第4話 家とオレ
「さて……とりあえず、帰るか」
夜の街路。独り言を呟きながら、俺は家に向かって歩き始めた。
さすがに色々あって疲れていた。一度ゆっくり休みたい。
ちなみに家と言っても俺の家ではない。綾乃の家だ。
綾乃の荷物の中に生徒手帳があって、そこで家の住所が確認できた。
彼女が几帳面な性格で助かった。俺なら面倒で書かないだろう。
綾乃の家はそんなに遠くなかった。と言うか、家からここに連れて来られたので、いくつかあるそう言う場所で、最も近い場所に連れて来られたんだろう。
綾乃がスマートフォンを持っていたのもありがたい。この文明の利器さえあれば、住所だけで目的地にたどり着ける。
電車を使っても良かったんだが、首の傷が目立ちすぎる。季節は春だったので、マフラーを巻くのもおかしいし、そもそも持っていない。
それなら暗い夜道を目立たずに帰る方がマシだと考えたのだ。
女子高生にあるまじき発想な気もするが、中身がオッサンなのだから仕方がない。
幸いにもめんどくさい輩には出会わず、家に帰る事が出来た。
「へぇ、意外と良い家だな」
家は平屋の一階建てで、大きくも小さくもない。小さな中庭があって、そこには梅かの木が植えてあった。家に電気は点いていない。
玄関は今では珍しい引き戸だ。俺は鞄からカギを取り出して――。
(はぁ……休ませてくれよ)
家の中からかすかに聞こえた物音に、俺は心の中でため息を吐いた
音を立てずに鍵を差し込み、ゆっくりと回す。そのまま無音で家の中へ侵入する。
玄関から廊下を通り、音が聞こえた方向にある部屋を目指す。
世界には多くの家が存在し、多種多様な間取りがあるが、それらは全て「設計思想」に基づいているものだ。
故に初めて入る建物であっても、構造の予想はある程度の範囲で可能だった。
人がいるのは恐らく……キッチンだ。
このタイプの家はキッチンが家の一番奥にあり、そこに裏口が付いている場合が多い。綾乃が持っていた鍵はいくつかあって、その中には恐らく裏口の鍵と思しきものもあった。恐らく間違っていないだろう。
キッチンに近づくと中から会話が聞こえてくる。
「――いないっすね」
「何が動きがあるかと思ったが、ハズレだな」
二人分の男の声。その声には、すさまじく聞き覚えがあった。
俺は音を立てずにキッチンに入り、電灯のスイッチを点けた。
一瞬で明るくなる室内。さっき別れたはずの金髪ピアスと巨漢の男がそこにいた。
「う、あ、あ、姐さん?」
「うぉ、お前か。驚かすんじゃねえよ」
驚いた顔をこちらに向けながら、二人は俺に話しかけてくる。そして最初に喋った巨漢の発言に、無視できない要素があった。
「おい、まて、なんだその姐さんって」
「え、あ、姐さんは、アニキに認められたオンナですから、姐さんっす」
巨漢の男はその体に似合わないモジモジとした仕草で、そう答える。
(こいつ、こういうキャラだったのか……)
正直なところ呼び方なんてどうでもいいんだが……まあ、そこに悪い感情がないなら問題ないだろう。
「一応聞くんだが、ここで何をしてる?」
「……一応答えてやる、お前の母親がいねえか見にきただけだ」
金髪ピアスは俺に対して色々と思うところがある様子で、疑うような目で俺を見ている。いきなり懐いている巨漢より、俺はこいつの反応の方がむしろ安心できた。
「合い鍵があるのか?」
「あぁ、悪いが、お前の鍵で作らせてもらった」
「なるほどね。だが、俺はお前らに母親を捕まえたら引き渡すと言ったはずだ。わざわざ家にくる必要はないんじゃないか?」
別れ際、俺はこいつらに家へ戻る事を伝えていた。なのに家に来たという事は、何か他の目的があるか、もしくは。
「俺はアニキやこのバカと違って、お前を信用してないんだよ」
忌々しげにそう言う金髪ピアスに対して、俺の中の好感度は地味に上がっていく。
斉藤のオッサンみたいに、何かを感じてこちらを信用するスタンスを見せてくれる人間は確かにありがたい。だが、俺はどちらかと言えばこの金髪みたいに疑り深い性格をしているので、こいつのこういう態度は共感できる。
「良い判断だ。お前、将来出世するか、誰かに裏切られて死にそうだな」
「はぁ? それ、褒めてんのか貶してんのか、よくわかんねえぞ」
怪訝な顔でこちらを見てくる金髪と、横で黙って話を聞いている巨漢……若干、目をキラキラさせて俺を見ているのがすごくキモい。
「褒めてんだよ」
俺が苦笑すると、金髪ピアスは苦々しい顔を浮かべた。こいつの反応が面白くて、ついつい意地悪な言い方をしてしまう。
前の俺なら不必要な挑発なんかはしなかったんだが、まあ、問題ないだろう。
「あと……お前の様子を見てこいだとさ。霧島冬実が戻ってきたらふんじばれるように、俺らのうちの一人を家に置いてけ、とも言われている」
誰が言ったのかは言おうとしないが、まあ、言っているようなもんだろう。
「えらく気に入られたもんだな。まあ、好きにしてくれ。俺は色々と用がある」
「おい、待てよ。野郎が泊まり込むって言ってんだぞ。普通は反対とかしないのか?」
呆れたような顔でそう言う金髪に対して、俺は静かに笑いながら人差し指でとある部分を指差した。
「使えなくなるのは困るだろ?」
それを見た巨漢は股間を押さえてブルリと震え、金髪ピアスも口の端を引きつらせた。
二人の反応に満足した俺は、キッチンを後にした。
(お、ビンゴ。ここだな)
手近なドアを開けると、中はいかにも女の子らしい部屋だ。恐らくここが綾乃の部屋だろう。
部屋にはベッドと勉強机、本棚とタンスが置かれており、所々にファンシーなぬいぐるみが鎮座している。
俺は鞄を適当にほっぽり出し、ベッドへ倒れ込んだ。
(さすがに色々ありすぎて疲れた。ゆっくり眠りたい……)
そう思ったのだが、まだ色々とやる事がある。
俺は気合いを入れてベッドから跳ね起き、各部屋の探索を始めた。
居間に、キッチンに、書斎に、寝室に、トイレに、風呂に、大体の間取りを把握する。寝室は祖父母が、書斎は祖父が元は使っていたのだろうか。冬実は寝室はどうやら寝室を使っていたらしい。彼女の私物と思しきものが乱雑に置かれていた。
家の大体を把握した俺は、ひとまずシャワーを浴びるにした。
首の傷を刺激しないように全身を洗って、その体の驚くほどの柔らかさに若干の劣情を催し、ついつい胸の弾力を心行くまで堪能してしまう。
最終的に、自分の口から艶っぽい声が漏れたのに驚き、バツが悪くなってさっさと風呂から上がった。
もちろん風呂上がりにヤクザとバッタリなんてお約束を俺が許すはずもなく、風呂から上がる直前に「そこからとっとと失せないとマジで切り落とすぞ」と脅しを掛けると、脱衣場辺りに感じていた気配は遠のいていった。
スッキリした俺は寝間着に着替えて部屋に戻り、そのまま眠りたい欲を我慢して、傷の手当を始める。
傷口を消毒し、ガーゼをあてて、包帯を巻く。幸いにも傷は浅く、すでにかさぶたになりかけていた。これなら痕が残る事もなさそうだ。
やっておきたい事はひとまず片付いた。あとは今後の方針について考えねばならない。
(んー、まずは母親をどうするか、だな)
綾乃の母親、霧島冬実は未だ行方不明。これについては向こうが何かをして来ない限り、何も出来ない。当面はスルーでいいだろう。
次に借金の連帯保証人の件だが、これは弁護士に相談しよう。相談だけなら無料で出来る所も多いし、もし金がかかるようでも……まあ、なんとかできる。
そしてこの家の件だ。恐らくは冬実が相続したのだろう。となると差し押さえられる可能性がある。家なしはさすがに不便だから、家を出れる準備はしておくべきだ。
色々考えていくと、やはり金が必要になってくる。連帯保証人の件も、家の件も、先立つものが欲しくなる。
(まずは資金の確保だな)
当面の予定を決定した俺は、ベッドに横になった。
行動の方針さえ決まってしまえば、あとはどうにかするだけだ。
心地よい睡魔の誘いを受け入れながら、あてのない思考を巡らせる。
そうだ。女子高生なのだから、アルバイトをするという手段もある。俺はアルバイト自体はやった事ないが、前職で色々な事をしてきた経験はある。
働くことが可能な年齢でなければ色々面倒だっただろう。
(そう、高校生でなければ……高校、生?)
「学校……!!」
ばっと跳ね起きる。まどろんでいた頭は瞬時に覚醒していた。
そうだ。俺は明日、学校に行かねばならないのだ。
普通の女子高生として平穏な生活を送る。その為に絶対不可欠なのは、学校だ。
その根底を忘れていた自分の愚かさを恥じるとともに、慌てて思考を切り替えていく。
(えーと、学校に必要なものって何だっけ?)
今日、自分が持っていた通学鞄に制服に、宿題やら教科書やら時間割やらも知っておかねばならないだろう。
(まだ眠れそうにないな……)
必要な情報を探す為に勉強机の中身をあさりながら、俺は大きなため息を一つ吐いた。
(ん……? どこだ、ここは)
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