第12話 守るものと、守られるもの
ケンタウロスの向かった先にはアエイス、遥、彩雨ちゃん、銀座さん、ロックさんがいる。
この群れの横幅はかなり広い。
もしかしたら、100頭はいるのかもしれない。
ケンタウロス全員を同時に倒すには……、魔法くらいしかない。
しかし僕らの中に……、魔法を使える者はいなかった。
あと数秒で皆の所に到達してしまう。
このケンタウロスの破壊力は結構あるぞ。
アエイスの叫ぶ声が聞こえる。
「私は彩雨ちゃんを守りますわ! カウボーイちゃんは花魁ちゃんを何とかするのよ! 遥ちゃんは逃げて!」
まずい。
アエイスはロックさんのことを強いやつだと思ってる。
ロックさんは……。
防御力もない。
攻撃力もない。
その時、遥がロックさんの方に向かう。
遥は加速し、逃げないロックさんのいる方へと近づく。
ロックさんがテンガロンハットを直すのが見えた。
4~5倍の加速……。
その速度は僕がかつて使うなと言ったやつだが……、今はもう仕方がない。
遥はあっと言う間にロックさんと銀座さんのところへと到着する。
「そこにいたらダメだろ、カウボーイ! 動けないのか?」
「お、お、俺は…………」
「カウボーイ、来るやつを出来る限り倒せ!」
「こ、これは……この剣は……、実は、使えないんだぜ……!」
「何でだよ!」
「レベルが足りないんだぜ……」
「じゃあ花魁はどうなるんだよ! あたしは二人担いで加速できないぞ!」
「俺はいいから……、銀座を頼む」
「何言ってんだ!」
ケンタウロスの群れはもう遥たちの目の前まで迫ってきていた。
大量の砂ぼこりが舞いあがっていく。
皆……。
ケンタウロスの群れが通過していった。
その足音はどんどん遠ざかってゆく。
砂ぼこりがだんだんと晴れてくる。
伏せていた、アエイスと彩雨ちゃんの姿が見える。
アエイスは自分自身と彩雨ちゃんに、補助系の魔法をありったけかけていたのだと思う。
一時的に相手から見えなくするやつとか、色々。
彩雨ちゃんとアエイスだけではなく味方全体にかけろよと思うかもしれないが、性能が高い魔法は大体、味方全体にかけられない。
至近距離にいる者にしかかけられないのだ。
そして何より時間がなかった……。
僕も動けるようになっていたので、少々きしむ身体を動かしながら、皆の元へと向かう。
アエイスと彩雨ちゃんがゆっくりと立ち上がるのが見える。
彩雨ちゃんは腰のあたりを叩いていた。
どうやら無事のようだ。
良かった……。
遥は……?
遥のいた方向に、立っている人影が一つ、見える。
遥……?
いや、花魁の姿が……。
銀座さんだ。
銀座さんの後ろで、ゆっくりと、遥とロックさんが立ち上がる。
「花魁、どうやら、借りができてしまったみたいだな……」
遥は言った。
額から血を流しながら。
……血……?
「は、遥……! 大丈夫?」
僕は遥の元へと走った。
遥は、吹っ飛んでいた自分の髪飾りを拾い、砂を払っている。
そしてそれを頭につけた。
銀座さんが短刀を懐にしまうのが見える。
……短刀?
「花魁が、助けてくれたんだ……。あの時、あたしは腰抜かしたカウボーイを何とか持ち上げて加速しようとしたんだが……、重くて、持ち上げられなかった。自分だけでも逃げようかと、そんなことが頭をよぎったけど……やっぱりこいつを見捨てることができなかった」
「ハルカちゃん。アンタ、相変わらずいい根性してるワ」
銀座さんは遥にそう言い、大きく前に垂れさがっている帯をパタパタとはたいた。
それを見て、遥も髪や服についた砂をはたく。
遥は話を続ける。
「そしたら、花魁が、あたしたちの前に出て、短刀でケンタウロスをバタバタと倒していった……」
「ちょうど前に来たヤツだけ。ほんの3,4匹くらいですワ」
「花魁、案外戦えるじゃないか。むしろ、何で戦えないフリをしてたんだよ。今まで」
「『ウチを守る』って言って頑張ってくれたロックのため……といったところですワ……。
本当は戦えないのに、一生懸命になってくれるロックの前で、ウチは何も言えなかったワ。それだけ」
ロックさんはずっと黙っていた。
アエイスと彩雨ちゃんは無傷だった。
ロックさんと銀座さんも無傷。
僕は少し痛む程度。
アエイスは遥と僕に回復魔法をかけた。
あと少ししたら共に全回復するだろう。
何とかゴブリンはあんなに弱かったのに……。
群れで来るザコモンスターにこんなに手こずるなんて。
「俺が……実は使えねえってことが、お前には分かってたってことか……! 何てこった……! 何て恥ずかしいんだぜ……。俺は、お前にむしろ守られていたって言うのかよ……」
「アンタ、ウチのことはあまり気にしなくていいワ。守られてたって言うけどサ、そもそもモンスターと戦ってないじゃないか。ウチら……」
「確かに……。俺ら、元々戦ってなかったぜ……」
「そんなアンタも好きだよ?」
「お前……」
二人の世界が始まった。
「僕が思うに、あの群れはまたそのうち戻ってきてしまうよ。もしくはまた新たな群れが来る気がする。だからさっさと倒して、街に帰ろう」
僕は皆にそう言った。
皆は頷く。
ここは案外、危険だ。
「わたし、もう怖い……。はやく倒して帰ろうよ~」
彩雨ちゃんは言う。
怖がる彩雨ちゃんを、昨日ぶりに見た。
何度見ても、良いものだ……。
「帰ったらアタシが、アンタたちに緑茶を入れてあげるワ。渋いヤツ」
「花魁、そのお茶、期待してるぞ」
「わたしは甘いお茶がいいな~」
「余裕ですワ」
僕らは、ハイパーキングケンタウロスのいる塔へと到着した。
長い道のりだった。
パッと見、10階建てくらいだろうか。
「12階建て、ですわ」
クエスト廃人アエイスが、髪をかきあげながら言う。
もはや彼女の知識を疑う余地はなかった。
彼女が言うなら、12階建てなのだろう。
「え、1階ずつ上がっていくの……? わたし、3階くらいがいい……」
彩雨ちゃんはそう言う。
僕がこの塔だったら3階建てになってあげるくらい可愛い。
彩雨ちゃんが望むなら、僕は塔にでもなる。
……いや、塔はやっぱりやめておこう。
「あ、でも、この塔、実は12階直通の、エレベーターがあるのですわよ」
1階から11階までは一体何なんだよ。
「瀬津那ちゃんは、こういう塔のボスを倒したことがあるかしら?」
「いや、ないけど……。というかここにいるパーティー、アエイス以外多分誰もクエストとかやってないと思うよ……。銀座さんは知らんけど……」
「……じゃあ瀬津那ちゃん、想像してみて? 12階のボスを倒した後、また一階ずつ塔を降りていくかしら?」
「いや……。大体ゲームっていうのは、ボスを倒したらイベントとか始まるとか……、とりあえず何か起こって街に帰れたり、いきなり塔の外に出られたりするかな」
「瀬津那ちゃん、とてもいい勘してますわね。そのまさかなのですわよ」
「……? まだ僕はよく分からないけど……」
「このゲームのオープンβの時代の話ですが、私も6人パーティーを組んでこの塔を登りましたわ。そして12階のボスを倒したのです。すると、ボスのいた後ろに、エレベーターが現れましたわ。それに乗って、1階まで帰れたのですわよ」
「そうだね……。ゲームにはありがちな感じだよね」
「そのエレベーターが、恐らくまだあるのですわ」
「え……!? それは下から乗ったら一気に最上階にいけるってこと?」
「そうなのですわ……。塔を入ったすぐ左の壁を壊せば、エレベーターが現れるはずなのですわ」
「壁の中にあるの……? そうか、いきなりそれをプレイヤーが見つけてしまったらダメだから敢えて壁の中に、隠したのか……」
「そんなところなのですけれども、さらに、面白いことになっているのですわよ……。そうなってしまったいきさつを今から説明しますわね。この塔の屋上に、飛空艇があるのですけれども、ご存じですか?」
僕は首を振った。
他の皆も全員首を振った。
何て無知なパーティーなんだ。
「先ほど、私は、そのエレベーターが設置されていたのはオープンβ時代と言いましたわ。オープンβ時代は、ボスを倒したらそのエレベーターで下にいきなり降りられたのですわよ。でも正式サービスが始まって、運営がそのやり方を変えたのですわ」
皆黙ってアエイスの話を聞いていた。
彼女は本当に物知りだ。
彩雨ちゃんはきっと理解していないだろうけど。
「どのように変わったのかと言いますと、ボスを倒すとそのボスがカギを落とすようになりまして、そのカギを使って屋上への扉を開けるようになったのですわ。そして屋上の飛空艇へと乗るのです。そして新たな街に行けるような展開にしたのですわ」
「え、じゃあ今エレベーターはないってことじゃないかよ!」
赤茶色のストールをいじりながら、遥は言う。
僕も遥と同じことを考えていた。
エレベーターはないのでは……。
「いえ、それが、あるのですわ、遥ちゃん。正式サービスが始まって、飛空艇でこの塔を脱出するストーリーを作った後、エレベーターの必要がなくなり、運営は雑にそのエレベーターのあった場所を壁で埋めたのですわ。きっと色々変えるのが面倒で、そういう処置をしたのでしょう」
「壁の中にあるってことかよ……。面白いな……」
「壁を壊すのも並の攻撃力ではできませんわ。どうせ誰も入れないと踏んだのでしょう。なので、そこは、瀬津那ちゃんの出番になるのですわよ」
「僕が壁をぶっ壊す……ということか……」
「オープンβ時代に一度クリアした人は、正式サービスを開始した今、もう一度塔を登らなくてもそのエレベーターで最上階まで行けるという風に運営が設定していたのですわ。そこで、クリアした者には『塔のエレベーターのカギ』というアイテムをくれていたのですわよ。でも、バグで、カギがない人もエレベーターに乗れるようになっていまして……」
「そんなの、皆エレベーターに乗り放題じゃん……」
「瀬津那ちゃんの言う通り、そうなってしまったのですわ。それで、運営は、もうエレベーターを壁の中に閉じ込めてしまったのですわよ……」
「とりあえず、ずさんな運営によって、まだ壁の中にエレベーターが残されているということで、それに僕らは乗ればいきなりボスのいるところへと行けるということね」
「エレベーターのカギを使って上に行っても屋上へのカギはボスが持っているので、結局ボス戦にはなるのですけれどもね……。でも一階ずつ登らなくていいだけマシですわ」
「ちょっと待てよアエイス、わざわざ瀬津那に壁を壊させておいて、そのエレベーターはまだ動くのか? カギは……?」
「『塔のエレベーターのカギ』は、私が持っているわよ」
アエイスは、どれだけ頼りになる人なんだ。
最早、存在がチートと言えよう。
僕なんか足元にも及ばない、
「アエイスさん、ちょっといいですか?」
彩雨ちゃんが右手を挙げた。
今は授業中じゃないから挙手しなくてもいい。
何て可愛いんだ。
「この前行ったところは、『南のダンジョン』っていうダンジョンでしたよね? ここは何の塔なんですか? 誰かがこの塔の名前言ってくれるかなと思ってずっと聞いてたんですけど……。何と言う名前の塔なんでしょうか?」
それを知ってどうするんだ……。
でも彩雨ちゃんが気になるならしょうがない。
僕も気になる。
「ここは、『塔』という名前の塔ですわよ……。そこにほら、もうちょっとそっちの壁に、『塔』って書いてないかしら?」
「……ほ、ほんとですね……。すごい! アエイスさんすごい! 本当に『塔』っていうんですね……!」
アエイスがすごいのかどうかはよくわからないが、この塔の名前は「塔」なのか……。
南にあるから「南のダンジョン」という安直過ぎるネーミングをついに超えてきた。
塔だから『塔』。
これはすごすぎる。
来るとこまで来たなという感じだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます