6─ローの工房


赤みのくすんだ煉瓦の建物。

扉には、鈍く金色に光るプレート。

ρ's workshopローズ・ワークショップ」。

しっかりと刻んである。


そう。

ここが、武具や金物に魔法を織り込むローの工房だ。


金色の装飾が美しい扉を押し開け、中に入る。

「おーっす、来たよー」


整然とした店頭が、ゼータを迎えた。


ローはいたく綺麗好きである。

物を捨てられない&片付けられないダブルコンボなゼータとは、真逆もいいところ。

店頭は外部の方をお迎えする場所だから、いっそう手をかけて掃除しているに違いない。


カウンターの奥にあるのは、店の入口のそれとはまた違った雰囲気の引き戸。

非常に簡素で、薄い板の扉。

店の裏側、ローの作業場へ続くのだ。



ドアの向こうで、声がする。


「うぉっ?!

ハハハ、こいつはすげえ」


シグマだ。


ゼータはカウンターを乗り越える。

一応、引き戸をノックした。


「ゼータでーす、入っていいー?」

「ムーリー、お前はダメー」

「はぁー?!なんでだよ!いいじゃん!」

「いや~ん助けてローちゃ~ん、お外にヘンなおじちゃんがいるぅ~っ」


完全にシグマがふざけている。


ゼータは容赦なく扉を開けた。

魔法の気配と熱気が、一気に体を包む。


「…待っていた、ぞ、

…いらっしゃい」

ローがはにかむ。


分厚いエプロンを身につけ、納戸色のくせ毛をまとめている彼。

ローは完全に作業モードだ。


一方のシグマはというと、

「おい遅かったじゃねえか、さっさと入ってこいよな?」

いたずらっぽく歯を見せて笑う。



シグマが、ふいに椅子から腰を上げた。


「なあゼータ、見ろよこれ」


ゼータの眼前に、差し出されるあの箱。


これを見るたび、古びたその姿が、装飾が、鮮やかな印象を脳裏に刻み込む。

不思議な魅力の箱である。


ゼータは、箱を受け取った。


…微かに感じる、結界の存在。


「…ん?」


いや、確か結界は、先刻シグマが腐食させ、取り払ったはずである。


ならば、これは…?


「ぶ、っ…くく」

シグマが吹き出した。

「ゼータお前…何て顔してんの」


「え、俺今そんなひどい顔してた?」

「してた」

「ええ?!」


ローに視線で助けを求めたが、にっこり笑顔で返された。

相当変な顔をしていたらしい。


お前そのうち眉間のしわ消えなくなるぜ、と笑うシグマ。

ゼータから箱を取り上げ、掲げる。


「どうよ」

彼の瞳に、鋭い輝きが宿った。

「結界、再生してるだろ」


再生。

壊したはずの結界が。


「…おれも、シグマも、何もしていない、…

…なのに、結界は、再生した」

ローがにやりと笑う。

「これは凄い魔法技術だ、…

何のためかは、わからないが…

よほど、中にある物を、守りたかったのか、あるいは隠したかったのか…」


…だとしても、もうその中身は失われてしまったのだが。


「そんなにがっちり守られた中身、

…何で、あんな、残骸みたいなやつだったんだろ…?

変なの…やっぱり変だ」


謎は深まるばかりである。


ローが、考え込むゼータの頭をそっとなでた。

「明日、話を聞けば…きっと、分かる。

だから、…続きは、それから、考えよう、」


何かにつけて考えすぎてしまうようなゼータを、ローはこうやって、優しくたしなめてくれる。

そこで初めて考えにふけっていたことに気づくなんていうのも、しばしばだった。


「ん、そうだな」

ゼータは、ようやく頭を切り替える。

「今は、鍵作らなきゃいけないよね。

お楽しみは、明日にとっとく!

ありがとう、ロー」


ローは少しうつむき加減ではにかむ。


彼は、ひとつの鍵を作業台から取り上げた。


見る角度によって、銅にも鉄にも見える、不思議な色味。

魔力を帯びた、希少な金属だ。


「ゼータがここに来るまでに、…魔法を内包できる金属で、鍵を作り直しておいた…

…後は、ここに、結界を通り抜ける魔法を付加するだけ、だ」


ローの言葉に、シグマがゼータの肩を叩いた。

「ってことだ、頼むわゼータ」


「え、俺がやんの?

シグマは?お前のが上手くない?」

「や、俺よりお前のが、この結界の波動に近いから、結界通過する魔法やるには良さげなんだよな」



そういうことか、と納得した。

やってみたい好奇心はある。


だが、希少な金属の、しかもローが削ってくれた一点ものの鍵が相手である。


しかも、結界を通過する魔法は、非常に精密なのだ。

結界を作る、または破壊する魔法はもっと単純で力押しなものである。それらに比べたら、はるかに難しい。

当然、多量の魔力を要する。

日常使う場面がないため、正直対して経験もない。


失敗できないというプレッシャー。

まだまだ若輩者であるゼータの胸を、わずかに締め付ける。



「ほい!やるぞ!」

シグマが、ゼータの頬を両手で挟んだ。


「ふぁ?!」

「大丈夫、偉大なる超大魔導師のシグマさんがサポートしてやるんだから」

「ん、うぅ」

「お前の実力は俺が保証する!おら!」


ほっぺたをつぶしてくる、大きくてごつい手。

シグマの持つ強い魔力の感覚が、確かにそこにある。


「…なんか安心する」

ふと、つぶやいた。


いかつい両手のひらが、ゼータの顔面を圧迫するのをやめる。


「行け。やってみろ」


ゼータは、うなずいた。



彼はローの持つ鍵に、白い手をかざす。


鍵は、宙に浮いた。

ゼータの手元に導かれ、魔法に熱され、真っ赤に燃えて輝く。


─────詠唱を。


赫焉かくえんの軌跡、眩耀げんようの天赦!」


彼の指先が空間を滑る。

光がゼータの手のひらを満たした。


鍵を、見据える。


力を。

そこに、つぎ込むのだ。


「打ち開け!

大いなるフォトン・シュテルン!!」


ゼータが両手を合わせ、放った輝き。


鍵は凄まじい速度で、それを吸収する。


ふと背筋に感じた、痺れる痛み。


「…っう、」


魔力不足。

この鍵を満たすには、わずかに、


「…足りない、」


「いけるいける、頑張れー」

すかさずシグマがゼータの肩を支えた。


シグマがゼータに呼吸を重ね、彼に魔力をつぎ足してゆく。


ふいに、鍵が鼓動した。

燃えていた金属は冷め、光が集束する。


「…おわ、り…

…?」

完了、成功を悟ったゼータは、床にくずおれた。


浮力を失った鍵を、ローが受け止める。


黒く、また赤かったはずの鍵。

ゼータの魔法を得て、そのつやめきは白みがかった金色に変わっている。


「…最高の、出来だ」

ローは頬を紅潮させた。


「お疲れさん」

精根尽き果てたゼータを、シグマが抱き上げる。

「多分俺一人分の魔力でもカツカツだ。

よく頑張った。偉い偉い」


シグマの温かさが伝わる。

だがゼータはもうそれどころではなかった。


眠い。


魔力を一気に失ったことで、体が睡眠を欲している。


…ということを悟ったか悟らないかも確かでないような、ほんのつかの間。

ゼータはあっさりと、まどろみに引きずり込まれていった。



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