第6話 version 2.4、新世界にて

 

 流石、鈴木はベテランだ。

 マップを完全に知り尽くしている。

 ホワイトカモミールは、門付近の集中砲火のためにだいぶ人員を使っていた。

 そのため、ストーン付近を防衛するプレイヤーは少なくなっている。



 鈴木がストーン前に到着すると、そこには三人のプレイヤーが待ち構えていた。

 彼らの装備を見る限りでは、全員対人特化型のプレイヤーだ。

 全員長槍を持っている。

 あの集中砲火を抜けるのが大人数ではないと想定しての三人なのか、それともこの三人がかなりの強さを誇るため、これで十分防衛できると踏んだのかは、分からない。


 鈴木は、ゆっくりとその三人に向かっていく。

 三人も、鈴木を取り囲むようにゆっくりと歩みを進める。

 それにしても、鈴木の全身赤のスタイルは目立つ。

 鈴木が両手で持っている日本刀がギラギラと光った。



 戦いが始まった。

 相手が3人ということで、鈴木も慎重になっている。

 そしていくら鈴木とはいえ、見るからに上手そうな対人特化型三人を相手にするのはキツそうだ。

 何とか1対1に持ち込むことができれば、鈴木の独壇場だろう。

 どうでもいいが、鈴木はいつもサングラスをかけている。

 戦う時には邪魔すぎるだろうと思うが。 



「瀬津那くん。何だか、『戦い』って感じがするね~」 


「そうだね……。感じっていうか、戦いではあるんだけどね、一応……」



 その時、鈴木が画面からパッと消えた。



 その瞬間、一人が崩れ落ちるように倒れる。

 鈴木の高速の攻撃が当たったのだ。

 回避しきれなかったのだろう。

 死んではいないが、瀕死状態となり、点滅している。


 鈴木は細かい攻撃を高速で当てていくタイプだ。

 攻撃力はそこまで高くないと思っていたが……十分高いじゃないか。

 また腕を上げたのか。


 鈴木は戦いのペースをつかみ、その、瀕死だった一人を難なく倒す。

 そしてかけていたサングラスを直した。


 加速ツールは、加速すればするほど単純に強くなっていくというわけではない。

 そのぶん、プレイヤースキルが必要になってくるのだ。

 自分の速さに自分が追い付けなくなってしまうからである。

 よって、加速ツールを使用したままの戦いは、実際使う側としてもかなり難しい。

 鈴木はそのあたり、かなり上手く制御している。

 加速ツールを使用する戦闘に関しては、遥よりも鈴木の方が強いだろうなと僕は思った。



 そしてもう一人……、鈴木によって呆気なく倒された。

 この短い時間で、鈴木は相手の戦法を掴んだのだろう。

 流石だ。 



 鈴木の攻撃が当たるたび、広場では歓声が上がる。

 彩雨ちゃんまでもが、それに乗せられるように盛り上がっていた。



「瀬津那くん、すごいね~! あの人!」



 何だか鈴木に無性に腹が立ってきた。

 ここは遥が作った5倍速ツールを使って、僕が鈴木をコテンパンにするしかない。


 

 しかし、鈴木は、長槍トリオ最後の一人に手こずっていた。

 その相手は、僕も見たことがあるプレイヤー「ペガさス」だった。

 頭からつま先まで全身を鎧で覆い、長い槍を自在に扱う彼。

 鈴木のほとんどの攻撃を回避していく。

 ペガさスはかなり回避にステータスを振っている。

 全身鎧の見た目とは裏腹に、当たれば脆いやつなのだが……。


 ペガさスの目が鈴木に慣れてきたようで、ペガさスの長槍が鈴木に直撃した。

 鈴木の加速が終わるところを見切ったのだ。

 鈴木は一気に瀕死となった。


 ペガさスは、命中・回避にステータスを割いているから、攻撃力が低い。

 防御力の低い鈴木でも何とか命拾いしたというわけだ。



「あの速い人……負けちゃうかな……」



 今の僕は鈴木に負けてほしい気持ちが大きかった。

 彩雨ちゃんに応援してもらえるとは何事か。

 鈴木なんかより、僕の方が強いし。



「まぁ、そんな時もあるよ。いくら強くても、運が悪いときは……」



 僕がそう言っている間に、アエイスが鈴木の元に到着する。

 ホワイトカモミールの包囲網を突破し、援護しにきたのだ。

 彼女はそこに着くやいなや、詠唱し始める。

 回復魔法だ。

 杖を持つ両手と、杖の先端が青色に光り輝く。

 そしてアエイスの長いブロンドの髪が大きくなびいた。


 鈴木は、アエイスの詠唱する姿を確認するとすぐ、ペガさスに向かって走り出した。



 鈴木は青い光に包まれ、HPが全回復する。



 その瞬間、ペガさスが倒れた。


 アエイスがどう出てくるかというところに、気を取られていたのかもしれない。

 ダメージを負っている鈴木は突っ込んでこないと思って少し油断していたのもあるだろう。

 いずれにせよ、見事だった。



 そして、鈴木は、そこにあったオデッセイ・ストーンを破壊する。

 これで、あと4つである。

 あと4つを制限時間以内に壊せば、闇のダークネスの勝利。

 なかなか厳しいところだが。



 西門付近の集中砲火も大人しくなり始めていた。

 しかしそれは闇のダークネスの人員がもうほとんどいなくなっていたからだった。

 そこに残された闇のダークネスのメンバーは、必死で最後の抵抗を試みている……。


 そしてカメラが切り替わり、加速する鈴木が映る。

 というか、皆が見ている前で堂々と加速しすぎだろう。



 なんてことを思っていると、広場にいた者がどよめく。



「何だ何だ!?」


「どうなってるんだ?」


「おい、どうした!」



 急に、バトル中であった両ギルドのプレイヤーが、全員どこかへ消えたのだ。 

 どうしてこうなったのかは僕にも分からなかった。


 彩雨ちゃんも、顔にハテナが書いてある。

 遥は黙って赤茶色のストールをいじっていた。



「何があったんだろう?」



 僕は、隣にいる遥に問いかけた。

 遥はこの状況をそこまで気にしていないようにも見えた。

 肝が据わっていると言うべきであろうか。



「……さあ……」



 遥はそう答える。

 観衆のざわめきが、ますます大きくなってきた。


 そんな中、彩雨ちゃんが僕に話しかけてくる。



「え、全員消えちゃったけど……。もう終わりなの?」



「いや、ストーンは全部で5個で……。今1つ壊したから、あとストーンは4個のはずだ。まだ終わるような時間じゃないんだよね」



 続いて、大型ビジョンの映像も消える。

 バトルは中断されたようだ。

 こんなことはかつてなかった。



 どよめく観衆。

 そして世界に、



「バージョンアップメンテが完了しました。アルカディア・オデッセイ version 2.4 」



 という機械音声が響き渡った。

 一体どういうことなんだ。

 何が何だか分からない。



「メンテ……? 遥、何かおかしくないか?」


「そうだな……何だろうな」


「メンテ中は皆ログアウトしなきゃいけないはずだよ。その始まりの通知もなく、メンテ完了の通知って……。少なくとも僕は経験したことないぞ……。これは何か変だよ」



 まわりを見渡すと、広場の一部のグラフィックがおかしくなったり、建物の壁が歪んで点滅している箇所などがあった。

 これは、何かおかしなことが起こっている。



「お、おい、ログアウトできなくなったぞ!」



 街にいたプレイヤーの叫ぶ声が聞こえる。

 それを聞いて僕も、ログアウトのためのゲートを出現させようとした。

 ……が、それは出てこなかった。



「あれ、……僕もログアウトできなくなってるんだけど……」



 ログアウト不可能。

 これは、このゲームに閉じ込められてしまったということなのか。

 そんなことが起こりえるのか?



「遥、これ、どうしたらいいんだろう」


「どうしたらって……。慌ててもしょうがないだろ。とりあえず落ちつくことだな……」



 遥はこの危機的状況でも、相変わらずな感じだった。

 彼女の赤茶色のストールが、風でこっちになびいてくる。

 それは何だか良い香りがした。



「まぁ、僕が思うに、一時的にログアウトできなくなっただけ、というところだと思う。とりあえず今は落ちつこう。特に僕らがすべきこともないし」



 正直何の根拠もなかったが、彩雨ちゃんを誘ってしまった手前、「帰れないかも」なんてことは言えなかった。


 ……しかし何かあっても、僕はサーバー最強の実力があるんだ。

 慌てることはない。



「緊急クエスト発生! 緊急クエスト発生!」



 また、機械音声がゲーム内に響き渡る。

 緊急……。

 何か大変なことになりそうな、そんな気配だ。



「何だろうな?」



 そう言いながら遥は、双剣の具合をチェックしている。

 遥は、髪飾りやストールをいじったりと、常に何かしていないと落ちつかないタイプなのだ。 



 そもそもゲーム内において、機械音声で指示を受けるなんてことはない。

 急ぎでない情報は、掲示板に書いてあったり、NPCが言ってくれたりする。

 逆に本当に急ぎの情報の場合は、僕らは他プレイヤーと通信ができる機器を持っているのだが、そこに運営からの音声が直接入ってきて教えてくれるという具合だ。



「4人パーティーを組み、モンスター『プリーン』を1体倒せ」



 と、世界に響き渡る機械音声は続けた。

 不気味なエコーがかかっている。


 もはや何かのいたずらであってほしい。



「プリーンかよ……」



 遥はそう言って苦笑いした。


 プリーンは主に序盤に配置されている、ザコキャラである。

 彩雨ちゃんでも余裕を持って倒せるレベルだ。



「ていうか何で4人パーティーなんだろう……。プリーンくらい、僕一人でもいけるよ。ていうか、誰だっていけるよね」



 オデッセイ・バトル強制終了。

 ログアウト不可能。

 謎のメンテ完了。

 そして謎のクエスト発生……。



 一体何がどうなっているんだろう。



 広場はまだどよめいていた。

 こんなことは初めてである。

 ただのバグにしては……何だか変な空気だ。



「僕ら、ここにいたってやることないから、とりあえずプリーンを倒しにいこうか」



 と言って僕は立ち上がる。

 関節がパキパキと音を立てた。

 もう歳かもしれない。

 若返るバグ技をはやく見つけないと。



「あたし、プリーン倒すのなんて何か月ぶりだろ。ゲーム始めた頃に倒したっけな。瀬津那がいるなら一緒に行くよ!」



 遥がそう言いながら、僕の肩をパンと叩いた。

 めちゃくちゃ強い力だ。

 僕はその衝撃で前に何歩か進む。



「ちょっと待って!」



 彩雨ちゃんが腰をかばいながら立ち上がり、僕らを止める。

 彼女のミニスカートには、座っていたことによる癖が少しついていた。

 彩雨ちゃんが待ってと言うなら、僕はいくらでも待つ。



「彩雨? 何だよ?」



 もう既に双剣を鞘から抜き、まさに走り出そうとする遥が尋ねた。

 急に止められた彼女は、その場で少し足踏みする。

 その仕草は可愛らしかった。



「わたしたち、三人しかいませんよ……」



「確かに!」



 僕と遥は同時にそう答える。

 彩雨ちゃんの言う通りだ。


 もう一人は、どうしようか……。

 野良で募るか……?



「瀬津那くん……、何だかさっきより空が暗いよ……」



 空を見上げてみると、確かに暗くなっていた。

 天気までも不気味に変わってしまった。

 そういう演出であると、信じたい。

 一体このゲームはどうなってしまうのだろうか。



 それにしても、怖がる彩雨ちゃんは、とても可愛い……。



「瀬津那ちゃーん!」



 遠くの方から僕を呼ぶ声がする。

 声のする方を見てみると、金髪の美少女がこちらに手を振りながら走ってくるではないか。

 僕も随分人気者になったものだ。

 ……と思っていたら、それはアエイスであった。



「皆無事かしら?」



 髪をかきあげながら、アエイスが言う。

 ちなみにアエイスの髪をかきあげる行為には、何か特に意味があるわけではない。 

 ただの癖だ。



「アエイス、心配したよ。ビジョンで中継してるやつ見てたんだけどさ。何か皆急に消えちゃうし……。オデッセイ・バトルが中止されることなんて今までなかったよね」


「そうね。私が鈴木と、ペガさスを倒したところまでは見てたかしら? その後鈴木が加速して私より先に行こうとして……、そうしたら彼、私の見ている前で消えたのですわ」


「じゃあ、鈴木が加速ツール使って、ゲーム内システムとかがその異常な加速に耐えきれなくなってバグって、バトル終わっちゃったんかな?」


「もしかしたら、そうかもしれないですわよ。本当に……。鈴木が消えた直後に、私は強制的にピリカの入り口、つまり、通常オデッセイ・バトルで死んだら飛ばされる場所に飛ばされたのですわ」


「鈴木は消えて、アエイスは入口に飛ばされたってことか……?」


「そういうことなのですわ。私がそのピリカの入口に飛ばされて、まわりを見たら、オデッセイ・バトルに参加していた人達全員がそこにいたのですわよ。ペガさスはもちろん私らが倒したからそこにいましたけれども……。でも鈴木はいなかったですわ」


「鈴木は少し心配だけど、僕はアエイスが無事でよかったと思うよ」


「本当に鈴木はバグで消されてしまったかもしれないですわね……」



「その話聞いてて、あたしが思うのはさ……」



 遥が双剣を鞘に収めて、会話に入ってくる。

 彩雨ちゃんは、空の暗さをまだ気にしているようだった。

 空がこんなに暗くなるのは初めてである。 



「あたしが思うのは、鈴木はアカウント停止処分受けたんじゃないかってこと。あんなに目立つところで加速ツール使ってたんだから、当然だろ?」


「確かに。僕が運営だったらあれは見過ごせないかもしれないな……」


「それで、運営がアカウント停止処分を下したんだけど、オデッセイ・バトルの真っ最中だったから、システムのどこかがおかしくなっちゃったんだ。そして鈴木は消えて、プレイヤーは全員外に出された……て感じじゃないか? あたしの推理だけど」


「本当にそうかもしれないですわね。それなら一応、説明がつきますわ……」


「鈴木……、僕の1,5倍くらいの加速度にしておけばよかったものの……。あんなに目立つことするから……」


「でも……今アカウント停止処分をくらったとしたら……一体どうなっちゃうのかしら。もう元の世界に帰れないような気がするわよ……。 だとすると鈴木は……?」



 鈴木のアカウント停止。

 明日は我が身、であることを自覚する。

 もし、僕が鈴木のように目立った行動をとってしまったら……。

 今、この世界で消えることは、現実世界でも消えてしまうことになるのかもしれない。


 ここにいる皆、誰一人として欠けてほしくない。

 そう、僕は強く思った。

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