第19話 決戦

「瀬津那君たちの中に、君達パーティーのことよりも、元の世界に帰りたいという気持ちを優先してしまったやつがいるっていうことなんだよ」



 鈴木は仁王立ちしながら、したり顔で言った。

 クソ野郎先生は、相変わらず戦いたくてウズウズしているようだ。

 ox琉奈xoは、鈴木の話を聞きながら前髪を気にしている。



「あまり……僕は考えたくないな……そういうことを……」


「そいつだって、元の世界に帰りたかったわけだ。瀬津那君だって、元の世界に帰りたいわけだろう? 目的は同じなのに、敵対するなんて、よく分からないじゃないか」


「鈴木がそこまで彩雨ちゃんを倒したいと思ってるということは、彩雨ちゃんの指輪が抜けないってことも知ってるんだな……?」


「そうだ。指輪が抜けるのならその指輪を取って壊したりすればいい。そうすればきっと平穏な世界に戻るだろう。それができないから、彩雨ごと倒そうと思っているわけだ」


「鈴木は本当に僕らのことを知ってるね」



 皆で僕のバグ装備を分けた時、彩雨ちゃんは僕のバグ指輪を装着することができなかった。

 もう既にニャソ子の指輪を装備していることになっていたためだ。

 このゲームは、指輪は一つまでしか装備できない。

 ニャソ子の指輪は、能力の上昇などはなかったが、装備品の一つとしてカウントされていた。

 だから、僕は回避の腕輪を彩雨ちゃんにあげた。

 結果的に回避が上がって、今となってはその選択はだいぶ良かったとは思う。


 現実世界から持ってきた服などは、チュートリアルの段階で初期装備に切り替わるため、消えてしまう。

 このゲームを初めてプレイする人がパジャマでログインしたとしても、チュートリアルの段階で初期装備が選べるために、例えば剣士とか勇者みたいなのが好きであれば、鎧を着て剣を持った状態でログインすることができる。

 たまに現実世界の靴のまま入ってきている人などもいるけど、それは何も装備していないのと同じ扱いになるのだ。

 その人がゲーム内の靴を装備したら、その現実世界の靴は消える。

 そういう仕様なのだ。


 彩雨ちゃんの場合、現実世界からこのゲームの装備をつけてくるというイレギュラーな形であった。

 この世界の指輪を装備することができればそれは何となく消えるはずだが、なぜかもう既に指輪を装備してしまっている体になっていた。

 ニャソ子の指輪はこの世界のものではないので外すということもできない。

 そういった複雑な事情であった。



「瀬津那君、もう分かったかな? 君達の中の裏切り者のことだよ」


「……知りたくもないな……」


「彩雨を倒すためには、瀬津那君を倒さなくてはならない。そいつ一人では倒せないと思ったんだろう。だから、俺の方に協力してきてくれたんだ」


「そうか……」


「この俺なら、瀬津那君を倒せると思ったんだろうな。確かに、瀬津那君を倒せるのは、このサーバーでは、俺くらいだろう」


「だったらこの前の塔の時……逃げなくても良かっただろ……?」


「あれは色々あったんだ。君達が飛空艇にちゃんと乗ってくれたおかげで、俺もこうして生き延びることができたよ」


「お前も、一緒に乗って、ここまで来てたってことかよ! 気味悪いな……」



 遥が言った。

 あの飛空艇……。

 確かに結構スペースがあったからな……。



「遥君ももう分かっているだろ? アエイス君が、君達を裏切っていたことを」



 アエイスが……?



 僕はアエイスのいる後ろを振り返る。

 嘘だと思いたかった。

 アエイスは目を合わせてくれない。



「おい、アエイス。本当か? ……何か言えよ……」



 遥がアエイスの方を向いて言う。

 静まり返った広場に、遥の声だけが響いた。


 アエイスは、固く杖を握りしめる。

 そして、遥を無視してゆっくりと鈴木の方へと歩いていった。



 何てことだ。



 アエイスが、鈴木の後ろにつく。

 戦闘の陣形だ。

 パーティーに回復役がいる場合の陣形。



「アエイス、あたし達に何か言えよ!」



 再度、遥は言う。

 僕も遥と同じ気持ちだ。

 彩雨ちゃんは、茫然としていた。



「何も、ないですわ」



 アエイスは冷たく答える。

 それは、今まで見たこともないような態度だった。

 僕はいまだにこの状況を理解できない。



「これだけのことをしといて、何もない? そんなことあるのかよ!」



 アエイスはそれ以上答えなかった。

 彼女は本気なんだ。

 僕らと、戦うつもりなんだ。


 鈴木の言っていることは、本当だった。

 さっきox琉奈xoを生かしたのも、わざとだったんだろう。



「俺は頻繁にアエイス君と連絡を取り、瀬津那君のことや、彩雨のことなどを教えてもらっていた。彼女が何となくいなくなっている時も、あっただろう。あれは俺と連絡を取っていたんだ。気づかなかったのかい?」



 確かに、何となくいなくなっている時はあった。

 アエイスが……。

 信じられない。


 あんなに僕らと一緒に過ごしていて、実は敵だって……?

 彩雨ちゃんと楽しそうにしていたじゃないか。

 僕らがクエストをクリアするのも、手伝ってくれたじゃないか。

 殺したい人がいるパーティーに、笑顔で接することなんてできるのか?

 悪い夢であってほしい。


 アエイスが敵にまわって……、3対4ということになる。

 僕と遥で、とにかく彩雨ちゃんを守ることに徹する。

 それが一番いいだろう。 

 遥もそう思ったのか、お互い、彩雨ちゃんの近くに寄った。


 敵側は、鈴木とクソ野郎先生が攻撃人員だろう。

 遠距離からはox琉奈xoが撃ってくる。

 回復役はアエイス。

 敵ながら、かなりバランスが良いパーティーだと思う。


 アエイスの両手と杖の先端が光る。

 彼女は無表情。

 鈴木達全員に、物理攻撃を半減させるバリアを張っていく。



「アエイスさん……」



 そう言う彩雨ちゃんの目からはぽろぽろと涙が。

 まさか、こんなことになるなんて。


 アエイスはさらに、ブレスをかけた。

 ブレスとは、一定時間様々な能力が上昇する魔法である。



「あたしらの時はあれ、かけてくれなかったよな……」



 遥が髪飾りをいじりながら、呆れた顔で言う。

 言われてみれば確かに……。

 正直、その必要はなかったけど。



「僕らは強かったからね。あいつらはあれをかけないと死んでしまうんじゃないか……?」


「そうだな。そう思っとこう」



 クソ野郎先生と鈴木が同時に僕の方に向かってくる。

 大丈夫だ。

 この程度なら……。



 僕が動き始めた時、いつの間にか中距離あたりにいたアエイスが、僕に何かの魔法を詠唱した。

 少し衝撃と共に、僕の動きが止まった。


 スタンだ。

 アエイスは僕の弱点がスタンだと知ってるから……。



「キェェエエエエエエエ!!!!」



 クソ野郎先生が巨大な斧を僕に振り下ろす。

 この奇声、懐かしい。

 こいつは何も変わっていない。

 僕も精一杯剣を動かし、防御態勢に入る……。



 バコォォォンン!!



 僕に斧は直撃した。

 何という力だ。


 今の一撃で、体力の4分の1ほどもっていかれる。

 その勢いで、思わず地面を転がった。


 スタンをくらうと一時的に、一歩も動けなくなる。

 かろうじて手は多少動かせるが。

 それで何とか防御したつもりだったが……。

 少し……間に合わなかったようだ……。


 スタンは解除された。



 ズバァァン!!



 鈴木が日本刀で衝撃波を起こす音が聞こえた。

 その衝撃は遥と彩雨ちゃんの方へと向かっていく。


 彩雨ちゃんはその回避力でそれをひらりとかわす。

 遥はその防御力で、その場に踏ん張った。


 何だか、僕が一番ふがいない感じだ。



「な、なかなかやるな。君達」



 ズゴォォォォォン!!!!



 カラフルな光線が僕の目の前を通過し、彩雨ちゃんに向かっていく。

 遠距離なら絶対に当たらない。

 大丈夫だ。


 彩雨ちゃんはそれを軽くかわした。



「ちょっと……、本当に危ないよこれー!」



 彩雨ちゃんが叫ぶ。


 うん。

 確かに、あの光線が当たったら本当に危ない。



「彩雨、よく見ればかわせる。あたしも瀬津那もいるんだ。絶対大丈夫」



 遥が珍しく彩雨ちゃんを励ます。

 珍しくというか、初めてかもしれない。

 遥はいつになく頼もしげに見えた。



「彩雨、銃でアエイスを狙え。あたしと瀬津那が援護する」


「それは……できないです! アエイスさんは……アエイスさんは……」


「まずは回復役を潰すんだ! それが複数の対人戦のセオリーなんだよ!」


「遥さんは何も思わないんですか……?」



 ガキィィィン!!



 加速ツールでいつの間にか迫ってきていた鈴木の日本刀が遥に当たる。

 遥はそれを完全に自分の双剣で受け止めた。


 鈴木はヒットアンドアウェイの戦い方だ。

 牽制しながらまた距離を置く。

 鈴木の加速を最大限に活かす戦い方は、攻撃してそして即、離れることなのだ。



「彩雨、色々思うのは後でもできる! 今は……」


「遥さん、危ない!」



 バキィィィィン!



 クソ野郎先生の大きく振りかぶった斧が、遥の剣を跳ね飛ばす。

 やはり力だけは最強クラスだ。



「本当にクソ野郎だな……あいつは……。アエイスの補助がかなり効いてるみたいだ。攻撃力が半端じゃない」



 そう言いながら加速した遥は、剣をすぐさま拾った。

 その口ぶりから、まだ余裕がありそうだ。

 防御力上限突破の装備を渡していてよかった。



「彩雨、アエイスを撃て!」


「遥さん、無理です!」


「気持ちを切り替えろ! あれはもう敵なんだ! 彩雨を殺そうとしてるんだよ! そこのところしっかり考えろ!」



 彩雨ちゃんが泣きながらアエイスに銃を向ける。

 僕は伏せた。



 ズゴォォォォン!!!!



 思いっきり外れた彩雨ちゃんの弾は、ox琉奈xoの背後にあった、広場に面した民家の屋根を吹き飛ばす。



「どういうことにゃ……」



 ox琉奈xoは口を開けて青ざめた。

 相変わらず規格外の破壊力だ。

 我ながら。



「この撃ち方だって、アエイスさんが教えてくれた……。その銃で、アエイスさんを撃てって言うの!?」



 そう叫ぶ彩雨ちゃんに、最高加速で近づいた鈴木が日本刀を振り下ろす。

 彩雨ちゃんは軽くそれをかわした。


 二度、三度……、鈴木は刀を振り回す。

 全て、余裕でかわしきった。


 僕が鈴木に向かっていくと、鈴木は僕から距離を置いた。



 これは長い戦いになりそうだ。



「そうだ、鈴木、まだ聞いていないことがあったよ」



 僕は言った。

 ちょうど膠着していたこともあり、皆が僕と鈴木の方を見る。

 少し休戦だ。


 ox琉奈xoのチャージ完了音が、静かな広場に響く。

 彼女は前髪を左手で整えた。



「何だい。命乞いかい?」


「よくその状況でそう言えるな……。まぁいいけど……。塔の事だ。鈴木たちの当初の予定では、大広間で僕らを待ってそこで僕らを片づけようとしていたよね」


「そうだ」


「あの時僕らはエレベーターというショートカットを使って大広間まで行ったけど、鈴木は僕らが階段を登ってくると思っていた。だったら僕らが大広間に来る前の段階で、塔に仕掛けた爆弾で僕らを爆破すれば良かったわけで、大広間で決闘とかいう大げさなことをしなくてもよかったんじゃないのかってことなんだけど」



 鈴木はニヤリと笑った。

 恐らくサングラスの向こうの目も笑っているのだろう。


 まだ余裕があるのか。



「順を追って説明しよう。俺は、君達が塔に行くという情報を掴んだ。本当はあの塔の大広間に君達よりも先に着いて、ボスを倒し、君達を待ち構えているところだった。でも君達ははやく着いた。俺達よりも先に。あれは誤算だった。君達はあのエレベーターに乗ったことで、命拾いしたんだ」


「命拾いねぇ……」


「俺達としては、あの大広間で、アエイス君と合流したかったんだよ」


「アエイスと……? なるほど。そういうことだったのか……」


「万が一、君たちを倒せなかった場合でも、俺とアエイス君が合流して、飛空艇であの場を去ることができるからね」


「僕は、鈴木が最初からそういうつもりだったんだって思ってる」


「そういうつもりとは?」


「卍地獄卍と、xo魔梨亜oxは、最初からあそこで見捨てるつもりだったんだろ? 僕らがごちゃごちゃと戦ってる間に……」


「それは、ご想像にお任せするよ、瀬津那君」


「何てやつだ……お前は……」


「卍地獄卍のせいで作戦はパァになった。あいつはその報いを受けて死んだんだ」


「報い……? じゃあxo魔梨亜oxはどうなる? あれも報いだったのか?」


「xo魔梨亜oxは、瀬津那君が殺したんだろう? 可哀想に。その妹がここにいるぞ?」



 鈴木が、銀色の髪を丁寧に逆立てながら言う。

 もう十分逆立ってるんだから、さらに逆立てなくていいだろう。

 ox琉奈xoは、魔法銃を持つ手を震わせながら、こっちを見ていた。



「僕は、xo魔梨亜oxを殺してなんかいない」


「嘘にゃ! セツナが殺したにゃ!」



 ox琉奈xoは姉そっくりな構えで、僕に照準を合わせた。

 彼女の赤く長い髪がサラサラと揺れる。 

 その、前髪を直す仕草までもが似ていた。


 今は彼女と距離が近い。

 もし撃たれたら……、どうなるか分からない。



「……xo魔梨亜oxがどんな最期だったのか、教えるよ」



 そう僕は言った。


 ox琉奈xoは片膝の姿勢で僕のことをじっと見ている。

 スコープをのぞく彼女は、姉と違って、片目をつぶってはいなかった。

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