第3話 ヤクザとオレ

「おい、ワレェ! 調子にのっとったら、ぼてくりこかすぞ! アァン!?」

「アァン!? コラァ!? アアァン!!?」


 気がつくと女子高生になっていて、ヤクザみたいなやつらに因縁をつけられていた。

 俺も、割と普通の人間とは違う人生を歩んできた自覚はあるんだが、さすがにこんな経験は初めてだった。

 と言うか、俺の人生は一回終わっているはずなので、新しい人生で起きた初のエピソードと考えてもいいのかもしれない。

 そんなどうでもいい事を脳内で考えるくらい、現状はめんどくさい状況になっていた。


「聞いとんか、ワレェ! アァン!?」

「アァン!? コラ!? アアァン!!?」


 金髪ピアスが遠い目をして黙り込んだあと、俺はとりあえずトイレに入った。

 肉体の可動域などは大体わかったのだが、それ以外に関してはわからない点が未だ多い。

 女の体についてはある程度わかっているが、さすがに自分が女になった事はないので、調べられる所を徹底的に調べたかった。

(えーと……いただきます?)

 なぜか誰かに断りを入れてしまってから、体の調査を開始する。

 十数分後、ひとしきり満足した俺は、着衣の乱れを直して部屋へ戻った。すると、今の状況――オッサン2人が奇声を上げてこちらを威嚇している――になっていた。

 パンチのオッサンはまあいいとして、でかいオッサンはもはや言葉を喋ってすらいない。

 その横でまだたそがれている金髪ピアスを尻目に、俺は2人に向き直った。

「えーと――」

「なんじゃ、ワレェ! ぼてくりこかすぞぉ! アァン!?」

「アァン!? コラ!? アアァン!!?」

 その様子を見て、俺は昔に見た親鳥から餌をもらうひな鳥の映像を思い出した。

(これじゃ会話にならないな)

 ぶっちゃけこいつらを放置して逃げると言う手もあった。だが、それをするとこいつらにとって俺はまた「追うべき相手」になってしまう。


『私の分まで、楽しんで生きてね』


 綾乃の最期の言葉。今思い返すと、まるでこうなる事を知っていたかのようなセリフだが……まあ、それはいいとして。


 ――楽しんで、生きる。


 霧島綾乃として生まれ変わった俺は、ひとまず、あいつの遺志を尊重する事にした。

 それは、今わの際に見せたあいつの笑顔に惹かれ、自分もそうなりたいと願ってしまった俺の、とりあえずの目標だった。

 平穏な女子高生として楽しく生活する。言葉にするとむず痒さを覚えるが、同時に強く惹かれる気持ちも感じる。

 前の俺は平穏とは真逆の生活を送っていた。いつも周りに「死」が付きまとっていて、何かを追いかけたり、または追いかけられたりを繰り返していた。

 まったく違う人生のために、元の俺の力を使う。

 それはどこかズルをしているようで気が引けたが、使えるものはなんでも使うのが俺の流儀だった。


 未だピーチクパーチク言っているオッサン二人に背を向け、俺はキッチンに立つ。

 流しの下の収納を空けると、そこには包丁が3本入っていた。大体のワンルームはここに包丁を収納するスペースがあるものだ。

 それぞれの指の間に包丁の柄を挟み、3本とも一息に引き抜く。うるさかった部屋の中でも、刃物同士のこすれ合う硬質な音は不思議とキレイに響いた。

「お、おい、ワレェ……そんなもん、どないする気や、こらぁ」

 それを見たパンチは明らかに動揺している。ちゃんと危機察知能力を持っているようだ。感心感心。

「アァン!? コラ!? アアァン!!?」

 だが、横の巨漢は相変わらずうるさいままだった。残念。

 なので、まず一本目を投げる。

 ヒュゴ!という音と共に、巨漢の股の間の床に包丁が突き立った。

 その後、一瞬遅れて3人全員が凍りつく。

「この包丁、良い手入れしてんなぁ」

 俺は手元に残った二本と、床に突き立った一本を交互に見ながら、そう呟いた。

 床に突き立ったほうは刀身の三分の二が隠れてしまっている。ナマクラではこうはならないだろう。

 そんな事を考えながら突き立った包丁を見ていると、その周りに液体が流れ出し始めた。それと同時に、ほのかなアンモニア臭が漂う。

「あー……なんか、すまん」

 巨漢が小便をチビりやがった。



「まあ、大体のことはわかった」

 その後、別の部屋に場所を移し、俺はようやっと現在の状況を把握することができた。

 今いるこの部屋はいわゆる「そう言う撮影」をする部屋らしい。体を使って借金を払うための、その体を使うための部屋だそうだ。

 建物自体は古いアパートで、他の部屋もそう言う部屋らしく、小便くさい部屋から脱出した俺たちは、隣の部屋に移動していた。

 聞き出した話によると、綾乃は無理やりここに連れてこられ、さっきの部屋に閉じ込められた。

 その後、部屋にあったそういうプレイで使うための縄を使って、首を吊った。

 その時に踏み台として使ったイスが倒れ、その音を聞きつけたやつらが部屋に入ってきて、綾乃を助けた。巨漢が俺を羽交い締めにしていたのは、縄を外すために持ち上げていたのだろう。

 まあ、そんな流れだったそうだ。

 捉えようによっては命の恩人ともとれるが、原因を作ってるのもこいつらなので、何とも言えない。

 ちなみに何でそんな事を聞くのかという問いに対しては「自殺しようとしたショックで前後の記憶が曖昧になっている」と答えておいた。

 金髪ピアスは相変わらず胡乱な者を見るような目で俺を見ていたが、スルーしておく。

「ワレェ……ほんまに人が変わっとるやないか」

「あぁ、さっきもそこの金髪に言われたよ。記憶が曖昧なんでな、気にしないでくれ」

 さっき使った「記憶が曖昧」の使いやすさに味をしめた俺は、積極的に使っていくことにした。

「それとな、ワレが言うてた連帯保証人の件は、その通りや。せやけどな、無効にするための手続きはどうするつもりなんや? こういうのは契約は簡単やけど、外すのはめんどうなもんやぞ?」

 まだ俺を諦めたくないのか、それとも単純にどうするつもりか知りたいのか、パンチがそんな事を聞いてきた。

「そいつは知り合いの弁護士にでも頼むよ。俺もさすがにそこまで詳しくないしな」

 これは半分くらいはブラフだ。俺の知り合いに特定の弁護士はいないし、いたとしても前の俺の知り合いだ。こんな姿の俺じゃ、その伝手は使えない。

「金はどうするんや? 知り合いて言うても、タダでやってくれるほど世の中は甘くないやろ」

 よっぽど俺――綾乃を気に入っていたのだろうか。話の誘導の仕方がわかりやすい。

「金はなんとでもなるさ。別に出たくもねえAVに出るくらいなら、弁護士でもなんでも個人的にヤらせてやって協力させてもいいしな」

 ちょっといらっと来たので煽ってやったら、わかりやすく目を背けやがった。

「ワレ……いや、お前さん、なんちゅー笑い方しよるんや。その歳でそんな色気出せるんやったら、トップも狙えるんちゃうか」

 ――どうも変な方向に煽ってしまったらしい。

 ふと横を見ると巨漢と金髪も目をそらしてきた。気のせいか、少し頬を赤らめている気もする。

(男にそんな反応されても、ちっとも嬉しくねえな……)

 心の中で苦笑しながら、俺は改めて三人に向き直る。

「と言うわけで、俺はお前たちに追われる筋合いはなくなった。それでいいな?」

 俺の問いに三人は異口同音に頷く。それを確認してから、それぞれの拘束を解いてやる。

「いちち、縄の痕がついとるやないか。かなわんのう」

「その状態で暴れたせいだろうが……あぁ、それとな、俺の母親が俺に接触してきたら、お前らに引き渡してやる」

 俺がそう言うと、パンチは意外そうな顔で俺を見てきた。

「お前さん、今朝はあんなんでも母親やからって言っとったのになぁ」

「自分の借金を娘に肩代わりさせるようなやつ、もう親じゃねえだろ」

「そりゃそうやがなぁ……まあ、お前さんがそう言えるようになったのはええ事ちゃうか」

 パンチはそう言って、背広の内ポケットから1枚の名刺を取り出し、俺に渡してきた。そこには組の名前とオッサンの名前、連絡先が載っていた。

(おぉ、マジモンのヤクザだったのね……)

「お前さんはワシの顔なんざもう見たくないかもしれんが、ワシはお前さんを気に入った。何か困ったら、言うてこいや」

 パンチ改め斉藤のおっさんは、そう言うと二人を連れて去っていった。


「さて……とりあえず、帰るか」

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