第4話 ナツメグ決死圏


 今、僕以外に誰かこのフロアにいるのだろうか。

 僕はコンピュータールームを出て、会議室の方へと行ってみる。


 やはり、誰もいなかった。

 広間の方にも誰もいない。

 今は、広間の真ん中で寝っ転がりたいという気分にすらならなかった。

 ラスボスとは孤独なものだ。


 次のメンテまでに具体的にやりたいことを考えておくか。

 僕は会議室に並べてあった適当な椅子に座る。



 改善点……。

 まずは、このゲームの難易度だ。

 そこから手をつけていこう。


 妙に強い敵が多いし、回復アイテムも全然手に入らない。

 回復アイテムが、敵のドロップに頼るしかないなんてマゾゲーすぎるだろう。

 何をモチベに皆やってるんだ。


 クエストも、進めていけばどんどんレベルも上がっていくのが普通なのだが、1000分の1の確率で出てくるモンスターを倒せとか、数分以内にこの場所へ行け(無理)みたいなものばかりで、直接強さに関係ないものばかりだ。

ハイパーアルティメットキングドラゴンの、「自分が倒されないためにプレイヤーを強くさせない政策」が炸裂していたのだ。

 逆にそういう不毛なクエストが、このゲームをマゾゲーと呼ばせ、マニアなどに受けていた面も確かにあったけれど。



 ゲームの難易度を下げるには敵が弱くなるかプレイヤーが強くなるかの二択だ。

 まぁ、敵が弱くなるよりも、プレイヤーが強くなっていく方が達成感もあっていいだろうとは思う。

 プレイヤーを強くする・レベルを上げやすくする と考えたとき、まずどうすればいいか。

 という話だが……。


 まずは性能の良い回復アイテムを作ろう。

 そして、それを街の道具屋で売ろう。

 回復アイテムが充実していれば、上手い具合にモンスターが倒しやすくなるはずだ。

 ベストオブベストアイデアだろう、これは。

 いきなりイイ仕事をしてしまいそうだ。

 皆から感謝感激されること請け合い……。



 早速僕はコンピュータールームに走り、HP回復薬を作ることにした。

 HPが満タンになるから『マンタンポーション』という名前にしよう。

 我ながら分かりやすいネーミングだ。


『マンタンポーション』はすぐにできた。

 意外と、アイテムは簡単に作れるものだ。


 しかし、これを作っただけでは意味が無い。

 これを、今ある街のアイテムショップに並べるのだ。

 今ある街と言っても、「はるかぜ街」「緑の街」「砂漠の街」の三つしかないのだが……。

 まあ緑の街と砂漠の街は廃墟だからいいや。

 僕はマンタンポーションを、はるかぜ街のアイテムショップに並べる。



 ……が、決定ボタンを押しても実装されない。

 もう一度押してみるが、反応はない。



 …………メンテの時じゃなきゃダメなんだった。

 でもこういうのって、すぐやった方がいいよな……。

 というか、次のメンテっていつだよ。


 そうだ。

 ……今、緊急メンテを入れればいいじゃないか。

 一瞬、緊急メンテを入れて、すぐ戻すんだ。

 これでいこう。

 一瞬ならいいだろう、うん。



 そのコンピューターには、ただの「メンテボタン」と、「緊急メンテボタン」がある。

 僕は緊急メンテボタンの方を押した。


 すぐに、緊急メンテが開始される。

 そしてアイテムショップにマンタンポーションを配置。

 決定ボタンを押すと、それはすぐにショップに並んだ。

 メンテが明けたら、皆、マンタンポーションに気づいてくれるのだろうか……?

 これは告知した方が良いな。

 でも、告知のやり方が分からない……。


 ……あ。

 ゲーム内掲示板に、プレイヤーを装って書きこんでおくのはどうか。

 匿名だからいけるだろう。

 まさかラスボスが書き込んでいるとは誰も思わないだろうが……。



「おい、回復薬が店に並んでるぞ」



 と……。

 書き込んだぞ。

 実にショボい告知である。

 しかし、これしか方法が思いつかなかったのだからしょうがない……。

 あとで紗彩さんに告知のやり方をちゃんと聞いておこう。



 ラスボスとしての初めての仕事を終えた。

 回復アイテムの販売。


 実に簡単だった。

 何だか面白くなってきたぞ。

 もっと変えていかなければ。

 せっかく僕が色々決められるんだし。



 緊急メンテにしたついでに、他にも作業しておこう。

 もうちょっとこの最後の塔が登りやすければいいかな……と思い、この塔の中ボスの配置図を見てみる。

 すると、1階から19階まで一人ずつ中ボスが配置されていた。

 この塔に19人は多すぎる。実際、3、4人くらいいれば良いだろう。


 僕が知っている限り、このゲームに塔は6個ある。

『月の塔』『火の塔』『水の塔』『木の塔』『金の塔』、そして『最後の塔』だ。

 月の塔は多少モンスターがいてクエストにも使われるが、火~金の塔はモンスターすらおらず、廃墟と化していた。

 それも、今思えばハイパーアルティメットキングドラゴンのせいなのだろう。

 自分が倒されないようにするためにこの「最後の塔」に中ボスたちを集結させていたのだ。


 塔は全部で6個。

 各塔に3人ずつくらいで分けておこう。

 1人余るから……、最後の塔だけ4人で。

 こんな感じで大丈夫だろう。


 待て、この塔にユーリもいるな……。

 ユーリは危険人物だから、配置から外しておくか。

 謀反なんか起こされたらたまったもんじゃない。

 そうすれば3人ずつになるし、ちょうどいいな。



 ラスボスとしての二つ目の仕事を終えた……。

 中ボスの配置。



 これでバランスが少し良くなるだろう。


 ……ところで、街などの様子を見るためにはどうしたらいいのか。

 そういうモニターがきっとどこかにあるはずだ。

 このマザーコンピューターにきっとそういう機能もあるのだろうが、変なところを押しておかしくなってしまったら嫌だ。


 ……あ。

 ……王座の椅子から見られるかもしれない。

 ラスボス天下だったこのゲームだ。

 王座にふんぞり返りながら街の様子など見ていそうじゃないか。


 僕は王座へ行き、その椅子に座ってみた。

 ……特にボタンがあったりなどしない、ただの椅子だった。

 それにしてもこの椅子、座り心地が良い。

 何だか本当に王になった気分だ。


 なった気分というか、もう僕はラスボスなのだ。

 この世界を何でも思い通りにできる。

 不思議な気持ちだ。



 ……モニターを探しにここまで来たのだが、結局ここにはなかった。

 そしてなぜか、モンスターが続々と会議室に戻ってきている。

 怪訝そうな顔で僕を見る者もいた。


 今は彼らに構っている暇はない。

 とりあえず、僕はコンピュータールームへ行った。



 そうだ。

 面白そうな街を作る計画があったな。


 僕は結構あるサンプル(他のゲームからパクってきた街)の中から、なかなかお洒落な港町を見つけて、それをマップに配置することにした。

 はじまりの街から結構遠い、海沿いに配置しよう。

 なぜ遠いところに作ったのかというと、すぐ行けたらつまらないからだ。

 行くのに苦労する方が良い。



「街の名前を入力してください」



 と画面に現れた。

 今までのノリで、『新しい街』とかでいいだろうか?

 いや、ここは英語で『NEW街』か。

 ダサいかな……。

『ニュウ街』『ウニュ街』……。

『ウニュ街』。

 何か可愛くて良いぞ。

『町』の方がいいかな。

 そもそも、『街』と『町』って、意味は違うのか?

 ……よく分かんないけど、『街』は既に多くあるから、『町』の方にしよう。

『ウニュ町』で。


 ここに、ウニュ町が誕生した。

 まさに世界の創造主である。



 三つ目の仕事、ウニュ町の配置。



 ラスボスは何て面白いんだろう。

 よし、これで緊急メンテ解除だ。

 僕は緊急メンテボタンを押す。

 プレイヤーの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ……。


 会議室が一気に騒がしくなる。

 少し経つと、その声はどんどん減っていった。


 これはもしや、メンテだからわざわざ集まってきてくれて、そしてすぐに配置された場所へ戻っていったということか。

 僕の一存で緊急メンテを入れてそしてすぐ終わらせて……。

 ちょっと彼らには悪いことをしたかなと思う。


 彼らの声は完全に聞こえなくなった。



 ~ 数時間後 ~



 会議室の方で何か物音がした。

 それに驚いて僕は目を覚ます。

 ……僕はどうやら寝ていたようだ。

 ゲームの時間の進み方と現実の時間の進み方は違うので、変な時間に眠くなる。


 ……今の音は何だろう。

 空き巣か……?

 いや流石にないか。

 ここは20階だし……。



 会議室へ行ってみると、そこには変なスライムがいた。

 しかも、負傷しているようだった。

 何だこいつは。



「ナツメグ様、簡単に7階、……突破されましたよ!?」



 どうやら、この塔の7階に配置されていた中ボスクラスのスライムらしかった。

 やられると、この部屋に飛ばされてくるらしい。

 そのスライムは近くにあった機械でHPをマンタンにしている。



 ……って、7階を突破?



 どうしてそんな急に……?

 今まで、この僕でも5階までしか来れなかったではないか。



「こんなの初めてのことですよ……。来たパーティー、回復アイテムを無限に使っていました……」



 マンタンポーションのことか……!

 しかし、なぜ無限に使えるんだ?

 増殖バグか?

 このままだと、この最上階まで簡単に来てしまうのでは。



「あと、普段なら下の階層にいる中ボスたちも、どうやら機能していないようで……」



 機能していないというか、彼らは僕が別のところに飛ばしたのだ。

 回復アイテム+中ボス減らし は想像以上にかなりキツい展開をもたらしているようだった。

 うむむ……。



「ス、スライム君。僕はどうしたらいいかな……?」


「私は知らないですよ。持ち場に帰りますね」



 非情なスライム君は7階へと戻っていった。

 いや、非情なのは僕の方かもしれない……。

 これは、どうしたらいいのだろう。

 マンタンポーションをもう一度消せばいいのか?


 と、焦っていると、今度はまた別のモンスターがこの部屋に現れる。

 今度は変なライオンの登場だ。



「お前、いい加減にしとけよ!? プレイヤーたちが、10階まで上がってきたぞ?」


「す、すいません……」



 突然変なライオンに怒られる僕。

 何だか妙にへこむ。


 ……って、10階!?

 こいつは10階に配置されていた中ボスか。



「俺は何回死んでもいいけど、お前ら人間が死んだらもう終わりなんだろ? もう少し考えろよ」


「……? ……そ、それ、どういうことですか?」


「何も知らないのかよ……。スライムだとか、ゴブリンだとか、そういう、明らかに人間じゃないやつらは、このゲーム内で作られたモンスターだ。そいつらは何回死んでもいいんだ。でも現実世界とかいうところから来た人間は、作りが違うんだよ。お前とか、紗彩みたいなやつ。このゲーム内で死んだら、もう終わりだって聞くぜ」



 変なライオンは機械でHPをマンタンにする。

 どちらかと言うと、このライオンの方がラスボスの風格があるんじゃないかとさえ思った。



「僕ら人間は、死んだら終わりなんですか?」


「そう聞いたことがある。何も知らないんだなお前は。ハイパーアルティメットキングドラゴン様は、名前こそドラゴンだったが元々は人間だ。自分が死んだら終わりだからこそ、皆に無理をさせていたんだろ? お前ら人間が死んだら、この世界からは消え、そして元の世界にも帰れなくなると聞いたことがある」



 スライムなどがやられれば、この部屋に戻ってくる。

 しかしハイパーアルティメットキングドラゴンは、復活しなかった。

 そういうことだったのか。


 この世界で死んだら……完全に消えてしまうのか。

 しかも現実世界にも帰れないだと。


 モンスター側の人間になること。

 それは、もう気軽にこの世界で死ぬことができなくなったということも意味していた。


 ……とにかく、他の塔に散らせてしまった中ボスたちを呼び戻そう。

 プレイヤーを足止めしなくては。

 僕はコンピュータールームに走って、先ほどの中ボスたちの配置を元に戻そうとする。

 ……が、



「操作できません」



 との表示。

 一回どっかに配置したらシステム上すぐには戻せないのか……?

 これ、まずいじゃないか。


 もう、プレイヤーが最上階まで来てしまうんじゃないのか?

 そしたら僕が戦うのか?

 死んだら終わりらしいし……。

 いきなり大ピンチだ。

 紗彩さんもいないし……。

 そうだ、さっきの物知りライオンにどうしたらいいか聞いて……。



 僕は会議室の方に走って戻る。

 しかしそこにライオンはいなかった。

 あいつも持ち場に帰ってしまったんだ。


 ……まずいな……。

 登ってきているのは何人パーティーなんだ?

 僕が行くしかないのか……。

 2,3人なら倒せるか?

 しかし僕は狩り用ステータスだ。

 対人用ステータスではない……。


 そんなことを考えていると、

 少し強そうな、電撃を帯びた鳥が会議室に現れた。



「11階、突破されました!」



 と、そのサンダーバード君は言う。



 この「最後の塔」は20階立て。

 もう11階の中ボスが倒されたという。

 スライム、ライオン、サンダーバード……。

 確か、この塔に配置した中ボスは3人ではなかったか?

 ここまで来るのは時間の問題か……。


 15階あたりに強いやつらを大量投入するしかない。

 と言っても、強いであろう中ボスクラスのやつは、再配置は不可能だ。


 待てよ。

 ユーリなら、元々配置していなかったから、この塔に配置できるのではないか……?

 いや、人間はダメだ。

 人間は死んだら……。


 というか、その登ってきているパーティーの様子をどっかで確認したい。

 この塔内部が見られるモニター的なものは、一体どこにあるんだ……。


 僕はコンピュータールームに戻り、ボタンを隅から隅まで見てみる。

 すると、「モニター」というボタンがあった。

 何だ、あるじゃないか。

 これだ。

 これで、11階を……。


 見てみるが、誰もいなかった。

 そうか、もう11階は通過しているよな。

 12階を見てみると……。

 3人のパーティーがいた。

 どうやら休憩しているようだった。

 一生そこで休憩していてくれ……。


 あんな強そうなサンダーバード君でさえやられているんだ。

 最悪の場合僕だってやられてしまうかもしれない。

 一日もたずに消えてしまうのか。


 紗彩さんが戻ってきてくれれば……。

 まさか彼女も、こんなに短時間で大ピンチになっているとは思わないだろう。

 それにしてもこの3人パーティー……。

 全然強くなさそうなのに……。



 おや。



 このパーティーにいる眼鏡をかけた地味なやつ……。

 見たことがあるぞ。


 僕と同じクラスだった、鈴木君だ。

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