第3話 加速四天王


アルカディア・オデッセイ -はじまりの街-




 ここは「はじまりの街」という名の街だ。

 いくら一番最初の街だからって、「はじまりの街」という名前は安直すぎるだろう。

 何かもっとカッコイイ名前はなかったのかと、いつも思う。



「おう、瀬津那! 今日、学校は?」



 久しぶりに遥のうるさい声が聞こえた。

 ミニスカのドレスを風になびかせながら、遥がこちらに歩いてくる。

 僕は街の路地で、空中に画面を開き作業をしているところだった。



「久しぶり、遥……。大きい声出さないでくれ。僕は昨日からずっと寝てないんだよ」


「いや、そんなの知ったこっちゃないんだが……。そもそも何で寝てないんだ? 何かまたヤバい技でも発見したのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、一昨日メンテがあったじゃん? そこでちょっと、一定の座標で『銀行』を利用した時に少し変になるのを発見して……。何かそれを上手いことできないかなって、まだ安定してないうちに、色々と試しているんだ」


「瀬津那……相変わらずだな……。でも最近結構急激にこの世界は変化してきてるよな。今できることはやっといた方が良いというのは最もだ」


「じゃあアイテムも、もう少し増殖しておこうかな……」


「そうだな。瀬津那様お得意のアイテム増殖。確かにできるうちにやっといた方がいいだろうな。……で、学校は?」


「……今は朝の九時くらいだし……、もう始まってるよ」



 遥は、しょうがねえやつだなぁというような顔をする。

 僕は実際、しょうがねえやつだ。

 そう言われても、しょうがねえ。 



「学校くらいは行ったらどうだ……? ま、あたしは関係ないからいいんだけどさ……! それはそうと、瀬津那さぁ、『アレ』、最近使ってなくないか?」



 「アレ」とは、遥が開発した加速ツールのことだ。

 彼女が開発したそれは実にコンパクトになっていて、ポケットに入れてその中で操作できる。

 最も、それくらいの大きさじゃなければ戦闘中に使えないのだが。



「『アレ』か……、そうそう先日、敵の座標をズラして、ドロップするアイテムを不正に多くGETするバグ技を見つけたんだよ。それでその時からそればっかやってて、『アレ』は最近使ってないんだよ……。すまん。そもそも『アレ』は、僕は対人戦くらいでしか使わないしね」


「そうなのかよ……。で、最近対人戦もやってないのか……。おい、瀬津那、いつまでそんなよく分からない座標をバグらせてるんだよ! 目を覚ませ! 加速ツールを使えよ!」


「経験上、バグ技は出来る時にやっておかないとさ、いつ仕様変更されてそれができなくなるか分からないんだよ」



 と遥には説明したが、実は『アルカディア・オデッセイ』が正式サービスに移行してから、僕の加速ツールは上手く起動しなくなっていたのだ。

 でも上手く起動しないということを遥に言ってしまうと、また新たに改造した加速ツールを遥は僕にくれるだろう。

 僕はそれを遠慮しておきたい理由があった。


 少し強めに風が吹き、遥は右手で髪飾りを、左手でスカートを押さえる。



「瀬津那が加速やめちゃったらな……、加速四天王は三人になっちゃうだろ」


「別にそんなのどうだっていいよ。周りがそう勝手に呼んでるだけだし。というかそれが公な感じになっちゃったら、チート使ってるってバレるじゃん! そのまま運営とかにまでバレてさ……。それはやっぱり危険なんだよ」


「瀬津那はビビりだな……! ま、これ以上言ってもしょうがないか。ていうか、瀬津那の話聞いてたら、あたしも、今できることは今やっといた方がいいって気持ちになってきた! あたしもツールとかBOT使って、今のうちに色々できることをやっとくか……。じゃああたしは行くけど、瀬津那、今からでも遅くない。学校行けよ!」



 と遥は言い残し、彼女は街外れの方に歩いていった。


 遥は同い年ではあるが、接している感じ、学校へ行っている気配などはない。

 こういう普通の高校生がいない時間帯にも、平然とゲームプレイをしているからだ。

 現実世界で何をしているのか詳しく聞いたことはないが、きっと色々あるのだろう。


 加速ツールを使うことで「加速四天王」呼ばわりされ、それにより崇められるという構図は僕は嫌いではなかった。

 だが、それが有名になりすぎて運営から目をつけられるのは、何よりも嫌だった。

 そして、この加速ツールが上手く起動しなくなったのを機に、目立つ加速行為からは身を引くつもりだった。

 遥はそれでも使え使えとうるさいだろうけど。

 でもせっかくここまで育てたゲームだ。

 アカウント停止だけは本当に避けたかったのである。

 このゲームは今までやっている感じ、運営が緩い印象は受ける。

 でもあまりにも目立つ行為はしたくない。

 僕はこのゲームが好きだから。



 ……さて、今日も増殖するか。

 アイテムバグ増殖職人となった僕は、目立たぬよう、着実に装備強化アイテム「アップアップル」を増殖させ続ける。

 「アップアップル」は珍しいアイテムだ。

 それを装備に無限に合成することで、理論上、パラメータが無限に上昇することとなる。

 このゲームは「キャラクターのステータス+装備」で最終的な能力値が決まる。

 僕自身のステータスは大したことないが、上限突破装備を装着することで、神がかった能力値を実現させることができるのだ。

 あまり派手にはやっていないが、対人戦では現状無敵を誇っている。 

 古参プレイヤーたちにとっては僕が加速四天王の一人であってチートプレイヤーなんだろうなとは思われている節があるが、僕は徐々に徐々に能力値をバグらせているので、一般的なラインでは僕がチートプレイヤーであることはまだバレていないはずだ。

 運営にもバレていないはずである。

 ゲームの発展・一般プレイヤーの強さに合わせて、僕は能力値を上げている。

 一般プレイヤーの強さとそこまで乖離しないように。

 そのうち、ある程度ゲームやプレイヤーが発展してくれば、僕の時代が来るというわけだ。

 今いきなりぶっ飛んだ能力値で無双することは自殺行為であり、全てが終わってしまう。

 別にゲーム内で僕の全てが終わってしまったとしても、そうなったらそうなったで現実世界に生きればいいだろとツッコミが入るかもしれない。

 しかし、僕に現実世界の居場所はないのである。

 第一、今、現実世界では定期テストの真っ最中である。



 ……って、そうだった。

 ヤバい!



 今日は定期テストだった! 

 それは流石に受けないと進級できなくなる! 


 高校卒業はしておきたいんだ。

 今僕は二年生だけど、そろそろ危なくなってきている。



 僕は空中に画面を出し、それを操作した。

 そして現実世界とのゲートを出現させる。

 急いでゲームからログアウトし、そのまま制服に着替え、学校へと走った。




 かなり遅刻して学校に到着した僕。

 午前中は別室で試験を受け、午後は自分のクラスで定期試験を受けることができた。

 久しぶりの我がクラス……。

 とは言ってみたものの、このクラスに特に思い出があるわけでもない。

 ちなみに全くテスト勉強はしていなかった。

 定期テストは受けることに意味があるのだ。

 少なくとも僕はそう信じている。




 午後は数学のテスト。僕は一問も分からない。

 大きく空いた解答スペースに、とりあえず全部「3」とだけ書いた。

 書かないよりはマシかもしれない。

 まぁ、解答スペースが大きく空いているということは、当然もっと書くべきことがあるんだろう。

 答えだけ合っていても点数はくれなさそうだ。

 いつから数学はこんな過程を大切にする教科になったのだろう。

 僕は過程よりも結果が大事だと思っている。

 全ての問題に解答し、僕のテストタイムは終わった。

 さて、テストの残り時間をどうするかということだが……。



 僕の左斜め前には、彩雨ちゃんという、クラスで一番、いや、世界で一番可愛い女の子が座っている。

 高校一年生の時も同じクラスだった。

 ちなみに話すきっかけなんてない。

 学校に来た時はいつも彩雨ちゃんを見るという決まりになっている。

 僕が勝手に決めた決まりだ。


 艶のある長い黒髪。

 パッチリとした眼。

 華奢な身体つきに白い肌。

 僕的には完璧である。

 フルネームは青井彩雨。

 どうせ彼女と話すことはないから、心の中で勝手に彩雨ちゃんと呼んでいる。

 「彩雨」と下の名前を呼び捨てするのは、心の中とはいえ何だか勇気がいる。

 だから、ちゃんづけをしているのだ。


 彩雨ちゃんのすらりと伸びた長い足。

 紺のセーラー服。

 白いリボン。

 短いスカート。

 黒のソックス……。

 いくら見ても見飽きることがない。

 完璧な造形だ。



 そんな彼女の足元にはカバンが置いてある。

 この世界でも僕がチートを使えたら、間違いなく今あのカバンになっている。

 もしあのカバンになれたとして……。

 …………。うん……。すごいぞ……。ふふ……。

 もうちょっとで……。もうちょっとだ……。

 うん、カバンの位置をもう少し……。



 ん……?

 あれ……?



 彩雨ちゃんのカバンに、何だか見慣れたキャラクターのキーホルダーがついている。

 あ、あれは……、「ニャソ子」だ。



 ニャソ子がいる。



 ニャソ子は『アルカディア・オデッセイ』に出てくるNPCだ。

 ちなみにNPCとはノンプレイヤーキャラクターの略で、MMORPGにおいて人間のプレイヤーではないキャラクターを指す。

 オフラインのRPGにおける街の人のような存在だ。

 ニャソ子は、クエストが終わった後などに報酬のアイテムをくれたりするNPCだ。


 ……ちょっと待ってくれ。



 彩雨ちゃんがニャソ子のキーホルダーを持っている? 

 これはヤバいのではないか。

 今日学校に来て良かった。

 も、もし彩雨ちゃんがあのゲームのプレイヤーだったとしたら……。


 僕は今、これ以上ない胸の高鳴りを感じている。

 この数学とかいう至極意味の無い教科のテストが終われば、今日のテストは終わりだ。

 テストが終わり次第、これは、彩雨ちゃんに話しかけなければならない。

 絶対に、だ。



 そんなことばかり考えていたら、終わりのチャイムが鳴った。

 テストが終わる。



 いてもたってもいられなかった僕は、座っている彩雨ちゃんに向かって歩いていく。


「歩いていたら偶然そのニャソ子のキーホルダーに気づいてついつい話しかけてしまう体で」作戦だ。


 何回もデモンストレーションをテスト中に行った。

 いけるはずだ。

 自分でもびっくりするくらい早足で、座っている彩雨ちゃんに近づいていく。

 彩雨ちゃんの真横で僕は足を止めた。



 今だ。



「あっ……、あっ…………あや……あ……」


「えっ……?」



 彩雨ちゃんがこちらを見上げる。



 ……絶対、引かれた。



 デモンストレーションとは何だったのか。

 これではデーモンである。

 悪魔のようだ。

 もう自分でも何を言ってるか分からない。



「瀬津那くん……だよね。ど、どうも……」



 彩雨ちゃんは、困っている。

 5倍加速ツールを使って真っ先に家に帰りたい。

 その時ちらりと彩雨ちゃんのカバンについているニャソ子が見えた。

 それで僕は少しだけ落ち着きを取り戻す。



「あ、あ、彩雨ちゃん。その、キーホルダーは、ニャソ子だよ」


「あぁ、これ……。う……うん」



 我ながら意味不明な発言。

 一体何なんだ、この会話は。

 ニャソ子だよって何だ……。



「ニャソ子知ってるってことは、瀬津那くんもニャソ子好きなの? 可愛いよね~!」



 あぁ……ニャソ子なんかより彩雨ちゃんの方が可愛いに決まってる……。 

 彩雨ちゃん……。



「僕もニャソ子、知ってるよ! クエストの報酬なんかくれて可愛いよね!」


「クエスト……? あ、ゲームの何かかな。ゲームの……」



 ヤバい。僕が何か変なオタクみたいな感じになってしまっているぞ。

 いや、僕が変なオタクであることに間違いはないんだけど……。



「あ……、彩雨ちゃんはゲームの方はやったことないんだね!」


「え? ニャソ子のゲームがあるの? 瀬津那くん、持ってるの?」


「あ、うんうん! 『アルカディア・オデッセイ』っていうゲームがあるんだ。そこにニャソ子が出てくる。ちょっと色々買えば、彩雨ちゃんもすぐできるよ!」


「うーん、お姉ちゃんはそういうの好きでずっとやってるみたいだけど……、でも私はゲームはやったことないからな……」



 そ、そうか……。

 そうだよな……。

 もう見るからに彩雨ちゃんはゲームとは無縁な感じがする。

 お姉ちゃん……見てみたい……。



「彩雨ちゃんは、そのニャソ子キーホルダーは、どうして持ってるの? お姉ちゃんの影響?」


「お姉ちゃんとは離れて住んでるから、ずっと会ってない……。このニャソ子のはね、ゲーセンで取ったよ! 最近、ゲーセンとか、普通の、そこらへんのお店にもニャソ子グッズ結構あるんだ~。可愛いよね!」



 そ、そうだったのか。

 あのゲームがそんなに、こっちの世界に浸透しているとは知らなかった。

 彩雨ちゃんは『アルカディア・オデッセイ』のプレイヤーというわけではなかったが、まさか、共通の話題があるなんて。

 僕は今、猛烈に感動している。


 もしこの世界に減速ツールがあれば、それを使って時間の流れを遅くしたい。

 この時間をより堪能したいからだ。



 もう僕は減速四天王でいい。

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