第15話 ユーリと、青いドラゴン

 ユーリは最後の塔に配置したはずだ。

 なぜこのコンピュータールームに……。


 ……って、ここも最後の塔か。

 具体的に「○階に配置」という風にしていなかった。

 僕はいつも詰めが甘い……。

 この塔内部ならどこでも行けるわけだ。



「ナツメグ。そもそも、何でドアがねぇんだよ」


「モンスターにやられたんだ」


「早速反乱かよ、おもしれぇな。クーデターか?」



 ……これは笑っていいところなのか。

 ユーリの口調はだいぶ乱暴だなと改めて思う。



「いや、樹がさ。樹がノックしてきたら壊れたんだよ。木のドアだったんだけどさ。樹が木を壊すってどうかしてる。あいつには何の感情もない」


「樹……? あぁ、あいつか……。気に入らないやつはシメておけよ。何だかんだ、モンスターは人間に一目置いてるから大丈夫だろ。最初にナメられたら終わりだぞ」


「急にラスボスになっておいて、いきなりモンスターをシメるのは良くないよ」


「今度は壁壊されっぞ。……で、お前に今日相談があってさ」


「……まぁ、話は聞くだけ聞くよ」



 ユーリは勝手に、僕の正面にあった空いていた椅子に座る。

 派手な青いミニスカートに目がいく。

 彼女は大きく脚を上げ、組んだ。


 見たことのない派手な色の光景がそこに広がっていた。


 

 ユーリは膝まである青いブーツも履いており、これは絶対領域と呼んでイイものなのか迷う。

 彼女は、白と青で構成された、胸元が大きく開いためちゃくちゃ露出度の高い服を着ていた。

 お腹も露出しているため、腹痛持ちの僕としては見ているだけで腹が痛くなる。



「何ジロジロ見てんだよ?」


「……残念だけど、僕は胸は小さい方が好きなんだ」


「…………何言ってんだ? キモいな、お前」



 自分でも何を言っているか分からなかった。

 穴があったら入りたい。


 青いドラゴンは、コンピュータールームの入口付近に立っていた。

 紗彩さんの黒いドラゴンより、どこか気性が荒そうだった。

 この部屋で暴れ出したりしなければいいけど……。



「いやぁ、ナツメグがラスボスになって少し経ったわけじゃん? この世界の様子を見てっと、お前、色々苦労してるみたいだなって思ってよ」


「そうだね。見ての通り、めちゃくちゃになってる」


「あたしは、そんなナツメグの力になりてぇと思ってる。紗彩から既に色々なやり方を聞いてるだろうけどよ」


「確かに分からないことだらけだけど、ユーリの助けはいらないよ」


「紗彩はその機械の操作方法は教えてくれるけど、その先は教えてくれねぇだろ? どういうアイテムをどういう値段で売るかとか……」


「それは教えてくれないね。紗彩さんは、プレイヤーだった僕に一任してくれてる」


「紗彩は、分かってねぇんだよ、何も。具体的に何をしたらいいか知らねぇんだからな。センスがねぇ」


「知ってるけど言わないだけじゃないかな。多分、紗彩さん自身が色々指示してしまうと、僕の考える力が伸びないからじゃない……?」


「はぁ………………」



 ユーリはため息をつき、脚を組みかえる。

 ため息をつくと幸せが逃げると言うが、その空中に吐き出されたため息を吸った者は逆に幸せになれるのだろうか。

 彼女は頬杖をついて、面倒くさそうに続けた。



「お前に『不快だ』って思われたら、どうなるか分からねぇからじゃねぇか? 言っとくけど、お前は何でもできるんだからな?」


「いや、全然できる気がしないけど……」


「それは操作方法を知らないだけだ。自分がどういう権限があるかすら分かってないだろ?」


「分かってない。とりあえずこのゲームを良くしようという気持ちだけはあるけど」


「ナツメグが気に入らねぇって思ったやつは、この世界から消すことだってできるんだぞ。モンスターだってそうだ。中ボスクラスの凶暴そうなモンスターだって、反抗はしてきても何だかんだ素直に言うことを聞いてくれるだろ? それはお前が怖いからだ。あの紗彩にとってですら、お前は脅威なんだよ」


「前のラスボスが恐怖政治っぽかったっていう話を聞いてるから、僕はなるべく皆と仲良くしていこうと思ってるよ」


「仲良く? 夢みてぇな話してんじゃねぇよ。生きるか死ぬかなんだぞ。特にあたしや、お前みてぇな人間はよ。モンスター側の人間は死んだらどうなるか、流石にもう知ってるよな?」


「知ってる。変なライオンとかに言われたよ」


「現に前のラスボスはお前に殺されたわけだしな。突然、ああなることもあるんだぞ?」


「だから波風立たないように過ごしてるつもりだよ」


「甘いんだよお前は。前のラスボスだって、まさか自分が死ぬとは思ってなかったんだ。お前もそのめでたい考えを捨てろ。あたしの言うことを聞いた方がいいぞ?」」


「僕は紗彩さんを信じてるよ。ユーリの話はあまり聞きたくないね。僕は紗彩さんから、ユーリがクーデターを起こそうとしていたことを聞いた。そんな危険人物の言うことなんて聞けるわけないだろ。こっちだって忙しいんだ、帰ってくれ」


「クーデター……。それを知ってるなら話が早い。お前、モンスター側の者同士って基本的には攻撃できないのは知ってるか?」


「……知ってるけど」


「基本的には攻撃できないのに、あたしがクーデターを起こすなんておかしいと思わねぇか?」


「ユーリとその仲間たちは、何らかの特殊な方法を使ってラスボスに攻撃できるようにしていたんだろう」


「その通り。もし……の話なんだが、まだあたしがお前を攻撃できるとしたら、どう思う?」



 ……マジで?

 絶対攻撃できないだろうと思っていたから割と強気に出ていたんだけど……。

 嘘だろ。


 ユーリはしょっていた弓に手をかける。

 青いドラゴンが僕を睨みつけた。



「……なんてのは、冗談だけどな。あたしがクーデターを起こした時はそのへんの設定をこっそりいじれたんだけど、今は流石にパスワードとか変えられてるだろう。だからお前を攻撃できねぇよ。……試しにやってみるか?」


「……いや、冗談でもそういうのはやめてくれ」



 危なかった……。

 この世界の勝手がまだ分からないから、本気か冗談か分からない。



 っていうか、ドラゴンの方も超怖いぞ。

 一人称が「我」っぽい。

 二人称は「貴様」だろう。

 なんて思いながらその青いドラゴンを見ていたら、うっかり目が合ってしまったので急いで逸らした。



「にしても、だいぶお前肝がすわってるな……。今死ぬかもしれなかったんだぞ? 一応、紗彩が選んだやつだもんな……。そこらへんのプレイヤーとは違うか」



 このままナチュラルに弓で射られるかと思って茫然としてしまっただけだった。

 ユーリの強さは詳しく分からないが、装備を見る限り、なかなか強そうだ。

 プレイヤーが持っていない装備もある。

 もしかしたら、モンスター側のみ使える装備とかあるのかもしれない。



「まぁ、ユーリはもう帰ってくれよ、仲間になんかならない」


「いつまで紗彩の言うことを聞くつもりだ? 確かにあたしはクーデターを起こそうとした。でもな、紗彩はクーデターを実行しただろ?」


「……え? どういうこと?」


「お前を利用して、ハイパーアルティメットキングドラゴンを殺させたんだよ。あたしは後から聞いたよ。メンテ中にお前だけをゲーム内に残したんだってな」


「……? そうだったのか……。全てが上手くいきすぎていたと思ったけど……、やっぱりあれは紗彩さんに仕組まれていたことだったのか」


「そうだ。紗彩は戦えねぇ。だから、ラスボスを倒すこともできなかった。それでお前を使うしかなかったんだ。ナツメグを利用した立派なクーデターだろ」


「いや……でも、紗彩さんなりの考えがあったはずだよ……」


「紗彩は、あたしをラスボスにしたくない一心で、その行動を起こした。あたしへの個人的な恨みだよ」


「で、でも……どんなに紗彩さんの悪口を言ったところで、僕はよく分からないユーリに協力することはないよ」


「お前は紗彩を信じすぎなんだ。あいつは運営から来たやつだぞ。あたしは元プレイヤーだ。そう、お前と同じ、元プレイヤーなんだよ」


「……それ、本当なの?」


「あたしはいきなりラスボスじゃなかったが……、あたしが来た時は、今よりも中ボスクラスのモンスターたちのAIが低かった。つまり、彼らの頭が悪かった。それもあって単純にモンスター側が弱くて、戦力としてあたしがスカウトされたっていうわけ。でも入ってみたらどうだ。この世界から出られなくなった挙げ句、HPが0になったら現実世界にも戻れないときた。こんな理不尽な世界があるか?」



 僕は何も言えなかった。



「何考えてるか分からない紗彩のせいで、あたしやお前がこの世界で死ぬことになったら死にきれないだろ。だから、あたしと組んだ方が良い結果になるとは思うんだけどな?」


「……ちなみに、ユーリと組んだら何が起こるんだ」


「まず、マザーコンピューターのアクセス権限をあたしにも欲しい。全てお前の決断を待つのだと時間がかかるだろ? お前は一人しかいないんだから。二人いれば二倍だ、いや、もっとかな。五倍くらいにはなるぞ」


「うーん……。それだけは……」



 ユーリの言っていることも分かる。

 ただ、紗彩さんがこのことを知ったら……。

 紗彩さんは悲しむだろう。



「お前、何か紗彩に吹き込まれたんだろ? だから急にあたしをこの塔に再配置したんだよな」


「………………」


「あたしは、紗彩が『ユーリは危険人物だから目の届くところに配置しておけ』ってお前に言ったんじゃないかって思ってよ。ハイパーアルティメットキングドラゴンの時と同じような扱いをするつもりなんだな、お前は」


「……まぁ、それを否定はしないけどさ。ユーリにクーデターを起こされたら僕だって嫌だからね」


「お前があたしに協力すれば、全てが上手くいくじゃねぇか……。あたしからしたら、危険人物はあっちだがね。じゃあ、考えといてくれよ。このことは、紗彩には言わない方がいいと思う。結果的にお前の不利益になるからだ。明日の今頃にまたここに来る。それまでに決めておいてくれ」



 ユーリは広間の方に帰っていった。

 続いて、青いドラゴンも部屋を出て行く。



 広間で壁が開く音がした。

 続いて、バサバサとドラゴンが翼をはためかせる音がする。



 僕はコンピュータールームに一人取り残されていた。


 掃除をする気力など、もうない。

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