。
僕は、20階に着いた。
そこにはムーン何とかじいさんがいた。
もう彼の正確な名前は忘れた。
「そのUFO、もう飛べる状態になっておるぞい」
全てを察したかのように、ムーンじいさんは言った。
……全てを察しているわけはないのに。
彼はモンスターなのだ。
「ありがとう」
ラスボスなのに、プレイヤーが死んで悲しい思いになっている……。
……なんておかしいだろう。
本来僕はプレイヤーと敵対する関係にあるからな。
こんな複雑な事情、モンスターには分かるまい。
僕は円盤の方に歩いてゆく。
……待てよ。
なぜ、僕がプレイヤーたちと一緒にこの塔を上がってきた時、このムーンじいさんは何も言わなかったんだ?
これだけ喋れるモンスターだ。
「どうしてプレイヤーと一緒なのじゃ?」とか言ってきてもいいだろう。
……まあ、どうでもいいや。
トボトボと歩いている僕に、ムーンじいさんが話しかけてくる。
「ワシは……人間というものが好きなのじゃ」
「……どうしたんですか、急に……」
「お主と、喋りたくなったのじゃよ」
「何で人間が好きなんですか?」
「栞様と……一緒にいて、楽しかったからじゃ。ワシは人間から見たら、醜い塊のようなものじゃろう。一応月を模しているようじゃがのう。でもワシから見たら、人間は美しいものに見えるのじゃ……。栞様のおかげでな……」
「……何か、あなたはモンスターじゃないみたいですね」
「いや、ワシはれっきとしたモンスターじゃ。人間ほどの感情は持てないんじゃよ。ただ上からの命令を聞くプログラムじゃ」
「あなたは人間みたいな気がします」
僕はUFOにまたがる。
そして、少し浮き上がらせた。
この前とは、まるで違う。
まるで自分の手足であるかのように動かせる。
こんなに感覚的に操作できるものだったのか。
「何だか、寂しいのう……」
「大げさですね……」
「なぜかは分からぬが、もうお主とは会えない気がするのじゃ……。ナツメグ様は、随分と、変わったのう。かつてメンテの時に会議室で見かけた自信のないお主は、もうおらん」
「……どうでしょうね」
「またいつか会えることを楽しみにしておるよ」
「あなたは完全に、人間の心を持ってるでしょう……? モンスターはそんなに寂しがったりしませんよ」
「いや、ワシは……モンスターじゃよ……」
「栞さんがいなくなった時、あなたは、悲しかったでしょう?」
「………………」
「もうあなたには人間の心に近いものが宿っているんじゃないですか? それはいけないことだと自分で考え、そのことについては考えないようにしていたんだ。人間の感情を持ったモンスターなんていないですからね。エンジニア向けに作られたあなたは、かなりの知能を持っていて、人間の感情が理解できるほどのスペックを持っていた。それでずっと栞さんと一緒にいたから……そうなってしまったんでしょう。栞さんは……優しい人だったんですね」
「ワシは……モンスターで……」
「『自分は心のないモンスターだ』と、ずっと自身に思いこませているだけでしょう」
「……ワシは、そんな…………」
「ハイパーアルティメットキングドラゴンに、栞さんは敵だと吹き込まれた時もあったと思います。というか、あなただけでなくモンスター全員に周知したはずです。ラスボスのことが嫌いでも、こうしろと命令されたり言われたことは渋々でもやるのがモンスターです。でもそれにも関わらず、あなたはずっと『栞様』と呼んでいる。命令に囚われない、揺れ動く気持ちがあなたの中にあった。それだけ、あなたと栞さんとの絆は深かったんでしょう」
「……ワシは…………」
「最後に、あなたみたいなモンスターと会えて良かった」
「最後……?」
「UFO、ありがとうございました! では!」
僕は明るく振舞い、開いた出口から、外に飛び出していった。
行き先はもちろん、最後の塔。
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