第13話 ボスまで1分、ボスを倒すまで20秒

「では、これから塔に入っていきますわよ? 皆さん、スイッチが6つあります。それを同時に押すと入り口が開きますので……、それぞれ配置についてください?」



 そこに入るためには6人パーティーが必要と言うから、どんな面倒なことが待っているのかと思いきや、6つのスイッチを同時に押すという、それだけだった。


 アエイスの指示に従い、皆はそれぞれの配置につく。

 そしてスイッチを押した。



 ゴゴゴゴゴ……。



 塔の扉が開く。

 何て簡単な仕掛けだろう。



「ケンタウロスって、赤いものに突進してきそうだよな? 花魁が来てるその着物、ハイパーキングケンタウロスにとって的になるんじゃないのか?」



 遥が笑いながら銀座さんに言う。

 銀座さんも笑った。

 だいぶ余裕なのだろう。

 王者の風格さえ感じられる。



「そうしたら、ウチのこと、ハルカちゃんが守ってくれるのかしら?」


「そ、そうだな、さっきの借りもあるしな……。任せとけよ!」



 ロックさんはさっきから口数が少ない。

 心なしか、ロックさんについている鎖たちも元気を失っているように見えた。

 彼なりに色々と考えるところもあるのだろう。



「今回も、瀬津那ちゃんのレベルでしたら、余裕かと思われますわよ」


「そうかね。そうだといいけど……」


「でも、あのケンタウロスの群れ、強かったですわね」


「何か、僕もそう思ったよ。この荒野、来たことないからどのくらいキツイところなのか分かんないけどさ」


「私がかつてここに来た時よりも、明らかに強くなっていた気がします。これもアップデートのせいかもしれません」


「バグ装備じゃなかったら僕はもう、このゲームにはいなかったよ」



「おい! いつまで立ち話してるんだよ! せっかく開けたんだし、中入ろうよ!」



 遥がブチギレる。

 確かに僕らは塔に入るというところから、ずっと話しこんでいたけど……。

 遥だって話していたじゃないか……。



「じゃあ僕は塔に入ったら左側の壁を壊せばいいってことだね……?」



 自分で言いながら、どんな役回りだと思った。

 生まれてから、建築物の壁を破壊したことなどない。

 ゲーム内とはいえ、こんな時が来るとは。



「そういうことになりますわね」



 アエイスが右手で髪をかきあげながら言う。

 彼女のウェーブがかった長い髪。

 こんな砂が吹き荒れるところにいたら、きっと髪の中も砂だらけになってしまっているんじゃないかと、他人事ではあるが心配になった。



「それで、あたしらはアエイスのカギを使ってエレベーターに乗って、最上階に行って、ボスを倒して、そのボスが落とす屋上へのカギを手に入れて、その屋上のカギを使って屋上に行けばいいってわけだな!」


「遥ちゃん、ちゃんと全部覚えていたわね、偉いわよ」


「何かその言い方ムカつくな……。ていうかアエイスは屋上のカギもついでに持ってないのか?」


「屋上へのカギは、使ったら消えてしまうのですわよ……。それで飛空艇に乗ることができれば、新しい街へと行けるようになるのですわ。今の私たちに課されているクエストはハイパーキングケンタウロスを倒すことですが、それを倒しましたら新クエストとして、飛空艇に乗って新しい街へ行こうというようなものが来ると思います。それできっとそこに行けばまた何か……あるのでしょう」


「よく分かった、アエイス。じゃあ、行こうか」



 僕らは塔の中へと入っていった。

 どう考えても目立つ集団だなと改めて思う。

 カウボーイ、花魁、セーラー服……。



「アエイス、僕はどのあたりの壁を壊せばいいのかな……。ていうか本当にそんな雑なやり方で行けるの……?」


「あ、もうその壁ですわよ。そのあたりを」


「え、もう? ここ?」


「そこですわよ。ドーンとお願いしますわ」


「じゃあちょっと皆下がっていてよ……。いくよ……」



 皆は素直に、少し下がった。

 それを確認してから、僕は大きく振りかぶる。



 ズゴン!!



 壁にヒビが入る。

 これはもう一発くらいやった方が良いかな……。



 もう一度振りかぶる。



 ズゴン!

 ガラガラガラ……。



 脆い壁だ。

 僕の攻撃力が高すぎるだけかもしれないが……。

 穴が少し開き、向こう側が見える。

 確かにこの壁の向こうは少し空間ができている。



「アエイス、これは、剣でどうにかするよりも、魔法か何かでバーンといった方が良いんじゃないかな? 案外時間がかかると思うよ……」


「でもこの中に魔法を使える人は……いらっしゃらないですわよ……」


「え、アエイスさん、魔法使えますよね?」



 彩雨ちゃんが好奇に満ちた目でアエイスに言う。

 こんなことなら僕も魔法を習得しておけば……。

 剣士やめて魔法使いになろうかな。



「私は補助魔法専門ですから……。どうしましょう。皆で攻撃しまくるしかないでしょうかね……」



「ウチ、手榴弾なら持っていますワ……」



 銀座さんが言う。

 手榴弾はオープンβの時にはあったアイテムだ。

 だが、正式サービスが始まってからは見ていないものだった。



「今はなかなか手に入らない故、結構高価なモノなんですけれども……」


「お前、何でそんな物騒なもん、持ってんだぜ……?」


「護身用に、いくつか常に持っていますワ。5、6個あればこの壁くらい破壊できると思いますワ」


「お前さん、それ、どこで手に入れたんだ……」


「オホホ、闇市で、ですワ」


「じゃあそれで、壁壊しちまおうよ。早速」



 遥が言った。

 銀座さんは4個、手榴弾を等間隔で地面に置いていく。

 やはり銀座さんはとても動きづらそうだ。

 まぁ、好きでその恰好をしているんだからいいか……。 



「後はここに投げ込むだけですワ……。皆外に出てくださいナ」



 僕以外の皆はそれを聞いてすぐに外へ出た。

 僕は壁を眺めていたから、出るのが少し遅れる。

 危ない危ない……。



「皆さん、もっとコッチの壁側に寄って……そこは爆風が来てしまいますワ」



 最後の僕が出た瞬間に、銀座さんはもうひとつ手榴弾を投げ込んだ。

 投げ込むのが速すぎる。



 ドドドドドドド……



 爆発音と共に壁が崩れる音がする。

 入り口から煙が出てきた。


 ダンジョンの入り口もこうやって破壊すればよかったんじゃないかという気さえしてくる。

 それにしても何て暴力的なゲームの進め方だ……。


 僕らは綺麗に壊れた壁の中へと入る。

 発破技師の資格でも持っているのかというくらいに、銀座さんの爆破は正確だった。

 壁からエレベーターまでの距離はそれなりにあったから、エレベーターには何も影響がなさそうだった。



「では、エレベーターのカギを使いますわよ」



 アエイスがエレベーターのカギを使い、エレベーターを開ける。

 これに乗れば、12階まで一気に行ける。

 何だかあっけないが……。



「危うくあたしら、一階ずつ登るハメになるところだったな……。アエイス、そして花魁、ありがとうな」



 珍しく遥がお礼を言う。

 それを言った遥自身が、少し照れくさそうにしていた。

 何だか、遥らしい。


 エレベーターは、ギリギリ全員が乗れるといった広さだった。



「これで12階まで行くと、ハイパーキングケンタウロスの後ろに出てくるはずですわよ。倒してその奥に本来あるエレベーターなものですから、逆にこっちから上がる場合はボスの背後に出ますわ」



「じゃあそのボスは……、カウボーイに倒してもらうかな……」


「お、お、おう! 俺に、任せな!」


「アンタ……。もういいですワ……。その気持ちだけで嬉しいです」


「すっかり俺もザコ野郎になっちまったな……」


「でもそんなアンタも好き……」


「お前……」



 またロックさんと銀座さんの世界が始まった。

 ロックさんは明らかに先ほどのケンタウロスショックから立ち直れていないようで、どことなく元気がなくなっていた。

 こういった形でも何でもいいから、銀座さんに何とか慰めてもらって、元気になってほしいと願う。


 12階はまだだろうか……。



「おい、12階はまだなのか? あたしはもう待ちくたびれたよ!」



 遥がブチギレてエレベーター内の壁を叩こうとするが、その手を止めた。

 長らく使われていないこのエレベーターだ。

 もしそんなことをして壊れたりしたら、取り返しがつかないからだろう。

 遥は冷静な心も持ち合わせているのだ。

 大体、持ち合わせていないが。



「まだ、行く階、押してないですよ……」



 彩雨ちゃんが言う。

 皆、静かになった。

 一番ボタンに近かった僕が12階を押す。

 12階しかボタンはなかったから、直通なんだろうけど。



 エレベーターは、動き出した。



「瀬津那くんって意外と強いんだね?」


「え、え、え。ど、どのへんが?」



 久しぶりに彩雨ちゃんに話しかけられたことによって、明らかに挙動不審になった。

 学校で初めて話しかけたことを思い出す。

 そして恥ずかしくなった。



「瀬津那くん、さっきのボスも一撃で倒したし……」



「彩雨! あれはボスの方が弱かっただけだ!」



 遥が横から口を出す。

 せっかく良い感じになったんだから、ちょっと遥は黙っていてくれ……。

 頼む……。



「い、いや、あれは僕は超強かったと思ったよ! うん!」


「え……。瀬津那くんが強いんじゃなくて、ボスが弱かっただけ……?」


「いや、もう……。遥、余計なこと言うのやめてくれ」


「彩雨、だって瀬津那はさっきケンタウロスの群れにやられてただろ?」


「あ、そういえば……確かに……そうですね……」


「あれはザコモンスターだから。瀬津那はそれくらいの強さということだな」


「違う違う違う。彩雨ちゃん。あのケンタウロスはね……。僕は回避のステータスを上限突破にしているけど無数のケンタウロスが来たことによって多少かわしづらい状況になっていたわけだよ。はやい話が、僕は1:1の対人用に特化したステータスだから大量のモンスターを捌くであるとか想定の範囲外であってね、下手な鉄砲も数撃てば当たるといったように、かわさなければならないケンタウロスが大量に来たためにそのうちの一匹に当たって跳ねとばされてしまったのであって、あれはたまたまの」



「なるほど、わかった!」



 彩雨ちゃんは僕の話を途中で遮り、そう言った。

 これはいつもの絶対分かっていないやつだ……。

 別にいいけど……。



「ボスは瀬津那だけでいけるんだっけ? あたしらも参加した方がいいの?」



 狭いエレベーターの中、遥はアエイスに尋ねる。

 遥は、アエイスの長い杖の先についている球体に圧迫されていて、とてもウザそうな顔をしていた。

 遥には悪いが、ちょっと笑ってしまう。



「ハイパーキングケンタウロスはどちらかというと強いボスですが、瀬津那ちゃんだけで倒せると思いますわよ。皆で向かっていってもいいですけれども……」


「じゃあ、まぁ適当でいっか……」



 参加した方がいいのと聞いてくるパーティーのメンバーもヤバいな。

 普通は全員参加だから……。

 このパーティーが完全におかしいだけだけど。



 エレベーターが止まる。

 エレベーターが動き始めてから、1分くらいだろうか。


 そして、ゆっくりとドアが開いてゆく。

 目の前には大広間があった。

 かなり広い、円形のフロア。

 この階には、この大広間しかないようだ。

 一階フロア分全てをこのボスのために使っているのだろう。



 20メートルほど先だろうか、ハイパーキングケンタウロスが背を向けて座っていた。

 ハイパーキングケンタウロスは、でかい。

 三階建ての一軒家くらいの高さはあるだろうか。 



「おいこれ完全に向こうから来るの待ってるやつじゃねえか……。前からちゃんと入ってくれば、ボスっぽい派手な登場を絶対してくれたよな……」



 遥が双剣を鞘から抜きながら言う。

 しかしそれはすぐ鞘に収められた。



「そうだ、ここは瀬津那がやるところだったな」



「じゃあ僕、倒してくるよ」



「よろしくお願いしますわ」



 僕は早歩きでハイパーキングケンタウロスまで近づいていった。

 しょっていた大剣を抜く。

 大きく振りかぶって……。




 ズシャア!!!!




 ハイパーキングケンタウロスは、こちらに気づくことなく、その場に倒れこんだ。




 一撃だ。




 相変わらずあっけない……。

 20秒くらいでボスを倒した。


 特におめでとうと言われるわけでもなく、静かな大広間の中を、皆がいるところにゆっくりと歩いて戻っていく。

 皆もそれを当たり前のように見ているだけだった。



「クエスト完了しました」



 僕らが耳につけている羽ヘッドホンから、音声が聞こえた。

 彩雨ちゃんのニャソ子の指輪がやはり光っている。

 音声は続けた。



「新クエスト、……飛空艇を使い、ウニュ町へと行け」



 何だ、その珍妙な名前の町は……。


 そうだ、これから飛空艇に乗るんだった。

 そのためには……それがある屋上に行くためのカギを……。

 僕がもう一度、ハイパーキングケンタウロスがいた場所を振り返ると、そこにはカギが落ちていた。



 あのカギさえ拾えば、簡単にその新しい街へと行けるのだ。

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