第18話 それは、信じていたはずの仲間

 バゴォォォォォォン!!!!



 凄まじい音。


 僕らは一斉に音のする方を向く。

 すると、宿屋の入り口が爆発で吹き飛んでいた。



「勘弁してくれよ……」



 遥はそう言い、双剣の具合を確かめながら、爆発のあった方へと向かった。

 アエイスも慌てた様子で杖を持ち、遥の後を追う。

 その長いブロンドの髪がバサバサと揺れていた。



「これは予想外ですわよ……」



 銀座さんにリザレクションが効いてくるのはもう少し後か。

 リザレクションがもし効くとしたら、の話だが……。

 この騒ぎの中でも、ロックさんは変わらずうつ伏せでのまま寝ていた。



「じゃあ僕と、遥と、アエイスでちょっと外を見てこよう」


「瀬津那くん、わたしも行くよ……?」



 彩雨ちゃんが言う。

 空はもう暗くなり始めていた。

 ちなみに、現実世界とゲーム内の時間の流れ方は違う。

 ゲーム内の方が、時が経つのが早いのだ。



「彩雨ちゃんは危ないからここにいた方が……」


「わたしがここにいたら、銀座さんやロックさんまで狙われちゃうだろうから……。瀬津那くん達と一緒にいた方が安全だと思う!」


「それは確かにそうかも。じゃあ彩雨ちゃんもついてきて!」



 僕は即決した。


 瀬津那くん達と一緒にいた方が安全……。

 瀬津那くんと一緒に……。

 フフ……。


 僕と遥とアエイスは、警戒しながら外に出る。

 後に彩雨ちゃんも続く。

 この壊れ方からして、さっきのox琉奈xoの魔法銃によるもののようだ。



「あいつ、とどめ刺しとけばよかったな! アエイスが生かすから……」



 遥が双剣に手をやりながら言う。

 ウニュ町を吹く風が、彼女の長い赤茶色のストールを揺らした。

 アエイスは苦笑いする。



「生かしたというより……、リフレクターは全く同じ角度では返せないのですわよ……。あれはたまたま、ああなってしまったのですわ」



 外に出てみたはいいものの、辺りはだいぶ暗くなっていた。

 敵がいたとしても、どこにいるのか分からない。

 僕と遥とアエイスの少し後ろを彩雨ちゃんが警戒しながらついてくる。



「瀬津那、もしかしたら、あの魔法銃ネコの仲間がこの辺に大量に潜んでるかもしれないよな。家にアレが1匹出たら、30匹はいると思えってやつだ……」


「遥……。僕は虫の話は嫌いなんだよ。やめてくれ」


「はいはい」


「いくら僕でもこんな狭いところで屋根の上からガンガン射撃されたら本当に危ないと思うんだ。だから、とりあえず広いところに出よう」


「逆にそっちの方が狙われるんじゃないのか?」


「でもこの宿屋の壊された状況からして、あっちの広場の方から飛んできたものっぽいんだよね。ox琉奈xoはあっちにいるかもしれない」


「じゃあとりあえず、行ってみるか……」



 僕ら4人は、ゆっくりと広場へと歩みを進める。

 だんだんと、その広場が見えてきた。

 何か起こりそうな予感。



「瀬津那……、こういう広さ、戦いに適してそうだよな……」


「そんな感じはするよ……。僕らをおびき出す罠だったりするのかもしれないね」



 僕らは広場に着く。

 そこは明かりがついていた。

 周囲がよく見渡せる。



「瀬津那、あそこ見てみなよ。絶対誰かいるよな」



 遥が指し示す方向に、三人ほど人影が見える。

 30メートルほど離れた場所だろうか。

 等間隔で立っている。

 あの陣形……。

 塔の大広間で見たやつにとても似ている。



 ピコーン!!



 聞き慣れた音が広場にこだまする。

 何度この音を聞いてきたことか。

 ox琉奈xoもいるのだろう……。


 僕らが広場の中心部へと近づく。

 すると、最初からそこにいた三人も、歩いて中心部に近づいてきた。

 三人の姿がだんだんと見えてくる。


 真ん中には、赤い和服に身を包んだ男。

 鈴木だ。

 この暗さの中、相変わらずサングラスである。


 向かって右にいるのは、ox琉奈xoだ。

 ミニスカゴスロリ猫耳の。

 やはり先ほどの宿屋への爆撃は彼女によるものだったのだろう。

 彼女は左手で前髪を整えている。


 左には巨大な斧を持ったモヒカンの大男がいる。

 まるで山賊のような出で立ちだ。

 巨大な斧なんて珍しい……。

 このゲームで斧は、バランスが悪い武器とされている。

 攻撃範囲をとるなら長槍が一番広いし、接近戦なら剣がバランスが良い。

 斧は攻撃力に特化しすぎた武器であり、変なやつしか使っていないのだ。


 そういえば昔、ロックさんと銀座さんが巨大な斧を持ったやつに追いかけられたとか言っていたような……。


 

「皆殺しにしてやるゼェ!! キェエエエ!!」



 大男は叫んだ。


 またこういう系のやつか……。

 鈴木はこういうやつが好きすぎだろう。

 彼の友達は、こういうのしかいないのだろうか?


 僕は個人的に巨大な斧を持っているやつが嫌いなのだ。

 昔、僕が「とっても☆オモシロすぎ☆ファンタジー2」というゲームをやっていた時、僕のことを通報したプレイヤーが巨大な斧を持っていたからだ。

 そして僕はそのゲームでアカウント停止処分をくらうこととなる。 

 それ以降、僕は巨大な斧は嫌いだ。

 巨大な斧を持っているやつにロクなやつはいない。

 その時もこういう感じの大男だった気がする。

 真っ先に倒してしまいたい。



「瀬津那君。しばらくぶりだね」



 鈴木がサングラスを直しながら、僕に言う。

 大男は今にもこちらに襲いかかってきそうなそぶりを見せている。

 鈴木が好きそうな仲間だ。



「クソ野郎先生、ちょっと待ってください。少し話をしたら、思う存分暴れてもらいますから」



 鈴木は大男にそう言った。

 クソ野郎先生っていう名前なのか……。

 面白すぎだろう。


 ……ん?


 その名前……、僕が「とっても☆オモシロすぎ☆ファンタジー2」をやってた時の、あのプレイヤーと同じじゃないか。

 たまたま被るような名前でもないし……。

 そしてその「キェェェエエ!!」とかいう奇声……。

 もしかして、あの時僕を通報した……。


 そうだ。

 あいつだ。


 大きな斧を持ったモヒカンの大男……。

 アルカディア・オデッセイにも来ていたのか……。



「何さっきからあたしの方見てんだよ、モヒカン……」



 遥がクソ野郎先生を挑発する。

 クソ野郎先生はアホだから、すぐ挑発に乗ってしまうだろう。

 異様な負けず嫌いだし。

 僕を通報したのも、僕がクソ野郎先生よりも強かったからなんだ。

 が、遥はさらに畳みかける。



「どうせザコなんだろ? でかい図体しやがって……」


「ザコはどっちだヨォ! アァ? 」


「遥……、面倒なことになるから、挑発するのはやめてくれ……」



「ザコはお前らだロォ……? 身近なやつに裏切られてるとも知らないで……」



 ……?



「クソ野郎先生、余計なことを言わないでもらえますかね」



 鈴木は少し怒ったようにそう言い、サングラスを直す。

 それに構わず、クソ野郎先生は続けた。



「何で俺や鈴木が、お前らの居場所が分かるのか、分かるカァ?」


「僕らの後をつけているから……?」


「違うゼェ。不自然だと思ったことはないのカァ……? 鈴木が、お前らの情報を良く知っているということニィ」



 こいつの喋り方にとても腹が立ってきた。

 しかし、クソ野郎先生の言っていることはとても気になる。

 故に、聞くしかなかった。



「クソ野郎先生、もういいです」



 鈴木はクソ野郎先生を制する。

 どこか鈴木はカッコ付けているようにも見えた。

 僕はカッコいいとは思わないが。



「そのあたり、僕らに、もうちょっと詳しく教えてもらえるかな」



 僕はクソ野郎先生ではなく、鈴木にそう言った。

 鈴木は逆立った銀色の髪を、両手でさらに逆立てる。

 もうそれ以上逆立てなくていい。



「言うつもりはないが……」


「もう別にいいだろう、鈴木。僕らはほら、ここで鈴木にやられてしまうんだ。最後に……、聞かせてくれないか……?」



 実際、鈴木に負ける気など毛頭なかった。

 ただ、こういう風に言えば鈴木は話してくれると分かっていた。

 鈴木は単純なやつだからだ



「そうだな。仕方ない。教えてやろう」



単純だった……。



「瀬津那君たちのパーティーの中に、裏切り者がいるんだよ」


「……何だって……?」


「瀬津那君たちにはどうせここで死んでもらう予定だからね。色々と教えてあげよう」



 裏切り者……?

 鈴木は僕らに勝てないと思って、ハッタリを言い始めたのか?

 死んでもらう予定とかはどうでもいい。



「俺は、そして俺の後ろにいる仲間達は、元の世界に帰りたいと思っているわけなんだ」



 鈴木はサングラスを直し、ゆっくりと話し始めた。

 そんなにズレるなら今すぐ眼鏡屋に行った方がいい。



「それは僕も一緒だ。そのために彩雨ちゃんを倒そうとしているんだろう?」


「そうだ。その気持ちは今も変わっていない」


「なぜ、彩雨ちゃんを倒せば元の世界に帰れると勝手に思っているんだ? 勝手に決めつけないでほしい。倒してみて別に元の世界に戻れなかったら、鈴木はどう責任を取る?」


「俺達には、彩雨を倒せば元の世界に帰れるという、確かな証拠を掴んでいるんだよ」


「それはどういう証拠なの?」


「瀬津那君は、彩雨がこの世界に来た瞬間のことを、覚えているかい?」


「僕は彩雨ちゃんがこの世界に来た瞬間は、見ていないよ。あれは確か……、音がしたから見に行ったんだ」


「そう。瀬津那君。彩雨は、変な場所から出てきたんだよ。普通ではない場所からログインしてきたんだ」


「それだけでは理由にならないだろ……」


「瀬津那君はその時、世界が歪んだのを見ていないのかい?」


「僕は見ていないよ。さっきも言ったように、どこかから落ちてきたみたいなログインの仕方だったのは音で分かったけど。それ以上は……その場にいなかったから分からない」


「彩雨が初めてログインした瞬間、その彼女の周りだけ空間が歪んだ。同時に、そこにいたニャソ子が、激しく点滅して消えたんだ。普通のことじゃないだろう? ニャソ子と入れ替わるように落ちてきた女の子、それが彩雨だったんだ。そこからだ、世界がおかしくなったのは」


「まるでそこにいたかのような物言いだね。鈴木はあの時、オデッセイ・バトルに参加するために、ピリカの方にいたんじゃないのか?」


「俺は確かにピリカにいた。『闇のダークネス』としてオデッセイ・バトルに参加するところだったからね。だから彩雨がログインしてきたところを見たのは、俺じゃない」



 彩雨ちゃんがログインしてきた時に、そこにいた人物……。


 まさか……?



「瀬津那君、クエストが終わるたびに、彩雨の指輪が光っていただろう? それはニャソ子の指輪なんだ」


「本当によく知っているね。鈴木は……」


「ニャソ子の指輪は……、恐らくニャソ子自身みたいなものなんだよ。瀬津那君、もしもこの世界にね、全く同じプレイヤーが二人存在したら、どういうことが起こると思う?」


「名前も全く同じってこと?」


「そう。名前も、全てが同じプレイヤーがいたとしたら」


「既にいるプレイヤーの名前を使って新規のプレイヤーがこのゲームを始めることはできないね。その話は、想像しようがないよ。二人存在するっていうことがもう有り得ない話だから」


「そうなんだよ、瀬津那君。有り得ないことなんだ」


「有り得ない話をしたってしょうがないだろ……。鈴木は話を長引かせて、上手く話題を逸らそうとしてるのか?」


「瀬津那君、もしその有り得ない状況が有り得てしまったら、どうなると思う?」


「だから有り得ない話をしたって……」


「何かの奇跡が起こって、二人同じプレイヤーが現れてしまったとしたら」


「……ゲームがバグるんじゃないかな。移動するにしても座標がどうだとか、システム的にどこかおかしくなると思うし……。二人同時にそいつが存在する世界は高確率で不具合が発生するんじゃないかな」


「そういう状態が、今、このアルカディア・オデッセイの中で、起こっているんだよ」


「何らかのバグで、同じプレイヤーがログインできてしまっているということ? 『彩雨』というプレイヤーが他にいるとか……」


「いや、違う。プレイヤーではない。NPCなんだ」


「ニャソ子が、……二人になってしまったということ……?」


「瀬津那君、正解だよ。そのニャソ子の指輪と、ニャソ子が、恐らくプログラム的に全く同じものなんだ。ニャソ子はクエスト完了するとアイテムをくれる。それでその指輪も、アイテムこそくれないが、クエスト完了すると光っていたりしただろう」


「なるほど。同じ人物が二人……。鈴木は本当に詳しいな」


「その指輪の情報を、ずっと、俺にこっそり教えてくれていた人物がいるんだ。瀬津那君たちの中にね」



 鈴木は表情を変えない。

 僕は、鈴木の言っていることを、信じたくなかった。


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