第4話 セーラー服の夢を見る

 ニャ、ニャソ子について何か他に話すことはないかな……。

 はやく新しいニャソ子の話題を……。


 頑張れ、僕。



「そ、そうだ。彩雨ちゃん。そういえば数日前、さっき言った僕がやってるニャソ子が出てくるゲームでさ。そのゲーム内で、ニャソ子グッズの抽選会があるんだ。そのお知らせが来てて……」



 僕は彩雨ちゃんにタブレットの画面を見せる。


 僕はニャソ子グッズにそこまで興味がなかったので、さっきまでそのことを忘れていたが、何てグッドタイミングなイベントであろう。

 思い出せて良かった……。



「せ、せ、瀬津那くん……。こ、これは……」



 彩雨ちゃんは目を輝かせる。

 それを見て何だか僕も嬉しくなった。



「これはね、何と、ここにあるものの中から、好きなのを選んで応募すれば(多分)当たるんだよ!」



 僕はその画面に書いてある説明を、あたかも前から知っていたかのように読む。

 その画面には巨大ぬいぐるみや指輪やタオルなどの、ここでしか手に入らない限定商品がたくさんあった。



「ヤ、ヤバいよこれ……。瀬津那くん……。これ……」


「彩雨ちゃん好きなの選んで良いよ! 僕は特に欲しいのないから……、好きなの選んで!」


「ほ、本当に……? いや、でも何か悪いし……。お金とか……」


「彩雨ちゃん、これは、やってるだけでもらえるやつだから、そういうの気にしないで!」


「え……じゃ、じゃあこの巨大ぬいぐるみが欲しい!」


「よし、じゃあこれを応募するね。押すよ」



 早速、その巨大ぬいぐるみを応募することにした。

 このゲームで何かを応募するなんて、初めてのことである。 

 今までこういうことに全く興味がなかったから。



「当たるといいな……」



 彩雨ちゃんは両手の指を組んで祈るようなポーズをした。

 細く、綺麗な指だ。

 僕も当たってほしいと切に願う。





 そして学校が終わった。

 流石に彩雨ちゃんといきなり一緒に帰るのはハードルが高すぎるため、当然一人で帰ることとなる。

 彩雨ちゃんとは家の方角も一緒だから、そのうちきっと帰宅トゥギャザーのチャンスがあるだろう。


 ありがとう、アルカディア・オデッセイ……。


 いきなりぬいぐるみを応募してあげるとか言い出した僕。

 今思い返せばちょっと痛々しいかもしれないけど、彩雨ちゃんと話すきっかけが欲しすぎてやってしまった行動だ。

 僕なりに頑張ったんだ……。


 そんなことを考えながら家に着く。

 そのままベッドに倒れこむと、寝ていなかったこともあって、すぐにぐっすりと寝てしまった。





 しっかり次の日の朝まで僕は寝ていた。

 あまりよく覚えていないが、彩雨ちゃんの夢を見ていたのは覚えている。

 学校で彩雨ちゃんと仲良く喋る僕……。

 枕にはヨダレがたれていた。


 僕は母親と二人暮らしで、母親は朝早くに仕事に行ってしまう。

 僕の部屋の前に、僕宛ての小包が置かれていた。

 母が受け取りここに置いていったものだと思う。

 昨日のうちに届いたものだろうか、それとも今朝に届いたものなのだろうか。

 まぁそんなことはどうでもいい。

 とりあえず開けてみることにする。


 中には、指輪が一つ、入っていた。


 身に覚えが無いな……と思ったが、すぐ身に覚えがあるものだと気づく。

 これは、昨日応募したニャソ子のやつだ。

 その指輪をよく見てみる。

 小さく、とても精密なニャソ子が中にいるようだ。 

 というか……巨大ぬいぐるみを頼んだはずだったが……。

 まさか指輪が当たるとは。

 これはこれで可愛いが、果たして彩雨ちゃんに喜んでもらえるだろうか。


 待てよ待てよ。


 昨日初めて話したばっかりのヤツがいきなり指輪をプレゼントするなんて、かなりヤバいことなのではないだろうか。

 でも渡すしかないよな……。

 まぁ、ピンチはチャンスとも言うし……。

 持っててもしょうがないし、今日学校に行って彼女に渡そう。


 いつもなら学校へ行かずゲームとなるところだが、

 今日は彩雨ちゃんのために学校へ行くこととなった。





 学校に着くと、これから指輪を渡すという緊張によって気分が沈んでくる。

 引かれたらどうしよう……。


 憂鬱な気持ちの中、意を決して彩雨ちゃんに話しかけた。



「彩雨ちゃん、何か、昨日応募したやつが早速届いたんだけどさ……これが当たっちゃったみたいなんだ……」


「…………!? え、瀬津那くん、ちょっとそれよく見せて!」



 言われるがままに、その指輪を彩雨ちゃんに手渡す。

 少しだけ、彼女と手が触れた。

 この時の気持ちは、言葉で言い表すことができない。



「瀬津那くん、これはヤバいよ……」



 ……………………。

 まぁそうでしょうね。

 流石に指輪はヤバいでしょう。



「瀬津那くん、これ、ほんとに、好き……」



 彩雨ちゃんの口から好きという言葉が出て、僕は興奮を隠せなくなる。

 僕のことを好きだと言ったのではない。

 僕ではなくニャソ子のことが好きだと言っているのは分かっているけれど……。

 生まれて初めて女の子が『好き』という言葉を僕に発してくれたんだ。

 もう……素直に嬉しかった。



「こ、これ、ほんとに私にくれるの……?」


「うん、い、いいよ。そのために応募したんだし……」


「やった~! 嬉しい! そのうち持ってるもの全てをニャソ子グッズにしたいって思ってるんだ! ニャソ子グッズ! ニャソ子グッズ!」



 彩雨ちゃんは、ニャソ子の指輪を早速右手の薬指にはめた。

 そ、そこまで感動してくれるとは……。でもこれはゲームに誘う絶好のチャンスだ。

 もし誘うことができたら、共通の話題ができる。

 そして自然に会話をかわせる。

 そして一緒にクエストとかして……。

 こ、これは誘うしかない。


 今しかない。



「じゃ、じゃあさ、こういうプレゼントのイベントとかもまたあるかもしれないし……、『アルカディア・オデッセイ』、やってみない? 彩雨ちゃんにとっても絶対面白いよ!」


「ニャソ子の本物がいるんでしょ?」


「いる、いるよ。『はじまりの街』ってところにいつもいる!」


「……瀬津那くん、私、やってみたい! そのアル……何とか!」



 即決である。

 ま、まさかこんな時が来るとは……。

 今日まで生きていて良かった……。 



「じゃ、じゃあ僕が色々とやり方を教えてあげるよ! まずはゲートを買うんだけど……。これはそこらへんの電気屋さんに売っていて……」



 僕は一通りの具体的なやり方を彩雨ちゃんに教えた。

 彩雨ちゃんはこちらの話を、一切引くことなく聞いてくれていた。

 今まで大して気にも止めなかったニャソ子という存在に、僕は最高レベルで感謝している。



「何か分かんないことあったら聞きたいから、もしよかったらでいいんだけど、瀬津那くんの、何か連絡先とかって……教えてくれる……?」



「あ、うん! もう、何でも教えるよ! ホントに! 何でも! 住所でも!」


「住所はいいや……」



 これは奇跡なのだろう……。

 彩雨ちゃんと連絡先を交換することができるなんて……。

 調子に乗って住所とか言ってしまって引かれた気もするけど……。

 それは忘れよう。

 つらい……。




 そして僕は家路についた。彩雨ちゃんからの連絡を待つ。




 特に彩雨ちゃんからの連絡がないまま、夕方からもうすぐ夜に変わろうかという時にさしかかる。

 こちらからわざわざ「大丈夫?」「順調?」なんて聞く勇気はなかった。

 彩雨ちゃん、問題無くログインできてしまったのだろうか……。

 それはそれでいいんだけど……。


 なぜ僕がここまで悩んでいるのかというと、僕が『アルカディア・オデッセイ』の世界の方にログインしてしまうと、こっちの、つまり現実世界の方の通信機器が使えないからだ。

 彩雨ちゃんがもし僕に連絡したくても、その連絡に気づけなくなってしまう。




 窓の外が暗くなりはじめた。

 逆にゲームにもうログインできて、僕のことを待っているという可能性もある。

 何だかそんな気もしてきた。


 ……よし、ゲーム内で待つことにしよう。


 そっちにもいなければ、またこっちに戻ってこよう。

 とりあえず、ログインだ。

 そう思い、僕はゲートをくぐった。





アルカディア・オデッセイ -はじまりの街-




 僕は、はじまりの街へとログインした。

 プレイヤーがログインする場所は、前回ログアウトした場所になる。

 僕はほとんど、この街の中心にある「大きい広場」でログアウトする。

 よって、僕はいつものようにこの「大きい広場」にログインした。

 ちなみに「大きい広場」とは僕が勝手につけて勝手に呼んでいる名前である。


 彩雨ちゃんがもうログインしているというのであれば、この辺にいると思う。

 なぜなら、ゲームを始めて一番最初のチュートリアルが、この広場で行われるからだ。

 彼女がそれを完全に無視してどこかへ行ってしまったというのであればもう分からないが、普通に言われるがままプレイしていればこのあたりにいるはずなのである。

 見渡す限り、彩雨ちゃんはいなかった。


 一番最初にこのゲームを始めたプレイヤーに関しては、ログインする場所が決まっている。

 ここから少し北東に歩いたところにある広場だ。

 僕は「中くらいの広場」と勝手に呼んでいる。

 この街には広場が多い。


 今からその「中くらいの広場」へ行って彩雨ちゃんを待とうと思うのだが、冷静に考えて何だか待ち伏せしているみたいでキモい。

 ……いや、これはしょうがないことなのだ。

 いきなりこの世界に来て分からないことだらけでは、彩雨ちゃんが可哀想だ。

 これはしょうがない待ち伏せなのである。



 僕は、はじまりの街の中心からやや北東にある、「中くらいの広場」に到着する。

 彩雨ちゃんが来ると推定されるのは、このあたりだ。

 ギルドによってはこのへんをたまり場にしているところもある。

 僕はその広場の端で腰を下ろし、空を見上げた。

 この世界の空は、晴れ渡っている。

 一応この世界にも天気はあるのだ。

 ゆっくりと動く雲に対して、せわしなく人々が動いてゆく。

 今日はやけに慌ただしい。


 ……そうか、今日は「オデッセイ・バトル」の日か。




 ドン!




 聞いたこともないような変な音。


 ここから銀行が見えるのだが、その銀行の向こうから聞こえた音だった。

 皆は気にも止めないような音だったが、個人的に、何だか彩雨ちゃんに関係のある音のような気がした。

 人の流れに逆行するように、そこへと走り出す。

 身につけている鎧が、カチャカチャと音を立てた。



 走り出した直後、見たことのあるブロンドの髪の女の子が視界に入ってきて、僕は立ち止まる。

 その女の子は、旧友、アエイスだった。



「あら、瀬津那ちゃん。久しぶりね」 


「アエイス……、こんなとこで何してるんだ」



 アエイスは僕と同じ高校二年生なのだが、どこかお姉さん的な雰囲気を醸し出しているプレイヤーだ。

 かつて僕と同じギルド「悪夢のナイトメア」に入っていた。

 彼女は他人に補助魔法をかけたり回復魔法をかけたりする、ヒーラー的な存在であった。


 アエイスは胸元が大きく開いた服を着ているから、気をつけないとそこに目がいってしまう。

 肩も露わになっているし、彼女の上半身は実に露出度が高い。

 一方で、いかにも白魔術師というような白いロングスカートを履いていた。

 全体として白を基調としているが随所に金色が施されているその恰好は、高級感を漂わせている。

 それに加えて、ロングでウェーブがかかったブロンドの髪。

 そして、先端に大きめの球体がついた長い杖を持っている。

 ザ・魔法使いといった感じだろうか。 



 僕とアエイスは荒くれ者が集う悪夢のナイトメアにいたわけだが、彼女に限ってはそこまで尖っていなかったように思う。

 他人に暴言を吐いたり問題になるようなことをするような人ではなかった。


 ちなみに今、ギルド「悪夢のナイトメア」は、その個性強すぎる荒くれ者のメンバーたちのために空中分解し、消滅してしまっていた。

 反乱分子が現れ、ギルドの中で戦争があったらしい。

 そして悪夢のナイトメアは解散したのだが、その残党たちによって新たなギルド「闇のダークネス」が作られていた。

 相変わらずのネーミングっぷりに、そこまで大きなメンバーチェンジはなかったんだろうなと推測される。

 ちなみに僕は、闇のダークネスには参加していない。

 悪夢のナイトメアの解散から、僕はどのギルドにも属していなかった。

 僕の性格から、あまり人と仲良くなることがないし、ギルドに勧誘されるとしても、欲しいのは僕の「強さ」なのだ。それは僕にも分かっていた。



「あ、そうそう。瀬津那ちゃん、何だか、おかしな人が落ちてきたわよ。ほら、そっちに……」



 そうだった。

 音がしたから、こっちの方に来たんだった。



 あの変な音……。

 何だか嫌な予感がする。

 いや、良い予感と言えるかもしれない。


 アエイスの指差す方を見てみると、そこには、彩雨ちゃんがいた。



 紺のセーラー服に短いスカートの。



 どうやらそこへ落ちてきたらしい。

 さっきの音は彩雨ちゃんの落ちてくる音だったのだ。


 彩雨ちゃんは腰のあたりを押さえて地面をゴロゴロしている。



「あっ……あ、瀬津那くん……!」



 彩雨ちゃんは辺りに誰もいないと思っていたらしく、こちらに気づいた瞬間、妙に驚く。

 そして、はだけたスカートから見えていたそれをバッと隠した。

 恥ずかしがる彩雨ちゃん……。

 これ以上尊いものがあるのだろうか?


 僕は何も見ていない。

 ……フリをした。



 それは僕にとって忘れられない光景となったのは言うまでもない。



 本当にありがとう。

 アルカディア・オデッセイ……。

 僕はこれから始まる物語に、期待せざるを得なかった。

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