第8話 チートの闇へと堕ちてゆく者

「今ここにあるやつは、この前まで僕が増殖バグでずっと能力値を高めていた装備だ。まだまだ高くする予定だったんだけどね」



 持ってきた装備を無造作に地面に並べて、僕は言った。

 遥はそれらを手に取って見ている。

 アエイスは、画面を出してその装備のパラメータをチェックしたりしていた。



「瀬津那……。瀬津那の分はいいのか?」



 その装備たちを見ていた遥が、顔を上げて言う。

 このバグ装備たちは誰かに見せたりしなかったから、遥も見るのは初めてということになる。

 なので、こういうのが好きな彼女は、いつになくワクワクした表情を見せていた。



「僕は既に物理攻撃、物理防御、魔法防御、命中、回避は上限突破してるから……」


「すごいですわね……」



 アエイスは指輪をまじまじと眺めている。

 彼女は、指輪とか腕輪が似合いそうな恰好だ。

 現に、装備品なのかどうか分からないが、そういう装飾品を既にジャラジャラとつけていた。



「物理防御と魔法防御を同時にこなす盾なんて……初めて見ましたわ……」


「それは僕が、ゲームがもうちょい発展したら出していこうと思ってたやつだよ」


「普通の盾なら……物理か魔法かに寄るものですのに」


「瀬津那、何で瀬津那は魔法攻撃上限突破の装備を一つも持ってないんだ? 瀬津那が今装備しているやつも、ここにあるやつも魔法攻撃上限突破だけがない。増殖バグの手間としては同じことだろ?」


「あぁ……。それは、僕が魔法あんまり好きじゃないんだよね」


「あたしだったら魔法攻撃力を上限突破させて遠距離から相手を倒すとかしたいけどな」


「僕は物理的に相手を倒したいんだよ。何というか……直接倒したいんだ。その方が勝ったという気がするから」


「瀬津那は何か相変わらず趣味悪いな」


「すいませんでしたね。じゃあ装備を分けよう。今ここにあるのは四つ、ここにいるのは僕を抜いて三人だから……」



「私は、いらないわよ」



 アエイスが髪をかきあげながら、そう言った。


 僕と遥は思わずアエイスの方を見る。

 彩雨ちゃんも皆に合わせてアエイスの方を見た。



「え? 僕はそれでもいいけど……いや……それだと結構厳しくない?」


「私は、回復役だし、回復役としてはこのサーバーで1,2を争うプレイヤースキルがあるって自負があるわ。バグ装備を使わなくても十分戦えるわよ。それを見せてあげるわ」



 アエイスはその長い、ややウェーブがかったブロンドの髪を再度かきあげる。

 遥は空中に出した画面で、僕の装備のデータを細かく読んでいた。

 そこまで見られるとちょっと恥ずかしい。



「いや、でもやっぱり……。僕は、装備はあった方がいいと思うけど……」


「瀬津那、アエイスがいいって言ってるんだからいいだろ? 装備をさっさと分けよう。あいつは、バグだとか、そういう曲がったこと嫌いだから。今はそんなこと言ってられないと思うけどな」


「そ、そうか……。じゃあ、この銃と、盾と、指輪と、腕輪。遥と彩雨ちゃんで分け……」


「瀬津那ちゃん、ちょっと待った方がいいですわ。彩雨ちゃんが、全然分かっていない顔ですわよ」



 そう言われて、彩雨ちゃんの方を見てみる。

 確かに、何も分かっていないであろう顔をしていた。

 可愛いから何でもいいけど。


 

「も、もう……、わたし……、何が何だか……」


「じゃあ私が説明するから、聞いていてね」



 アエイスが、彩雨ちゃんに丁寧に話し始める。

 歳は同じはずだが、まるで、親子のようにも見えた。

 優しい世界……。



 アエイスが、この世界のパラメータについて、彩雨ちゃんに話し始める。


「じゃあ私が軽く説明するわよ。この世界には6つのパラメータがあるっていうのはさっき聞いたわよね? 物理攻撃力と魔法攻撃力は、その名の通り、直接打撃する方が物理攻撃力。魔法の攻撃力は魔法。防御力も同じ。あとは命中と回避があって、その今言った、攻撃が当たるかどうかは命中にかかっていて、これがダメだったらかなり厳しい戦いになるわ。回避は、攻撃を回避できる。全部攻撃を回避できれば、ダメージはないわ。HPが残り5%になったら自分自身が点滅し始めるの。0%になったら、動けなくなるわ。まぁ私がいれば、そう簡単に死なないわよ」


「…………はい。分かりました。アエイスさん」



 彩雨ちゃんは絶対分かっていない。

 絶対。



「あ、アエイスさん。その……、HPっていうのが0になって動けなくなるっていうのは、どのくらいの間動けなくなるんですか?」


「前までの仕様だったら、動けなくなって、ちょっとしたら、最後に立ち寄った街に飛ばされたわ。今の仕様だと……。どうなるか……」


「まぁ、多分死ぬだろうな! この世界からオサラバだな」



 手に取っていた盾のデータを調べながら、遥はそう言い放つ。

 遥が出しているその画面をちらりと見ると、彼女はさっきよりもより細かいところまで調べているようだった。

 それは、僕でさえ見たことのない画面であった。



「え、ほんとに……死んじゃうって……ことですか……」



 彩雨ちゃんは悲しそうな顔をする。

 僕がこのゲームに誘ったんだ。

 絶対にそんな風にはさせない。



「遥、彩雨ちゃんを煽るの、やめてくれ」


「事実を言っただけだよ、あたしは」


「事実かどうか、まだ分からないよ」


「……まぁ、そうだな、すまん」


「彩雨ちゃん。心配しなくて大丈夫だよ。僕もいるし、アエイスがいるから。アエイスは腕利きの回復役だし」


「瀬津那くんは……強いの……? あんまり強そうには……」



 なかなかショックだ……。

 でもそう見えても仕方ない……。

 僕はどうせ変なオタクだしな……。



「ま、まぁまぁ強いよ。僕は……」


「瀬津那くんはちょっとアレだけど……。アエイスさんはとっても頼りになりそう~!」


「あら、いい子ですわね。私は頼りになるわよ」



 自分で言うか……。

 とも思うが、しかし、アエイスはそのくらいのプレイヤーでもあった。

 回復役というのは一見地味だが、何の補助魔法をかけるのかだとか、回復のタイミングだとか、状態異常になった時はすぐそれを解除したりなど、臨機応変さが求められる役割でもある。

 プレイヤースキルも必要だ。 

 アエイスはそれが優れていた。



「アエイスさん、じゃあ、わたしを守ってください~!」


「可愛いですわね、彩雨ちゃんは。……絶対、私が彩雨ちゃんを守りますわ。大丈夫」


「本当ですか~?」


「私は、自分で言ったことは守るわよ」



 僕はバグ装備の分配を始めた。


 最初、彩雨ちゃんに命中上限突破の指輪を装備させようかと思ったのだが、彩雨ちゃんに指輪は装着できなかった。

 装着できないということは、もう既に装備している指輪があるということになる。

 かと言って、彩雨ちゃんのメニューの「装備」のところを開いても何も装備していないと表示される。



「不思議だな……」



 僕はついそう口に出す。

 彩雨ちゃんも不思議そうな顔をした。

 遥は僕が手に持っているその指輪をじっと見ている。



 そこでアエイスが髪をかきあげながら言う。



「そうですわね。「装備」の中に「外す」コマンドがない以上、何もつけていないということになるのですが……。指輪を装備できないということは、既に指輪をしているという状況になるわけですわね……」


「彩雨ちゃんには腕輪の方をあげよう」 



 そうして、バグ装備の分配を終える。



 僕は、変わらず魔法攻撃力以外が上限突破ステータス。

 遥は、物理防御と魔法防御が上限突破した盾、命中が上限突破した指輪。

 彩雨ちゃんは、物理攻撃力が上限突破した銃、回避が上限突破した腕輪。

 アエイスは、そのまま。



 僕はオールラウンドなステータス。

 アエイスは回復役。

 遥はいわゆる盾のような存在で攻撃力があまりなく、

 彩雨ちゃんは当たれば一撃で倒せるが当たりづらい。


 という、バランスが良いのか悪いのか分からないパーティーになった。

 ちなみに彩雨ちゃんは、腕輪に関しては難なく装備できた。

 やはり、あのニャソ子の指輪が少し変なのだろう。



「瀬津那、この盾、いいな」



 遥は、盾をつけた腕をグルグルと回す。

 盾とは言っても、肘に装着するタイプの盾だ。

 遥が着ている赤茶色のドレスによく似合っている。



「アエイスさん、この銃の使い方、分からないです……」


「あぁ、このマスケットタイプの銃はですわね……」



 彩雨ちゃん……。

 僕の装備なんだから僕に聞いてくれてもいいだろう……。


 何だか彩雨ちゃんは、すっかりアエイスに懐いてしまったようだ。

 それにしても、セーラー服にマスケット銃……。

 何て素晴らしい。

 世界遺産だ。



 と、ここでようやく、4人パーティーでプリーンを倒しに行くという大冒険の準備が整ったのであった。





アルカディア・オデッセイ -さいしょの平野-




 はじまりの街の北側には、平野が広がっている。

 名前からして、初心者臭漂う平野だった。

 本当に、何もない平野だ。

 あるのは、遠くに見える山や、木くらい。

 だいぶ周りは静かで、他のプレイヤーの姿すらなかった。

 皆はさっさとプリーン討伐を終えて街に帰ったのか。 



 ズシャア!



 少し遠くで気持ちの良い音がした。


 すると耳元で、 



「クエスト完了しました」



 という声が聞こえる。



 ここのプレイヤーは、羽がついた片耳だけのヘッドホンのようなものをつけることになっている。

 そこに運営からの声が届けられるのだ。



 右前方の、やや離れたところに、遥が立っている。



「おーい、やっといたぞ! 瀬津那、見てたか? あたしのカッコイイとこ……」



 遥が髪飾りの位置を直しながら、ゆっくりとこっちに戻ってきた。

 彼女は双剣を腰の鞘に収める。

 彩雨ちゃんは、目を真ん丸にしてその一部始終を見ていた。



「遥、加速ツール使うの、ちょっと今は控えといてくれないか……」


「何でだよ?」


「遥、今、3~4倍の速さは、いってただろ」


「そんなに遅くないな、5倍のやつ、使ってみたんだけど」


「あのさ……鈴木を見てただろ。あいつは消えちゃったんだ」


「鈴木みたいに目立たなきゃいいんだろ? あたしはあんな派手にやらない」


「僕は怖いんだよ。遥まで死んでしまったら、つまりこの世界から消えてしまったらと思うと……。だから、……1,5倍までだ。加速度を1,5倍までにしておいてくれないか」


「そんなのハエが止まっちゃうだろ。いや、アリが登ってくるな」



「遥さん!」



 彩雨ちゃんが叫んだ。

 いつになく、真面目な表情を見せている。

 優しく吹く風が、彩雨ちゃんの長い髪をサラサラと揺らしていた。 



「詳しいことはよく分からないですけど……、わたしは遥さんが消えちゃうのは嫌です……」


「……まぁ、皆がそこまで言うなら……仕方ないな。1,5まで落とす。……あと、彩雨?」


「は、はい……」


「服のどっかに、片耳だけの小さいヘッドホンみたいなのが入ってないか? 羽がついてるやつ」


「あ、ありました」


「それを片耳につけて。皆それで通信したり、運営からの情報を聞いたりするんだ」


「ありがとうございます!」


「というか、クエスト終了のお知らせは今まで通り、ここにくるんだな」



 遥は、自分の片耳についているヘッドホンを指差しながら言う。

 彩雨ちゃんは、少々戸惑いながらもそれを上手いこと装着していた。

 やっぱり彩雨ちゃんは何でも似合う。



「そうだね、クエストの開始に関しては皆に伝える感じだったけど……、まぁ終わりはそれぞれ違うからかな」


 と僕は言った。



 クエストが完了してからしばらく、彩雨ちゃんの指輪が赤く点滅していた。

 どうやら、アエイスもそれに気づいているようだった。

 彩雨ちゃん自身は気づいていなかったが。


 僕はアエイスと目が合って、お互い、首をかしげる。

 不思議な指輪だ。



 ……もしや、ニャソ子が街に復活しているのだろうか?





アルカディア・オデッセイ -はじまりの街-




 僕らは街へと戻る。

 戻ると言ってもちょっと街を出ただけだったので、戻ってくるのは一瞬だ。

 僕が初めてプレイしたオフラインのRPGは仲間が4人だったから、こうして4人で街中を歩くのは、何だかしっくりくる。


 僕らはニャソ子のいた場所を通過する。

 相変わらず、ニャソ子はそこにいなかった。



「で、僕たちは何をすればいいんだろう……」


「ニャソ子がいた頃はクエストが終了したら報酬をもらいにいって、それで新たなクエストがもらえたんだけどな……あたしはもう、今のこの世界は分からんな」


「さっきはあんなに街の人たちがいたのに、何でこんなに減ってるんだろ……僕の気のせいかな」


「あたしが思うに、もう皆死んだんじゃないのか?」



 赤茶色のストールをいじりながら遥が言う。

 その一言で、皆のテンションが下がったような気がした。


 そこでアエイスが口を開く。



「恐らく、他のパーティーには他のパーティーのクエストが個別に出ているのではないですか? 死んでどこかへ行ってしまったなら、もっとこの街はパニックになってるのではないかしら」



「クエスト……4人パーティーで『キングゴブリンアルティメット』を1体倒せ」



 アエイスが喋り終わるのと同時くらいに、運営からの通信が耳元で聞こえる。

 この音声の主が運営なのか、今となってはよく分からないが……。

 今はそんなことを気にしている暇はない。



「僕は今次のクエストが聞こえたけど、皆はどう?」



 遥とアエイスと彩雨ちゃんは、頷いた。

 皆にも聞こえていたようだ。


 彩雨ちゃんがマスケット銃の具合を確かめる。

 先ほどアエイスに教わった何かをしているのだろう。

 それをアエイスが何となく気にしてあげていた。



「僕はそんなやつ倒したことないんだよな……クエスト……あんまやってないから……」


「あたしだってないな」



 僕と遥はクエストもやらず、チートに溺れた典型的なダメプレイヤーだ。

 言うなれば僕らは、チートの闇へと堕ちていった者たちだ。

 重い十字架を背負って……。



「キングゴブリンアルティメットがいるのは、この街の南にあるダンジョン。名前は『南のダンジョン』ですわ」



 と、アエイスが言う。

 相変わらず、名称が酷いな……。

 仮の名称のまま、ここまで来てしまったのか。



「このダンジョンはちょっと複雑な形をしているのですわ。三階建てで、左と右の入口が二つあるのですわ。両方とも一本道で三階まで行けます。ボスがいるのは、右側ですわよ」


「じゃあ皆で右側に行きましょう~!」



 彩雨ちゃんは、マスケット銃を持つ右手を高々と挙げ、なぜかノリノリでそう言う。

 彼女に影響されやすい僕は、一緒にノリノリな気分になった。

 いえーい。



「ボスのいる扉を開けるには、左側の入り口から入って三階に行き、スイッチを押さなければならないのです」


「え、じゃあ、左から入ってスイッチを押してまたダンジョンの外へ出て、また皆で右に入って行けってこと? あたしはそんなの面倒くさいな!」


「ですので、2人ずつに分かれるのはどうでしょう? 同時に入っていって、左の人がスイッチを押す。右の人がボスを倒すという」


「半分の時間でクリアできるってわけか! それはいいな! じゃあどうやって2人ずつに分かれるんだ?」


「それは、公平を期すために、あみだくじでしょう!!」



 アエイスは曲がったことが嫌いで、公明正大を絵に描いたような人だ。

 地面にあみだくじを描き、2人ずつのチームに分けることとなった。



 何だか殺伐としていくアルカディア・オデッセイ。

 でも、このパーティーの中にいると、どこか平和を感じることができた。


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