アルカディア・オデッセイ・オンライン
葵 龍之介
第1話 アイ・ラブ・オープンβ
「よし、増えた……」
僕がにらんだ通り、倉庫に弱点があったようだ。
オープンβテストの段階だから仕方ないとも言えるが、でもやはりバグを見つけた瞬間はいつだって嬉しい。
……これで、装備強化アイテム「アップアップル」を無限に増殖させることができるのだ。
もちろん不正に、である。
経験上MMORPGでアイテム増殖バグを行おうとする場合、倉庫や銀行や露店といった、アイテムが移動したりする場所を攻めるのが定石だ。
今回もその通りになった。
しかしこれで一安心……というわけにはいかない。
人生そんなに甘くはない。
MMORPGには「運営」がいるからだ。
この存在が実に厄介である。
明らかにバグを利用しているであろう目立った行動を取れば、他プレイヤーから通報されたりなどして、運営に見つかり、全てが終わってしまう。
運営によってアカウント停止処分などが下されてしまうのだ。
それは絶対に避けなければならない。
僕はただ「他プレイヤーを圧倒する強さ」を求めていた。
しかしゲーム下手な僕が、その「他プレイヤーを圧倒する強さ」を手に入れるためには、チートプレイに手を染めるしかなかったのである。
そこから全ては始まったのだ。
アルカディア・オデッセイ -恐竜の泉-
「おう、瀬津那! 今日、学校は?」
遥の元気な声がする。
聞く人によっては、「元気」を超えて「うるさい」にカテゴライズされる声だろう。
彼女が言った学校とは、現実世界における学校のこと。
今僕らがいる『アルカディア・オデッセイ』の世界の話ではない。
「行ってないよ……。オープンβテストの間は、このゲームに集中しようと思って」
「相変わらずだな。ところで、『アレ』の具合はどう? 『アレ』の」
アレとは加速ツールのことだ。
それを使えば、あらゆる動作が普通のプレイヤーより速くなる。
いわゆるチートツールというやつだ。
移動時間を短縮できたり、対人戦で効果を発揮する。
「遥の作った『アレ』、なかなか良いよね。本当に素人が作ったのかって思うくらい。速度も調整できるし」
「だろ? あたしが色んなとこから情報集めて、頑張って作ったやつだからな!」
遥はハッキングなどに憧れている、ちょっと中二病っぽいところがある女の子だ。
歳は僕と同じ、高校二年生。
片手剣を両手に装備している、つまり双剣の剣士だ。
髪はショートカットで、赤っぽい茶髪。
その髪と同じような赤茶色のドレスを着ている。
それは、ところどころに白があしらわれている上品そうなものだった。
ドレスと言っても結婚式で着るような大げさなものではなく、ミニスカートのドレスだ。
そして、長めの赤茶のストールと、赤い花の髪飾りを身につけている。
一方の僕は、ゲームによくある剣士の格好をしていた。
大剣を一本しょっていて、鎧を身にまとっている。
鎧といっても全身を覆うスーツアーマータイプのものではない。
腕・胴体・脚などに申し訳程度についているタイプのものだ。
僕のボサボサした長い黒髪がウザいからという理由で、よく遥に「ちゃんと頭にも鎧かぶれ!」と言われるけれど、あれをつけると暑いし視界は狭まるしで何も良いことがない。
よって、頭には何もつけていなかった。
ちなみにこのゲームにおいて、見た目と防御力は必ずしも比例するわけではない。
武器にも同じことが言える。
「遥の『アレ』は速度を上げても動作が重くなったりしない。適当な加速ツールだとそうなっちゃうこともあるからさ。色々なツールを使ってきた僕だけど、お世辞抜きで『アレ』の性能は高いよ」
今このゲーム『アルカディア・オデッセイ』は、「オープンβテスト」と呼ばれる段階にある。
これは、それなりの数のプレイヤーにテストさせて、不具合がないか確認する段階のことだ。
そこで様々な調整が行われ、「正式サービス開始」となる。
僕は様々なMMORPGのオープンβテストに参加してきた。
それは、僕がオープンβテストを愛しているからである。
三度の飯よりオープンβテスト。
夜はオープンβテストを抱いて寝る。
冗談はさておき、なぜそこまで僕がオープンβテストを愛しているかというと、簡単に言えば、そのゲームにおいて「他プレイヤーを圧倒する強さ」を手に入れやすくなるからである。
MMORPGが「正式サービス開始」した時、その前のオープンβテストの段階からやっているプレイヤーは、単純に、先輩である。
他人と比べてレベルが高いかもしれないし、他人と比べてイイ武器を持っているかもしれない。
だからオープンβテストは最高だ……と、表向きはそういう理由にしてある。
無論これは間違いではないし、そういう気持ちもあるのだが、本当のところは、オープンβテストはバグ技、いわゆるチートプレイがしやすいということが一番大きかった。
「僕はこの恐竜の泉、誰も来ないから結構好きなんだけどさ、でもいつになったら恐竜が実装されるのかな? マジでただの泉じゃん。これ……」
「そうだな……。まぁいつも通り、適当な運営だよな。でもあたしは、これはこれで良いと思うんだ! 恐竜がいたら当然それを倒すクエストがあったりするだろ。それでプレイヤーがたくさんここに来て……、そうなったら今みたいに静かじゃなくなっちゃうだろうし」
「確かにそれはある。こんな静かな場所で水面を見ながらのんびりできるなんて最高だよ……。本当に何の面白みのない泉だからこそだよね。……でもそこらへんに恐竜らしきものの足跡は結構あるんだけど……」
「……本当だ」
僕と遥は黙る。
遥はどこか笑っているようにも見えた。
彼女の、肩にかかるかかからないかくらいの長さの髪が、風に揺れている。
「僕らが来る前に、恐竜、いたのかね……? オープンβよりも前に絶滅してしまったとか……」
「その説、結構ロマンがあるな」
そう言って、遥は目をつぶった。
恐竜たちがいる景色でも想像しているのだろうか。
「まぁ、僕が思うに、『恐竜の泉』という名前をつけてみたものの、恐竜の実装には時間がかかるから、せめて恐竜がいそうな雰囲気を作ったとか……、足跡がある理由は、そんなところだろうね。このゲームは適当な感じがあふれてるし」
「適当にしても、泉なんだから、……魚くらいいてもいいよな? そんで釣りイベントとか実装してさ……」
「いやぁ盛り上がっちゃったらダメでしょ……。釣りイベントは人来ちゃうって……」
「そうだった……、確かに」
「でも他にも、何もない街とか結構あるらしいよ……。何もないだけならいいけど、モンスターが出る街もあるって聞いたことがある……。何か、『ヘブンの街』っていう名前の街らしい」
「……有名だな、その噂は。街の名前もかなりヤバいけど」
「その街は廃墟と化して、誰も近寄らなくなったらしいよ。……休もうと思って街に入ったらモンスターがいるとか、つらすぎる」
「瀬津那だったら強いから別にいいだろ。……やっぱこのゲーム、全体的に適当なんだよな。マップだけはやけに広いけど」
「とりあえず何も無い街とか森とか作ってみたりするからダメだと思うんだよね……。後から色々そこに実装するつもりなんだろうけどさ。まぁ、でもそのおかげでこの静かな泉があるから、僕はいいけどね」
「オープンβだから、しょうがないだろ」
「そうだけど……ていうか、いくら何でもオープンβテストの期間、長すぎでしょ」
「半年くらい経つかな、もう。……あたしが瀬津那と出会ってから半年ってことにもなるな」
「始めた時は僕は高校一年生だったからね。このまま僕が高校卒業するまでオープンβテストのままなんじゃないかって思う時があるよ」
「瀬津那、卒業できるのか?」
「……そこ……? 卒業は、したい。授業はあんま出てないけど……。卒業だけは、したいなって……」
遥は、この『アルカディア・オデッセイ』のオープンβテストが始まった半年くらい前からの知り合いだ。
遥は僕ほどの廃人ではないが、加速ツールのテストプレイだとかそういった名目で定期的にログインしてくる。
彼女自身もそういった、ちょっと悪いことをしているという中二心を満たしてくれるツールを開発することが好きだった。
開発したい遥と、使いたい僕。
意気投合した僕らは、次第に仲良くなっていったのだった。
「瀬津那がいるギルド、また何か話題になってたな。『悪夢のナイトメア』ってギルド名さ、あたしはかなりヤバいと思ってるんだ」
「そんなの僕だってヤバいと思ってるよ。ギルド名が既に地獄の様相を呈している」
「じゃあ何で瀬津那はそんなとこに入ってんだ?」
「変なやつが多くて、楽しいんだ。サーバーのあらゆる荒くれ者が集ってる。対人戦に特化したステータスのやつしかいないし」
「でも結構周りが迷惑したりしてるんだよな。狩り中の横殴りとか、暴言とか……」
「それは僕も悩んでいるところなんだけど……。悪夢のナイトメアにいるっていうだけで、そういうやつなんだなって思われるんだ。ただ、現実として、そのギルドは強いやつしか入れない。そこに入っているということは強いやつなんだろうな、とは思われる。僕はそれでいいんだ」
僕はゲームくらいしか他人に勝てるものがない。
しかもチートプレイをした上で、である。
そういうことをしてでしか、僕は他人に勝てないのだ。
運動で他の人間に勝てることはないし、将棋だとかオセロですら全く人に勝てない。
逆に負ける才能を持ち合わせているとも言えるだろう。
しかし不運にも僕はそれに加えて「本格的な負けず嫌い」というパッシブスキルを持ち合わせていた。
よって、気が付いたら、こんな歪んだチートプレイヤーになってしまっていたのである。
「瀬津那は本当に負けず嫌いだからな……。多分あたしが出会った人間の中で一番負けず嫌いだ」
「それはどうもありがとう。負けず嫌いのトップとは、負けず嫌い冥利に尽きるよ」
「でもあたし、思うんだけど、悪夢のナイトメアもさ、強い人達が揃ってるんだから、皆で力を合わせて『オデッセイ・バトル』出れば、良い意味で有名になれるんじゃないのか?」
オデッセイ・バトルとは、『アルカディア・オデッセイ』で一番盛り上がるイベントである。
ギルド対ギルドの戦いで、攻撃側と防衛側に分かれる。
制限時間内に『オデッセイストーン』を全て破壊できれば攻撃側の勝利、守りきれれば防衛側の勝利となる。
大人数での戦いになるため、作戦やチームプレイが不可欠なのであった。
「遥は、本当に悪夢のナイトメアがオデッセイ・バトルで勝てると思ってんの? 確かにギルドメンバー個人個人は強いよ。でも別に皆仲良くないし、チームプレイを必要とするオデッセイ・バトルにおいて、あんな荒くれ者たちを誰も統率できないんだ」
「瀬津那がまとめればいいじゃんか! オデッセイ・バトルでそういう荒くれ者たちが力を合わせて勝てればカッコイイと思うけどな!」
「オデッセイ・バトル中に味方同士で対人戦が絶対始まるよ……。まずバトル開始の時間に皆集合できないと思うし……。あいつらはマジでどうしようもない。そして何より、僕もチームプレイは苦手だ」
恐竜の泉の向こう側に、「魔境平原」というマップがある。
特に魔境の要素はない、ただの平原だ。
その平原の中心には高い塔が一つだけある。
しかし、そこは入ることすらできないただの意味のない塔であった。
このゲームには、そういう、無駄な建造物や無駄なマップが多い。
恐竜の泉も、魔境平原も、特に重要なところじゃないし。
緩い感じというのだろうか、このゲームのそういうところが僕は意外と好きだったりする。
その平原を高速で駆け抜けていくプレイヤーを、僕と遥は見ていた。
まぎれも無く、あれは加速ツールの動きだ。
あの3~4倍の加速……。
赤い羽織に赤い袴という赤で固めた和服。
腰には日本刀を一本携えている。
逆立ったような銀髪。
そして黒いサングラス。
あれは『悪夢のナイトメア』の、「鈴木」だ。
あそこまで目立つ恰好をしなくてもいいとは思うが。
しかし、相変わらずの速さだ。
「あ、あれ、鈴木か……」
遥も同じことを思っていたらしく、そう言った。
加速ツールを使っているプレイヤーは、現状では、この世界では四人しかいない。
その四人のことを人々は、ある種の畏敬の念を込めて「加速四天王」と呼んでいた。
ちなみに鈴木と、僕と、遥と、「ロメオα」というプレイヤーである。
ロメオαには、僕はまだ会ったことがない。
面識があったらしい遥によると、ロメオαは現実世界が忙しくなったかで、急にログインしなくなったとのこと。
実にリアルな消え方である。
こういうゲームでは「華々しく引退宣言すればするほど、後でひょっこりまた戻ってくる」という定説がある。
逆に、何も言わず消えてしまう人ほど、本当に引退してしまうのだ。
まだオープンβが始まって間もない時代の、コミュニティが小さかった頃に誰かがつけた「加速四天王」という適当なあだ名。
それが今、一人歩きしてしまっているのだ。
もう既に三人しかいないことがバレては、気まずい。
その大げさなネーミングから、話に色々と尾ひれがついて、何だか一部では「加速四天王の伝説エピソード」という噂などがあったり、勝手に神格化されつつあるとも聞く。
実際それに見合う何かすごいことをしているというわけではなかったのだが。
「あたしの作ったやつなら、鈴木のやつより速くできる。5~6倍速いけるって。テスト段階ではそのくらいいけた時もあるんだ」
「そんなに速くなくていいのに……」
「加速ツールは速ければ速いほどいいんだよ。瀬津那は分かってないな!」
「確かに僕は負けず嫌いだけど、あまりにもぶっ飛んだことをして運営に消される方がもっと嫌いなんだよ……。そんな高速で目立たなくてもいいんだ」
「もっと速くなれば、目に見えなくなるから、目立たなくなるだろ……!」
「そこまでいったら遥だって、速すぎて自分が今何してるかとか、わかんなくなるでしょ」
遥も自身のチート開発技術においては負けず嫌いなところがあるのだ。
今僕は高校二年生だが、人生において、小学校中学校と、あらゆる戦いに負け続けてきた。
友達の家で格闘ゲームなどをしていて、負けそうになると相手の手元を妨害したり、コンセントを抜いたりもした。
さらに、どうしても勝ちたかった僕はいわゆる「ゲームの裏技」を見つけるためにあらゆる努力をした。
自分で発見したりインターネットで見つけたり……。
そして発見した裏技を友達に試し、勝つ。
しかし栄光は一瞬で、今度は友達の間でその裏技が流行り出す。
今度はそれが蔓延してしまうと僕が勝てなくなる。
そうなったゲームは二度とやる気がなくなった。
そしてまた新しい裏技を見つけ、そしてそれによりまた僕が負けて……そんなことをずっと繰り返す少年時代を過ごした。
ずっと負けず嫌いな人生だったと言えるだろう。
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