第9話 ロメオαと、加速ツール

 

 市場には、チート使用であろう装備が平然と売られていた。

 この露店、誰が出したものだろう?



 ……ロメオα? 



 ロメオαというプレイヤーのものらしい。

 瀬津那少年に続く、バグ利用者か。

 事が大きくならないうちに何とか手を打ちたい。



「xo魔梨亜ox、ロメオαって知ってる?」


「知ってるよ!! 最近掲示板とかでよく叩かれてる!!」


「xo魔梨亜oxは、最近叩かれてないの?」


「もちろん魔梨亜様も叩かれてるよ!!」


「……そっか……。……で、ロメオαは、何で叩かれてるの? やっぱりチート使ってるから?」


「そうそう!! 加速器を使ってるっていう噂!! ……魔梨亜は直接見たわけじゃないけど……。掲示板ではそう言われてるよ!!」


「加速器か……。最近加速器が流行ってるのかな……」


「……ズルしてでも強くなりたいっていうのは、魔梨亜、違うと思うよ!! ルールの範囲内でやるべき!! そういうの、誰か取り締まってくれないかな……!! 他のゲームに比べたらチート使う人そんなにいないけどさ。でも魔梨亜みたいに真面目にやってるプレイヤーが損する世界なんて嫌だよ!! 嫌!!」


「それはその通りだよ。僕もチートは断固反対だ。ゲームバランスが崩れるからね」


「このゲーム、でもプレイヤーが通報ってできないんだよね……!! 通報する術がないんだよ」


「え、無いの……? そっか、じゃあ出来るようにした方がいいね……」


「ナツメグができるようにすんの?? すご!! すごい!!」


「ま、まあね……。いや、そんなことできるわけないじゃん……」


「……あ、ナツメグ!! ロメオαが来たよ!!」



 xo魔梨亜oxが指差す方を見ると、迷彩のスーツを着た長身の男がいた。

 彼はサングラスをかけているため、どこを見ているかは分からない。

 ……この男は、さっきの……。



「また会ったデスね?」



 その怪しい長身の剣士が、逆立てた髪を揺らしながら独特の口調で言った。

 こいつがロメオα……だったのか……。

 恐らく、露店の様子を見にきたのだろう。


 ロメオαの後ろには、メガネをかけた男がいる。

 こいつは……。



「ナツメグ君じゃないか。久しぶりだね」



 後ろにいた男は言う。

 それは、鈴木君だった。

 僕からしたら、そこまで久しぶりではないが……。


 それにしても、何がどうなってるんだ。

 鈴木君は、ロメオαの仲間なのか?

 ロメオαは、鈴木の方を見て言う。



「鈴木、この方と知り合いなのデスか?」


「はい。ロメオ様。見知ったプレイヤーです」


「知り合いデスか……? プレイヤー……。ふむ、なるほど……。ナツメグさんと言うのデスね」



 ……ロメオα様?

 鈴木君はこのグラサン迷彩スーツと子弟関係にあるのか。

 やけに目立つロメオαとは対照的に、鈴木君は地味オブ地味だ。

 眼鏡をかけた、黒髪のどこか冴えない剣士である。

 まぁ、僕も冴えない剣士なのだが。



「鈴木君、君はロメオαというやつの、弟子なの?」


「そうだ。俺はロメオ様に忠誠を誓った……」


「大げさだな……」


「今は、ロメオ様の片腕となるべく、修行の日々だ。最近ではな、『最後の塔』の12階まで到達したんだ。ナツメグ君、君よりも上に行ったんだよ?」


「そうだね……」


「ロメオ様の力になりたい一心で、俺は自己を高めているんだ……。そうだ、ナツメグ君も、俺の弟子になるかい?」


「それはいいや……。そんなチート野郎の手下なんて……」


「ロメオ様のことを悪く言うと、いくら君でも容赦しないからな?」



 鈴木君は相変わらずな感じだ。。

 実力が伴っていれば、少しはサマになるのだが。


 ただ、パーティーだったとはいえ、最後の塔をあそこまで登ってきていたのは事実だ。

 会っていない期間も長かったし、もしかしたらそれなりに強くなっているのかもしれない。


 ……でも、チート使用者に忠誠を誓うのはダメだろう。

 ここはちゃんと言っておかなければ。



「ロメオα、こんなチート装備を市場に出していて恥ずかしくないのか?」


「……はて、何のことデスか? 私はこの装備、何もおかしなことはしていないデスが……」


「明らかにおかしいでしょ、このパラメータの上昇は。最近出たアップアップルでもここまでの強化はできない」


「それは正当なやり方でアップアップルを使用し、強化したものデス……。ナツメグさん、あまり変なことを言わない方が良いデスよ」



 ロメオαはサングラスを直した。

 根拠はないが、彼は嘘を言っていないような気がした。

 しかし、この露店に出されている装備は明らかにおかしいのだ。



「ナツメグ君、ロメオ様にたてつくとは……。ロメオ様がどういう人だか分かってるのかい?」


「まあまあ鈴木、落ち着くデスよ」



 ロメオαは、鈴木君を制した。

 鈴木君は素直に引き下がる。

 あの面倒くさい鈴木君をここまで手なずけるなんて、ロメオαは僕が思っている以上の強さなのかもしれない。



「ナツメグさん、これは不正改造ではないデス。確かにそう見えるかもしれませんが……、アップアップルを大量に購入しただけデスよ」


「アップアップルは大量購入できる値段ではない。そんな言い訳が通用すると思うのか。どう考えたって増殖バグだろう」


「このゲームで増殖バグができるとは初めて知ったデスよ……。確かにアタシは増殖バグをあらゆる方法で試したことはあるのデスが、結局できなかったデス。かなりの技術者でなければ不可能だと思うデスよ」


「そんな嘘をつくのか。加速器も使ってる癖に……」


「加速は……まあ今は置いといてくれると嬉しいデス。しかし、増殖チートを使っていると言われるのは心外デス。このゲームはそこまでバグらせられないデス。そういうバグ技は、不可能に近いデス」



 あの増殖バグ少年は、かなりのチート玄人だったということか……?

 いや、ロメオαが適当なことを言ってるだけかもしれない。


 xo魔梨亜oxと鈴木君は、僕らのやり取りを黙って聞いていた。



「ロメオα、じゃあそれが増殖チートじゃないというなら、一体どうやってその装備を作ったんだ?」


「あなたがどういう立場なのかいまいち分からないデスので、教えたくはないデスね」



 まあ確かにそうか……。

 そんなオイシイやり方があるのなら、急に出てきた僕なんかに教えるわけないよな。



 ロメオαと見つめ合ったまま、時間だけが過ぎていく。



「しかし、どうしてもと言うならデスね……。このまま増殖バグ利用者と思われるのは心外デスので、教えてもいいデス」


「どうしても教えて欲しい」



 ロメオαは何だか意外とすぐに折れた。

 彼は逆立った髪を整える。

 もう十分整っている気もするが。



「『マンタンポーション』の転売デス。一部の間で流行っていマス」


「マンタンポーションの……?」


「そうデス。マンタンポーションが無限に手に入った時期を知ってマスね?」


「……う、うん。知ってる」


「今はそれ、高値でショップで売られているデス。つまり、無料で買えた……買えたというと変デスが、無料でもらえた時期に無限にもらったプレイヤーたちが、今それを市場に出しているわけデス。その無料で配布していた時期にログインしていなかった、またはもらっていなかったプレイヤーたちは、安いので買いマス。最近はちょうど敵も強くなって、回復薬も必要デス。ショップよりも安値に設定しておけば、買ってくれるのデス」


「そうか……。なるほど……」


「それで得た莫大な資金で、大量にアップアップルを購入したのデス。そしてそれを装備につっこむのデス。するとヤバい装備ができあがるデスよ」


「……それは、どのくらい浸透しているのかな?」


「一部の者たちの間でですが、『マンタンポーション転売→アップアップル大量購入→装備強化』は結構流行っていますデスね。アタシほどのプレイヤーはあまりいないと思いますデスが……。まぁアタシは、いずれこうなるだろうと思ってかなり仕入れておいたんデスわ」



 ……何てことだ……。

 しかしロメオαはよくここまで正直に教えてくれたな。

 案外いいやつなのかもしれない。

 口調はおかしいけど。



「ナツメグ君! いつまでロメオ様に文句を言ってるんだい? 文句があるなら俺たちと勝負してみたらどうかね。ゴーストの森で」


「俺たち……? ロメオαと鈴木君のチームと勝負するってこと?」



 ゴーストの森とは、このゲーム内で唯一PvPができるエリアだ。

 PvPとはプレイヤー・バーサス・プレイヤーの略。

 要は対人戦のことだ。

 プレイヤー同士が戦うことができる。



「ナツメグ!! いいじゃん!! いいじゃん!! そんなやつら倒しちゃお!! 魔梨亜とナツメグで組んでさ!!」



 xo魔梨亜oxが後ろで叫んだ。

 ロメオαと鈴木君 vs. 僕とxo魔梨亜ox か……。

 xo魔梨亜oxは確かに強いが……。

 相手の強さが未知数だ。



「ナツメグ君、2対2で勝負しようじゃないか。ロメオ様のことが気に食わないんだろ……? 男なら男らしく力で勝負しよう、どうかね?」



 鈴木君はどうしても戦いたいようだ。

 その言い方からして、だいぶ自信があるように思える。

 そんなに強くなったのか。

 ちょっと見てみたい気もするが……。



 いや、待てよ。



 いくらPvPエリアだとしても、僕が死んだらダメじゃないか。

 僕は普通のプレイヤーとは違うんだ。

 こんなリスキーな勝負、受けるべきではない。



「ナツメグ!! こんな機会、めったにないよ!! 魔梨亜も、久しぶりに魔法銃をぶっ放したいし!! 行こ!!」


「でも、相手はチート使ってるんだぞ……。そんな簡単には勝てないんじゃ……」


「これでナツメグ&魔梨亜チームが勝てば、バグよりも強かったってことになるじゃん!! 戦いの神は、まっとうにプレイしている麻梨亜たちを見捨てると思う??」


「いや、僕も狩りステータスだからな……。対人に特化してるわけじゃないし……」


「じゃあ、魔梨亜たちが勝ったら、ロメオαたちはチート使うのをやめるってのはどう??」


「別に、それでいいデスよ。逆にアタシたちが勝ったら、何をしてくれるんデスか?」


「え……。そもそもズルしてんのはそっちなんだから、何もなくていいでしょ」


「それでいいデスよ」



 いいのかよ。



 ロメオαは、いきなり不利な要求を飲んだ。

 そこまで自信があるということなんだろう。


 そうだよな、バグだしな……。



 ……で、完全に戦う流れになってしまったわけだけど……。

 まぁ、xo魔梨亜oxは強いから大丈夫だとは思う。



 彼には加速器チートよりも転売をやめてほしいところはあるが……。

 でもそれはしょうがない。

 僕のせいなのだから。




「ロメオ様! 本当にそれでいいんですかい? 俺たちが勝っても何もないなんて……」


「鈴木、アタシたちが勝つのは当然のこと。だからいいんデス」


「ロメオ様がそう言うのなら……」



 相手が加速器を使っていたって、上手く見切れればきっと倒せるだろう。

 xo魔梨亜ox頼りなのが少々情けないが。

 如何せん僕は対人用のステータスではないんだ。

 ……大丈夫かな……。



「ナツメグ、何自信なさそうな顔してんの!? こんな人たち、簡単に倒せるよ、魔梨亜たちなら!! 何しろ、サーバー最強の魔梨亜様だよ??」



「……うん、期待してるよ」


「あ、そうだ!! お互い、アイテム無しのデスマッチにしよう!! 魔梨亜たちは回復アイテム持ってないからね!!」


「それで構わないデスよ」



 ロメオαのこの余裕。

 もう今更、後には引けないし……。

 僕が死んだら、このゲームはどうなるんだろう。


 ……僕は多分、鈴木君には勝てる。

 鈴木君はセンスがないからだ。

 彼がどのくらい修行を積んだか知らないが、多分大丈夫だろう。


 xo魔梨亜oxは魔法銃だ。

 彼女以外全員。武器は剣。

 このゲームの対人は、剣が優遇されている。

 彼女が上手く立ち回れればいいが……。



「では、10分後に、ゴーストの森の前で待ち合わせするデス!」



 ロメオαはそう言い、鈴木君を連れて去っていった。

 xo魔梨亜oxは自信に満ちた表情をしている。 



 僕は正直、不安だった。

 

 


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