第16話 こんにちにゃーっ!

 飛空艇は、運転席のスイッチのようなものを入れると、勝手にウニュ町へと僕らを運んでくれる仕組みらしい。

 飛空艇というからどんなすごいものかと思ったが、楕円形の石の中をくりぬいて作ったような、原始的とも言える飛行物体であった。

 何かもっとカッコいい風にしてくれよと思う。

 今はそんなこと言ってられないが。


 中には部屋が一つだけある。

 部屋というか、何も区切られていない一つの空間だ。

 何かの輸送船としても使われているのか、端の方には空き箱のようなものや、棚や、樽や、ホコリのつもった時計などがあった。

 普段はあの塔の上からウニュ町へとひたすら飛んでいるだけなんだろうけど。

 本当に何かを運んでいるのか、ゲームのデザイン的にとりあえず輸送船っぽくしたのか、よく分からない。


 僕らはその広い空間の真ん中に円を描くように座っていた。



 飛行艇に乗った時にアエイスがそのスイッチを入れてくれていたらしく、僕らはその中でただウニュ町に着くのを待っていた。

 僕が最後に飛空艇に乗ってから、ほとんど会話はかわされていない。

 さっきの戦いで、色々なことが起こりすぎた。

 皆黙っているのも嫌なので何かここで話そうとも思うが、僕も何から話していいか分からない。



「花魁は大丈夫なのか?」



 遥がロックさんに言った。

 ロックさんは、黙ったまま。

 意識を失っている銀座さんを部屋の隅に寝かせ、そこに寄り添うような形でロックさんは座っていた。



「銀座さん……」



 彩雨ちゃんは泣いているようだ。

 僕もその銀座さんの状況は分からない。


 そして、彩雨ちゃんは鈴木に狙われていることが先ほどの戦いで分かった。

 今や多くの人に狙われる存在になってしまったのかもしれない。

 彩雨ちゃんのせいでこの世界が変わったとは、信じたくないけど。 

 もしそうなら、誘った僕のせいということにもなってしまうじゃないか。



「にしても、鈴木に仲間たちがいるなんてな……」



 遥は誰に言うでもなく言った。

 彼女の赤茶色のストールは、先ほどの戦いで少し汚れてしまっている。

 飛空艇内の空気は重い。



「僕が思うに、鈴木が、『元の世界に帰れる方法がある』と言って色んな人を集めたんだろう。卍地獄卍は対人戦がやりたかっただけだとしても、xo魔梨亜oxは、よく分からず鈴木に加担していただけなんだと思う。何だか、そんな気がした」


「……そうだな。多分瀬津那の言う通り、そんな感じなんだと思う。でも鈴木は仲間を見捨てて逃げたよな。卍地獄卍が死んで、それで自分が劣勢と判断してxo魔梨亜oxを見捨てて逃げた」


「他にもまだいるかもしれないよね。鈴木の仲間が。いたとしても、鈴木より強いやつはいないだろうし、鈴木も僕と1対1に持ち込めれば勝てるよ」


「鈴木の加速、何か速くなってた気もしたけどな……。あれはもうあたしよりも速いと認めざるを得ないけど」


「そんなの些細なことだよ。僕に勝てるくらいのレベルがあったらあそこまで逃げたりしないだろうし。そもそも加速チートに頼るなんて大したことないやつだろう」


「あたしはそれについてはコメントできないな……」


「そ、そうだね……」



 遥は赤い花の髪飾りをいじった。

 沈黙が訪れる。

 飛空艇の動く音だけが聞こえてきた。



「どうしてあそこで、俺は、アイツを守ってあげられなかったんだ!?」



 ロックさんは叫び、拳を床に叩きつけた。

 彼のつけている鎖がガシャリと音を立てる。

 それに対して僕は言う。



「ロックさんのせいじゃないですよ。あの射撃は、並の人じゃかわせないです。むしろ銀座さんが生きていただけでも奇跡です。xo魔梨亜oxはこのサーバーでも有数のスナイパーなので……」


「できることなら俺が代わってやりたかった……」



 そんなロックさんを見て、遥が何か言いたげに立ち上がる。

 赤茶色のストールが床に落ちた。



「瀬津那の話聞いてたか? 花魁だったからギリギリ直撃を免れて瀕死ですんだんだ。カウボーイに銃が向けられてたらもうお前は死んでたぞ!」


「俺は女一人守れないザコ野郎だってことだ。こんな危ない目に遭うんだったら、お前らについてこなければよかったぜ……」


「何だよその言い方、まるであたし達が悪いみたいじゃんか」


「俺は、その彩雨が狙われていたからこんなことになったんじゃねぇかって思ってるぜ。彩雨と一緒にいるから俺や銀座まで狙われるんだろ?」



 遥は黙って、ストールを拾い上げた。

 彩雨ちゃんは悲しそうな顔をしている。


 元はと言えば、僕のせいかもしれない。

 僕が、ロックさんや銀座さんを連れていこうって言ったんだ。



「お前らだって、俺たちを利用しようとしただけだろ? 彩雨を守る人間が欲しかっただけなんじゃねぇのか。そうなんだろ?」


「あたし達はそんなつもりじゃない。どっちかと言うと、カウボーイと花魁が勝手についてきたんだろ?」


「俺達がこんな目に遭うなら、ついてこねぇよ! それで、コイツは何でまだ起きないんだ? ちゃんと回復魔法かけたのかよ?」



 ロックさんはどんどん声を荒げる。

 確かに、銀座さんがまだ起きないというのはおかしいことだった。


 アエイスが右手で髪をかきあげながら言う。



「私はしっかり回復魔法かけましたわよ。あの場で、しっかりかかっているエフェクトを見ましたから……。一応、もう一度かけてみましょうか?」



 アエイスは詠唱した。

 杖の先と両手が青く光り、その長いウェーブがかったブロンドの髪が広がってゆく。


 ……回復魔法はかかっているようなのだが、銀座さんは回復しない。

 しかし、先ほどの瀕死の点滅は既に消えていた。



「回復は……しているようですわよ。HPは満タンになったはずですわ。でも……なぜか目覚めないのですわよ……。どうしてでしょう……。こんなことは今までなかったですわ。様子を見るしか……、もうないですわよ」


「様子を見るってお前、このまま目覚めなかったらどう責任とるんだよ?」



 ロックさんがアエイスに詰め寄る。

 彼の服についている鎖がジャラジャラと音を立てた。



「でも、瀕死の点滅は消えていますわよ。……何らかのバグということもあり得ますわ……」


「じゃあどうしたらいいんだよ?」


「だからもう、見守ることくらいしかできないですわよ……」



 彩雨ちゃんは責任を感じたようで、泣き出してしまった。

 アエイスは続ける。



「もしかしたら、あの魔法銃が何らかの改造を施されていたものだったのかもしれないですわ。私達のまだ知らない状態異常にかかってるのかもしれないのです」



 なるほど……。

 僕らがまだよく分かっていない状態異常……か。


 飛空艇が揺れ始める。


 外の景色を見ていると、急速に高度が下がっていくことが分かる。

 もうウニュ町に着くのだろう。

 それにしても急降下しすぎでは……。



 ズン!!



 飛空艇は墜落したんじゃないかというくらいの衝撃と共に、着陸した。

 立っていたロックさん、アエイス、遥は同時によろめいた。

 地面に近づいてきたなと思ったら急にこれである。

 もしかして、不時着なのか……?

 アエイスが外を見る。



「ここ、ウニュ町ですわよ……?」



 どうやらウニュ町に着いたらしい。

 その言い方からして、アエイスは過去にこの町に来たことがあるようだ。


 さて、この町で僕らは何をすべきなのだろうか……。



「おい……、俺はコイツを置いていけねぇぞ。俺はずっとここにいるからな」


「ロックちゃん、この飛空艇はこの後どこに行くかも分からないものですわ。消えてしまうかもしれませんわよ。とりあえず、銀座ちゃんと一緒に降りましょう。宿屋か何かに泊まって、私ができる限りの治療をしますわ」


「……確かに、それが一番いいかもしれないな。分かった」



 テンガロンハットをかぶり直しながら、ロックさんはそう言う。

 ロックさんは銀座さんのことを第一に考えているのだ。





アルカディア・オデッセイ -ウニュ町-




 遥が一番最初に、ウニュ町に降り立った。


 僕はそれに続く。

 少しだけ潮の香りがした。

 リアルなゲームである。


 続いて、銀座さんをおぶったロックさんが出てくる。

 最後に、彩雨ちゃんを慰めながらアエイスが外に出てきた。



「クエスト完了しました」



 お馴染みの声がした。

 彩雨ちゃんの指輪が光る。

 ウニュ町に到着するというクエストを無事クリアしたようだ。



「今言われた通り、ここは、ウニュ町ですわよ。少しあちらに行くと、宿屋がありますわ。まずはそこに行きましょう」



 何だかこの町並み、見覚えがある気がする。

 宿屋、広場、海、そして灯台……。

 このゲームで、似たような町が他にあっただろうか。



「アエイス。ここと同じような町って、他にある?」


「……瀬津那ちゃんが何を以て『同じような』と言っているか分かりませんが……」


「海とか灯台とかある町、ここ以外にあるのかな?」


「ウニュ町は港町ですが……。海に面している町は、今のところここだけですね」


「そうか……。どっかで見たことがあるような気がしたんだけど」


「別のゲームじゃないかしら? このゲーム、明らかに他のゲームからパクってきたであろうキャラが平然といたりするので、港町の設計自体をどこかからパクってきたのかもしれませんわね」



 有り得る……。

 敵やダンジョンのネーミングも適当だし。

 このゲームは、流行りのMMORPGを真似してとりあえず作ってみました感がある。

 色々なところからパクりすぎたことにより、このゲームのシステムがおかしくなってしまったのではないか。

 それで今回のようなおかしいことに……。



 僕らは宿屋に到着した。

 とりあえず休むことにしよう。


 ちなみに、宿屋の主人といったようなNPCはいない。

 またしても勝手に不法滞在である。

 まぁ、ゲームだからいいだろう……。



「そういえば回復アイテムとかって僕は一個も持ってないんだけど、雑貨屋ってまだ機能してるのかな?」


「そうですわね……。世界がおかしくなってから、NPCを見ていないので何ともですわ……」


「もしアイテムを売ってくれるNPCがまだ存在するのなら、僕はちょっと買いに行きたいな……。あったら有利に物事が進むだろうし。何か銀座さんに効くやつも、もしかしたら置いてあるかもしれないしね。皆で雑貨屋行こうか?」



「私は銀座ちゃんに色々回復魔法を試してみますわ……」


「俺も、銀座と一緒にいるぜ」



 アエイスとロックさんは、銀座さんの側にいてあげるようだ。

 もしや、これは、彩雨ちゃんとアイテムを買いに行けるチャンスなのでは……?

 胸の鼓動が早くなる。



「彩雨ちゃん、一緒にアイテムを買いに行こうか!」



 少し前まで僕は彩雨ちゃんに話しかけることすらできなかったのに、今やこのゲームを介して普通に会話ができるようになっている。

 ありがとう、アルカディア・オデッセイ……。



「うん、いいよ……!」


「この家に残って、もしまた変なのが来たら危ないからね。僕と一緒にいれば安全だから」



 僕はそれっぽい理由をつけた。

 実際、そうでもあるのだが。

 ……よし、これで彩雨ちゃんと……。



「瀬津那と彩雨二人っきりで行くのか? それはダメだろ」



 遥がストールをはためかせながら、僕と彩雨ちゃんの間に入ってきた。

 風で彩雨ちゃんの黒髪がサラサラと揺れる。

 彩雨ちゃんの香りがした。



「僕と彩雨ちゃんで行くのが何でダメなんだよ……」


「ま、まぁ、ダメだろ。二人きりはダメだ! 危ないし。あたしも行くよ」



 遥は双剣の鞘を叩きながら、そう言う。

 彩雨ちゃんを守るなら、僕一人で十分で……。



「遥さんも来てくれたら心強いです!」



 彩雨ちゃんはそう言って、喜んだ。

 まぁ、いいか……。


 僕と遥と彩雨ちゃんの三人で宿屋を出ようとすると、アエイスが声をかけてくる。



「瀬津那ちゃんたち。雑貨屋さんは、まずこの宿屋を出て右に歩くのですわ。すると大きな石像があるので、そこを左に曲がるのですわ。そうするとすぐに雑貨屋さんがありますわよ。気をつけて」



 アエイスは実に頼もしい。

 流石、廃人だ。


 それにしても、銀座さんは心配だ。

 あんな意識の失い方をするなんて、このゲームでは見たことがない。

 アエイスの力でも限界がありそうだ。

 でもここは頼りになるのがアエイスしかいない。

 僕がいない状態でもし宿屋が襲われたら、かなり危険だが……。

 でも彩雨ちゃんを連れている限り、それは大丈夫か。

 敵のターゲットは彩雨ちゃんだし。


 外に出ると、辺りは暗くなっていた。

 心地良い風が、彩雨ちゃんのセーラー服を揺らす。



「遥さん、何だか久しぶりですね、この感じ」



 彩雨ちゃんが言った。

 彼女の長い黒髪が風になびき、それに伴いこっちにいい匂いがしてくる。

 この風をずっと吹かせるバグ技は存在しないのか?

 ……自由自在に強い風を起こせる技の方がいいかな……うん。



「久しぶりか……? ああ、この3人がってことか? ……別にそんなに久しぶりでもないだろ」


「遥さん。雑貨屋さんって何売ってるんですか?」


「何って……アイテムだろ。他に何が売ってるんだよ」


「油とり紙とかそういうのかと思いました……」


「何でそういうのが売ってるんだよ。何でしかもそれピンポイントなんだよ」


「結構必要になりますよね……? 油とり紙」


「ま、まぁそうだな……。あたしはあんま使わないけどな……」



 アエイスに言われた通り、宿屋を出て右に少し歩くと石像があった。

 ゲームによくいる大魔王のような石像だ。


 しかし、よく見ると、その石像の首だけがなくなっていた。



「瀬津那くん……この石像、何で首がないの……?」


「……本当だ。ミロのヴィーナス的な感じじゃない?」


「何か怖いよ……。ここ……」



 誰もいない町。

 首のない石像。


 言われてみれば確かに怖い町だ……。 

 その石像がある角を左に曲がると、雑貨屋はすぐにあった。



「僕から先に入るよ、何かあったら危ないからね」



 彩雨ちゃんの前で、僕はカッコつけた。


 僕、彩雨ちゃん、遥の順に雑貨屋に入っていく。

 こんなに警戒しながら雑貨屋に入ったのは初めてだ。



「おい、瀬津那、そこに……!」



 遥が急に僕の肩を叩いた。

 驚いて振り返る。

 ……が、遥の指差す先には何も置いていない棚があるだけだった。



「遥、な、な、何?」


「何もない。嘘だよ、嘘」


「こういう時にやめてくれよ……」


「そうですよ遥さん。怖いのやめてください」



 遥は、珍しく彩雨ちゃんにも怒られていた。

 怒っている彩雨ちゃんもまた可愛い……。



「す……すまんな……」



 遥も、珍しく素直に謝った。

 そして、ここには誰もいないようだった。



「瀬津那、そのカウンターのとこには本当に誰もいないよな?」



 遥にそう言われ、僕はカウンターのところまで行ってみる。

 あたりを調べてみるが、紛れもなく誰もいなかった。



「そうだね。誰もいない。昔はここにきっとNPCがいたんだろうけど」


「結局人はいない、つまり何も売ってないか……」



 昔はよく、こういう場所でバグ技を練習してたなと思い出す。

 銀行だとか店だとか、金やアイテムが動くところは、バグらせやすいのだ。


 中学生の頃やっていたゲームに、ちょうどここに良く似た雑貨屋があった。

 そこで、バグ技を成功させたことがある。

 増殖系のバグだった。

 何度もやっていたら、急に知らない人が来て、めちゃくちゃ怒られて、今度やったらアカウント消すぞと脅されたんだ。

 そんなことできるわけないだろと思って笑いながら無視してたら、本当にアカウントを消されてしまったことがある。

 きっとその人に本当に通報されてしまったのだろう。

 そういう経験があって、今の僕がいるのだ。 



 僕らは雑貨屋を出る。

 結局人も物も何もなかった。

 この町は、もうほぼ廃墟化してしまっているのかもしれない。

 何でクエストの目的地がこんなところだったのだろうか。



「瀬津那、他の雑貨屋も探してみるか?」


「大体雑貨屋は、ひとつの町にはひとつって決まってるからな……」



 その時、女の子の声が聞こえてくる。

 声の感じからして、少し遠めのところからだ。

 何だろう。



「こんにちにゃーっ!」



 こんにちにゃ……?



 斬新な挨拶だ。

 すると、少し離れた狭い路地から女の子が出てくる。

 どこかで見たことがあるような女の子だった。


 赤く、サラサラと揺れる長い髪。

 手には魔法銃を持っている。



「xo魔梨亜ox……?」



 僕は思わずそう呟いていた。

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