第2話 アカウント停止処分を越えてゆけ

「瀬津那はここに来る前、どんなMMORPGやってたんだ?」



 遥がそう言って、僕の隣にドカッと胡坐をかいて座る。

 ミニスカのドレスから伸びる細い脚が、だいぶ気になってしまう。

 しょうがないことである。



「昔ずっとやってたのは、『とっても☆オモシロすぎ☆ファンタジー2』」


「……は……?」


「『とっても☆オモシロすぎ☆ファンタジー2』」


「何その、とっても面白くなさそうなゲームは……。しかも2作目なの? 2作目も出ちゃったんだ?」


「そのゲームと出会って、僕の人生はこんなになってしまった」


「そんなの、何でやろうと思ったんだよ?」


「『とっても☆オモシロすぎ』ってタイトルだったからさ……。当時の僕は素直だったんだよ。当時って言っても高校入ってすぐくらいだけど。……どれだけ面白いんだろうなって、めっちゃ期待に胸を膨らませていたのを覚えているよ」


「素直すぎるだろ……。で、その『とっ☆オモ2』はどういうゲームだったんだ?」 


「何の変哲もないRPGだったよ。オープンβテストからやってた」


「出た! 瀬津那の大好きなオープンβテスト」


「『とっ☆オモ2』が初めてのMMORPGで初めてのオープンβテストだったんだよ」


「記念すべきゲームだな!」


「チュートリアルの段階であまりの面白くなさに目まいが起こって、チュートリアル途中で何回か引退しようと思ったよ。何とかチュートリアルやりきったけど」


「かなり問題のあるゲームなんだな。でもまぁ……、瀬津那、最終的には楽しくなったんだろ?」


「うん。バグ技を発見したからね。そこからだよ。面白くなったのは」



 全然プレイヤーがいなかった「とっ☆オモ2」は、本格的にやることがなかった。

 しかも特定のNPCに話しかけるとゲームが止まったりするレベルの、どうしようもないゲームであった。

 しかし偶然、ゲーム内通貨を扱う「銀行」において、たまたまそのゲーム内通貨が増えるバグを見つけてしまう。



 そこからの僕は無敵だった。

 水を得た魚。

 金を得た僕。



 ゲーム内通貨を無限に増やし、あらゆる贅沢の限りを尽くし、ステータスも異常値まで上げることに成功した。

 しかも増殖だけでなく、レアな敵を無限沸きにしたり、時間だけはあった僕は、あらゆるバグ技の基礎をそこで培うことができた。


 そして「とっ☆オモ2」のオープンβテストが終わり、正式サービスが開始されることとなる。

 正式サービス開始時から、この圧倒的先輩感。

 しかしプレイヤー数は少なく、「☆オモシロすぎ☆」なことが全くなかった。

 僕にとって、他人と戦って勝つことこそが面白さに繋がっていたからだ。

 こんなゲームをするくらいなら、暗い部屋の隅で独り言を言ったり、公園の砂場の砂を一つずつ数えていた方がまだ楽しいとさえ思った。

 しかしせっかくそこまで高めた自分のキャラクター。

 簡単に引退することはできない。

 ゲーム自体はあまり面白いものとは言えなかったが、新しいバグ技を見つけることにハマり、その「とっ☆オモ2」を長期にわたってプレイし続けたのである。



 そんな日々の中で、徐々にプレイヤー数が増えてくる。

 僕は「最強マン」という他のプレイヤーと初めて対戦する機会があった。

 そのプレイヤーは、真の主人公は俺だと言わんばかりの、大剣持ちの勇者スタイル。

 そして金色の鎧を身にまとっていた。

 名前といい、見た目といい、色々と最強である。

 本当に最強だったらどうしようとビビっていたが、結果は当然僕が圧倒的な強さで勝利。



 これが、僕が長年望んでいた「勝利」。

「他を圧倒する強さ」である。



 心の底から感動していた。

 僕はこの瞬間のためにゲームをやっていたといっても過言ではなかった。

 僕の求めていた感覚は、これだったのだ。



「でも瀬津那は何でそのゲームやらなくなったんだ? そのゲームは引退したんだよな?」


「あ、そうだよ。もうやってない」



 泉に吹く緩やかな風が、遥のスカートを少しはためかせる。 

 ゲームの中でも、風は吹くのだ。

 太陽が昇ったり沈んだりもする。

 天気も変わる……と言われているが、まだ実際に雨が降ったことはない。

 オープンβだからしょうがないか。


 遥は髪飾りの位置を調整しながら、遠くを見ていた。



「『とっ☆オモ2』は、もう瀬津那的に頂点を極めたから引退したのか?」


「いや、頂点を極めたらずっとその頂点にいたいって思うよ。僕、アカウント消されちゃってさ」


「そんなに暴走してたのかよ……。よっぽどの事したんだな!」


「やっと楽しくなってきたと思ったら、全てを失ってしまった。だからそれ以降、僕は運営に対して派手な行動はしないって決めたんだよ」


「そんな悲しい過去があったのかよ……だから運営にバレないようにとか、このゲームでもよく言ってるんだな!」


「そういうこと。チートを使わなきゃ僕は勝てない。勝つためにゲームをやっている。でもそれをやりすぎると今度は全てを失う。その狭間で苦悩してるんだよ」


「じゃあ普通にゲームをプレイすればいいだろ……」


「それだと誰にも勝てないんだって」



 僕が「とっ☆オモ2」のアカウントを消されるまでの具体的な流れは、こうである。

 圧倒的強さを手に入れることで「とっ☆オモ2」の面白さを発見した僕は、その嬉しさからさらに圧倒的な力を求め、ひたすらゲーム内通貨を増殖する日々を続けていた。

 ゲームって何て面白いんだと感じていた。

 僕の強さは、普通にゲームをしていたら有り得ない、誰が見てもおかしい能力値となっていった。

 調子に乗っていた僕は、それに気づけなかったのだ。

 匿名掲示板に晒されたりしても気にしない。

 僕は圧倒的な強さを持っている。

 悔しかったらゲーム内でかかってこい。

 そんな毎日を送っていた。


 しかしその日々も、長くは続かなかったのである。



 僕が明らかにおかしい能力値であることを、「クソ野郎先生」というプレイヤーが運営に通報したのだ。

 彼は巨大な斧を持ったモヒカンの大男で、人を倒したい一心でそのゲームをプレイしていた。

 奇声を発しながら誰彼構わず襲いかかるそのスタイルにより、ゲーム内では有名人(もちろん悪い意味で)になっていた。

 そんな彼を、僕はいつもボコボコにしていた。

 こういうやつの方が、倒しがいがあるから。 

 しかしある日、クソ野郎先生が反撃に出る。

 運営に通報という形で。


 何てクソ野郎なんだと思った。

 ……ゲーム的に言えば、クソ野郎はこっちなのだけれど。



 その通報により、僕の無双時代は終わりを告げる。

 運営に調べられたら流石の僕も終わりだった。



 僕は「とっ☆オモ2」のアカウント停止の処分をくらい、もうそのゲームにログインすることができなくなる。


 こうして僕は引退を余儀なくされるのであった。



 引退。



 それは当時の僕にとって、自分の存在を否定されるようなものだった。



「でも瀬津那、この『アルカディア・オデッセイ』に関しては運営が緩いから大丈夫だ。あたしの5倍加速ツールを使え……」


「いや、5倍はやりすぎ。今の1,5倍くらいで全然間に合ってる」


「そんなんじゃハエが止まるだろ!」


「競争してるわけじゃないんだよ。逆に僕はプレイヤースキルが無さすぎるから、高速の中で自分が上手く動くことができない」


「それは瀬津那が練習するとこ!」


「遥自身が使えばいいじゃないか……」



「瀬津那に使ってほしいんだよ!!」



 そんなことを話していると、背後の草むらからガサガサという音がした。

 振り向いてみると、そこにはプリーンというプリン状のモンスターがいた。

 プリーンは、主に序盤にいるザコモンスターだ。

 こちらが攻撃しない限り戦闘状態に入らない、いわゆるパッシブモンスターというやつであり、このゲームを始めて一番最初に倒すであろうザコキャラである。


 そんなプリーンをあまり気にも留めずにいると、全く同じ剣士の装備をしたプレイヤーが4~5人現れた。

 全員、動きが不自然だ。

 妙にカクカクしている。

 そして彼らはそれを一瞬で倒し、同じ方向へと全員消えていった。



「あ、あれ、あたしが昔作ったBOT……」



 遥は笑いながらそう言う。

 BOTは、そんなに簡単に作れるものなのだろうか。


 遥はこのバーチャルな世界において、難しそうなものでも結構自分の手で作ってしまう。

 もちろん失敗することもあるのだが。

 たまに、遥が本当に僕と同い年なのか疑わしくなる。 



「遥、4~5人も作ったの?」


「全部で13人くらい作ったな。ていうか、あたし、この辺もあいつらの行動範囲に入れてたか……? まぁいいや!」


「あれが遥の作ったBOTか……。あれって自動で狩りしてくれるんだよね?」


「そうだな! 行動範囲とか行動パターンをプログラムして、あとは放っておいてもモンスターを倒してくれるんだ」


「遥がどこで何をしてようとも、勝手に彼らがモンスターを倒し続けてレアアイテムとかを手に入れて持って帰ってきてくれる、……ゲーム的には禁止行為ってわけだけどね」


「そうだな!」


「まぁ僕は人のこと言えないけどね……あぁ、何でこんなに僕はゲームが超ど下手なんだろう。本当にどんなゲームでも負けてしまう。そういう才能なんだろうな、もう」


「それで負けず嫌いって、すごいコンボ決まっちゃってるよな」


「神は残酷だね」


「勝手に神のせいにすんなよ」


「はい……」



「さっきの話に戻るけど、瀬津那は『とっ☆オモ2』をやめたあとは、すぐここに来たのか?」


「いや、色々なゲームをやり続けたよ。『とっ☆オモ2』で培ったバグ技発見スキルを使って、色んなゲームであらゆる可能性を試し続けた。そんな下積み時代があったよ」


「それは上手くいったのか?」


「やったゲーム全てアカウント停止処分をくらったよ」


「逆にすごいな、それ」


「昔ちょっと流行った『ボウケンクエスト』とかさ。あれなんて最初の街を出る前に僕は運営に消されたからね」


「ボウケンクエスト……? ……瀬津那、やってたのか……。懐かしい名前だな……」


「だから僕は、これ以上悲しい思いをしないように、『とっ☆オモ2』で学んだ『MMORPGでは、運営や他プレイヤーにバレないようにチートプレイをしなければならない』ということを徹底しているんだ」


「……瀬津那は変な方向に開花したよな……」


「それは遥もお互い様だろう」


「あたしも一緒にしないでくれよ! でも瀬津那も往生際が悪いよな。男ならバーンとチート使ってさあ、それで笑顔で運営に処分されろよ!」


「男ならバーンとチート使って っていう発想がもうダメでしょ。……まぁ僕は全面的に賛成してしまうけど……」


「でも瀬津那がアカウント停止処分になって『アルカディア・オデッセイ』からいなくなるのは嫌だな……」


「だから、ばれないように、『最初から圧倒的な強さというわけではなく、徐々に、ゲームと共に自分自身をバグで成長させていく作戦』を編み出したというわけ」


「それが、様々なゲームを渡り歩いて瀬津那が出した最強の結論だったというわけだな!」


「そう、良い子はマネしちゃいけない。まぁ……悪い子もマネしちゃダメだけど。後、他に出した最強の結論としては、やっぱり、『オープンβテストの時に始めないといけない』ってことかな」


「だから今ここにいるんだもんな。このゲーム、ずっとオープンβ終わらないから、十分堪能できただろ……」


「やっぱりオープンβはバグらせやすいからね。あとオープンβを愛する理由は、後にそのゲームが有名になった時にさ、古参自慢ができるからだよ」


「別に古参自慢は、いらなくないか?」


「いや、やっぱり人の上にいっておきたいじゃん」


「瀬津那は何か負けず嫌いというか、もはや病気だ、病気」


「でももうそろそろオープンβも流石に終わると僕は思うよ。アナウンスがあったわけじゃないけど。だから、今のうちにできることはやっておいた方が良い」


「あたしもそんな気がするな。この仕様でBOTが上手く動いてくれるうちに、たんまり稼いでおくか。じゃあな、瀬津那」



 遥はそう言って立ち上がる。

 僕の目の前に遥の脚が急に現れた。

 スカートのお尻のあたりをパッパッと払う彼女に、僕は釘付けになる。


 そしてそのまま彼女はどこかへと歩いていった。




 この日を境に、遥はゲームに姿を見せなくなった。

 きっと本格的に新たなチートツールを開発したりしていたのだろう。

 ゲーム内で遥のBOTはしっかりと起動していたから、遥はきっと元気でやっているんだろうとは思っていた。




 遥がいなくなってから一週間ほど経った時、緊急メンテが入る。

 そして、何とその翌日から『アルカディア・オデッセイ』の正式サービスが開始されることとなった。

 それはかなり急な出来事だった。

 本当にこのゲームは大丈夫なのだろうか……。

 色々と常識を超えていて、たまに心配になる。

 何にせよ、正式サービス開始は嬉しいことだった。


 が、一つ放っておけない問題があった。

 今までのバグ技はどうなったか、という点だ。

 ゲームの仕様が変われば変わるほど、バグ技が使えなくなる可能性も上がるからである。



 ……が、それは杞憂に終わる。

 正式サービス開始後、ゲームにログインして色々と試してみると、バグ・チート技に関しては以前と変わりなくできることが分かったのだ。

 全ては順調だった。






 正式サービス開始から一ヶ月ほど経ち、プレイヤーが目に見える形で増えてきた。

 きっとどこかで大々的に宣伝が行われているのだろう。

 僕はこの一ヶ月、狩りをするわけでもなく対人戦をするわけでもなく、色々なバグ技の研究をずっとしていた。

 正式サービス開始という大きな変化に対して、しっかり確認したり試してみなければならないことが、まだまだあったからだ。

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