第7話 世界の果ては


 10分が経ち、僕は緊急メンテボタンを押した。


 少し経つと、会議室の方がガヤガヤとし始める。

 僕に対する文句もちらほらと聞こえてくる気がした。



 僕と紗彩さんが会議室に入ると、それは一気に静まり返った。

 前のラスボスの名残か、中ボスたちは僕には直接文句を言ってこないようだ。


 まず、紗彩さんが皆の前で謝った。

 無計画な采配をしまくったのは僕なのに……。

 僕も皆の前で頭を下げた。


 少しだけ、中ボスたちはざわつく。

 ラスボスが頭を下げるなんて思ってもいなかったのだろう。

 だが無知ゆえ皆に迷惑をかけたのは事実。

 さっきの緊急メンテも適当に始めたり終わらせたりしてたし……。



 あ、そうだ。

 のんびりはしていられない。

 メンテに入ったことだし、僕は色々とやらなきゃいけないことがある。



 僕はコンピュータールームに戻ってきた。

 その後に紗彩さんとドラゴンも続く。



「……もう僕じゃなくて、もっと、他の強そうなモンスターを出世させてラスボスにした方がいいんじゃないかな? 死なないし。少なくとも、僕よりはこのゲームの運営側のことを知ってるでしょ。僕はその手伝いでいいよ」


「ラスボスは、人間しかなれないのです」


「人間……。このゲーム内でモンスターは作れるけど人間は作れない。ということは、現実世界から来た者しかラスボスにはなれないってことか……」


「そういうことになりますね」



 僕は、モニターの一角に表示されている、プレイヤーだった時代からずっと見ていた世界地図を改めて眺めていた。


 そこに「全体」というボタンがあったので、何となくそれを押してみる。

 すると、さらに広い範囲の世界地図が現れた。

 僕がずっと見ていた地図は、全体の三分の二ほどだったようだ。



「紗彩さん、これってどういうこと?」


「プレイヤーが行ける範囲は、世界全体からすれば、まだ狭いということですね」


「全体はこんなに広かったのか……。もっともっと皆が行けるようにしてくれた方が、面白いゲームになるじゃん。はやくもっとプレイヤーが行ける範囲を増やそうよ」


「……まだできていないのですよ。そのあたりはいじらなくても良いです」



 紗彩さんは寂しげに言った。

 そこも解禁したら面白くなりそうなのに。


 僕は昔、プレイヤーが行ける範囲の限界まで行ったことはある。

 そこにはかなりの高い柵があって、向こうには行けないのだ。

 一応、その先も存在していたんだな。

 まだできていないとのことだが。



「つまりナツメグさんは、現状このマップの三分の二のところしか調整などできないわけです。色々な設定の適用も、このプレイヤーが行ける範囲に留めてあります。ではその『範囲1』ボタンを押して、表示を戻しておきましょう。範囲1は、先ほどここに表示されていた、プレイヤーが持っているマップと同じ範囲のことです」



 いつになるか分からないが、もっと広い世界にできそうだ。

 そしたらそこに、他のゲームにはないすごいものを作ろう。

 僕は言われるがまま、表示を「範囲1」に戻した。



「では、上手く改革しておいてください。私はやることが結構あるので……」


「また行っちゃう感じ? そもそも何しに行ってるの?」


「このゲーム、まだ未開発の部分がたくさんあるのです。あ、あと……ユーリの配置は解除しない方が良いです。最後の塔にまだいますよね? 絶対に、そのままにしておいてください」



 紗彩さんは急にキッとした顔をして、そう言った。

 ユーリ……?

 ユーリの配置か……。



「あ、う、うん……」


「ではよろしくお願いしますね」



 紗彩さんは、黒いドラゴンを連れてコンピュータールームを出て行く。

 相変わらず彼女はすぐいなくなってしまう。


 確か、僕はユーリの配置を解いたような……。

 ……何だか大変なことみたいなので、後でこっそり戻しておこう。



 ……そうだ、今はメンテ中。

 僕は色々変えなきゃいけないんだった。

 まず何をするんだっけ。



 マンタンポーションだ。

 削除するのではなくて、値段をつける。

 今持っている人のを全て削除 はやってはいけないことだ。

 流石にプレイヤーも怒ると思うし。

 まあ今持っている人はラッキーということで。


 値段は、10000Gくらいでいいかな。

 ちょっと高めだ。

 簡単に手に入ったらバランスがおかしくなるので、これくらいでいいだろう。


 ……ついでに、装備強化アイテムもあるといいな。

 そうしたらプレイヤーの強さの底上げにもなるだろう。

 自身が強くなることはモチベの向上にも繋がる。

 中ボスに限りはあるが、ザコモンスターを上手く配置することができればそう簡単には倒されないはずだし。



 プレイヤーだった時は、敵を倒すということだけでよかった。

 でも運営というのは不思議な感じだ。

 圧倒的な力でプレイヤーを倒せばいいということじゃない。

 相手を強くさせつつ、自分側も適度に負けなければならないという何とも難しい立ち位置である。



 装備強化アイテムの値段はどうしようかな。

 マンタンポーションの10倍くらいにしとけばいいか。

 いや、何だかんだ皆、それくらいは払いそうだし、装備強化アイテムは一気に世界を変えてしまいそうだからな。

 20倍の200000Gにしておこう。


 あまりにも高すぎるというのなら後で下げればいい。

 値下げならきっとプレイヤーも納得してくれるだろうし。



 そしてこの装備アイテムをアイテムショップに置こうとする。

 と、そこで名前を決めていないことに気づいた。

 ……「装備アップアイテム」という名前じゃダメかな……。

「装備アップップ」

「アップップ」にしよう。


 いや、何かアイテムっぽくないな。

 何かキモいし。

「アップアップル」という名前はどうか。

 リンゴ型のアイテムにして。

 いいじゃん。

 我ながらいいセンスだ。


 アイテムはこれでとりあえず大丈夫。



 あとは塔にいるモンスターの配置だ。

 さっき考えていた通り、

「月の塔」~「金の塔」に中ボスモンスターを一人ずつ配置で……。

 ムーンみたいな名前のこいつは……月の塔、このタコみたいな名前のやつは……水の塔……。

 それっぽいところに配置しとこう。

 そいつらを倒すと次の塔へ入るカギがそれぞれ手に入る、と。

 月の塔を制覇すると火の塔の扉が開かれて、火の塔を制覇すると水の塔の扉が開かれ……。

 とすることで、プレイヤーが大体どの位置にいるかも分かるわけだ。

 そして最終的に金の塔をクリアすれば最後の塔へ入れると。

 良い感じだ。

 あまりにもすぐ最後の塔に来そうならまた何か考えよう。


 各塔のザコモンスターの強さだが、やや強いくらいのやつらをとりあえず各フロアに一体ずつ置こう。

 なぜ一体かというと、プレイヤーの強さとのバランスが全く分からないからだ。

 まずそこに来たプレイヤーの倒し具合などを見て、そこからザコモンスターの数を決めよう。

 僕はずっとここでモニターチェックしているだろうから、臨機応変に対応していくことができる。

 ザコモンスターならメンテに入らなくても調整できるし、リアルタイムで良いバランスを保つことができるだろう。


 こんなものかな。

 これできっと前よりは良くなるはずだ。



 緊急メンテ終了!



 僕は緊急メンテボタンをもう一度押した。

 これでメンテは完了だ。



 途端に、会議室の方が騒がしくなる。

 そこへ行ってみると、皆が慌ただしく配置に向かっていくところだった。

 ……モンスターたちにメンテ終了と言うのを忘れていた。


 僕が皆に謝る前に、皆はどんどん配置についていく。

 かなり彼らに迷惑をかけているのに全然口答えしてこないのは、逆に怖い。

 そこにはユーリの姿もあった。

 彼女もどこかへ飛び立っていく。



 そう言えば紗彩さんはどこにいるんだろう。


 ……待てよ。

 紗彩さんをコンピュータールームに配置すれば、永遠に一緒にいられるんじゃないか……?

 僕は天才だ。


 静かな会議室で、僕は一人ニヤニヤしていた。





 ……メンテが明けたら明けたで、何もすることがないことに気づく。



 モニターで、街でも確認してみるか。

 改善点があり次第、覚えておいて次のメンテで変えていこう。



 あ、今回のメンテで変更したところを全体に告知しなければ!


 僕はメンテで変更された点を「全体」に向けて告知した。

 これで良し。



 これは様々な範囲に告知ができると紗彩さんは言っていた。

「全体」の他に「モンスター」や「個人」などがある。

「モンスター」というのは、モンスター側全員なのかな。

 モンスター側の人間は含まれるのか?

 それとも、人間を除いてか……?

 まぁ、何でもいいけど。


「個人」にも送れるんだな。

 個人チャットみたいなものが、ここでできるということか。



 はるかぜ街をモニターで見ていると、xo魔梨亜oxが歩いていた。

 何だか久しぶりに思える。

 同時に、少々の罪悪感も感じた。

 向こうは僕に見られてるなんて思ってもいないだろうから。


 これ、カメラアングルも変えられるのか?


 ……変えられない。

 カメラは一応ある場所は決まってるんだな。

 いや、別に変なアングルで見ようとしたわけじゃないんだ。

 うん。

 xo魔梨亜oxの太ももを見ながら、そう思う。


 自由自在に風なんか吹かせたりできたら、面白そうだな……。

 風。

 やはり、風は欲しいところだ。

 やっぱり風は吹く方がいい。


 ……せっかくだから、このチャットのやつを試しに使ってみよう。

 「個人」に設定して……。

 プレイヤー名……?

「xo魔梨亜ox」

 と入力して……。


 いけそうだ。

 で、何て言えばいいかな。



「こんにちは」



 僕はそう打った。

 モニターの中のxo魔梨亜oxは、それを見て仰天していた。

 「こんにちは」というメッセージがそんなに驚くものか。


 ……いや、運営からメッセージが直接届いたのだ。

 それはビビるだろう。

 何か悪いことしてしまったな。


 冷静に考えて、ここから直接誰かにメッセージを送るなんて、紗彩さんとかに知られたら怒られるかもしれない……。

 完全に私用じゃないか。


 ……さっきログの消し方も教えてもらったことだし、これは消しておこう……。



 って、消えないじゃん!



「Now Loading……」



 の文字で固まってしまっている。

 何をローディングしてんだこいつは。

 ロードする必要あるのか?


 そういえば、ログを消す時は何かおかしくなるかもって、さっき紗彩さんも言ってたような……。



 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!



 大きな音が部屋にこだまする。

 何かおかしなことをしてしまったのだろうか……?



 コンピュータールームの、外へ通じる扉が徐々に開いていく。

 外では黒いドラゴンが翼をはためかせていた。

 それには、紗彩さんが乗っている。



 ちょっと待ってくれ。

 こんなタイミングで帰ってくるか?

 はやく、はやく消えてくれ!

 僕はバンバンとコンピューターを叩いた。

 キュルキュルと変な音を立て、画面が点滅する。


 紗彩さんが黒いドラゴンから降りてきた。



「ナツメグさん、何してるんですか?」



 紗彩さんのその言葉と同時くらいに、



 バチン! 



 という音がして、そのxo魔梨亜oxへのログは消え、画面も元に戻った。

 危なかった……。


 モニターの中のxo魔梨亜oxは、「あれ、消えちゃったぞ……?」とでも言うようなリアクションをした。

 すまん……。



「ナツメグさん、聞いてます……?」


「あ、ああ、その。紗彩さんに聞きたいことがあって、調べていたんだけど……」


「何ですか?」


「あの、その、この世界って、風ってないよね? あったら良くない?」


「そうですね……。それは一応できるのですが、吹いても意味が無いと思うので、風は無しに設定してあります」


「いや、意味はあるでしょ。吹かせよう」


「いいですけど……」


「風があった方が、戦闘で身体がほてった時に涼しくていいんだ。あと、街のリアルさが増す。


「なるほど。リアリティですね……」


「あと、天気もある? 晴ればっかりじゃつまらないんだけど……」


「ありますよ。それも有にできます。そのコンピューターのそこのボタンを押して……」



 あるなら最初から全部有にしとけばいいのに……。

 何か事情があったのだろうか。



 僕は風と天気を「有」にした。

 このゲームに、文字通り、新しい風を吹かせたのだ。

 これで色々と捗りそうだ。



「じゃあ私はこれで……」


「紗彩さん、もう行っちゃうの……?」


「忘れ物を取りに来ただけですから」


「あ、そうだ。僕が街に行きたいと思った時は、どうすればいいの? この前はモンスターに乗せていってもらったんだけど……」


「ハイパーアルティメットキングドラゴンは一切地上に行きませんでしたから……。でもこのコンピュータールームの奥のガラクタ置き場に、もしかしたら飛べるものが入っているかもしれません。では、よろしくお願いしますね」



 そう言って紗彩さんは飛び立っていった。



 ガラクタ置き場に置いてあるって……。

 ガラクタってことじゃないか。

 本当に飛べるのか……?


 僕は早速ガラクタ置き場を漁り始めた。

 本当に、ガラクタばかりだ。

 当たり前だが。



 ……?



 ……何だこれは。

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