第3話 紗彩と、黒いドラゴン
荒れるユーリを特に気にせず、紗彩さんは皆に向かって喋り始めた。
「ではもう少しでメンテが明けます。早速色々と変えていきたいところではありますが、とりあえずメンテ前のモンスター配置のままでいきましょう。これから私がナツメグさんに色々やり方を教えます。次のメンテあたりからナツメグさんが色々改革していく予定ですので……。ではよろしくお願いします」
紗彩さんがそう言うと、皆は黙って立ち上がる。
広間の壁が大きく開いた。
そこには青空が広がっている。
ここは直接外へ通じていたのか。
あの時、紗彩さんとドラゴンもここからこの塔に入ってきたのだろう。
モンスターの形をした者たちとユーリは、会議室の隅にある機械の中に入り、そのまま消えていった。
「紗彩さん、あの機械は何?」
「あれはこの塔の内部に転送される機械です。テレポートのようなものですね。とりあえず、彼らはメンテ前にいた配置につきました」
「なるほど……。つまりこの塔にはモンスタータイプの中ボスがたくさん配置されているということか。あとユーリも」
「メンテ時間を延長してじっくり皆の配置を決めても良かったのですけれど、それをやってしまうと、こちらがプレイヤーに提示したメンテが明ける時刻を超過してしまうことになります。それはよろしくないので……このような形を取りました」
「分かった。……僕は知らないことがまだ多すぎるな……」
「ナツメグさんはこちら側に来たばっかりですので、それは当然のことでしょう。次のメンテの時までに、色々と知っておいてください」
「何で次のメンテの時までなの?」
「ゲームシステムは、基本的にメンテ中でないと変えられないからです。ですので、ナツメグさんは、次のメンテの時に何をするか決めておいてください。私が今から色々とやり方を教えます。ナツメグさん、さっきの部屋に来てください」
紗彩さんが僕の袖を掴む。
何だこれ……。
僕はドキドキを禁じ得なかった。
コンピュータールームに到着するのと同時に、紗彩さんは掴んでいた僕の袖を離した。
もう少し長い道のりだったら良かったな……。
黒いドラゴンも、僕の後に続いて部屋に入ってきた。
「紗彩さん。僕がラスボスになることに反対してる女の子がいたけど……。逆に、あの女の子以外はほぼ賛成だったってことかな? こんな風にいきなり現れて、皆すぐに僕のことを受け入れられるものだろうか。むしろもっと反対されるんじゃないかと思ってたけど」
「ユーリは……置いておいて、他の者たちは、今のところ賛成してくれていたとは思います。ハイパーアルティメットキングドラゴンはかなり酷かったので……。それより悪くなることはないだろうというのはあると思います。ちなみにですけれども、モンスターたちの間で、実はナツメグさんは有名人です」
「何で僕が有名人なんだ……」
「唯一、この塔の五階まで到達したプレイヤーですから。あの時は大変でした……。それがあって、そこからまたさらに難易度が上がって、私たちの仕事が増えたんですよ……」
「な、何かすいません……」
「ナツメグさん、いいですか。コンピュータールームのことをざっと説明しますね。このさっきナツメグさんがラスボス認証をした大きい画面……このあたり一帯が、マザーコンピューターと呼ばれている、ラスボスだけが使えるコンピューターです。今はナツメグさんがラスボスですので、ナツメグさんしか使えないということになります。ここから色々とこの世界をいじることができます」
「でも、難しそうだよ……」
「大丈夫です。分からないところは私が教えますので。とりあえずこのメインのマザーコンピューターの使い方を覚えてください」
紗彩さんに、コンピューターの使い方をざっと教わる。
とりあえず、覚えることが多すぎるといった印象だ。
この世界自体を変えられるコンピューターなのだから、簡単じゃないのは当たり前だが。
「……もう、僕じゃなくて、紗彩さんがラスボスになれば良かったんじゃないの……?」
「私は……戦うことができないんです。戦闘要員ではないものですから……。私は元々現実世界の運営にいて、色々あってこっちに来たという状態ですので……。まぁ、そんなことはどうでもいいんです……。とりあえず、メンテが明ける予定時刻になったので、そのメンテボタンを押してください。プレイヤーがこの世界にログインしてきますよ」
僕は言われるがままにそのボタンを押した。
何だか緊張してくる。
ラスボスか……。
ラスボスって一体どんな気分なんだろう。
とても楽しみだ。
僕のラスボス人生が、ここに始まったのだ。
紗彩さんから、さらに色々とコンピューターの動かし方を教わる。
が、そんなに一気に説明されたところで、全てを理解できるはずもなかった。
「ナツメグさんは、こういうの得意でしょう?」
「いや、全然得意じゃないから……。何を根拠に……」
紗彩さんはこっちに向かってにっこりと笑った。
少しドキッとする。
眉の下で揃えられた前髪がとても可愛い。
「でも多分、大丈夫!!」
つい、思ってもみない事を言ってしまった。
黒いドラゴンも少し笑ったように見えた。
ドラゴンの笑顔はどうでもいい。
……しかし、この黒いドラゴンはいつも紗彩さんと一緒にいられるのか……。
ラスボスになるよりこのドラゴンになる方が良かったんじゃないか?
いつも紗彩さんが僕の背中に乗っているということだろ……?
………………。
…………。
紗彩さんが、どこかへ行くような準備をし始める。
まさか僕を一人にするつもりでは。
「そう言えば、さっき紗彩さんは『私は戦えないから、ラスボスにはなれない』って言ってたけど、さっきの青い髪のユーリって人は、明らかに戦えそうだったよね。あの人はラスボスにはならないの?」
「ああいうすぐカッとなってしまう人がラスボスになったら、私はダメだと思うのです」
「……確かに、机叩いたり何か蹴飛ばしたりしてたね」
「ナツメグさんが来て、本当に良かったです」
何だか、そう言われると照れる。
高校二年生になる今まで生きてきて、今日が一番人に必要とされた日かもしれない。
僕にはそんな経験が今までなかった。
だからこそ、ラスボスになるのを快諾してしまったところはある。
「ナツメグさんは今ラスボスですが、ラスボスの下には四天王というものがあるのです」
「……長いことこのゲームをやっていたけど、全く知らなかった……」
「プレイヤーの前に出る機会も、プレイヤーたちに知らせることもなかったですからね……。完全に形骸化しています。とりあえず作られた四天王という状態で、特に何かの権限があるというわけでもありません。ユーリは、その四天王のうちの一人なのです」
「じゃあ結構強い人なんだね……」
「彼女はラスボスになりたがっていました」
「だからあんなに荒れていたのか」
「ユーリはかつてクーデターを起こしたことがありました。ハイパーアルティメットキングドラゴンを倒し、ユーリ自身がラスボスになろうとしたのです。でもそれは失敗し、それによって犠牲となった者や、罰として永遠に囚われの身になってしまった者たちが出たのです」
「僕らプレイヤーは全く知らなかったけど、大変なことも起こっていたんだね……。永遠に囚われの身か……」
「ユーリの仲間たちがそうなりました。ハイパーアルティメットキングドラゴンがそうしたのです。反乱分子は徹底的に抑え込まなければというタイプでしたから。またクーデターを起こされるのが嫌だったのでしょう。この世界にそういう人たちをのさばらせておいたら、危険ですからね」
「でも、ユーリの仲間たちは永遠に囚われの身になって、なぜ首謀者であるユーリは今普通にこのゲームにいるの?」
「ユーリは、他人を犠牲にして、自分だけは助かったのです……」
明らかに紗彩さんの表情が曇る。
もっと知りたいという気持ちもあったが、今はこれ以上聞かないことにした。
「本当に、僕らプレイヤーの知らないところで色々あったんだな……」
「そうです。色々あったのです。このゲームの長い歴史の中で……」
そんなにこのゲームの歴史は長かったのか……。
ずっとハイパーアルティメットキングドラゴンの支配下で、大変だったのだろう。
「そういえば、紗彩さんはいくつなんですか? あ、ちなみに僕は高校二年生ですけど……」
「ナツメグさんと同い年ですね」
「え……? もっと年上かと思ってたけど……。ちょっとサバ読んでるでしょ?」
「私も高校二年生の歳です。高校へ行ってはいないですが……」
「紗彩さんは、おしとやかと言うか、大人の風格がすごいよ」
「逆に、私の妹はうるさいんですけどね……」
妹……?
これは紗彩さんに似て、絶対美人の妹だろう。
きっとゲーム好きだろうし……。
もしやこのゲームをやっていたりとか……?
「妹さんは、いくつ? 名前は?」
「何でそんなに興味があるんですか……? 何か気持ち悪いですね……」
分かる。
僕はキモい。
「妹の彩雨は、今は……中学三年生ですね……」
「彩雨ちゃん……。良い名前だね……。中学三年生というのも良い……」
「中学三年生の何が良いんですか?」
「……ふ、深い意味はないよ。彩雨ちゃんは、このゲームをやっているの? ここが重要なところなんだけど」
「彩雨は、ゲームとは無縁の生活です」
「ぜひ、彩雨ちゃんを、このゲームに誘おう」
「中学のうちからこんなゲームをやっていてはダメです。中学のうちからというか、いくつになっても彩雨にはこういうゲームはやらせたくないです」
「そこを何とか……」
「今は彩雨とは別々に暮らしていて、あまり連絡も取ってないのです。というか、今はそんなことはどうでもいいのですよ……。ところで、まずこのゲーム、どうしたらいいと思いますか?」
「彩雨ちゃんから急に話を逸らされた……。『どうしたらいいと思いますか』って、ずいぶんざっくりとした質問だね」
「ちょっと範囲が広すぎましたね。このゲームをプレイヤーの視点から見た時、まず改善すべきところはどこだと思いますか?」
「ゲーム自体が意味不明なレベルで難しいところだね。そこがアイデンティティみたいなところは確かにあるけど、でも流石に引くレベルで難しい。他のゲームよりちょっと難しいな、っていうくらいにまで難易度を下げたいね」
「なるほど、まずはそこですね……」
「やっぱり。あと街が少ないことかな……。『はるかぜ街』と、『緑の街』と、『砂漠の街』しかないよね。少ない上に、緑の街と砂漠の街はほぼ廃墟だし……」
「ではいっそ、新しい街を作ってしまいますか?」
「そんな簡単にできるの?」
「そうですね。他のゲームから街のデータをコピーしてストックしてあるので……、いや、他のゲームを参考にしているので、……割とすぐできますね」
「つまりパクリじゃないか。そんなことやってるから人気が出ないんじゃ……」
「ハイパーアルティメットキングドラゴンが『こういう風なものはできるか?』とか言うとすぐ私たちがその準備をするのですが、彼の気が変わったり面倒になったりして、実装まではいかないんですよ。お蔵入りになってしまった街が結構あるのです。100は軽く超えています。なのでそこから選ぶとすぐできますよ」
「街は100個以上できているのに、実装されてる街が3つしかないなんて……。……そして他のゲームからコピーしてきたという点には引っかかるが……。でもまあいいや。じゃあ何か、面白い街をそこから探そう」
「面白いとは……?」
「……分からないけど。皆が行きたくなるような街かな……?
「どういう街ですか?」
「それは今から考えるよ……」
「ちょっと私は他の仕事があるので、そのあたり、上手く考えておいてくださいね」
そう言って紗彩は黒いドラゴンにまたがった。
相変わらず、その姿はとてもサマになっていた。
僕も黒いドラゴンになりたい。
……って、もう行っちゃうの!?
すると、コンピュータールームの一部が開き、太陽の光が入ってくる。
広間だけでなく、ここも外に繋がっているのか。
「では、よろしくお願いしますね! プレイヤーとして不満に思ってたこと、それを直す形で進めていけば、きっと大丈夫ですから……」
黒いサラサラとした髪をかきあげながら、彼女はそう言った。
そして、光の中、どこかへと飛び立っていく。
……ちょっと……。
いきなり責任重大すぎる。
せめて色々実装するまでいてほしかったな……。
いや、実装するまでと言わず、紗彩さんにはずっといてほしいけど……。
いきなり一人で色々やることになってしまった。
でも、不安よりも期待感が大きい。
僕がこのゲームを変えていくんだ。
絶対に前より面白いゲームにしてやる。
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