第9話 遊びの終わり
僕とアエイス。
遥と彩雨ちゃん。
という二人ずつのチームに分かれることとなった。
強さ的に、そして個人的に、僕は彩雨ちゃんと組むべきだったと思う。
「彩雨と、か……。大丈夫かよ?」
「大丈夫です~!」
彩雨ちゃんは両手を挙げる。
よく分からないリアクションだ。
対して、遥はなかなか嫌そうな顔をしていた。
少し心配になる。
そして一同は、街の南へと歩みを進めていった。
「瀬津那、誰か他のパーティーが既に扉開けててくれて、もうボスには皆で行けるとかってないのか?」
「もしこのクエストを他の皆もやってるんだったら、街の南から戻ってくる人とかいてもいいんじゃない? このあたりだってもっとワイワイしてるよ」
「確かにそうかもしれないな! でももし皆がこのクエストをやっていて……。ここに誰もいないということは……。行ってはみたものの全員死ん……」
「だからそれはやめようって……。皆の行き先が被らないようにクエストはちゃんと分配されてるんじゃないの」
「そうなのかもな……」
「ちなみに皆さん、キングゴブリンアルティメットを倒せというクエストは、全クエストの中でも中盤~後半にあるクエストですので、プリーンレベルとはいきませんわよ」
「え、僕はてっきり二番目のクエストとばっかり思っていたよ」
「あたしらの強さを見て、運営がかなり先のクエストをくれたんじゃないのか?」
「そうかもしれないですわね。謎ですわよ」
「ていうかアエイス、全クエストやったのか……?」
「やりましたわ。正式サービスと同時に、150クエストくらいあったのですが、つい先日全てクリアしましたわよ」
アエイスが右手で髪をかきあげながら、したり顔でそう言った。
……彼女は一体何者なんだ。
……これが本当の廃人か……。
そんなことを話していると、あっという間に一行は南のダンジョンの前に着く。
こんなに近いと帰る時に楽だな、などと僕は全く緊張感のないことを考えていた。
「ほ、本当に『南のダンジョン』って書いてある……感動……」
彩雨ちゃんは妙な感動ポイントを持っている。
僕もこのネーミングには感動した。
もちろん悪い意味でだが。
「では、瀬津那ちゃん、右側のドアから、私たちは行きましょう……。あ、彩雨ちゃん」
アエイスが彩雨ちゃんを呼んだ。
彩雨ちゃんは少し驚いたように、足を止める。
僕も、何だろうと思いアエイスの方を見た。
「アエイスさん、何でしょうか!」
「さっき守ってあげるって言いましたけど……、早速あみだくじで分かれてしまいましたわ。あみだくじは絶対です。私は一度決めたことは守りますわ。99%大丈夫だと思いますが、もし何かあったら私たちを呼んでくださいね」
「はい! 分かりました!」
「その羽ヘッドホンで通信できますわ。詳しくは遥ちゃんに聞いてみるのです」
「……だったら彩雨じゃなくて、あたしが直接連絡すればいいじゃんか……。っていうかアエイス以前にあたしが守るよ……」
遥がストールをいじりながら言う。
彼女は何だか不機嫌そうにも見えた。
……僕だって彩雨ちゃんと一緒にダンジョンに行きたかった。
そんなに不機嫌になるなら代わってくれ……。
「いえいえ、私が守りますわよ」
「あたしがいるから大丈夫っつってんだろ!」
キングゴブリンアルティメットと戦う前に、彩雨ちゃんを守る戦いが既に始まっていた。
僕もそこに参戦したかったが、空気的に僕の入る余地はなかった。
アルカディア・オデッセイ -南のダンジョン-
僕とアエイスは右のドアからダンジョンに入り、どんどん中を進んでいく。
アエイスと二人で行動するなんて、何年ぶりだろう。
……まだこのゲーム始まって何年も経っていないが。
「アエイス、あの彩雨ちゃんの銃、大丈夫なの?」
「大丈夫ですわ、彩雨ちゃんですもの……。そもそも、現実世界のマスケット銃は撃つまでがちょっと複雑だったりしますけど、このゲームのマスケット銃はそこまで難しくなく撃てますわ……」
「そうなのか……。アエイスは詳しいんだな」
「一発撃ったあとに次を撃つまでの間隔が長いことと、あとは瀬津那ちゃんが命中ステータスを上げなかったことによる命中率の低さくらいですわ。心配要素と言えば。後は、まだ試し撃ちしていないということですわね……」
彩雨ちゃんのことを心配しながら、アエイスとダンジョンの奥へと歩みを進める。
全然敵が出てこないので、逆に不安になってきた。
本当にこんなダンジョンでいいのだろうか。
「悪夢のナイトメアの時以来かしらね、瀬津那ちゃんと、この感じ」
「そうだね……。アエイスとダンジョンへは一緒に入ったことないけど。オデッセイ・バトルではよくこうして二人でいる機会があったね……」
「いつかのオデッセイ・バトルの時、私が補助魔法を間違えて、瀬津那ちゃんがボコボコにされた時があったわよね」
アエイスは笑いながらそう言う。
人間、どうでもいい思い出は意外と覚えていたりするものだ。
……忘れてくれていい思い出だが。
「そう、ほんとにあれは……。流石の僕だって、あの時みたいに20人くらいにボコボコにされたら終わりだよ。バミューダだったね。何か結構奥地までいって乱戦になって……」
「あの時ギルドメンバーたちがいっぱいいたから……、てんやわんやだったのよね」
「覚えてるよ……。僕は状態異常のスタンかかっていたのに、解毒魔法かけるから……。僕は動けないままだった。アエイスはそのままどっか行っちゃうし」
「ごめんなさいね! まだあの時は魔法に疎くて! でも今はもう最強ですわよ」
アエイスが、持っていた魔法の杖をこちらに見せてくる。
彼女の大きく開いた胸元の方に一瞬目がいったが、何とか軌道修正した。
アエイスの杖は先端に大きな球体がついている。
そして手入れが行き届いているのか、とても光沢があり、綺麗だった。
チートを使ってないから、そう見えるのかもしれない。
「綺麗ではあるが、経験値を積んで強さが滲み出ている杖」とでも言おうか。
そんな杖だった。
「いや、疎かったって今言ったけど……。その時からアエイスはかなり魔法詳しかったじゃん……」
「うふふっ」
「スタンは毒とかと違って、かかると自分が完全に行動不能になるからさ。ある意味最強の状態異常でしょ、あれは」
「相手がスタン撃ってきた時、瀬津那ちゃんでも回避できなかったの?」
「一気に10人くらい相手にしてたから、そのうちの一個がうっかり当たってしまった。僕はよくスタンかかっちゃうんだよね……。そういう仕様なのかな。僕にスタンが当たりやすいっていう」
「瀬津那ちゃんは、どういう状態の時にスタンが当たりやすいのかしら?」
「何かもう命中がある程度あるやつが撃てば、スタンに関してはなぜか当たるんだよ。その前に特殊な状態異常を喰らってたってこともないし。回避上限突破しててもなぜかスタンだけは当たるんだよね……」
「懐かしいですわね……」
そんな懐かしい記憶と共に、僕らは一歩一歩進んでいく。
いつか、アエイスと共にここを歩いていることも、懐かしい記憶へと変わるんだろう。
そんなことを考えながらアエイスとダンジョン内を歩いていると、突然ゴブリンが現れる。
突然すぎて少々驚いたが、
一閃。
ゴブリンは一撃で倒された。
僕のバグ大剣の前に。
ちなみにこいつは目的のキングゴブリンアルティメットではない。
ザコキャラの普通のゴブリンだ。
「何だか久しぶりにモンスター倒した気がするよ……。腕が、まだなまってなくてよかった」
「それにしても瀬津那ちゃんは強いわね……。更に強化したわよね? その大剣」
「よくわかったね。とにかく増殖バグで能力値や色んなアビリティをつけてる」
「全く……。正々堂々と勝負しなきゃダメじゃないの」
「アエイスは本当に曲がったことが嫌いだね……。よく僕らが仲良くなったと思うよ。僕は曲がったことしかできないからね」
「そうね。あ、そういえば彩雨ちゃんたちは大丈夫かしらね?」
「特に連絡もないし、遥が強いから大丈夫だよ」
ズゴーン!
ズゴーン!
遠くから銃声のようなものが聞こえる。
……銃というよりバズーカをぶっ放しているような音だ。
これは……。
「あれ、瀬津那ちゃんがあげたチート銃じゃないのかしら?」
「多分そう……」
「近所迷惑ね、あれ……」
「遥に当たってなければいいけどね……」
もう二、三体ゴブリンが出てきたが、それらは僕によって瞬時に倒された。
そして僕とアエイスは二階へと上がっていく。
ロングスカートのアエイスにとって、階段を登るのは少し辛そうだった。
これを期にもっと短いスカートにしてみてはと提案したが、却下された。
彼女のためを思って言ったのだが…………。
下心などはなかったが…………。
「私、何となくわかるのですわ」
物陰から飛び出してきたゴブリンを僕が一撃でしとめた直後、アエイスはそう言った。
僕は大剣を鞘に収める。
そして彼女に尋ねた。
「……何が?」
「ゲームがこういう風になってしまって、そう簡単には帰れないことが、ですわ」
「僕も何か、version2.4だっけ、それにバージョンアップしたメンテの時から、そう簡単に帰れる気はしていないよ」
「彩雨ちゃん、遥ちゃん、瀬津那ちゃんは、どこか楽観的な考えだから、そのうち帰れるだろうとかって思っているわよね? 私はそんな気がするのだけれど」
違う。
僕だって楽観的な自分を皆の前では装っているけど、本当は結構不安だ。
特に彩雨ちゃんを不安にさせたくないから……。
遥だって、強がっているけどきっと怖いんだと思う。
「私、元の世界に帰りたいのですわ」
アエイスは真剣な顔つきになる。
大体いつも彼女は真剣だが、いつにもまして真剣だ。
ゴブリンを倒しながらついでに聞く話ではなさそうだ。
僕は立ち止まる。
「あまり現実世界の話をしたくないのですけど、私の母が、難病にかかってしまっていて……。大好きな母なのです」
母……?
難病……?
「日に日に、徐々に、悪化していく母を見て、このままだと私が参ってしまいそうになって……、何か他に打ち込めるものが欲しかったのですわ。それがこのゲームだったのですが……。何でもよかったんです。気が晴れれば」
「………………そうだったのか」
「ゲームの世界では、色んな人を回復させたり、状態異常だって、すぐに私は治せるのですわ……。でも現実では……、弱っていく母に対して何も……」
「僕もこのゲームからログアウトしたいという気持ちはある。大丈夫だよ。一緒にその方法を探そう」
ズゴーン!
ズゴーン!
遠くで銃声。
あれはやっぱり普通の銃の音じゃないな……。
マスケット銃を改造しすぎたら、あんな音になってしまうのか。
「今私が言ったこと……、他の人には言わないでほしいですわ……」
「大丈夫、言わないよ」
僕らはまた歩きだした。
何体かのゴブリンを倒し、三階へと上がる。
アエイスの口数は少なくなった。
三階へと上がった瞬間、とても大きい鉄扉が目の前に現れる。
「ここを開けるスイッチを押してくれるのが……彩雨ちゃんチームの役目ですわ」
「まだ開いてないじゃないか」
ズゴーン!
「まだドンパチやってるみたいですわね。私たち、少しここで休みましょう……?」
僕らは腰を下ろした。
アエイスは体育座りをしている。
彼女の体育座りにはなぜか魅力を感じなかった。
……そんなことはどうでもいい。
僕は剣を鞘に収める。
ひとまず休憩だ。
敵が出てくる気配は全くなかった。
この大扉が開かない限りは大丈夫だろう。
「彩雨ちゃんについて……、私に教えてくれませんか?」
深刻な話をするかのように、アエイスは僕にそう言う。
こんな彼女は今まで見たことがない。
……どうしたんだろう。
「え、彩雨ちゃんについて……? 例えばどういう……?」
「何をしに来たのか、とかですわ」
「何をしに……って、ゲームをしにだよ……」
「瀬津那ちゃんの友達なんですわよね。彩雨ちゃんは。彼女がここに来るきっかけは何でしたの?」
「それは……、ニャソ子を見たいという一心で、この世界に来たという感じかな」
「ニャソ子……。それは、重要なキーワードになるわよ」
「何、その重要なキーワードって……」
「瀬津那ちゃん、もう遊びじゃないわ。このゲームは」
「僕だってそこまで呑気にこのゲームをやってるわけじゃない。ゲーム内で死んだら現実でも死んでしまうかもしれないわけでしょ?」
「そう、私もそう思っているわ。元の世界に帰れずこのゲーム内で死んで、現実世界でも私が死んだら、私の母はどうなってしまうのかしら?」
「だ、だからとりあえずクエストを一生懸命……」
「私には、そんなに焦っているようには見えないわよ。瀬津那ちゃんは、彩雨ちゃんと楽しく遊べていいな、くらいにしか……」
「……確かに彩雨ちゃんと、一緒にゲームができて……舞いあがってる部分はある。このゲームをきっかけに、僕は彩雨ちゃんと話すことができたんだ。それに、僕は、どんな敵が出てきても大丈夫だから」
「瀬津那ちゃんは、この世界から本当に帰ろうと思っているのですか? 本当に帰ろうと思っているのでしたらもっと……」
その時、僕とアエイスの二人に連絡が入った。
僕に詰め寄っていたアエイスが、少し離れる。
遥からの連絡だ。
「今から開けるよ!」
遥の声。
そして、ゆっくりと鉄の扉が開いていく。
その中には、身長3mはあるだろうか、キングゴブリンアルティメットであろうモンスターがいた。
かなり好戦的なモンスターらしく、僕らの姿を見ると同時にこちらに駆けてきた。
アエイスは何歩か下がり、僕に補助魔法をかけようとする。
……が、その補助魔法がかかる頃には既に、僕の大剣がキングゴブリンアルティメットを真っ二つに切り裂いていた。
ボスを倒したことで、僕らパーティーは全員、ダンジョンの入り口に戻される。
四人は、あっと言う間に合流した。
「クエスト完了しました」
と、耳元で音声が流れる。
皆も同じように、それが聞こえたようだ。
そして、遥と彩雨ちゃんは、一切ダメージを喰らっていないようだった。
僕らも喰らってないけれど。
「倒すの速いな、瀬津那。あたしらがスイッチ押してから10秒くらいしか経ってなかったぞ……」
と、遥は僕に言う。
彩雨ちゃんがニコニコしながら僕のことを見ていた。
何という瞬間だろう。
僕はこのために生きていたのかもしれない。
「僕とアエイスがいた方では、銃声だけが半端なく聞こえてきてて逆に心配になったけど……。彩雨ちゃんは大丈夫?」
「わたし、何か右耳が聞こえにくくなってきた……」
「耳を治す魔法は、あいにく、持ち合わせていないですわよ……」
相変わらず余裕のクエストであった。
僕らは街へと戻っていく。
僕、遥、アエイス、彩雨ちゃん。
この最強の四人がいれば、負けることはない。
どんなことが起こっても大丈夫。
そう思っていた。
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