4─箱の中身は

澄んで高い音が、溢れ出た。

空間を満たす甘美なメロディ。

古いもののそれとは思えない、鮮やかな音色。


「オルゴール…だったのか」

ローがうっとりと目を閉じる。

「箱を開けると、鳴るタイプの…なるほど」


しかしそのローとは対照的に、

「えっ…と、そうなのかな…」

箱を開けた当人は非常に怪訝な顔をしている。


どうしたかとファイが尋ねる、まさにそのときだった。

オルゴールの音が、不規則に歪みだす。

揺らめき、途切れ、

…そのまま、曲は停止した。


「どうしたの?古すぎて壊れてる?」

イプシロンが机上に乗り出し、ゼータの手元を覗く。


箱の中身を見た彼は、

「えっ、何もないよ!何で?

オルゴールの仕掛けは?」

驚愕してテーブルから落っこちそうになり、そこをすかさずオメガが受け止める。


「何これ…おかしい」

ゼータは、箱を開閉し、眼をしばたたかせる。

「オルゴールの仕掛けなんかない…

っていうか、

…何だろう、音だけが、箱にそのまま入ってたみたいな」


「なるほどなあ、そりゃ結界もかかってるわけだ。

音をまんま閉じ込めとくって、魔法じゃなきゃあり得ねえ」

シグマは、さもないというふうに、ぶどう酒の瓶を新しく開けた。

「お前だってそういうのやったことあんだろ。音を閉じ込める魔法」


「そうだけど…やったことあるけど、でも」

「何だゼータ、何が納得いかない?」


「…この箱の持ち主は、“中身が何かわからない”って、ローを尋ねてきたんだろ?

実質、音以外は何も入ってない。空っぽだ。

なのに…

何だか、まるで、

…何か入ってることを、知ってるみたいな言い方じゃん?」


「な、中身が何か、わからない…か、た、確かに」

ローが声を震わせた。

「…開かない箱の中身の話を、するというのも…何だか、妙だな…?」


「そんなもの、言葉のあやでしょう」

ファイが一蹴する。

「これだけの風格がある箱ですよ。中身を期待して当然です。

それに、例え箱を振って音がしなくても、中身が底や壁に貼り付けてある可能性だってあります。

考えすぎですよ、ゼータ」


「そうかなあ…俺の考えすぎ?

まあ確かに…言われてみれば…貼り付け、うん、そうだよな…そういうこともある、よな」

苦虫を噛み潰したような顔。

ゼータは、箱をテーブルに置いた。


箱を再度調べはじめるファイ。

「ふむ、やはり今開けても音は出ませんか…。

やはり、音が中に込められていたというのは間違いなさそうです」


オメガが、のそりと起き上がる。


「…箱に入っていたのは、

…本当に、あの音だけだったのか…?」

「…どういう意味ですか」

「…入っていた音は、…残骸のような、雰囲気だった…

…あれだけ強固な魔法で守られていたのに、だ。

何か…不自然だろう」


「残骸かぁ!」

オメガに抱かれたイプシロンが、手を叩く。

「さっきの曲を残骸と見るなら、もっとたくさんのものがここに入ってたとも考えられるよね」


ローがうなずき、

…そっと、箱を取り上げた。


「…明日までに、…鍵を作る。

…そして、依頼人を呼んで…もう一度、話を、聞いて…みる。

中身が失われてしまったことも、…報告しなければならないからな」


確かに、そうだ。

中身であった曲は今し方放出され、もうこの箱の中には何もない。

依頼品の一部を損じてしまったことには違いなかった。


「すまない、…明日の午前中、…誰か、…依頼人と会うのに、付き合ってもらえないだろうか…?」


ローの申し出を、皆は当然快諾する。


「でしたら、手分けをしましょう」

ファイが切り出した。

「私は先ほどの曲について、過去の文献をあたってみます。

ゼータ、シグマ。あなたたちはローと鍵を作り、依頼人の話に立ち会いなさい。

オメガとイプシロンは、外出の用意を。急ぐことがあった場合に動けるようにしていてもらえると大変助かります」


ローが、頭を下げる。

「すまない、ありがとう…

…何かわかったら、すぐに知らせる。

…何も、ないかもしれないが」


「なかったらなかったでオッケー、あったらあったでハッピーだ。

なかなか面白いんじゃねえの?」

シグマはやる気になっている。


「よし、じゃあ明日!」

「あ、ああ、…頼む、ありがとう」

「あいよ任せな」

「わーい、ローの依頼のお手伝いだ!」

「気を引き締めていきましょう」

「…ねむ」


よし、じゃあ解散、と、6人は立ち上がる。


「会計別にして良い?」

尋ねるのはシグマ。


「…あ、やべ」


ここでようやっと、ゼータは思い出す。


「俺、なんも頼んでないや」


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