第11話 モンスターの気持ち
最後の塔の最上階に僕が辿り着いた時、そこには変なタコがいた。
一瞬、不法侵入者かとも思ったが、多分、僕がどこかの塔に配置したモンスターだ。
なぜそれが分かるかと言うと、「タコタコ」みたいな名前のやつがいたのは覚えているからだ。
直接会ったわけでもないモンスター(会議室で見たことはあるのだろうが)の配置をコンピューター上で行うから、こういうことが起こる。
……上に立つ者として、彼らの顔と名前を一致させておいた方が今後のためにいいはずだ。
頑張ろう。
……って、そのタコタコが今、何でここにいるんだ?
「何か、あったのかな?」
「あ、ナツメグ様。今、水の塔がクリアされてしまいまして……。今、木の塔もクリアされそうな勢いです」
「……そうか……」
「ナツメグ様の、想定の範囲内ですか?」
「いや、想定外だよ。ここまで簡単にするつもりなかったんだけど……」
「そうですか……」
妙に言葉遣いが丁寧なタコだった。
変なタコ呼ばわりしたことを詫びたくなってくる。
水の塔がもうクリアされてしまったなんて……。
やっぱりラスボス向いてないのかな……。
そのタコはHP回復の機械をごちゃごちゃといじっていた。
相変わらず難しそうな機械である。
それは人間も使えるのだろうか。
疲れた時なんかに。
「上がってきたプレイヤーたちは恐らく、異常にパラメータ上昇している装備を身につけているようです。あと、回復薬もかなり持っているようで……」
「君はどこの塔のモンスターなの?」
「水の塔なのですが……」
多分、水に住んでいそうだからという理由で僕が適当に配置したに違いない。
タコはその機械を少し叩いたりしながら喋っていた。
よく見るとタコなのに足が十本ある……。
いや、そもそもタコじゃないのかもしれないな。
モンスターなわけだし……。
非常にタコに似た何かなのだろう。
イカなのか……?
いや、名前はタコみたいな感じなはずだ。
何なんだ……こいつは……。
「君の名前は、タコタコだっけ?」
「いえ、タコタコタです」
何でタで止まってるんだ……。
「ナツメグ様。このHP回復の機械がどうも上手く動かなくて……。一応回復できるにはできるのですが。時間がかかってしまいそうです。直し方、ご存じですか?」
「……ちょっと僕は分からないな……。そういえばサンダーバード君も回復に時間かかってたし、それ最近調子悪いのかもしれないね……。それで、水の塔に攻め込んできたパーティーは1つ? それともたくさん上がってきたの?」
「そのパーティー以外は来なかったです」
「そうか、パーティーは1つか。何人パーティー?」
「3人です」
「3人パーティーが1つ……。……ちょっと僕のせいでね……。マンタンポーションの値段設定をミスってしまったことで、それの異常な転売が行われて、アップアップルの大量購入が可能になって、こうなってしまったんだ。すまないね」
「ナツメグ様はラスボスらしからぬ低姿勢ですね……。しかし、詫びるという気持ちがあるのなら、こんなところで呑気にしていないで、この状況を何とか変えていく努力を今すべきでは?」
「……その通りだ」
変なタコに最もな意見を言われる僕。
急にまともな発言をしてきた。
こいつ、侮れない。
今アップアップルを消去しても、強化された装備を消せるわけではない。
不自然な能力値の装備を片っ端から消すか……?
それこそ運営の信用を失うよな……。
……うむむ。
こうなってしまったのは僕のせいであって、別にプレイヤーがチートを使っているというわけではないから、ペナルティを与えるわけにもいかない。
でも緊急事態だから、装備を消してもいいかな……。
何か楽しい企画をその後にぶっこめば相殺できるか。
……いや、事はそんなに単純ではない。
丁寧なタコタコタは、悩む僕を気にせず水の塔に帰っていった。
普段は水の塔にいる癖にドライなやつだ。
……水の塔がもう落ちたということは、あと木の塔と金の塔しかない。
何をすべきか、決断が急がれる。
とにかく、緊急メンテを入れた方がいいか。
それでパーティーを一時的に何とか塔から弾きだすか。
超強制的だが……。
そこに、巨大な樹のモンスターが急に現れた。
3mくらいはあるだろうか。
流石に驚いた。
こいつは樹だから……きっと僕が木の塔に配置したんだろう。
……って、木の塔もやられたのか。
あと一つでここに来れてしまうぞ。
むしろ金の塔は、誰を配置したんだろう?
金だから、金塊とかかな。
「おい!!!!」
樹が、かなり大声を出す。
太い枝と葉がユサユサと揺れた。
あまりのその声のボリュームに、ビクッとしてしまう。
「お前、モンスターばっかりをボスにしてるようだな……。ハイパーアルティメットキングドラゴン様の時もそうだったが……。その時から何も変わってねえじゃねえか!!!!」
「ご、ごめんなさい……」
「不公平だろ!?!? 俺たちモンスターにだって痛みはあるんだよ!!!! 人間はなぜ戦わせない???? 結局お前ら人間だけ助かりたいっていうことだろ!?!?」
「えー……いや、まぁ……。モンスターは何回でも死んでいいと聞きまして……」
「……お前今何て言った????」
ちょっと待って。
こいつ、マジで怖いぞ……。
めちゃくちゃうるさいし……。
この巨大な樹がキレて暴れたら、僕は終わりだろう。
あ、モンスター同士は攻撃できないんだっけ……?
「俺たちにだって心はある。痛いもんは痛いんだよ!!!! 何回死んでもいい!?!? モンスターはそんな扱いなのかよ。ふざけるな!!!!」
生まれて初めて樹に怒られた。
泣きそうだ。
でも、樹の言うことも分かる。
この前のライオンも同じことを言っていた。
モンスターは死んでも蘇るから、なるべく配置していこうとはしていた。
所詮モンスターだからというところは正直あった。
モンスターに心があったなんてと言ったら失礼だが、ここまでとは……。
もっと気遣っていかなければならないのだろう。
モンスターの気持ちも分かるが、しかし、人間を使うわけにはいかない……。
万が一死なせてしまったらと思うと。
樹は、その大きい身体を揺らしながら、最近調子の悪い機械でHPを回復している。
上手く動かないじゃねえか!!!! とキレられたらどうしようと内心ヒヤヒヤしていた。
というか、木の塔を攻略したパーティーはこんな樹を倒したのか?
ちょっと、まずいな。
もしや、鈴木君たちか……?
……とにかく、コンピュータールームに行こう。
何をすべきかはよく分からない。
でも、何かはしなきゃ。
とりあえず動かなきゃダメだ。
僕はコンピュータールームに走り、マザーコンピューターの前に座る。
すると、座った瞬間、
ゴゴゴゴゴゴ…………。
低音が響き、コンピュータールームの外へと通じる壁が開いた。
前もここに座った時にあそこが開いたな。
外に、黒いドラゴンが見える。
ドラゴンの背中には、紗彩さん。
彼女の黒い髪が月明かりに照らされた。
外は、もう夜だったようだ。
「大変なことになってるようですね……」
紗彩さんは黒いドラゴンから降りながら、そう言った。
最近、黒いドラゴンは全く喋らない。
あの変な口調が懐かしい。
でも、会うたびに思う。
紗彩さんのミニスカートと生脚の……
「ナツメグさん、事情は大体把握しています。ぼんやりしていないで、迫ってきているパーティーをモニターで見てみてはどうですか?」
「……あ、そうだね。そうだった。確かに」
僕は、良く分からないところが映っていた1つのモニターの設定を変え、金の塔が映るようにする。
このくらいの操作なら、もうできるようになっていた。
金の塔の最上階を映してみると、早速その3人パーティーはいた。
もう最上階なのか。
鈴木君も、ロメオαもそこにはいなかった。
3人全員が、長槍を持っていた。
その中でも、真ん中に一人強そうなやつがいる。
その彼は、全身を鎧で覆っていた。
顔も覆われているから、どういう人だか分からない。
しかし、優遇された剣を敢えて使わない彼らには好感が持てる。
そういえば、長槍のバランスもそのうち調整しないとな……。
でも何か一つの武器を強化するとそれが強くなりすぎて、今度はこっちの武器も強くしなきゃいけなくて……と永遠に調整を繰り返しそうだ。
難しいところである。
……彼らに好感を持っている場合じゃない。
ちょうどそのパーティーは金の塔の最上階に着いたところだった。
そこで、中ボスの「ファイヤードッグ」が出てくる。
その名の通り、炎に包まれた犬だ。
電撃が走る鳥だっているわけだし、最早何に包まれていたって驚かない。
その犬は火の塔にいるべきであるような気もしたが、今はそんなことどうでもいい。
このパーティー、さっき木の塔をクリアしたばかりだというのに……。
余程の装備なのだろう。
画面の中で華麗な槍さばきを見せるその無名のプレイヤー。
一番強い彼を中心に、残りの二人はそれぞれ左右に散った。
パッとこの陣形になるあたり、彼らは戦い慣れているんだろう。
どちらかと言うと対人系のやつらっぽいな。
そういう動きだ。
対人ステータスだからなのか、ファイヤードッグにあまりダメージが通らないようだ。
このパーティー、攻撃力はそこまで高くないのか。
……ところで、これはどうしたらいいんだ。
僕は指をくわえて見ているだけでいいのか。
何かできることは……?
「紗彩さん! 僕は一体今何をしたら、彼らをそこで食いとめることができるかな?」
「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくて」
「いやいやいや、彼らは月・火・水・木の塔を既にクリアしてしまっているんだ。油断してたらここまで来ちゃうよ! 紗彩さんはなぜそこまで落ち着いていられるの?」
「ファイヤードッグは、モンスターの中ボスの中で、一、二を争う強さですよ。ナツメグさんは最後の砦として金の塔にファイヤードッグを配置したんですね。なかなか良い配置だと思います」
「……え? あ、そうなんだ……。どうも……。まぁね、ファイヤー、ドッグだっけ。ファイヤードッグはね、ここが一番適したところかなって思ったんだ」
「流石ですね、ナツメグさん……」
モニターを見ると、彼ら三人はそこには映っていなかった。
まさか……。
ファイヤードッグを簡単に突破したのか!?
あの犬……、火の塔に更迭するか。
画面に、歩きまわるファイヤードッグが映し出された。
あれ、まだそこにいる……?
ということは、勝ったのか。
強そうな長槍三人衆に、こんな短時間で勝ったのか。
良かった……。
ファイヤードッグは思ったよりもだいぶ強かった。
僕より全然強いんじゃないだろうか。
「良かったですね、ナツメグさん」
「ファイヤードッグが有能すぎて、僕は何もしないで済んだ。良かった……」
「そうですね……。あのパーティーは街に戻されたでしょう」
「プレイヤーが死んだら街へ戻されるけど、僕らが死んだらどこに行くの?」
「………………」
「ちょっと……。紗彩さん、そういうところで黙る……。そうだ。さっき、モンスターに怒られたんだよ。もっと人間のボスを配置すべきだろって。そういえば、紗彩さんは非戦闘員って言うからどこにも配置してないわけだけど、……普段何してるの?」
「仕事ですね……」
紗彩さんは苦笑いする。
彼女は僕に何かを隠しているんじゃないかと思う。
そんな気がした。
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