第三のページ

 殺人鬼の話は日々大きくなっている。

 ある日突然現れて、そしてどんどん規模が膨らんでいる。


 僕はある種の不安を抱えていた。

 それは僕のような状況に陥ったら誰しもが持つ疑問であり、当然の判断だ。

 つまり、僕の妹が行く先々で人を殺して回っているのではないか?

 そんな非現実的で、だがある種の合理性のある不安だった。


 僕の妹は、死んでいる。

 そして本人が「死んだ人間は生き返らない」と明言している。

 だからきっと僕の妹は、僕が想像もできないような存在なのだろう。


 僕の懸念けねんは間違っていないはずだ。

 妹が人を殺しているとして、その目的はなんだろうか?

 ホラー映画でありがちなのは、現世での活動のためにとか、生者への憎しみを解消するためにとか、そんな理由だ。

 あの愛らしい笑顔の下に、そのような恐ろしい考えが潜んでいるのだろうか?

 直接尋ねたのは僕に自棄じきの心があったからかもしれない。

 妹に殺されるのなら、それでもいいやと思ってしまったからだ。

 大切だった妹と同じ存在に殺されるのなら、それでもいいかと、この時は本気で思っていた。


 だが僕の想像とは裏腹に、妹の態度は酷く人間的だった。

 まず正座をさせられなぜそのような考えに至ったのか詰問を受ける。

 妹を疑ったという負い目も心のどこかであったのだろう。機嫌を斜めにする夢衣に対して僕はあまりにも正直に答えてしまった。

 後に待ち受けるのは当然の様に説教だった。

「常識的に考えて魂を奪ったからといってなんで活動できるの?」とか、「人を食べることとスーパーで生肉を買って食べることの栄養学的違いは?」だとか。

 一番きつかったのは「お兄ちゃんに嫌われると分かっていて殺人に手を染める理由は?」だ。

 それはもう正論で論破される。


 ただその言葉は人を殺してはいけないという倫理観に基づくものではなく、殺すことによって不利益が生じるといった酷く実利的な思考だ。


 では逆に、理由があれば人を殺すだろうか?

 僕が妹の殺人になんの感慨も抱かなければ、彼女は感情を揺らすことなく人を殺せるのだろうか?

 そんな考えが、ふいに頭をよぎる。


 あの時、まるで僕の考えを見透かしたように答えた彼女の言葉はもう思い出したくもない。

 やっぱり、僕の妹は人間ではないのだろう。

 それだけが確信でき、僕はこの質問を投げかけたことを後悔する。


 ……翌日も、殺人鬼の事件はどんどん膨れ上がっていた。

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