第6話 アカウント停止処分は突然に

 僕は暗いウニュ町を一人で歩いている。


 この大魔王の石像……。

 ラスボスというのはこんな感じであるべきだよな。

 僕なんて明らかに一般プレイヤーじゃないか。

 何かもう少しラスボスっぽい衣装とかにした方がいいかな……。



 そうだ。

 久しぶりにゲーム内掲示板を見てみよう。

 色々変えたから、話題になってるかもしれない。


 ゲーム内掲示板をチェックすると、そこには


「12階やべえww」

「流石マゾゲーww」


などと書かれていた。

 最後の塔の12階に、ザコが何百体も現れたことに関するコメントだ。

 ……面白い感じにまとまっているみたいで、とりあえず良かった。


 ……いや、でもあんな状態のままじゃダメだろう。

 もっとちゃんと考えていかなきゃな……。



「この『おい、回復薬が店に並んでるぞ』ってコメント、何でメンテ中に書き込まれてるんだ?」



というコメントも目に入ってくる。

 確かに……。

 ちょっとやってしまったな。



 今日は反省の一日だった。



 そんなことを考えながら夜空を見上げていると、何かがこっちに飛んでくるのが見えた。


 あれは……暗闇に紛れて見づらいが、黒いドラゴンだ。

 それはあっと言う間に近づいて来て、僕の目の前に着陸した。


 そのドラゴンの背中にまたがっていた、ミニスカートの紗彩さんが降りてくる。

 もう少しここが明るければ……。



「ナツメグさん、心配させないでください。モンスターに聞いて、ここが分かりましたよ。何でこんなところにいるんですか……?」



 紗彩さんは笑っている。

 怒られるかと思っていたから、僕はホッとした。

 ますます紗彩さんのことが好きになりそうだ。



「僕はここに、バグ技を使っているやつがいたから、叱りに来たんだよ」


「面白いことしますね……。でもそういうのは、あまりに酷かったらアカウント停止という方法もあります。そのやり方も帰ったら教えますね。今はとりあえず、塔に帰りましょう。このドラゴンは一人乗りですけど……。もう一人くらいいけるでしょう。私の後ろに乗ってください」



 僕は頑張って紗彩さんの後ろに乗る。

 ドラゴンの上に乗るなんて初めてだ。

 もちろん紗彩さんの後ろに乗るのも初めてだ。



「こ、これ、どこに捕まればいいの?」



 紗彩さんは何も言わず僕の両手を掴み、そのままそれを彼女の前に持っていった。

 ちょ、ちょっと……。

 僕が、紗彩さんの腰に後ろから手を回しているような形となる。

 これは……。

 僕は失神しそうになった。


 ドラゴンはすぐに飛び立つ。

 風で、紗彩さんの長い髪の毛が僕の顔にかかった。



「何でHP全回復アイテムを無料で配布したのですか?」


「無料? 無料になってたの?」


「店に置くのはいいとして、値段、決めましたか?」


「……決めてなかった……」


「あと、最後の塔12階。1フロアに配置できるザコモンスターは500体までなんですけれど、それを限界まで詰め込んだのですね。モンスターすら身動きが取れなくなっていますよ。もう少し、計画的にやった方がいいですね」


「はい……すみません……」


「今は何とか落ちついていますが、流石にこの後緊急メンテを一回入れた方がいいかもしれません。一回それで皆を集めましょう」


「はい……」


「なるべくなら緊急メンテは入れたくなかったのですが……、しょうがないでしょう。私自身もやることがあって、申し訳ないです。ずっと一緒にいてあげられなくて……。人手が足りないもので……」



 人手が足りていたら紗彩さんとずっと一緒にいられるということなのか……?


 はやく足りろ。



「あと、ラスボスのコンピューターで、メンテ中に行った中ボスの配置を元に戻せなかったんだけど、どういうこと? あとショップからアイテムを削除もできなかったし……。一旦決めたものってすぐにキャンセルできないの?」


「……いや、できるはずですよ?」


「急いで中ボスの配置を元に戻そうとしたけど無反応だったし、アイテム削除もできなかったよ……」


「ナツメグさん、それ、ちゃんとメンテ中に操作しました?」


「……そういえばそうだ。焦ってて、メンテじゃない時に色々いじっていた……」


「ナツメグさんは焦りすぎですよ」


「……いや、でも待てよ。じゃあ何でザコモンスターの配置はできたんだ? 確かそのサイキョウプリーンを大量配置した時は、メンテに入らなくても実行できていたと思うんだけど」


「それは、動作的に軽いことだったからです。アイテムショップの品を変えたりするのはメンテ中じゃなきゃダメですが、ザコモンスターをいじったりする程度は可能です」


「そういうことだったのか……」



 それにしても、このドラゴンの旅は快適である。

 ずっと紗彩さんの後ろにいたいが、ドラゴンはサンダーバード君よりもかなり速く飛行するので、もう最後の塔に着きそうだった。



「僕をわざわざ迎えに来ないで、ここに来る前に紗彩さんが緊急メンテ入れてくれれば良かったのに」


「今は、ナツメグさんが直接操作しないと緊急メンテに入れないのですよ」


「そっか、僕以外は実行できないのか……」





ボウケンクエスト -最後の塔-




 最後の塔最上階に僕らは到着した。

 そして、早速コンピュータールームに入る。

 僕が「緊急メンテボタン」をいきなり押そうとすると、横にいた紗彩さんがそれを制して言う。



「ナツメグさん、ちょっと待ってください。その前に、やることがあります。緊急メンテの前……いつも何がありますか?」


「……? 何もないよ」


「ナツメグさんは、このゲームをプレイしていて急に緊急メンテが入って強制的にログアウトさせられたらどんな気分になりますか?」


「事前に言ってくれよってなる……。……あ、そうか。緊急メンテの前は……、少し前に必ず告知が入った」


「そうなのです。基本的には最低10分前からプレイヤーにログアウトを促します。何か進めている途中のプレイヤーなどもいるので、一応『10分後にやりますよ』と言わないといけないのです」


「告知のやり方ですが、まずそこで範囲を選んでください。サーバー全体から、個人まで幅広く選べます」


「ここで告知できるのか……。僕はさっき告知の仕方が分からなくて、プレイヤーを装って掲示板に書き込んでたよ」


「……その発想は逆になかったですね……」


「……ここではじゃあ、この『全体』という範囲を選べばいいね」


「そうです。そして、そこにメッセージを打ち込んでください。そうすると、プレイヤーたちが持っているデバイスにそれが出るようになります」


「『10分後に緊急メンテしま』……っと。送信」


「ナツメグさん、最後『す』が抜けてませんか?」


「あ、本当だ! どうしようこれ……」


「それだとするのかしないのか良く分からないので、今すぐに訂正したのをもう一回送っておきましょう」


「すみません……」


「それで、『しま』で切れている方のログを消します。プレイヤーの方にはメッセージが残ってしまうので。……そのメッセージを選択して、そこを押せば消せます」


「これでいいかな……」


「よくできました。そのコンピューター、ログを消す時たまにおかしくなるので、あまりログを消さないようにしてくださいね。ではあと10分、待ちましょう。メンテ自体もあまり時間をかけたくないので、メンテに入ったらやることというのも決めておいたらスムーズですね」


「緊急メンテの終了時刻は告知しなくても大丈夫なの? あったりなかったりした記憶があるけど」


「『定期メンテ』のように、ある程度終了の目処が立っている時は告知した方が良いですが、そうですね……ナツメグさんが行う『緊急メンテ』程度でしたら、なるべく早く終わらせるというくらいで問題ないかと思います。システム上の深刻なバグなどでしたら、告知や経過や終了想定時刻など色々やるべきことは多いですが、ナツメグさんがちょっといじる程度なら長くて数十分だと思いますので、特に言わなくていいかと」


「そんなアバウトな感じでいいんだね」 



 僕がハイパーアルティメットキングドラゴンを倒してしまったメンテの時は、やけに急かされてたような気がしたけど……。

 あれは緊急メンテじゃなかったのかな。



「あ、そうだ、紗彩さん。あまりにも中ボスたちが最後の塔に固まっていたから、中ボスたちを分散させてしまったんだけど、どうしたらいいだろう?」


「どうしたらいいかはナツメグさんが決めてください。私はあくまで補佐役ですから……。しかし、中ボスたちを、使わない塔に分散させたのは意味が分からないですね。何もない塔にプレイヤーが登りますか?」


「確かに……」


「使っていない塔を使おうということは良いと思いますが、そこに行く意味を持たせなければならないでしょう。倒したら何か手に入るですとか」


「その通りすぎる……。どうしたらいいかな……。アイテムが手に入るとかにしよう」


「それも、どういうアイテムが手に入るとか決めなければなりませんね」


「じゃあ、月の塔のボスを倒したら火のカギが手に入って火の塔に行けるみたいにしよう! そうした方が『次は○の塔をクリアするぞ!』みたいに身近に目標があっていい」


「ナツメグさん、それいいですね。流石元プレイヤーです」


「じゃあそうしておくよ。そうだ、もう一つ聞きたいことがあったんだけどいいかな?」


「何でもどうぞ」


「僕や、紗彩さんがこの世界で死んだらどうなるの?」


「モンスター側の人間が死んだら、このゲームには戻ってこられなくなります。そして、現実世界に戻れる保証はありません」


「ハッキリ言うね……。薄々そんな気はしていたけど、つまり僕もそうなってしまったということか……。まぁ、別にいいけど……。でもそういうのは最初に言ってくれるといいよね……」



 紗彩さんは少しの間黙った。

 黒いドラゴンは、僕のことをじっと見ていた。

 最近あのドラゴンは口数が少なくなった気がする。



「申し訳ないです……。……ところで、ナツメグさん。最後の塔へはどうやったら行けるようにするつもりですか?」


「めっちゃ話題戻ったね……。月、火、水、木、金の塔とプレイヤーは進んでくるから、金の塔のボスを倒すと最後の塔のカギが手に入るという風にするのはどうだろう」


「それ、面白そうですね」


「金に行くほどボスを強くしていくんだ。細かいところはもう少し詰められるだろうけど、そうやって使っていない塔を使っていきたい。でもそうしたら中ボスの数が少ないかな……。中ボスのモンスターはこれ以上増やせる?」


「それは、今のところできないのです」


「できないの?」


「簡単にできるのであれば、ハイパーアルティメットキングドラゴンは、中ボスクラスのモンスターをもっと大量に作っていたでしょう。私もそのあたり調べていますが、現状難しいといったところです」


「じゃあ簡単に塔が落とされたりしないかな? 各塔に中ボス一人ずつでは……」


「大丈夫ですよ。普通のRPGにおいて、塔が一つあったらボスもそこに一人じゃないですか? 一人で十分かと」


「確かに」


「ザコモンスターを上手く配置できれば、一つの塔にボス一人で大丈夫です」


「あとは、回復アイテムに適切な値段をつけるよ。あとは装備を強化できるアイテムも売り出したい。装備強化アイテムの方は、結構な高値に設定する」


「それでいいと思いますよ。あとは、あのナツメグさんが作った町ですね……。あれはどうしますか?」


「そうなんだよ。何か目的がないと、あんな遠くの町へは行かないよね。綺麗な町なのに勿体ない。まぁ、僕がデザインしたわけじゃないけど……」


「本当に、良い町ですよね」


「港町を海の近くに設置するというナウいことをしてみたよ」


「ナウい?」


「いや、何でもない。この町も上手く活かさないとな……」



 そう言いながらモニターにウニュ町を映す。

 紗彩さんと黒いドラゴンもその画面に目をやる。

 そこには綺麗な町並みが。



「そうですね……。やはり目的がないと……」


「目的もないのにさっき変な少年はいたけどね……」



 僕は町の雑貨屋内部を映す。

 すると、さっきの瀬津那少年がまた増殖バグをやっているところだった。

 なんてこった。



「こいつ! またいる!」


「これは……何をしているのですか?」


「増殖バグ技だよ。アイテムを不正に増やしてる。こういうことを、運営の目を盗んでやっているやつなんだ。こういうプレイヤーを放っておくと、善良なプレイヤーが引退してしまうんだ」


「どういうことですか?」


「こういうズルをしているやつがいたとする。自分が真面目にやっているプレイヤーだとする。それでズルをしているやつの方が強くて何のペナルティもなかったら、真面目にプレイしてるのがバカバカしくなるんだ。それで結局、真面目な人達が『このゲームつまんねーな』って離れていってしまう事態が起こる」


「なるほど……。流石ナツメグさんです」


「いや、それくらい分かるでしょ。こういうのはほっといたらダメなんだよ。本当に。厳しくいかなくちゃ。だから僕はこいつを絶対アカウント停止処分にするんだ。止めるなよ、紗彩さん」


「ナツメグさんがそう判断するのであれば、問題ないでしょう」


「…………で、アカウント停止処分ってどうやるの……?」


「対象のプレイヤーにカーソルを合わせてプロフィールを表示させて……、そしてそこのメニューからアカウント停止処分を選択すれば完了です」


「ありがとう……」


「警告はしなくてもいいんですか?」


「さっき直接会ってしてきた。次やったら消すぞと言ってきたんだ。だからもう警告は終わっている」



 僕は瀬津那少年をアカウント停止処分にした。

 中学三年生とか言っていたが……、やっていることは営業妨害だ。

 子供だから許されるという問題ではない。


 これを期に、良い大人に育って欲しいものだ。



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