第10話 新たな出会い、そして

アルカディア・オデッセイ -はじまりの街-




 街へ戻ると、あたりはさらに暗くなっていた。

 あの不気味なアップデートの時から既に暗かったが、それに夜の暗さが加わったのだ。

 このまま朝が来ないんじゃないかという気さえした。



「クエスト、ハイパーキングケンタウロスを倒せ」



 と、僕ら四人の耳元に音声が流れる。


 かつては、クエストが終わった報酬はニャソ子がくれた。

 が、今はクエストを終えても、彩雨ちゃんのニャソ子の指輪が光る程度だ。

 つまり報酬は誰もくれないのである。

 まぁ、今はアイテムなんてどうでもいいけど……。



「瀬津那くん、今日はもう疲れたからちょっと休もう……」



 と、彩雨ちゃんは言って、その場にへたり込んだ。

 休むならこんなところじゃなく、もっと比較的ちゃんとしたところで休んだ方が良い。

 ……でも、彩雨ちゃんにきっと無理をさせてしまっていたのだろう。



「なるべくはやくクエストをこなした方がいい気もするけど……、でも休んだ方がいいかもね。ちょっと休もうか」


「そうだな、あたしも少し休みたい」



 ということで皆で休憩場所を探すことにする。


 少し歩いて、僕らは街外れに適当な空き家を見つけた。

 誰もいないようだったので、そこを勝手に占拠することにする。



「家具などは色々、あるのですわね。意外と」



 アエイスは言う。

 まるで生活感のない家だったが、申し訳程度の家具があった。


 誰のものでもないこの家だ。

 ちょっとくらい休んでも大丈夫だろう。



「じゃあ僕は、このソファーに……」



 僕はソファーに吸い込まれるように寝転がる。

 疲れていたので、そのまますぐに寝てしまった。





 目が覚めると、外が明るくなり始めていた。

 昨日の暗さはどこへやらである。

 あのままずっと暗い世界というわけではなくて良かった。


 上体を起こしてみると、左隣に彩雨ちゃんが寝ている。



 息が止まりそうになった。



 紺色のセーラー服。

 短いスカートに、細く長い脚。

 黒のソックス。

 無防備なその姿に……。



 いやいや、いかん。



 その右には茶髪のショートカットの女の子、遥。

 茶色のドレスで、床に寝ている。

 僕がソファーを取ったからだとしたら、申し訳ない……。

 遥も、こうして見ると、……可愛らしい寝顔だ。

 黙っていれば可愛いのに……。



 いやいや、いかん……。



 僕は本当に元の世界に帰りたいと思っているのか。


 アエイスにそう問われた時のことを思い出す。

 それは僕だって帰りたい。

 むしろ、遥と彩雨ちゃんの方が、この状況を楽観視しているのではないか。


 遥は……、現実世界に未練は無いのだろうか?

 それとも僕と同じように、彩雨ちゃんを安心させようとしているのか。


 彩雨ちゃんは……、帰りたいとは思っているけど、ゲーム自体も初めてだし、現実味がないというのはあるだろう。 



 この本当に死んでしまうかもしれない世界の中で、僕はそのことから目を背けようとしているのは正直ある。

 怖いからだ。

 そんな現実を見たくない。

 彩雨ちゃんとこのゲームをプレイしているんだという楽しさで、そのことを忘れようとしている自分もいる。


 そうか。

 僕が彩雨ちゃんと仲良く遊んでいるだけのように見えるから、本気で帰りたいと思っているアエイスの気に障ってしまったのだ。

 アエイスは家庭の事情もあるようだし、深刻そうだった。

 彼女は回復役だから、強い攻撃役がいてこそその真価を発揮できる。

 つまり僕がしっかりしなきゃだめなんだ。


 アエイスは、そのことを気づかせてくれた。

 僕がヘラヘラしていたら、その間にアエイスの母が大変なことになるかもしれない。

 気を引き締めていかなければ。



 そういえば……、アエイスは……?

 ……この部屋には、どうやらいないようだ。



 どこか遠くからバタバタと足音が聞こえてくる。

 アエイスがどこかから急いで帰ってきたのか。

 にしても、彼女はこんなにバタバタと走らないような気も……。

 その瞬間、ドアが思いっきり開いて、二人のプレイヤーが部屋に転がり込んできた。



「ふ、ふぅ……あぶねぇところだったぜ……」


「アンタ……あんなヤツ……、さっさと倒しちまえば良かったじゃないノ」


「可哀想だからな、こっちが逃がしてやったんだぜ?」


「素敵……、アンタ……」



 何だこいつら。



 人の家に上がりこんでおいて……。

 ……僕の家じゃないけど。



 片方は、なかなか良い装備をつけている男。

 カウボーイ風の謎めいた格好だが、何だか強そうだ。


 もう片方は、赤と白の着物を着た女性。

 おしとやかな着物ではなく、ド派手な着物。

 こちらの強さは未知数だ。



「おっ、人がいたのか? 何だい、お前さんは」



 男の方がこっちを見て言った。

 早速、もう友達にはなれなさそうな雰囲気だ。

 僕が苦手そうなタイプだぞ……。



「俺の名前はロック。こいつは、銀座」



 何か、急に名乗り始めたし……。



「アンタ……、ウチ、もう疲れたワ。奥で一休みさせてもらいます」



 銀座と呼ばれる女性は、家の奥へと勝手に入っていった。

 この部屋でも休むことができただろうが、皆がザコ寝しているから、奥へと行ったんだろう。

 ……っていうかこんなドタバタしたのに、遥と彩雨ちゃんはまだ寝たままだ。


 この部屋で起きているのは、ロックさんと僕だけになった。

 いきなり、どうしろっていうんだ……。

 せっかくのんびりしようと思ってたのに……。

 こんな朝方に……。


 ロックさんはカウボーイのような格好をしている。

 被っているのはテンガロンハット。

 でもただのカウボーイじゃない。

 やけにチャラチャラしている。

 鎖みたいなものが随所についているし……。

 ビジュアル系カウボーイといったところだろうか……?



「お前さんは、どうしてここにいるんだい?」



 ロックさんは親指を僕の方に向けた。

 お前さんってリアルで言う人を初めて見た。

 ……ここはリアルじゃないけど。



「どうしても何も……、ログアウトできなくなったからですね……。とりあえずクエストをこなしているところです」


「OK!」



 何がOKなんだよ。

 全然OKじゃない。



「俺らもそうだ。ログアウトする方法を探してる」


「……見たところ、ロックさん、なかなかいい装備を持ってますね」



 間が持たないので、世間話をすることにした。

 単純に装備が気になったというものある。

 一体どういう人なんだろう。



「いい所に気づくね、ベイビー」


「あ、申し遅れました。僕はベイビーではなくて、瀬津那です」


「そうか、覚えたぜ。お前さんが言ってるのは、この剣だろ?」



 ロックさんは、大きく湾曲した剣を出す。

 海賊が持っていそうなタイプのものだ。

 剣は詳しくないのでその名称は知らないが。

 見た感じ、かなり高レベルじゃないと装備できないものだ。

 もしくは、僕みたいに低レベル武器を改造し続けて、そうなったかである。


 お調子者といった印象だが、何だか悪い人ではなさそうだ。

 だいぶ絡みづらいが……。



「これはな、不正な武器だぜ」



 ロックさんはその剣を僕に見せながら言った。

 不正……。

 何ともそそられる響きだ。



「バグ装備ってことですか……」


「そうだ、レベル5以上なら装備できるという剣を、改造した。した、というか、してもらったって感じだな?」


「してもらった……と……」


「でも、誰がしてくれたか、とかは分かんねぇ。金で買ったからよ、これ。あ、この世界の金じゃねぇぜ。リアルの方だ」


「RMT……」



 RMTとはリアルマネートレードの略で、要は、現実世界の金でゲーム内の装備を売買する行為のことである。

 僕はしたことはない。

 バーチャルな世界では威勢のいい僕だけど、リアルな世界で知らない人にお金を払ったりするのはとても怖かったからだ。



「でもな、あのツレ、銀座には内緒なんだが……、俺、レベル2なんだぜ」



「2……!?」


「銀座にな、いい顔しようとして、この剣は買った。でも、レベル5からしか使えねぇ。非戦闘時にこうして鞘から出す程度はできるんだけどよ、モンスターが居る時は抜けないんだぜ……。ゲームの仕様的に、そうなんだろうな」



 レベル5なんてすぐいけるだろう。

 普通のプレイヤーなら……。

 30分くらい頑張ればそのくらいはいける。



「俺、すげぇ下手なんだ。お前みたいな高レベルじゃないんだぜ。お前もすごそうな装備持ってるけどよ」


「そ、そうなんだ……」


「何か……俺、怖いんだよな……モンスターとか……。でも、銀座の前でどうしてもカッコつけたくてよ、見た目だけの装備をこうやって揃えたんだぜ」



 ロックはその煌びやかな装備たちを見せる。

 全体的に黒と白で構成されたスタイリッシュな服装・装飾品だ。

 ゴツそうな皮ジャンのような上着に、鎖のようなものがついている。

 いわゆる中二感がすごいが、僕は嫌いじゃない。



 正直カッコいいと思う。 



 しかしこれは見た目だけの装備、つまりアバターというやつで、装備としての機能を持っていない。

 ちゃんと能力値が上がるようなしっかりした装備ではなく、個性を出すためのものだ。

 アバターは能力値を上げたりはしない。

 戦闘をしない、常に街にいるような人は、見た目的にカッコよかったり可愛かったりするアバターをつけていることはある。

 戦闘の無いフィールド、街などに入った時それに換装するプレイヤーもいるほどだ。

 ただ、アバターのカッコよさと、その装備の能力値によるカッコよさはまた違う。

 アバターは、どこか形だけというか、確かにカッコよくはあるけれど、強そうという感じではないのだ。

 オシャレではあるけれど。

 能力値を高めた装備のカッコよさは、それとまた違い、切れ味が鋭そうだったり、光り方が上品であったりするのだ。

 僕もあまり見極められる方ではないが。



「でもレベルも上がらねえし……。さっき初めてプリーンというやつを倒したんだぜ。すげぇ怖かった。それでレベル2になった……。装備はせっかく大金はたいて買ったから使いてぇ。でもレベルがなかなか上がらねぇ。またこの装備を売ることはできねぇしな」



 このゲームにおいて、装備の譲渡は一度しかできない。

 色んな人に装備を使い回されたりするのが運営的に嫌だからだろう。

 僕が彩雨ちゃんたちに配ったバグ装備も、もう誰かに渡したりはできない。



「さっきプリーンと戦った時は『こんなザコにこの剣はもったいねぇ』とか何とか言って、蹴りで倒した。銀座の前だったからな。それにしても、蹴りで倒せるようなやつでよかったぜ……。実際はその剣が使えねぇだけなんだけどな……。仮に使えたとしても俺、それ使ってモンスターとか倒せるかわかんねぇし」


「蹴りで……。僕は逆にモンスターを蹴ったことはないな……」


「初めてモンスターを倒せたんだぜ……。心臓がバクバクだった」



 ロックさんも苦労しているんだな。

 そしてお喋りな人である。

 初対面の僕にこんなペラペラと喋ってくれるなんて。

 ……よほど思い詰めていたのだろう……。


 銀座さんという女性に対してイイ顔したい……か。

 僕が彩雨ちゃんにイイ顔したいのと同じようなものだ。

 そして自分は強くないということを自覚している。

 僕はロックさんと、どこか似ているのかもしれない。



「ん~……。おはよう、瀬津那……。な、何だ!? だ、誰だよ?」



 遥が起床した。

 上半身を起こして、両手で伸びをする。

 かけ布団的に使っていた彼女のストールをパタパタした。



「おや、お嬢さん、お目覚めのようで……? 俺の名はロック……」



 ロックさんがテンガロンハットを直しながら遥に挨拶する。

 女性の前ではだいぶカッコつけるタイプなのだろう。

 そんな感じがひしひしと伝わってくる。



「何だお前、とりあえず出てけよ!!」



 いきなり出ていけと言われてしまったロックさん。

 遥とは少々相性が悪そうだ。

 いや、少々ではないかもしれない。



「おはよう、皆! え、この人誰……?」



 彩雨ちゃんも起床。

 この騒ぎだ。

 流石に起きない方がおかしい。

 ……さっきロックさんたちが入ってきた時点で起きなかったのは不思議だが。



 そこで、ロックさんのことを皆に一通り紹介する。

 紹介すると言っても、「ロックさんという人です」以上のことは知らなかったが。

 このゲームに閉じ込められてしまった者同士、仲間は多い方が良いだろうという気持ちもあったし、怪しい人だとは思わなかったからだ。

 でも、ロックさんは実は弱いということに関しては、皆には内緒にしておいた。



「で、そのカウボーイがロックって名前なのは分かったけどさ、……何でここにいるんだ?」



 遥は髪飾りを直しながら、不機嫌そうに言った。

 彩雨ちゃんは楽しそうに彼らのやり取りを聞いている。

 殴り合いにならなければいいが……。



「巨大な斧を持ったやつに追いかけられてよ……。人気のないところに来て一騎打ちをやってやろうって思ったんだぜ」


「それで、何でこの家に入ってくんだよ」


「ま、まぁそれはだなぁ……」


「その巨大な斧をもったやつも一緒にこの家に入ってきたら、どうしてくれるんだよ? 道連れにするつもりか?」


「人がいるとは知らなかったんだぜ、すまんな」


「あたしが知ってる限り、巨大な斧を持ってるモンスターなんてこの辺にはいないけどな。そもそも、ここ街だし。……何でそんなモンスターが街にいるんだよ」


「いや、モンスターじゃねぇぜ。人間」


「人間……? そうか、PvPエリアも今はめちゃくちゃだもんな。もしかしてこの辺もそうなっちゃったのか?」


「きっとそうなってしまったんだろうな、俺達の街は……」


「さっきから話を聞いてたら、ロックは一騎打ちしたかったんじゃなくてただ逃げてただけじゃ……」



バタン!



 家の奥へと続く扉が開いて、銀座が現れた。

 改めてその姿をじっくりと見る。


 赤と白の着物に、ガッツリ結ってある髪。

 きっとその結い方にも名称があるのだろうが、詳しくは良く分からない。

 髪には大きな櫛がくっついていて、その周りに棒が何本も刺さっている。

 前で締めて大きく垂れ下がった帯。

 素足に三枚歯の下駄。

 これは、花魁スタイルである。



「うるさいですのネ? アンタ方。寝られやしないワ」



「今度は一体何なんだよ! ここは仮装大会の会場じゃないからな!」


「いきなり失礼ですのネ……」


「次から次へと変なやつが出てくるな……。あたしが寝てる間に一体何があったんだ……。そういうバグなのか?」



 どんどん、この家が騒がしくなってきた。

 でも、僕はこの賑やかさは嫌いじゃない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る