第17話 ハンブンポーション


 目が覚めると、宿屋のベッドの上だった。

 朝の光が差し込む。

 なぜ宿屋と分かるかというと、大量のベッドがある広い部屋だったからだ。

 大体のゲームの宿屋はこんな感じの設計だ。


 それにしても、僕はどうして宿屋にいるのか。



「あ、良かった。ナツメグー!!」



 xo魔梨亜oxの声。

 そういえば……、xo魔梨亜oxを助けにウニュ町まで来たんだ。

 戦争が起こっていたから……。



「ナツメグ、宿屋の前の道路で瀕死になってたよ!! バトルの途中だったからちょっと回復してあげられなかったけど、とりあえずベッドに寝かせておいた!! ナツメグは今起きた?? 魔梨亜も今ここに戻ってきたとこだよ!!」


「バトル……って何……? 戦争? クーデター?」


「……?? 普通にPvPだよ!! PvP!! 厳密に言うと集団戦!! ナツメグはもしかして参加してなかったの?? 通りすがり?? 巻きこまれただけなのか……。災難だったね……」


「え、集団戦……?」


「このウニュ町、街全体がPvPエリアなんだよ、ナツメグは知らなかった?? でもしょうがない、最近発覚したことだからね!! ここがPvPエリアだってことが!! それで、掲示板で集団戦やろうぜって話になってて、それでバトルやってたんだよ!! バトル!!」


「知らなかった……。というか、僕らが今いるここもウニュ町なのか……。なるほど……」


「近くで爆発が起こって、そっちの方行ってみたら、どっかで見たことある冴えない剣士がうつぶせになって倒れてるからさ……!! ……たまたま歩いてたら流れ弾に当たったんでしょ……?? ナツメグらしい!!」


「そ、そうみたいだよ……。本当迷惑な話だ。僕みたいな通りすがりの人が他にもいたらどうするの?」


「そもそもウニュ町は何もないから、わざわざ来て通りすがる人がいないんだよ!!」


「確かに…………」



 っていうか、ここ何でPvPエリアなんだ?

 ゴーストの森だけじゃなかったのかよ……。


 乗ってきたUFOは見られてないみたいだ。

 僕が追突して起こった爆発も、街全体でバトルをしていたから気づかれなかったんだろう。

 それにしても、生きてて良かった……。



 しかし身体が痛すぎる。

 僕は今、どれくらいの体力を残しているのだろう。

 バーチャルな文字盤を出して、体力を調べてみる。


 xo魔梨亜oxもそれを覗きこんできた。

 僕の体力は残り8%であった。

 なかなか危なかった。

 事故死は本当にまずい。



「ナツメグ、ここの表記おかしくない?? 何でパラメータが出てないの??」



 本当だ。

 いつもの癖で開いていたが、多分ラスボスになったことで変わってしまったところだ。

 僕は急いでそれを閉じた。



「何かぶつかっておかしくなっちゃったんじゃないかな? 今度サポートセンターに問い合わせてみるよ」


「そうだね~、何かあったらサポートセンターにすぐ言った方がいいよね!!」



 そういえば、サポートセンターってどこにあるんだろう……。

 プレイヤーの頃は少しお世話になったことがあるが、モンスター側というかゲーム側についた今、サポートセンターの話は一切聞かない。

 管轄が違うのだろうか。



「ナツメグ、回復アイテム持ってる??」


「いや、持ってない……」


「じゃあ魔梨亜様のハンブンポーションをあげよう!! マンタンポーションが急になくなるバグが起こってから、もうこれしかない!! 残り一個なんだ~!! 残り一個!! 早い者勝ち!! 欲しい人!?」


「はーい…………」



 僕は軋む右手を挙げる。

 xo魔梨亜oxが、ハンブンポーションを手渡してきた。


 もらったものの……。

 僕はコンピュータールームできっと自分で生み出したりできるはずなんだ。

 xo魔梨亜oxになけなしの一個をもらうなんて……。

 マンタンポーションを作る前、ハンブンポーションが一番の回復量を誇るアイテムであった。

 しかもなかなか手に入らない。

 マンタンポーションが完全に削除されてしまった今、これはかなり貴重なものなのだ。



「ナツメグ、どうしたの??」


「いや、……やっぱり、いいや……」


「……え?? 何言ってんの??」



 すると、窓の外で男たちの声が聞こえてきた。

 それに加えて、武器同士がぶつかり合う音もする。

 誰がどう聞いても戦いの音であった。



「あ、誰か戦ってるみたいだね!!」


「xo魔梨亜ox、バトルは終わったんじゃなかったの?」


「大きいのは終わったけど……。でもここはPvPエリアだからね……。普通に戦ってる人もそりゃいるだろうね!!」



 物騒だな……。

 塔に戻ったらこの町はPvPエリアから外すかな。

 いや、でも皆が面白いというなら、一つのコンテンツとして継続させるのもアリか。

 ていうか、そもそも何でPvPエリアになってるんだ?



「ただ……、バトルやってて気になることがあってさ……」


「何?」


「バトルでHPが0になった人が、どこに復活するのか分からないんだよね!!」


「ランダムな場所に復活しちゃうってこと?」


「いや、じゃなくて……。どこに復活してるのか分からなくて会えないの……」


「何だって……」


「このバトルを主催した人にさ、終わってから『ありがとうございました!!』って言いに行こうと思ったら、どこにもいなかったんだよね。連絡も取れないの」


「ゴーストの森は、中で死んだら入口のところに復活したけど、ウニュ町の入口にはいないの?」


「近くにいたら来てくれると思うんだよね……。だから何か微妙な感じで終わってしまったよ!!」



 死んだ人が消えてしまう……?

 そんなバカな……。

 勝手にPvPエリアにもなっているし……。


 塔に帰ったらこの町のことをもっと詳しく調べなくては。



「あれ……。ナツメグ、見て!! 何か、変質者が襲われてるよ??」



 xo魔梨亜oxは窓の外を見てそう言う。

 変質者が襲っているのではなく、変質者が襲われているのか。

 やっぱり物騒だな。



「助けなきゃ!!」



 xo魔梨亜oxは、宿屋の入口の方へと駆けていった。

 この宿屋は、僕が今いる大きな寝室と、入口の方のNPCがいる大きなロビーの、二つの大きな部屋からなる。



 窓の外を見ると、赤い羽織に赤い袴のサングラスをかけた男が、、三人の男に長槍でどつかれていた。

 ……確かに、変質者が襲われていた。

 正義感の強いxo魔梨亜oxは見ていられなくなったのだろう。



「弱い者いじめはやめろー!! やめろ!!」



 xo魔梨亜oxはそう叫ぶ。

 相手の強さも分からないのによくそういうことが言えるものだ。


 ……って、この長槍三人衆は……。

 いつかモニターで見たことがあるやつらじゃないか。

 一人は全身を鎧で覆っている。

 あれがリーダー格のやつだ。



 xo魔梨亜oxの声を聞き、三人は彼女の方に一気に走っていく。

 血の気の多い連中だ。



 これは、xo魔梨亜oxが危ない!



 しかも、今、死んだらどうなるか分からないという話をしたばっかじゃないか。


 とは言っても僕は体力が……。

 仕方ない。



 ハンブンポーションをありがたく頂こう……!


 僕はHPを50%増やし、xo魔梨亜oxのところへ走る。



 赤い和服男はぐったりと地面に倒れていた。

 消えていないということは、そいつはまだ死んでいないと思われる。



 長槍三人衆は特に陣形も組まず、固まってxo魔梨亜oxに襲いかかっていった。



 間に合ってくれ!!



 ドゴン!!



 僕は宿屋の中の段差に思いっきり躓いて転んだ。




 ズゴォォォォォォォォォン!!!!


 ガシャーン!!




 爆発と、ロビーのガラスが思いっきり割れる音。

 xo魔梨亜oxの魔法銃の爆発だ……。



 彼女のいるところが爆発したけど……大丈夫か……?



 煙が晴れていくと、そこにはxo魔梨亜oxが倒れていた。

 何があったんだ。



 ヨロヨロとそこから何とか逃げていく全身フルアーマーの男も見えた。

 あとの長槍二人は死んで消えたようだ。

 というかあれを至近距離でくらったら、普通の防御力のやつならまずいなくなる。

 あの鎧男は、少し離れた位置にいたのか、運が良かったのだろう。


 僕も、段差で転ぶという間抜けなことが起こらなければ、今頃あの爆発の中にいたかもしれない。

 そう思うとゾッとした。



 宿屋の前にはxo魔梨亜oxと変質者が倒れていた。

 フルアーマー長槍マンがまた戻ってきたり、他の無法者が来てしまうかもしれない。

 とにかく、二人を宿屋の中に運ぼう。



 まずはxo魔梨亜ox。

 どうやって運ぶのが効率的かと考えた結果、おんぶすることにする。


 早速彼女を背中に乗せた。

 その時、僕の両手が完全に彼女のスカートの中に入った。


 ……………。


 意識がない状態で良かった……。

 僕は彼女をそのまま運んできて、ベッドに寝かせる。

 何て無防備なんだろう……。


 …………。


 ……いや、いかんいかん。



 ……というか、この宿屋、金いらないのか?

 NPCが全然機能していないから、僕は無料でベッドを使っているけど……。

 よくよく考えたら僕がここに寝ていて回復していなかった時点で、この宿屋は終わってるんだが。



 続いて、変質者を。


 外へ出ると、赤い男は仰向けに寝転がっていた。

 どうやらまだ意識はあるようだった。



「……き、君は……」



 どこかで聞いたような声。



「ナツ……メグ……君……」



 変質者は言った。

 いくら僕の交友関係が広い(勿論ゲーム内の話)と言ってもこんなやつは知らないぞ……。

 でも、僕のことを君づけで呼ぶのはあいつしかいなかった。



「もしかして、鈴木君……?」


「そうだ」



 それは、鈴木君だった。

 赤い羽織に赤い袴、サングラス。

 髪も全部白髪になっている。

 彼に何があったというんだ。

 今は色々聞けそうにないから、元気になったら後で聞こう。


 鈴木君に肩を貸し、xo魔梨亜oxと同じようにベッドまで運んだ。

 そしてそこに寝かせる。



「ナツメグ君、彼女に、これを使ってあげてくれ……」



 鈴木君が懐から出したそれは、ハンブンポーションだった。

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