第12話 『 栞 』

 外はそろそろ朝だろう。

 光が入らないこの部屋にいると、朝昼晩が分かりづらいが。


 現実世界よりやや短い一日のサイクル。

 もっとも、僕は昼も夜もない引きこもり生活をしていたから、あまり影響はないのだが。



「昔、ユーリが中ボスとして配置されていた時もありました」



 長い黒髪を揺らしながら、紗彩さんは言った。

 コンピュータールームの端には、お供の黒いドラゴンが立っている。

 別にこっちに来てもいいのに。

 あくまで召使いという扱いなのだろう。



 人間を中ボスとして配置……? 

 それは酷いな……。

 でも確かに、ユーリは最初、最後の塔に配置されていた。

 それでプレイヤーに倒されたらどうするつもりだったんだろう。



「紗彩さん、モンスター側の人間は、HPが0になったらこの世界から消えるんだよね? しかも現実世界にも戻れないわけで……」


「あ。ナツメグさんに説明し忘れていましたが……、モンスター側の人間は、死ぬ寸前だけに使えるテレポートがあるのです。それを使えば、HP0を回避できます。それを上手いタイミングで使えば、の話ですが」


「えっ……初耳だよ」


「中ボスクラスの『モンスター』たちは、HPがゼロになると最後の塔に戻ってきますが……。あれと同じような感じで、ここに戻ってくることができるのです。瀕死にならないと使えませんが。そういう技が、モンスター側の『人間』には使えるのです」


「それは不幸中の幸いというか……。あって良かったよね。……って、テレポートが使えるってことは、人間は死なないの? 人間を配置しても全然大丈夫だったのか」


「そうですね。大体の場合は、帰ってこれます」


「大体の場合……。つまり、帰ってこれない場合もあるの?」


「先ほど言ったように、瀕死になった時に初めて発動するわけですので、一撃で死んだりしたら、それは発動しません」


「え……。そういうことか」


「最近までは、プレイヤーの攻撃力はほぼ無かったので問題はありませんでしたが」


「……今はまずいじゃないか」



 僕が適当に作ったアップアップルのせいで誰かが死ぬことになったら辛い。

 ハイパーアルティメットドラゴンの、プレイヤーを強くさせない政策の意味が分かってきた気がする。

 紗彩さんは話を続けた。



「瀕死テレポートを使えば、プレイヤーが倒したように見せることができます。その際アイテムドロップもしてあげると、よりそれっぽくなります。実際はHP0になる寸前で止まっていて、最後の塔にテレポートしているわけですが」


「流石にそれくらいの救いはないと困るよ……。……根本的な質問だけど、そもそも何でそんな『モンスター側の人間が死んだら現実世界にも戻れない』とかいう理不尽な設定があるの? 別にその設定はいらなかったでしょ」


「設定ではなく、それは、バグなのです」


「バグ……?」


「原因不明のバグです。直そうともしましたが、そもそも根本的な原因が分からないので手がつけられなかったのです。ですから、せめて、死なないようにと作られた瀕死テレポートがあるのです」


「作った人は素晴らしいね……。救世主だ。ちなみに……僕もそのテレポートは使えるの?」


「多分……できないと思います。ですので、今まで言わなかったのですが……」


「そうだよね……。……まあ僕はそんなことにはならないようにするけど。それにしても前のラスボスは酷いね。テレポートはあるにしろ、一撃で倒されることもあるわけで、つまり人間が少しでも死ぬ可能性があったわけでしょ? だったらユーリを敢えて配置する必要はなかったよね」


「それより前の話になりますが、ユーリも私と同じように自由に動けた時がありました」


「うん」


「ユーリを配置しなければならない理由ができて、前のラスボスはユーリを中ボスとして配置するようになるわけですが」


「理由……。まさか、ユーリをこの世界から消そうと……?」


「そこまでではなかったですが。ユーリがクーデターを起こした話は以前にしましたよね?」


「うん」


「そのせいで配置されることになりました。彼女の動きを制限するために。軟禁といった扱いでしょうか」


「クーデターを起こしたならしょうがないよね。監視するといった意味合いなんだろう」


「しかし、軽すぎると思いませんか? 彼女はその程度しか、罰を受けなかったのですよ」



 紗彩さんは真面目なトーンになり、僕の顔を見る。

 その真剣な眼差し。

 冗談など言えない雰囲気になっていた。



「前にも少し話しましたが……、ユーリは、私の大切な人をこの世界から消してしまったのです」


「……うん……」


「モンスター側に入った人間は、現状、元の世界には戻れません。そして、この世界で消されると、現実世界でも消えてしまうのです」


「それは何となく分かっていたよ」


「戻れる方法を……、探しているところです。すみません」


「いや、紗彩さんは謝らなくてもいいよ。そういう世界なのはしょうがないし。死ななきゃいいだけだ。何だかんだ、ラスボスは面白いしね」



 神妙な面持ちの紗彩さんを元気づけようと、高めのテンションで言ってみたのだが、あまり場の雰囲気は変わらなかった。


 黒いドラゴンも特に助けてくれないし……。

 あのドラゴン、最初はラフな感じで絡んできたけど、僕の実力が分かったのか最近は話しかけてこないな。

 まあ、僕はそこまで実力があるわけではないけど……。

 一応ラスボスだから遠慮しているのかもしれない。



「私は元々、現実世界の運営でした。そこからここに来たのです。モンスター側の人間としてはかなり古くからこのゲームにいます。そしてもう一人、私と同じ時にこのゲームに入ってきた人がいました」


「その人も運営の人だったの?」


「そうです。幼なじみで、私とはとても仲が良かった『栞』というプログラマーの女の子でした。歳も同じで……。彼女とは、数えきれないほどの思い出がありました」


「ということは僕とも同じ高校二年生だったってことか……。それでプログラマー? かなりの実力者だったんだろうな。……で、ユーリがその栞さんっていう人を殺したとでも?」


「ユーリが直接やったわけではありませんが……。ユーリが絡んで、栞は結果的にハイパーアルティメットキングドラゴンに『削除』されてしまったのです」


「削除……。この世界でも、そして現実世界でも消えてしまったということだね」


「そうです」


「ユーリが何をしたことで、栞さんが消されたの?」


「クーデターを起こしたユーリをかばって、栞は削除されたのです」


「え……? 栞さんはクーデターに絡んでたの?」


「いえ、全く絡んでいません」


「そのあたりは……謎なのです。事のあらましを説明しますね。ユーリは自らラスボスになろうとクーデターを起こしました。この世界を良くしようという動機ではなく、彼女は単に上に立ちたかっただけでしょう。それなりの時間もかけて水面下で計画を練り、ついにクーデター決行の日を迎えました。ユーリたちは仲間を引き連れて、ハイパーアルティメットキングドラゴンを倒しに最後の塔の最上階に行きました。急な出来事でしたが、ハイパーアルティメットキングドラゴンは上手くそれを鎮圧します。そんなユーリを待っていたのは、罰です。彼女はハイパーアルティメットキングドラゴンと話し合うことになりました」


「……ユーリ……」


「そこの広間にユーリと仲間たちがズラッと並ばされたそうです。私はその場にいなかったので詳しくは分かりませんが……」


「紗彩さんは何をしていたの?」


「私はその時些細なバグを直していて……。私がここに帰ってきた時には、全てが終わった後でした。ですので、私が今話しているのは、そこにたまたま居合わせたモンスターたちから聞いた情報です」


「壮絶なことがあったんだね」


「ユーリがクーデターを起こそうとしているという噂はありました。そしてユーリは予想通り、仲間を引き連れてクーデターを起こしました。でも罰を受けて消されたのは栞だったのです。栞が自らクーデターの首謀者だと名乗り出て、ユーリもそれに便乗し、『そうだ、栞が首謀者だ』と言ったそうです」


「実はクーデターを起こそうとしていたのは栞さんだったという可能性はないの? 紗彩さんが知らなかっただけで」


「それは絶対にありません。私は毎日栞と顔を合わせていましたし……、確かにハイパーアルティメットキングドラゴンの采配に不満はありましたが、そのラスボス本人との関係も悪くなく、その条件の中でも上手く共存していこうとしていました。ですから、ユーリが栞をハメたのではないかと思っているのです。栞が名乗り出たというのも、ユーリが、そうせざるを得ない状況を作ったと」


「……あの怖いユーリなら有り得なくもない話だね」


「私はハイパーアルティメットキングドラゴン、そしてユーリが憎いのです……! なぜ、栞は消されなければならなかったのですか?」



 紗彩さんは、珍しく感情をあらわにする。

 今までは無表情な中にたまに笑顔を見せるくらいだったのに。

 そんな紗彩さんも可愛いだとか言ってられない雰囲気であった。



「その栞さんは、なぜユーリを庇ったのかな? だってどう考えてもユーリが悪いわけだし」


「……そこなのです。詳しくは分からないのですが……。私は、あの件の真相を知りたいのです。何か重要なことがそこに隠されているのではないかと……」


「……確かに、引っかかるところはあるよね」


「栞は、優しい子だった。誰とでも仲良くする子。だから、目の前でユーリが消されてしまうことに耐えられなかったんじゃないかとも思います。それで、『私がクーデターの首謀者だ、ユーリは無関係だ』と名乗り出たのかもしれません。現状では、この説が有力かなと思います」


「……だとすると、とても優しい人だったんだね」


「その優しさにつけこんだユーリが許せないのです。自分はのうのうと生きていて……。そのクーデターによって、栞は削除、ユーリの仲間たちは囚われ、ユーリ自体は最後の塔に配置されました。結局ユーリはほぼ、お咎めなしです」


「囚われって言うけど……、それってどこに囚われてるの?」


「そこなのです。それは、分からないのです。ハイパーアルティメットキングドラゴンは知っていましたが、誰にも知られないよう固くコンピューターにロックをかけ、私ですら知ることはできませんでした。そしてそれを誰にも言おうとはしませんでした」


「僕なら分かるのかな……?」


「ナツメグさんでも分からないと思います。マップを見たところで、そこには当然現れないでしょうし」


「紗彩さんなら何とか分かるでしょ」


「いえ、分からないです。ユーリも、その場所をずっと探しています」


「ユーリも……」


「ただ、ユーリは今でも最後の塔に配置されていますよね? そうなっている以上は大丈夫ですが……。彼女の配置を解いたら大変なことになります」


「な、何で……?」


「恐らく、その時の仲間を探し出して解放し、もう一度クーデターを起こすつもりなのでしょう。ナツメグさんを倒して、今度こそは自分がラスボスになろうとしているのです」


「……そんなになりたいなら、僕は譲ってもいいんだけど。何か譲る方法はないの……?」


「ないです。ナツメグさんがこの世界から消えない限り」


「そ、そうか……。じゃあ無理っぽいね……」


「それに、私自身、ユーリがラスボスというのは許せません。お願いです。あのユーリに譲るなんて、そんなことは言わないで欲しいです…………」



 紗彩さんの、鼻をすする音が聞こえる。

 そんな彼女の頬を、涙がつたった。


 あの紗彩さんが泣くなんて……。

 なかなかシリアスな展開になってきている。

 しかし、僕はここまで紗彩さんに必要な存在とされているわけだ。

 僕はその期待に応えたいと思う。



 ユーリとは、一体どんな人なのだろう。

 そして、栞さんが削除された時、そこで何があったのか。



 ……僕は、ユーリの配置を解いたままだ。

 これは、まずいことになった。

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