第10話 PvP、ゴーストの森にて
ボウケンクエスト -ゴーストの森-
僕とxo魔梨亜oxがゴーストの森に入ると、早速鈴木君が立っている。
彼は妙に物々しい雰囲気を醸し出していた。
ゴーストの森は二つに分かれている。
一つは、僕らが今いる「入口」と呼ばれている場所だ。
ここは、ロビーのような役割を果たしている。
ちなみに「入口」はPvPエリアではない。
この先には「深部」というところがある。
そのゾーンは広くなっていて、そこでプレイヤー同士戦うことができるのだ。
「ロメオ様は深部で待っている」
鈴木君はそう言った。
まるでボス戦でも始まるような物言いだ。
何だかんだ、鈴木君は楽しそうに見える。
「ナツメグ、こういうのワクワクするね!! ワクワク!!」
xo魔梨亜oxはとても楽しそうだ。
僕は少し憂鬱だが……。
普通のプレイヤーなら、この森の深部で戦いHPがゼロになると、入口ゾーンに飛ばされる。
ちなみにデスペナルティはない。
僕はもうプレイヤーではないし、きっと、そのルールは適用されないだろう。
僕らはゴーストの森の深部へと到着する。
そこには、ロメオαが仁王立ちして待っていた。
ここまで演出をしなくてもいいだろう。
ゴーストの森の入口にはちらほらと人がいたが、深部には僕ら以外誰もいなかった。
「では、早速始めるデスよ。最後にここに残っていた者が、勝利デス。二人やられてしまったチームが負けということデス。負けた者は、入口のところで待機していてもらうデス。最後に残った勝者が、この深部から入口へと最後帰っていくのデス」
「流石ロメオ様。素晴らしいルールです」
別に取り立てて素晴らしいルールではないだろう……。
普通のルールだ。
普通。
「準備はいいデスか?」
僕はxo魔梨亜oxとチームでPvPをやったことはない。
xo魔梨亜oxの魔法銃は遠距離型だから、彼女を遠くに配置して、僕が接近戦……といきたいところだが、それだと僕が盾となり真っ先に死にそうだ。
なので僕も彼女と同様に、かなり彼らから距離を置く。
xo魔梨亜oxは遠距離攻撃、僕はとにかく彼女を守る。
彼女を守り続けてさえすれば、僕らに勝機はあると思う。
xo魔梨亜oxの射撃に全てをかけるんだ。
こんな感じでいこうと僕らは事前に話していた。
打ち合わせ通り、僕とxo魔梨亜oxは、ロメオαたちからかなり距離を取った。
xo魔梨亜oxは片膝をつき、魔法銃をかまえ、ウインクする。
「じゃあ始めるデス!」
ロメオαがそう叫んだ瞬間、七色の光線が鈴木君に向かって放たれた。
それは彼を直撃する。
ドゴォォォォォォン!!!!
小爆発が起こる。
いや、小さくはないかもしれない。
結構な爆発だ。
あたりが煙たくなる。
鈴木君は、いなくなった。
加速器で避けたのかとも一瞬思ったが、見ていた限りそれはない。
まず鈴木君がフィールドからいなくなった。
流石、xo魔梨亜oxの命中力だ。
「ナツメグ!! 見てた?? 今の!! 超カッコよくなかった??」
赤く長い髪を揺らしながらxo魔梨亜oxは立ち上がる。
確かにカッコよかった。
しかし、煙が晴れたそこには、ロメオαもいなかった。
ロメオαには当たっていない。
つまり……。
ズシャア!!!!
ロメオαがxo魔梨亜oxの背後に現れたと思いきや、そのまま彼女を斬りつける。
暗い森の中で、彼の持つ日本刀が煌めく。
「いったぁ……!! は、速いよ……!! この魔梨亜様に…………」
xo魔梨亜oxはごちゃごちゃ言いながら、消えていった。
……これは、まずい。
開始一分も経たないうちに、1対1になる。
xo魔梨亜oxに全てをかける……とか言っていたのにもうその彼女はいなくなった。
……これは、もう敵わないだろう。
最後まで戦わなくたって分かる。
あの動きを見切って攻撃が入ったとしても、ロメオαは、きっと防御力の高い装備を身につけているはずだ。
何しろアップアップル大量購入マンだから。
シュン!!
刹那、僕の背後にロメオαの気配を感じた。
僕はとにかく大剣を振り回す。
ガキィィン!!
僕が思いっきり振った剣が偶然当たる。
想像通り、彼はかなりの防御力。
ダメージは入らなかったようだ。
が、ロメオαは少しよろめく。
そのまま彼は、5mほど離れた。
「ナツメグさんは、狩りステータス……? にしては、な、なかなかやるデスね……。プレイヤースキルはかなり高いと見たデス。しかし、その装備ではアタシには勝てない。それは、ナツメグさんにも分かっていることだと思いマス」
「その通りだ。漫画とかだったらこの劣勢から知恵でも振り絞って、絶対絶命から大逆転を見せるだろう。チートを使っていない方が勝つ、そんなドラマティックな展開が待っているところだ。でも正直、そんなに上手くはいかないだろうな」
僕が長々と喋っている隙を突き、ロメオαは再度、僕の背後に現れた。
終わった。
僕のラスボス人生は、ここで終わったのだ。
紗彩さん、ごめんなさい。
こんな適当な戦いをうっかり受けてしまったのが間違いだった。
僕がいなくなったら、次のラスボスはどうなるだろう。
誰か、有能な人がなってくれるといいな。
……あれ。
ロメオαはなかなか僕を斬らない。
「ナツメグさん、アタシは、あなたがプレイヤーでないことを知っていマス」
ロメオαの口から出たのは、意外な言葉だった。
まさか……、バレていたなんて。
僕は後ろを振り向けなかった。
「……ロメオαは、なぜそう思う?」
「プレイヤーは、あんな円盤に乗ることはできないデスからね。あんな乗り物は実装されていないデス」
「……そうか……」
一生の不覚だ。
あの円盤が見られていたなんて……。
確かにあんなのに乗っているプレイヤーはいない。
僕はロメオαに背を向けたまま話を続ける。
「あと、そのバグやチートを取り締まろうとする姿勢デス。どう考えたって、GMでしょう。ナツメグさんは」
「……………………」
「答えられないなら、それでも構わないデス。鈴木は、あなたのことをプレイヤーと言っていたデス。アタシの推測が正しければデスが……、ナツメグさんは、自分がGMであることを隠していマスね?」
「……………………」
「恐らく、プレイヤーのフリをしながら、アタシみたいなプレイヤーをしょっぴいていくのデスね。知られると不都合があるから、普通のプレイヤーのフリをして過ごしている。そんなところでしょう」
「……何が言いたいんだ……?」
「アタシとしては、ナツメグさんと取引がしたいのデス」
「取引……?」
「この戦い、勝敗はどうでもよかったデス。引き分けということにしましょう。最初からナツメグさんと話し合うつもりだったデスよ……」
「情けをかけられるのは苦手だ。明らかに僕の負けだし。斬りたければ斬ってくれ」
「降参したあなたを斬り捨てるような真似はしないデス。これでも武士デスから……。誰がどう見ても武士でしょう」
その妙な恰好、武士のつもりだったのか。
知らなかった。
そして、ちょっとカッコつけて「斬ってくれ」なんて言ってしまった僕だったが、本当に斬られなくて良かったと実は思っていた。
「それに、GMを斬ったことなんてないわけデス。もしデスよ、ここでもしあなたを斬って、このゲームに不都合が起こったとしましょう。そしたら、アタシはどうなるんデスか? 他のプレイヤーはこう言うでしょう。『ロメオαは、自分の加速器の件がGMにバレ、それを隠ぺいするためにそのGMを森へ誘い込み、そのまま斬った』と」
「……確かに、そうなる可能性はある……。僕だってここで殺されたら、どうなるか分かっていない。ノリで来てしまったが、実際かなり怖いことをしていたわけだ。GMと対戦するやつなんていないからね」」
「ここからが取引の内容デスが……。アタシはあなたがGMだということを知っているわけデス」
「……そうだな……。僕は確かにそんな感じの立場だよ」
「アタシは、ナツメグさんがGMであることは誰にも言わないデス」
「……何。そうなのか……。それは、ありがたいことだけど……。僕に何をしてくれって言うんだ」
「アタシや鈴木は加速ツールを使っていますが、それを見逃して欲しいのデス。その代わり、あなたのことは決して誰にも言いません。もちろん、鈴木にもデス。時が経てばいずれはバレてしまうことかもしれないデスが、アタシからは絶対に言いません」
見逃す……。
しかしゲームバランスが……。
だが、僕が運営側の人間なのがバレる方が不都合だろう。
xo魔梨亜oxにも鈴木君にも、まだ知られたくないところであるし。
加速器だけなら……。
他のバグ技を使わないのなら、そこまでゲームバランスは変わらないのかもしれない。
「ロメオα、じゃあこうしよう。加速器だけなら僕は何も言わない。ただ、ゲームバランスを大きく崩す、何らかのバグ技を開発したりするのだけはやめてくれ。増殖だとか、不正に数値を改造するだとか」
「分かったデス。アタシたちは加速器だけ使いマス。それ以外のチートは使わないデス。そして、あなたのことは誰にも言わない。それでいきマスよ」
「……頼む」
「あと、アップアップルを大量に突っ込んだ装備、あれは不正じゃないデスからね」
「……それは、しょうがない。目をつぶるよ……」
僕とロメオαは、入口へと歩いて戻っていく。
ロメオαは逆立っている髪型を整えていた。
どれだけ加速しても彼の髪型は完全にキープされているので、特に整える必要はないとは思うが。
入口ゾーンでは、鈴木君とxo魔梨亜oxが待っていた。
二人とも向かい合って座っていたのだが、僕らに気づくなり立ち上がる。
「ロ、ロメオ様! なぜナツメグ君といるのですか? 勝敗は?」
「ナツメグ!! どっちが勝ったの?? どっちが??」
鈴木君とxo魔梨亜oxが同時に喋る。
個人的には、向かい合って何を話していたのかが非常に気になるところだ。
ちょっと変わった者同士、案外仲良くなっていたのかもしれない。
「引き分……」
「僕の負けだ」
ロメオαが引き分けと言おうとしたのに被せて、僕が大きめの声で負けたと伝えた。
「流石、ロメオ様! ナツメグ君も、ロメオ様の前では歯が立たなかったようだね?」
鈴木君はいちいち嫌な言い方をしてくる。
彼らしい。
xo魔梨亜oxはそれを聞いて驚いた。
「ナツメグ、本当にナツメグが負けちゃったの??」
「そうだよ。かなり上手いやつだったよ」
「負けたのなら、ナツメグは何で深部からロメオαと一緒に戻ってきたの??」
「降参したんだよ、僕が」
「ぐぬぬ……。悔しい!! 何であんなチート野郎たちに負けなきゃいけないの?? ロメオ何とかは、そんなんで勝って嬉しいわけ??」
「いや、いいんだよ、もう……。負けは負けだ」
「ナツメグだってチートやバグは撲滅しようって言ってたじゃん!! まぁ、負けたらあいつらの手下になるとかいう条件じゃなくてよかったけど……」
「気持ちだけじゃ、勝てないものもあるんだよ……」
ロメオαと鈴木君は、それ以上何も言わずゴーストの森を後にした。
~ 一時間後 ~
ボウケンクエスト -平野-
xo魔梨亜oxと別れ、僕は名もなき平野で寝っ転がり、夜空を見ていた。
頭の中がごっちゃになる。
マンタンポーション無料配布、それを転売、アップアップル大量購入、ヤバい装備の誕生、加速器使用者登場、僕が運営側だとバレる……。
この短い期間で、本当に色々なことがあった。
どうしたらいいんだろうな。
こうやってゴロゴロしてる間にもアップアップルは大量購入されているのか。
もう……。
どうにでもなれといった気分だ。
大量のアップアップルによるヤバい装備作成をやめてくれ、とロメオαに言わなかったのは、それができる環境を僕が作ってしまっていたからだ。
彼の言う通り、何も不正ではない。
それに、彼の良心に訴えかけてやめさせたところで、他にも色んなやつがやっているわけだし。
あぁ、もういっそ全部消えてしまえばいいのにな……。
……削除……?
そうか。
マンタンポーションとアップアップルをとりあえず強制削除するんだ。
まだその最終手段が残っていた。
今まではプレイヤーに気を使って、アイテムは消さない前提で考えていたが、もう今回はしょうがない。
これは緊急事態だし。
このまま僕がプレイヤーの気持ちを最優先にしていたら、このゲームは終焉を迎えるだろう。
場合によっては心を鬼にすることも大事だ。
モンスター側の皆を守るために。
とにかく、一刻も早く危険アイテムを削除するんだ。
僕は円盤を隠しておいた場所まで走る。
円盤は、僕が隠した場所で大人しく待っていた。
そして誰にも見られていないことを確認し、円盤にまたがる。
僕は最後の塔へと飛び立った。
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