第15話 彼女が最期に見た景色

「鈴木、でも何でわざわざ大広間を選んだんだ。こんなところまでわざわざ連れてこなくても、あたしらが登っている途中にでも爆発させればいいじゃないか?」



 遥の言う通りだ。


 鈴木達は爆弾をセットし終わり、飛空艇か何かで待っていて、僕らが塔に入ってきた時とかに全部爆発させてどっかに飛び立てばいい。

 そうすれば自分らに危害は加えられないし、彩雨ちゃんは倒せるしで完璧な作戦だろう。

 僕が鈴木だったらそうする。



「遥君。今は言えないが、この大広間で俺達が戦わなければならない理由があるんだ。でもいずれ分かるだろう」


「今教えてくれたっていいだろ……」


「瀬津那君。これが最後だ。戦うか。彩雨をこっちに渡すか」



 彩雨ちゃんがこの世界を変えてしまった張本人かどうかはとりあえず置いておいて、今、鈴木に彩雨ちゃんを渡すことはできない。

 できない以上、鈴木たちと戦うしかない。


 皆でエレベーターを使って逃げるということも一瞬考えた。

 しかし、あのxo魔梨亜oxのせいでもうあそこには入れない。

 そして爆弾がハッタリでないのなら、あと数分で爆発するということだ。



 僕らが助かるためには、数分で鈴木たちを倒し、僕らパーティーで飛空艇に乗り込んで脱出することだけだ。

 3人全員を倒せなくても、僕らだけで何とか飛空艇に乗り込むことができれば、あとはこの塔は爆発するだけ。

 とにかく、飛空艇に乗り込むんだ。皆で。



 飛空艇のある屋上へ続く階段へ行くためにはカギが必要だ。その扉のカギは、銀座さんの足元に落ちていた。

 ハイパーキングケンタウロスを倒した際に落としていたものが、まだあったのだ。


 僕は銀座さんに目配せをする。

 銀座さんは僕が何を言いたいのか察知したようで、そのカギを拾った。



 僕らがすることは、


 銀座さんが扉を開ける。 

 アエイスが彩雨ちゃんを守る。

 僕と遥とロックさんはそれらを全力で援護する。

 そして皆で飛空艇へ乗り込む。



 僕はジェスチャーで皆にそれを伝えた。

 皆は頷く。



 戦闘開始だ。



「やっと人が殺せるぜー!! ヒヒヒ!」



 卍地獄卍はそう言いながら、真っすぐに僕の方に向かってきた。

 動きづらそうな特攻服の割に足が速い。


 向こうの狙いは彩雨ちゃんのはずだが、僕が一番こいつの近くにいたからそうなったんだろう。

 こいつは、人が倒せれば誰でもいいのだ。

 相変わらずクレイジーなやつである。



 銀座さんとロックさんが、扉の前に着いたのを確認する。



「アンタ、これ、どこにカギ穴があるんだい?」


「この扉自体にはないみてえだな……。おい、そこの、扉の右に文字盤みてえなのがある! その穴だ! そこに!」



 卍地獄卍は長い槍を僕に向け大きく振りかぶる。

 当たったらかなりのダメージだろう。

 僕は落ち着いていた。

 こんなに大きく振りかぶってはダメだ。

 しかしこの力でゴリ押しするスタイルに、多くのプレイヤーがやられてきたんだろう。



 ただ、僕は違う。



「死ねーーーー!!!! ヒヒ!!!」



 卍地獄卍の長い槍が炎に包まれる。

 そして、その炎に包まれた長い槍がゆっくりとこちらに向かってくる。

 僕にはゆっくりと見える。

 その軌道を読み、ワンステップ斜めに移動する。



 ズン!



 鈍い音がした。

 僕の大剣が、卍地獄卍の黒い特攻服を貫く。



「……ぐっ……!」 



 長い槍の炎が消える。

 そしてその槍は、むなしく床に落ちた。

 二、三度、大きい音が広間に響いた。



「お前……。速い……」



 卍地獄卍は両膝をつく。

 襲ってくるから、しょうがなかったんだ。


 また、どこかで会おう。



「僕はそこらへんのプレイヤーと同じというわけにはいかないよ」


「お前……、どこかで……見たこと……あるな……」


「昔同じギルドにいたよ、僕は……」


「全然…………覚えてねぇ……な……」



 ギルドで集まったりなんてなかったしな。

 オデッセイ・バトルもしなかったし、あの頃はチームワークも何もなかった。

 悪夢のナイトメアはそんなところだ。



「そうか、……お前、……加速四天王の……一人か……ヒヒ……」



 そう言って、卍地獄卍は崩れ落ちた。

 久しぶりに加速四天王という言葉を聞いた。

 懐かしい。


 うつ伏せに倒れている卍地獄卍に、僕は問いかける。

 卍地獄卍は、もう長くは持たないだろう。



「卍地獄卍、お前はどうして僕らを倒そうとした?」


「俺は、人を殺したかっただけだ。鈴木に、雇われた。それだけだ……」


「相変わらずだな。卍地獄卍」


「にしても、……速すぎるだろ……、お前……。もっと楽し……ませてくれよ……」



 そう言って、卍地獄卍の身体が消えていく。

 地面には、長槍が残されていた。


 世界がこういう風になってから、僕は初めて対人戦をした。

 そして、人を倒した。

 やらなければやられたとは言え、何だろう、この気持ちは……。

 ……しょうがなかったんだ。


 自分に、そう言い聞かせていた。



 卍地獄卍がやられる様子を、遠くから鈴木は黙って見ていたようだ。

 鈴木は、アエイスと彩雨ちゃんと遥のいる場所に、ゆっくりと、牽制しながら進んでゆく。

 遥の加速もあるから、慎重になっているのだ。

 一人減った、今なら鈴木を倒せる。



 銀座さんの方は大丈夫か……?



 と、少し目を離した隙に、鈴木が視界から消えた。



 どこへ行った?

 速すぎる。

 あれだけ目立つ格好をしているのに見つからない。


 そして僕は加速ツールが使えないんだ。

 どうする……?


 とりあえず、彩雨ちゃんの近くへと、周りを警戒しながら向かう。

 彩雨ちゃんはマスケット銃を持っているものの、使わない。

 恐らく、味方に当たるのを避けるためだろう。


 気になるのはアエイスだ。

 この戦いに入ってから、一言も発さない。

 そしてなぜ、補助魔法を皆にかけたりしない?



 ピコーン!



 この音は……、xo魔梨亜oxの魔法銃のチャージが完了した音。

 僕、遥、アエイス、彩雨ちゃんは今一か所に固まっている。

 ここを狙われたら……。


 一方、銀座さんは鉄扉の横にある文字盤のようなところにカギをさしたり回したりしている。

 鉄扉の前にはロックさんがいて、銀座さんがカギを開けられたどうか、扉を押して試していた。


 xo魔梨亜oxが片膝をつき、前髪を整えた。

 彼女のスカート丈とニーハイが織りなす絶対領域が強調される。


 そして、彼女は銀座さんたちのいる方をしっかりと狙っていた。

 揺れていた彼女の赤い髪も、ピタリと止まる。



 銀座さんはカギを開けようと、xo魔梨亜oxに背を向けている……。



 危ない!!



「銀座さん、危ないです!!」



 彩雨ちゃんの声が響く。

 銀座さんは彩雨ちゃんの声に気づき、後ろを振り返った。



 ガチャッ!



 大きな音が大広間にこだました。

 屋上へと続く階段の扉が、開いたのだ。



「銀座、お前、よくやったぞ! ……お、お前……! 危ない!」



 ロックさんの声が聞こえる。



 バゴォォォォォォォン!!!!



 七色の光が、扉の横の文字盤のあたりにいた銀座さんに当たり、小爆発が起こった。



 直撃か……?



 小爆発の衝撃で、ロックさんが鉄扉に叩きつけられるのが見えた。

 ロックさんがぶつかったことによって、その扉が少し開く。


 ロックさんは何とか起き上がり、テンガロンハットを直しながら、そこに倒れている銀座さんの方へと向かった。


 銀座さんは大丈夫か……?



「銀座さん……! 銀座さん!」



 彩雨ちゃんが、銀座さんの方へと走り出そうとした。

 しかし、アエイスに思いっきり止められる。

 アエイスは「危ないから」と言っているように見えた。 



「花魁…………」



 遥は茫然とその場に立ちつくしていた。



 大広間は急に静かになった。



 xo魔梨亜oxの持つ銃が、紫色に怪しく光っている。

 彼女は、赤く長い髪を揺らしながら黙って立ち上がった。



 なぜか今は鈴木がいない。

 彩雨ちゃんの近くを離れても大丈夫だろうと判断し、僕は銀座さんの元へと駆け寄る。


 そこでは、ロックさんが銀座さんを抱きかかえていた。



「やられちまったワ……、アンタ……」



「やられちまったじゃねえ! まだ、やられてない、お前は……!」



 ロックさんの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。


 そう言う銀座さんの身体は、まだしっかりとそこにある。

 瀕死状態を示す、点滅が始まっていた。

 今すぐに回復すれば……、まだ間に合うかもしれない!


 銀座さんは、意識を失った。


 きっとまだ大丈夫だ。

 本当に死んでしまったのなら身体が消えていくはず。


 その状況を見て、アエイスが駆け寄ってくる。

 アエイスはその状況を見て、すぐに回復魔法をかけた。



「く、くそ……。俺がふがいないばっかりに……!」


「ロックさん、銀座さんはまだ死んでないです! 落ち着いてください!」



 とは言ってみたものの、僕の声はロックさんに届かなさそうだった。

 人一倍アツくなりそうなロックさんだ。

 ここは冷静になってほしい。



「ひとまずこれで、もう少し時間が経てば、銀座ちゃんは意識を取り戻しますわよ。今はHPが1くらいだったので……、本当に瀕死の状況でしたわ」



 ほんのわずかに外れたのだろう。

 きっと、彩雨ちゃんの声に気づいて、わずかに避けられたのだ。

 あれが直撃していたら、まず生きてはいない。


 小爆発が起こったのは、そこの文字盤に魔法銃が当たったためだと思われる。



 ロックさんはxo魔梨亜oxをにらみつけた。



 ゴゴゴゴゴゴゴ…………。



 その瞬間、塔に轟音が響き渡る。

 魔法銃によるものではない。

 これは、爆発が起こっているのだ。


 彩雨ちゃんが駆け寄ってくる。



「銀座さん……」



 続いて、遥も駆け寄ってくる。

 xo魔梨亜oxは一定の間隔でしか銃は撃てない。

 だから安全と判断したのだろう。



 鈴木はもういなくなっていた。



 xo魔梨亜oxが叫ぶ声がする。



「ちょっとちょっと!! 話が違うじゃない!! 鈴木は!? 一人で逃げた!? 逃げたの!? この魔梨亜様を置いて!!」



「くっそ……よくも、あいつ!!」



 そう叫び、ロックさんはxo魔梨亜oxの方に駆けだそうとする。


 僕はそれを止めた。

 ロックさんの服についている鎖がジャラジャラと音を立てる。



「なぜ止める!?」



「ロックさん、死んでしまいますよ! もうすぐこの塔は崩れるんだ!」



 僕らのいる場所は、時間の問題だった。

 既に床が小刻みに揺れている。

 それはだんだん大きくなってきていた。


 ロックさんを掴みながら僕は叫ぶ。



「アエイスと彩雨ちゃんと遥は、はやく先に上に行って、飛空艇に乗っていてくれ! ロックさんは、銀座さんをおんぶできますか? この状況では、反撃よりも銀座さんを安全なところへ運ぶのが最優先です!」


「そ、そうだ……。まず俺はアイツを……銀座を、安全な場所にやらなきゃいけねぇんだ……。アイツを守らなきゃいけねぇ!」



 ズズズズズズズズ……。



 床がかなり奇妙な音を立てている。

 壁も、どんどん崩れ始めていた。


 アエイスと彩雨ちゃんと遥は上へと走る。

 続いて、銀座さんをおぶったロックさんも走っていく。


 一瞬、鈴木が上で待ち伏せしていたら……と思ったが、今はそうなっていないことを祈ることしかできない。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!



 僕らがいる場所も、徐々に斜めになってきた。

 壁が崩れ、鈴木たちが入ってきたところはもう完全に塞がれていた。

 もう出口は、屋上への道であるこの扉しかない。


 xo魔梨亜oxは、この扉から遠い位置にいるままだ。

 彼女はその場から動かず、叫んだ。



「こんなに……こんなにすぐ皆いなくなるなら、ずっと彩雨だけを狙っていればよかったよ!!」


「何のために、彩雨ちゃんを狙うんだ?」



 僕はxo魔梨亜oxに問いかけた。

 天井が徐々に崩れていく。

 彼女は前髪を整えながら、こっちに向かって叫んだ。



「魔梨亜はね、……魔梨亜は、元の世界に帰りたかった!! 彩雨というプレイヤーを倒せば帰ることができるって、鈴木にそう言われたの!! 逆に、あなた達は彩雨をなぜ守ろうとするの?? 元の世界に帰ろうと思わないの??」


「僕だって帰りたいと思ってる。でも彩雨ちゃんを倒せば元の世界に戻れるなんていうのは、鈴木が勝手に言ってるだけだ!」


「あなた達、魔梨亜や鈴木が現実世界に帰るのを阻止しようとしてるわけじゃないの……?? あなた達も帰りたいの……?? あなた達は味方なの……?? じゃあ、魔梨亜はどうして……今……」


「僕達も分からないことだらけだ。現実世界に帰りたい気持ちは、僕達も一緒なんだ」


「……魔梨亜、もう、何がホントなのか、わかんないよ……?? 魔梨亜は現実世界に帰りたかっただけだもん!! 鈴木は魔梨亜たちを裏切って勝手に逃げちゃったし……。もう、わかんないよ……!! わかんない……!!」


「瀬津那、もう時間がない! 上がってきてくれ!」



 一度飛空艇まで行ったであろう遥が戻ってきて、上で僕を呼んでいる。


 足元が崩れ始めているのが分かる。

 これ以上ここにいるのは無理だ。



「瀬津那! はやく!」



 遥が上から叫ぶ。


 最後にもう一度、xo魔梨亜oxの方を振り返る。

 彼女はもう逃げられないと悟ったのか、徐々に崩れゆく大広間の中で、ただ、その場に立っていた。



 xo魔梨亜oxは叫ぶ。 



「元の世界に帰れる方法が見つかったら、……魔梨亜にも教えてね!! 」



 大広間が崩れる音の中で、彼女はそう言っていた。

 彼女は大きく手を振り、最後に、ウインクした。


 xo魔梨亜ox……。



「瀬津那ーー!! はやく乗れーー!!」



 階段の上の方で、遥がこれ以上ないくらいに叫ぶ。


 もう一度、大広間の方を振り返る。

 xo魔梨亜oxの魔法銃を包む紫色の光だけが、わずかに見えた。



 僕は階段を登り始める。

 アエイスが前に言っていたように、手すりなどはない。

 しかも円形の塔の外壁に沿って作られた屋外の階段だ。

 隣はもう空である。

 踏み外したら終わりだ。


 卒倒しそうな高さの中、屋上へとあと数歩というところまで来た。

 僕がつい数秒前までいたところが壊れてゆく。

 屋上には遥がいた。


 遥が右手で僕の手を思いっきり掴む。

 そして屋上へと引き上げた。


 同時くらいに、僕の足場が無くなった。



「瀬津那が乗ったらすぐに出るぞ! 急げ!」



 遥に手を引かれながら、飛空艇まで走った。

 彼女の赤茶色のドレスが目の前で揺れる。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!



 僕が飛空艇に乗るとすぐに、それは飛び立った。

 飛び立つ音なのか、崩れる音なのか分からない轟音。


 振り返ると、もう大広間はなくなっていた。

 ゆっくりと、塔全体が崩壊していく。

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