第十二話 「誇りの兆し」
「……結局、事態を治めるのに一日半かかっちゃった」
「仕方ないだろう、あんなにぶくぶく太ってたんだから」
「それはそうなんだけどさぁ」
「依頼主への連絡は俺がするか?」
「うーん、頼むよ。僕はちょっと寝ようかな」
「あぁ、そうしろ」
和やかに進む昼食の時間。
葉月は直斗と幹哉の様子を見ながら、黙々と食べ進めていた。
二人とも特にいつもと変わった様子はなく、しいて言うならば直斗が疲れているくらいだ。
いや、それだって見慣れた光景で、そうなると本当に何もない。
ただいつものように和やかな昼食の場が広がっている。
「……あのぉ」
葉月がおずおずと声をかけると、直斗も幹哉もすぐに会話をやめる。
そうして二人揃って葉月を見ると、すぐに会話に混ぜるのだった。
「どうしたの、水無瀬さん。疲れた?」
「今日はもう帰るか? あとは俺たちでやっておくから心配するな」
「いえ、そうではなく……」
「うん? 何か困ったことでもある?」
どこまでも親切な直斗たちに、葉月は何とも言えなくなる。
未だに店の戸には臨時休業の貼り紙がされたままで、もしかしたらこのまま本当に休業にするつもりなのだろうか。
自分がもたもたしてしまったせいで、この昼食の時間さえも遅い時間となっている。
店の営業を止めてしまって申し訳なく思っている葉月は、そのまま黙ってしまった。
しかしそれを察したのか、直斗たちは顔を見合わせるとふっと笑う。
「水無瀬さんさぁ、ほんとにどうしちゃったの? もっと誇らしげにしなよ」
「そうだぞ。本の虫を祓い、怪異を封じ直したんだ。もっと胸を張れ」
「え?」
自信なく肩を落としていた葉月は、直斗たちの言葉にきょとんとする。
まさか自分が褒められると思っていなかったのだ。
思ってもいない状況に、言葉が出ない。
「誰にだってできることじゃないんだからさ、君はもっと堂々としてればいいんだよ」
直斗の言葉に、胸が温かくなる。
迷惑をかけてばかりだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
葉月が幹哉に視線を向けると、直斗に同意してうんうんと頷いている。
自分が認められたということを噛み締めると、思わず頬が緩んだ。
「そもそも君は稀な子なんだから、そんなに心配しなくていいんだよ」
「稀な子?」
「類い稀なる才能があるってことだ」
「はぁ……」
そう言われても、葉月にはピンとこない。
しかし褒められていることだけは確かだと、目の前の昼食に集中することにした。
やがて食事が終わると、幹哉は片付けに行く。
葉月はそれを手伝おうとするが、直斗に呼び止められた。
「水無瀬さん、この状況をどう思う?」
直斗はそう言うと、物が散乱した店を見渡す。
葉月も同じように店を見渡すと、にこりと笑う。
「今すぐに片付けが必要ですね」
すると直斗も同じようににこりと笑って、葉月を見る。
「そうだね。という訳で、片付けようか」
分かっていたことだが、このままでは店は開けられない。
本当に臨時休業にしてしまわないように、直斗と共に急いで片付けを始めた。
前日のようにこれはあそこに、あれはここにと直斗からの指示が飛ぶ。
葉月はおろおろとしながらも、途中で加わった幹哉と一緒に大急ぎで店の片付けを済ませるのだった。
ようやく元の状態に戻った店に、全員が深くため息をつく。
そろそろおやつの時間だが、そうも言っていられない。
とりあえず表の臨時休業の貼り紙を回収して、暖簾を掛ける。
葉月が貼り紙をもって店に入ると、幹哉は奥へ引っ込んでいた。
直斗はレジカウンターに座っており、伸びをしている。
昼食時には休むと言っていたが、どうやらやめにしたらしい。
そうしてまほろばの月は、遅めの開店をしたのだった。
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