第26話 エンジニア魂


 名前に妙にこだわるザ・クレーターマン・ムーンさんとの会話は続く。

 月っぽい名前だから、僕はここに配置したのだろう。


 改めて聞くとすごい名前である。

 ザ・クレーターマンでいいじゃないか。

 むしろ、ザ・ムーン・クレーターマンでいい。

 並び替え問題があったら間違いなく僕はこう答える。



「ワシが、直しておいたのじゃよ」


「……直して……おいて……くれたんですか……?」


「そうじゃ」


「本当ですか? あ、ありがとうございます……。どこかおかしかったですか……?」


「加速減速のあたりが、壊れておったぞ。あんな危険な物に乗っていては、命がいくつあっても足りないぞ。よくあれに乗っていたものじゃ」



 ザ・クレーターマン・ムーンさんは良い人だったのか。



「ワシは、こう見えてエンジニアじゃからのう……」



 こう見えて……?

 見えないが……。

 むしろ、どんな見た目をしているんだ?

 恐らく、老人のような感じなのだろうが。



「ナツメグ様、今ちょうど良いところにいるのう。そのままずっと真っすぐ歩いてきてくれんか?」



 僕は言われた通り、真っすぐ歩いていく。

 すると、不自然に壁が開いているところがあった。

 僕はとりあえず、その前で止まる。



「そこに入るのじゃ」



 何だか良く分からなかったが、そこに入ると、その壁が急に閉まる。

 あたりが真っ暗になった。



 ……まさか、閉じ込められたのか?



「そこは、非常用のエレベータじゃ。あと数秒で塔のてっぺんに着くぞい」



 そうか、良かった……。

 いや、良くない。

 あの剣士たちはどうなるんだ。



 僕は月の塔最上階へと着いた。

 扉が開くと、そこには、月に手足が生えたようなモンスターがいた。

 それ以外に形容のしようがない。

 しかし、どでかいというわけではなく、直径1,5メートルほどだろうか、普通の月であった。

 普通の月……というのが良く分からないが。



「ナツメグ様……。よくぞお越しくださった」


「割と強制的に来させられたような気がするけど……」



 ここが月の塔、最上階か。

 何だか、前にもここに来たことがあるような気が……。


 ……いや、最後の塔と構造が同じなのだ。

 僕は今、最後の塔で言うところの広間で、ムーンじいさんと二人きりなのだ。



「UFOはそっちじゃ……。その部屋の中にあるぞい」



 ムーンじいさんは、最後の塔で言うところの会議室にあたる部屋の方を指差す。

 彼の後に続き、その部屋に入っていった。

 いつだったか、紗彩さんの後ろについて会議室やコンピュータールームに入ったことを思い出す。

 いい香りがしたっけ。


 今や、意味不明な月の後ろを歩いているのである。


 この差は何なんだ?



「これじゃ」



 部屋に入り、ムーンじいさんはUFOを指差す。

 それは見覚えのある、僕が乗っていた円盤だった。

 ボタンの場所といい……、間違いない。


「この後方の、ブーストするところじゃ。ここがちょっとイカれておったわい」


「あ、そうなんですか……。なるほど……」



 全然分からなかったが、とりあえずなるほどと言っておいた。



「……というか、何でこのUFOが壊れてるって分かったんですか? UFOが勝手にここに来たんですか?」


「はるかぜ街の近くに墜落するそのUFOを見たんじゃよ。そこにはナツメグ様とプレイヤーが乗っておった」


「墜落……。一応着陸したんですけどね……」



 僕がプレイヤーと慣れ合っているというところに関しては特に何も言ってこなかった。

 こういう人がキレると一番怖い気がするから、ひとまず安心だ。

 下手したらあの樹よりも怖いかもしれない。

 いや、あの樹の方が怖いかな……。



「ワシはエンジニアじゃ。調子が悪いことくらいはすぐに分かる。ここからのモニターでもそれを確認していたんじゃ」


「あぁ、ここにもあるんですね。モニター」


「この塔の近くしか見ることはできないんじゃがな。それで、遠隔操作してUFOをこの塔に収容したんじゃ」


「……遠隔操作……? そんなことができるの?」


「この円盤の構造は熟知しておる」


「このUFOのことを知っている人がいたんだ……」


「人……? ワシはザ・クレーターマン・ムーンじゃ」


「すいませんでした……」



 それにしても、僕がこうしてちゃんと話せる相手がモンスターの中にもいるなんて思っていなかった。

 紗彩さんやユーリだけでなく、モンスターの中にもこういう知的な会話ができるやつがいるんだ。

 僕が今まで会ったタコとか樹とかああいうのとはまた違うみたいだ。



「ザ・クレーターマン・ムーンさんは、墜落していくUFOを見て、ここから色々モニタリングして調べていたら、不備を見つけて、エンジニア魂に火が付いて、ここに遠隔操作で呼び寄せたってことだったんですね?」


「……そういうことじゃな。あんなものに乗っていたら危ないんじゃ。開発当初からこれは不備が目立ってのう……」


「ムーンじいさんがこれを作ったんですか?」


「ザ・クレーターマン・ムーンじゃ」


「はい」



 だんだん腹が立ってきたな。


 ムーンじいさんは、このUFOの良い所を解説し始める。

 にしても、これを作ったのが彼だったなんて。



「ワシは開発の手伝いをしていただけじゃ。あの頃は人手が足りなくてのう。ワシは元々そういう目的で作られたのじゃ」


「そういう目的で……? そうだったんですか?」


「一応戦うこともできるんじゃが……、元々はエンジニアとして作られたモンスターなのじゃ。あの最後の塔のコンピュータールーム、お主が今いるところじゃ。あそこに長いことおったのじゃよ」


「あそこに……。あそこに……? ということは、ユーリたちがクーデター未遂を起こした時、あの場に居合わせたとかはないんですか?」


「色々あったそうじゃな。ワシはその時コンピュータールームにいたから……分からないのう」



 その時あの部屋にいた……?

 本当か。


 それにしても、ここまで話せる人がいたとは。

 人じゃないけど。

 もっと色々なことを聞いておく必要がありそうだ。

 このおじさんの知っていることが、僕の人生も大きく左右しかねない。



「ワシも詳しくは知らないんじゃが……。しかしあれをきっかけに、ワシはエンジニアの職から外されてしまったのじゃよ」


「あのクーデター未遂事件がきっかけで?」


「そうじゃ……。懐かしいのう」


「まさか、ムーン……いや、えーっと、ザ・クレーターマン……ムーン……?さんも、ユーリのクーデターに参加してたんですか?」


「いや、全くしとらんよ……。ユーリという人物とはワシは関わりを持っていなかったんじゃ」


「分かったぞ。クーデター未遂事件が起こって、もっとセキュリティを高めようとラスボスが思って、防衛の方に回されたとかでしょう」



「栞様がいなくなってしまわれたからですな……。ワシは、栞様の下で、あそこで働いておったのじゃ」



 栞……?

 紗彩さんと仲が良かった栞さんか。

 直属の部下にこんなところで会えるとは……。



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