第13話 繰り返される緊急メンテ
「私はナツメグさんに、このゲームの指揮をとってほしいのです。あんな殺伐としたことが起こるゲームにまた戻るのはもう嫌なのです」
紗彩さんの話を聞いていると、僕がラスボスになることは前から決まっていたのではないかという気持ちになる。
意図的に僕は一人、このゲームに残されていたのだろうか。
……まぁ、考えすぎか。
ラスボスになった今、僕は、今やれることをしっかりやるしかないのだ。
「私は、あの件の手掛かりをずっと探しているのです。具体的には、ユーリと同じように、彼女の仲間たちが囚われている場所を探しています。そこには、クーデター参加者はもちろんですが、無関係な栞の妹や、彼女と仲が良かったりした人たちも軒並み収容されているのです」
「クーデターに全然参加してない人達でも?」
「危険因子だとみなされて、栞の近いところにいた者は全員です。私は、栞と仲が良かったわけですが、何だかんだハイパ―アルティメットキングドラゴン自身の防衛の戦力になっていたので、囚われるのは免れましたが……」
「もしかして、紗彩さんが色んなところに行くのって……」
「そういうことです。私は、ずっと色んなところを探しているのです。その場所をユーリが先に見つけてしまって、その人たちに色々吹き込み、またクーデターを起こすなんてことになったら……大変なことが起こります。今はナツメグさんがラスボス。囚われている彼らは、ナツメグさんに恨みはないでしょう。私が先に彼らを見つけることで、彼らがユーリのクーデターに参加するのを防ぐことができると思います。そして罪のない人たちを解放し、栞が削除されたあの時、何が起こっていたことを当事者たちから直接詳しく聞きたいのです」
「栞さんがいくら優しい人だとしても、あの見るからに悪い人なユーリを庇って死ぬなんて……。命を賭けてでもあのユーリを守りたかったのかな……?」
「ユーリは口が上手いので……、もしかしたらあることないことベラベラと喋って、栞をそういう気にさせてしまったのかもしれません。私はユーリが憎いです……。だから、ユーリが動けない今のうちに、私が先に見つけるしかないのです」
紗彩さん……。
温厚であろう紗彩さんがここまで憎いと思うユーリ。
そしてユーリは今もこの世界を飛びまわっているのだ。
僕を倒すために。
ユーリの配置を解いてしまっているだなんて言えない。
はやく彼女を最後の塔に戻しておかなければ……。
「すみません。つい私的な感情が出てしまいました。ちょっと、頭を冷やしてきますね」
そう言って、紗彩さんは黒いドラゴンを呼んで乗り、すぐさま外へと飛んでいった。
もしかしたら、泣き顔を見せたくなかったのかもしれない。
……ちょっと見たけど。
…………。
って、僕は緊急メンテをやりにここに来たんじゃないのか?
すっかり紗彩さんと話しこんでしまっていて、ここに来た目的を忘れてしまうところだった。
それくらい、興味深い話だった。
僕はすぐに緊急メンテボタンを押した。
紗彩さんと話し込む直前に告知をしておいて、今メンテに入れば完璧だったのに……。
まぁ、悔やんだって時間は戻ってこないんだ。
前を向いていこう。
まずは、ユーリの配置を最後の塔に戻す。
そして、マンタンポーションとアップアップルの削除。
でもこれだと振り出しに戻ってしまうかな……。
まぁ、いいか。
不具合が発生したため一時的に使用を停止しますということにしておこう。
一時的と言っておいてごまかすのだ。
あそこまで塔をクリアされてしまうのは、プレイヤーが強いかモンスターが弱いかのどちらかということになる。
今回はプレイヤーが強かったわけだが。
……って、本当にそうだっけ。
そういえばザコモンスターって、僕はどう配置していたかな?
月の塔から金の塔まで、ザコモンスターの状況を確認してみる。
それらの塔はそれぞれ10階立てだ。
しかし、ザコモンスターは各階に1人ずつしか配置されていなかった。
……え……?
そうだった。
これ、僕がテストのためとか言ってこうしたんだった……。
道理であんな簡単に突破されたわけだよ。
うっかりにもほどがある。
プレイヤーの様子見て色々決めようと、こうしてたんじゃないか。
すっかり忘れてた。
これが一番悪かった。
とりあえず、僕だったらこれくらいがちょいムズだなという難易度で各塔にザコキャラを配置した。
最初からこうしておけばよかった。
僕が紗彩さんと話している時、広間の方で物音がしたが、それはモンスターが帰ってきた音だったのだろう。
あまり騒がしくなかったことから、多分月の塔をクリアする者が少し出た程度なのだと思う。
木の塔にいた樹とかがもしまた来ていたら、あんな静かではなかっただろうから。
今のところ、あの長槍のパーティーより進んでいるやつらはいないようだ。
次はプレイヤーたちの方だ。
強すぎる部分を少し調整しなければならない。
しかし、あのアップアップルで強化された装備だけをこちらで探すのは無理があるだろう。
強化装備だけをマザーコンピューターで弾き出すなんてできるのかな……。
いや、でも強化すること自体は問題ないし。
マンタンポーションの転売によって作り出された物かなんて分からないし。
そもそも違法じゃないし……。
皆がどういう装備を持っているのかはきっと調べられるのだろうけど。
でも一人一人見ていく時間なんてないよな。
見たって分からないかもしれないし。
要は、強化装備を見つけ出してそれらを削除することはできないということだ。
できてしまっているものは後で対応を考えることにして(というかそれしかない)、……一旦マンタンポーションとアップアップルを全て削除して、そこで様子を見ることにしよう。
せっかく買ったりしたアイテムが全部消えたらプレイヤーは怒るだろう。
少なくとも僕は怒る。
でもしょうがないのだ……。
しかしそうすると回復アイテムがまたなくなってしまう。
まぁ、異様に強いやつが現れてしまうのは面倒だからこれでいこう。
ここはアップアップルとマンタンポーション完全削除で。
批判は承知の上だ。
会議室の方が騒がしくなってくる。
皆が帰ってきたのだろう。
その声が、どんどん大きくなってきた。
だんだんそれはこの部屋に近づいてくるような気がする。
ドンドンドンドンドン!!!!
コンピュータールームをノックする音。
いや、ノックというか、扉を破壊しようとしているのかもしれない。
その境界線は曖昧だ。
ドンドンドン!!
これは「怒りに満ちたノック」である可能性が高い。
廊下がガヤガヤとしてきた。
しかしそんな状況でありながらちゃんとノックをしてくるあたり、最低限の礼儀は心得ているのだろう。
バキッ!!
扉が壊れ、樹のモンスターが現れた。
全然礼儀を心得ていなかった。
モンスターの集団の中で樹が先頭に立っていたようだ。
しかしその大きさからコンピュータールームの扉は通り抜けられないようで、入りたくても入れないといった状況のようだった。
恐らく樹の後ろに多数のモンスターがいるのであろう。
だが、ここからは樹の下半身(?)しか見えなかった。
「ナツメグ、あの回復薬をどうするつもりなんだ!!!!」
樹は大声を出した。
せっかく来てくれたのに椅子に座りながら話を聞くというのは違う気がしたので、僕は立ち上がり、樹の方に歩み寄っていった。
「僕はとりあえずマンタンポーションとアップアップルは完全に削除することにしたんだ。持ってる人には悪いけど……。それが今できる最良の方法かと思う。すまなかった」
「分かった」
納得はや!
樹は意外と物分かりがいいやつだった。
僕は椅子の方へと戻る。
さっきから、樹は動こうとしているのだが、どうやら動けなくなっているようだ。
ドアのあたりにハマってしまっているようだった。
……そんな図体していて、うっかりさんとかやめてくれよ……。
「なぜ戦わせてくれないでヤンスか!? 最後の塔、誰も来ないでヤンス!!」
変な声も聞こえる。
どうやら樹の後ろにいるやつが叫んでいるようだ。
戦いたいというやつもいるのか……。
モンスターにも色々いるんだな。
っていうか何だよその口調は……。
「全くよぉ……。ナツメグ様の思いつきで我々は振り回されっぱなしじゃねぇかよぉ……」
また樹の後ろから声が聞こえる。
僕のところから樹しか見えないから、誰が言っているかは分からない。
くそ……、僕から見えないのを良いことに匿名で色々言いやがって……。
うるさいやつはまとめて意味不明な平原とかダンジョンに配置してやろうか。
プレイヤーも入れないようにするから、暇な毎日が待っているぞ。
……いや、それこそ僕がハイパーアルティメットキングドラゴンみたいになってしまうか。
そんなことしてたらクーデターも起こされてしまいそうだし。
……というか、もう既に僕の反乱分子もいるんだろうな。
このまま放っておいたら、僕も前のラスボスみたいになってしまうのだろうか。
誰にも守られず、死んでいく。
モンスターが一致団結したら……。
僕は負けるだろう。
今思えば、僕の味方は紗彩さんだけなのではないか。
僕自身、強くなる必要がある気がする。
何しろ僕の強さはプレイヤーの時のままだ。
しかもプレイヤーの中でも特に強かったわけでもない。
僕がアップアップルで最強の装備を作れば……。
いやいや、僕は戦いたくない。
皆で仲良くいきたいんだ……。
そうだ。
このモンスターたち、文句があるのなら話し合いの場を作るとかして、なんなら今意見を言ってもらって、せっかくのメンテ中なんだしそれを反映させよう。
現場の者に聞くのが一番いい。
何も知らない上の者が勝手に決めて、現場が混乱するなんてよくある話だ。
「ちょ、ちょっと皆。せっかくここまで来てくれたわけだけど、何か、建設的な意見ってある?」
モンスターたちはぞろぞろと帰っていった。
彼らには建設的な意見は何もないのか。
……でもそうか、所詮モンスターだから。
起こっていることに対する文句しか出てこないよな。
樹も普通に帰っていったけど、ハマってたんじゃないのかよ。
このメンテでやることは、もうない。
とりあえずマンタンポーションとアップアップルを消して、様子見だ。
様子見しかしていない気がする。
でも経験がない僕にとって、そうするしかないのだ……。
廊下が静かになる。
会議室の方からガヤガヤと声が聞こえてきた。
僕の悪口でも言っているんだろうか……。
でもここ最近の僕はかなり酷い采配をしてしまったことは間違いない。
ここは皆のところへ行って、謝ってこよう。
いや、でも慇懃無礼という言葉もあるように、謝りすぎも良くないのか。
うーん……。
いや、でもさっきコンピュータールームに来たモンスター以外にも僕に不満があるのはいるだろうし、行って謝ろう。
迷惑をかけているのは間違いないから。
僕は声のする会議室の方へと向かった。
会議室に入ると、一気にモンスターたちは静まり返る。
まるで怖い先生がうるさい教室に入ってきたような感じだ。
誰もが僕の方を見た。
中には樹やライオンというような僕に対して反抗的であろうやつらもいたが、そういうやつでもしっかりと僕の方を見ていた。
前のラスボスにそういう教育をされてきたのだろう。
一人だけ、僕の方を見ずに、そっぽを向いている人がいた。
それは、肩にかかるくらいの鮮やかな青い髪に、大きな弓をしょっている女性。
ユーリだった。
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