第5話 システム崩壊へのカウントダウン

「思いっきり地面にお尻ぶつけちゃったよ~。その衝撃で腰も痛いし……。いったたた……」



 彩雨ちゃんは僕を見つけ立ち上がり、ゆっくりとこっちに歩いてきた。

 セーラー服のスカートが、わずかに風になびく。

 はじまりの街は、もう少し風が吹いても良いだろう。



「僕もその地面になりたかっ……いや、大丈夫? ずいぶん変なとこから出てきたね。普通はもっと平和にログインできるんだけど……」


「え、そうなの……? いたた……」


「彩雨ちゃんは、元々腰痛持ちっぽかったしね」


「瀬津那くん、何でそれ知ってるの……?」



 まずい。


 学校で後ろから見ていた時に、よく腰のあたりを叩く彩雨ちゃんの様子を見ていたから知っているのだ。

 ……完全にキモい人じゃないか。

 こういう時、何て答えればいいんだ……。



「あらあなた、彩雨ちゃんって言うのかしら……? そう……。初めてなのね。ちなみに私はアエイスと言いますわ。よろしく」



 アエイスが彩雨ちゃんに自己紹介をして、深くお辞儀した。

 ブロンドの、ウェーブがかった長い髪が揺れる。

 アエイスの挨拶により、彩雨ちゃんとの会話がキャンセルされた。

 救世主である。



「あ、どうも……。こちらこそ、よろしくお願いします」



 彩雨ちゃんも、丁寧なお辞儀を返した。

 つい、その彼女の細い脚に目がいってしまう。

 しょうがないことなのだ。



「私、これからオデッセイ・バトルがあるのですわ。瀬津那ちゃん、彩雨ちゃん、またそのうち会いましょう」



 アエイスが右手で髪をかきあげながら、そう言った。

 彼女はよく髪をかきあげる。

 僕はそれが好きだった。



「アエイス。オデッセイ・バトルに参加するってことは、どっかのギルドに入ったの?」



 去ろうとするアエイスに、僕はそう尋ねる。

 既に僕たちから背を向けていた彼女は、こっちに振り返った。

 彼女のウェーブがかったブロンドの髪が大げさに揺れる。



「『闇のダークネス』に一時的に入っていますわ。傭兵として、ですけれどもね」



 アエイスはそう言ってお辞儀をし、オデッセイ・バトルへと向かっていった。

 彼女の後姿は、どこか頼もしげだった。

 回復役なのにあそこまでの威圧感を出せる人など、なかなかいないだろう。



 傭兵というのは、そのギルドをバトルの間だけ手伝うといったような、一時的な戦闘要員のことである。

 ちゃんとそのギルドに入っているというわけではないが、こういったバトルの時はアエイスのような回復役は重宝されるから、傭兵としてそのギルドに一時的に加勢するというのは珍しいことではない。



「え……瀬津那くん、あのアエイスさんっていうのは何者……? 知り合い?」


「知り合いだよ」


「同じ学校にいる人?」


「いや、いないけど……。ゲーム内だけの知り合いだよ」


「そ、そうなんだ……。そういう知り合い方もあるんだね……。バトルがあるとか言ってたけど、戦うの~? 怖いね……」


「いや、全員強制参加とかそういうのはないんだよ。戦いは、やりたい人だけがやってくれればいいって感じ。街中とかでいきなり魔法攻撃されたら嫌でしょ? そういうのはないようになってる。PvPエリアというのがあって、その領域でしか他人を攻撃することはできないよ」


「うん、よく分かんないけど、瀬津那くん……、めっちゃ詳しいんだね……」


「だから、対人とかしなくても、街でチャットするだけだったり、定期的に課されるクエストをこなしていったり、色々な楽しみ方があるゲームなんだよ」



 我ながら、よくもここまでペラペラとこのゲームの良いところが出てくるものである。

 ゲーム運営側から宣伝費をもらいたい。

 将来はそういう仕事に就こう。



「あ、瀬津那くん! そういえば、ニャソ子はどこにいるの?」


「……………………」



 僕は固まってしまった。

 なぜなら、ニャソ子が普段いる場所は、まさにこのあたりだったからだ。

 なぜか、今日はここにいないのだ。



「ふ、普段はここにいるんだけどね……。でも、もう少し経ったら来るよ!」


「……楽しみ!」



 ニャソ子がいないなんて前代未聞だ。

 正直、いつ来るのかなんて分からない。

 しかし、今はとりあえずこう言っておくしかなかったのである。

 これほどニャソ子にここにいてほしいと思ったことはなかった。


 僕たちがそんな話をしていると、街の人たちが一斉にどこかへ移動していく。



「瀬津那くん、わたしたちも行く?」


「うん。行こうか。行ったらきっと、面白いものが見られるよ」


「面白いなら見に行こうよ~! 瀬津那くん、そこにニャソ子もいる?」


「も、もしかしたら見にきてるかも!」



 それには何の根拠も無かった。

 彩雨ちゃんの手前、ついそう言ってしまっていたのだ。 



 オデッセイバトルはこの『アルカディア・オデッセイ』内で一番盛り上がるコンテンツだ。

 週に二回、水曜日と日曜日に行われる。

 水曜日はピリカ、日曜日はバミューダというステージで、今日は水曜日なのでピリカ戦ということになる。

 掲示板によると、今日は、「ホワイトカモミール」vs.「闇のダークネス」の戦いであるらしい。

「ホワイトカモミール」が防衛側で、挑戦者でもあり攻撃側は「闇のダークネス」であった。

 ホワイトカモミールというギルドはオデッセイ・バトルの常連で、むしろそれ用に特化して結成されたギルドであった。

 勝利したギルドは、次のバトルまで一週間そこを占領できることから、ピリカの方はずっとこのホワイトカモミールが独占している状態だ。

 ピリカと言えばホワイトカモミールの場所という状態になっているので、闇のダークネスがどれほど強いのか知らないが、バミューダの方に挑戦すればよいのにと個人的には思う。

 バミューダは特にどこが独占しているということもなく、割と流動的なところがあるからだ。





 僕と彩雨ちゃんは「大きい広場」へと来た。

 ここには大きなビジョンがあり、そこでオデッセイ・バトルを観ることができる。


 広場に入ると、双剣を持った赤茶色のドレスの女の子がこっちに来る。

 遥だ。 



「お、瀬津那! ……この女の子、誰?」


「この人は彩雨ちゃんと言うんだ。よろしく」



 彩雨ちゃんはお辞儀をする。

 彼女のセーラー服の襟の部分の、数本ある白いラインが見えた。

 見慣れた制服であるはずなのだが、彩雨ちゃんが着ている制服は最高だ。 



「ふーん、瀬津那はこの彩雨が好きなのか?」



 時が止まったような気がした。

 僕は彩雨ちゃんの方を見られず、遥の方を向いたまま固まった。

 遥のつけている赤い花の髪飾りを、ただ見つめていた。



「ま、いいや。その彩雨は、どうしてこのゲームに来たんだ?」



 遥は、彩雨ちゃんにではなく、僕に話しかけてくる。

 心なしか遥の機嫌が悪くなっているような気がした。

 なぜかはよく分からないが。



「抽選会……かな。この前ニャソ子の抽選会があったじゃん。それを僕が彩雨ちゃんに紹介したら、最終的にこのゲームのことをすごく気に入ってくれてさ。それで生のニャソ子が見たいってなって、今に至るよ」


「なるほど……な……」


「遥も、ほら、ニャソ子好きだよね。この前の抽選会、応募した?」


「別に指輪とかいらないからね、あたしは。何で指輪なんか……」



 そう遥が言い終わらないうちに、広場にいた人達が歓声をあげる。




 オデッセイ・バトルが始まったのだ。




 僕が座り、続いて彩雨ちゃんが僕の左隣に座る。

 彩雨ちゃんはセーラー服+短いスカートで体育座りをしていた。

 遥は僕の右隣に立っている。

 僕はビジョンよりも彩雨ちゃんの方を見たくなる気持ちを抑えるのに必死だった。



 ホワイトカモミールの隙の無い防御壁に対し、闇のダークネスは一点で突破する作戦に出たようだった。

 闇のダークネスは恐らくあまり細かい意思疎通はできないだろうから、急襲系の作戦をとったのは正解だ。

 オデッセイ・バトルは、時間内にオデッセイ・ストーンを5つ破壊すれば攻撃側の勝ち、守り切れれば防衛側の勝ちというルールだ。

 オデッセイ・ストーンがあるのは建物の内部であり、まず建物の入り口を突破しなくてはならない。

 そして防衛側はそれを突破されないようにするのである。

 建物の入り口にはいくつかあり、ピリカの場合は三つの門がある。

 東門、中央門、西門だ。

 ホワイトカモミールは人員が揃っているので、どの門から敵が来ても良いように防御の戦力を分散させている。

 闇のダークネスは全員でまとまって西門へと走っていった。



 そのあたりのルールや戦法を、彩雨ちゃんに解説する。



「へええ……。深いんだね。作戦とかあったりするの、すごいなあ」


「でしょでしょ。僕が思うにこの戦いはホワイトカモミールの防壁が……」


「よく分かんないけど、イイね~!」



 彩雨ちゃんが本当にイイと思っているかは謎だ。

 まあ、そのあたりはどうでもいいのだが。

 遥は黙ってビジョンを見ていた。 



「このゲームで一番面白いのはこのオデッセイバトルだよ。僕は当分やらないと思うけど……。楽しいものなんだ」


「何で瀬津那くんはやらないの~?」


「ギルドに属していないといけないからね。あ、ギルドってのはチームみたいなものね」


「へぇ……。じゃあそれに入ればいいのに」


「僕がいたところは最近解散したばっかだからな……。当分一人で自由にやっていくよ」


「自由か~。瀬津那くんの好きなように、作っちゃえばいいじゃん。そのチームのリーダーになってさ」


「それいいね。僕に人望があればの話だけど……。何だかんだギルドの代表ってのは大変そうだよ。まとめたり、色んなことしなきゃいけないからなぁ。僕はそういうキャラじゃないし……」


「クラスをまとめる学級委員みたいな感じ~?」


「う……うーん、まぁ、そんな感じかな……」


「あっ、瀬津那くん。さっきの人!」



 アエイスの活躍が、ビジョンに映し出される。

 皆で固まって西門を突破しようとする集団の中に、彼女はいた。

 攻撃力を上げる魔法、防御力を上げる魔法、そして回復とせわしない。

 かなりのダメージを負った仲間をナイスなタイミングで回復させていた。

 そして、同じく「闇のダークネス」側で加速ツールを堂々と使用しているプレイヤーも映し出される。

 あの加速の感じ……そしてあの赤色の和服……銀髪……サングラス……。


 鈴木だ。


 加速装置は移動速度も上がるが、攻撃速度も上がる。

 鈴木は接近戦を得意とする対人に特化したステータス。

 僕が持っているような大剣とは違い、日本刀によく似た剣の使い手だ。

 それはゲーム内で何という名称の剣なのか詳しく知らないが、とりあえず僕は日本刀と勝手に呼んでいる。


 鈴木はどんどん相手の懐に入っていって即座に倒し、道を切り開いていく。

 あまり一騎打ちしたくない相手だ。

 しかし、サーバーの中でもなかなか強いプレイヤーが集うこのバトル。

 加速ツールを使わないプレイヤーでもかなり速い。

 装備、プレイヤースキルなど一流の者たちだ。


 ホワイトカモミールはオデッセイバトルに特化した人員・作戦を極めていて、皆が役割別に動いているが、やはりその中で1対1の戦いを強いられると、闇のダークネスが一枚上手になる。

 闇のダークネスの強みはそこしかなかった。


 闇のダークネスを見た感じ、6割くらいは悪夢のナイトメア時代からのメンバーだ。

 つまり、対人戦に特化している荒くれ者たちの集いの名残がまだある。

 回復役はいるものの、アエイスとその他数人といった感じだろう。

 盾役・おとりだとかそういったチームプレイはできず、とにかく対人戦の強さを見せつけている。



 そしてついに西門が壊れた。

 闇のダークネスのメンバーが建物内部に大量になだれ込む。

 大型ビジョンでそれを見ていた者たちの間から歓声があがる。



「おー、やったね! 瀬津那くん! ここから、ボスを倒すの~?」


「ボスとかはいないけど、オデッセイストーンを5個壊すんだ」


「なるほど~」



 彩雨ちゃんは僕の話をそこまで聞いていないだろう。

 しかし、こうして話せているだけでも奇跡なのだ……。

 「いつまでもこの時が続いてくれるバグ技」の発見が急がれる。



 西門を破壊し、闇のダークネスのメンバーが建物内部に入っていくも、ホワイトカモミール側も当然のことながらそれは想定していて、その先の手を打っていた。

 敵が建物の中に入り込んだ瞬間、色んな方向から集中砲火を浴びせたのだ。

 いわゆる待ち伏せである。



「瀬津那くん、あの点滅している人は何?」


「HPが本当に少なくなって瀕死みたいになっちゃった人はああいう風に点滅というか消えかかってしまうんだ。あの時に回復させてあげないと……危険なんだ。だからさっきのアエイスみたいな回復役は、そうなっている人を優先的に回復させていく」



 オデッセイ・バトルを知り尽くしているホワイトカモミールの前に、闇のダークネスのメンバーはどんどん減ってゆく。

 回復役が圧倒的に少ないのだ。しょうがない。

もうちょっと回復役を増やし、作戦をしっかりすれば……、とは思うのだが。

 闇のダークネスのメンバーは目の前の対人戦にこだわりすぎだ。


 ホワイト・カモミールは状態異常技を駆使し、闇のダークネスの足止めを試みる。 

 状態異常に特化した部隊がいるようだ。

 まずはそこから潰した方がいい。

 相手を状態異常にすることは、オデッセイ・バトルであろうが対人戦であろうが、定石だからだ。


 そう言えばホワイトカモミールの主力の姿がまだ見えない。

 きっとストーン前の防衛ラインに温存されているんだろう。



 「あっ、瀬津那くん、何か速い人が抜けたよ~!」



 広場に拍手と歓声がこだました。

 鈴木がホワイトカモミールの包囲網を抜けたのだ。

 彼は一番近いオデッセイ・ストーンへと真っすぐ向かう。

 行く手を阻む者に回避能力が無ければ、その鈴木の日本刀で一撃だ。

 向かってくる何人かをなぎ払いながら、真っ赤な鈴木は一人で走り続ける。

 たった一人の行動が、バトル全体の流れを変えていくことだってあるのだ。


 

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