第159話小国の声 其の二
「我輩に何か御用ですかな、魔宰相殿?」
ザインに問うのは他でもない、悪魔王エルキュールであった。彼はザインに呼び出されて王城を訪れている。彼は新たなる美食を求めて大陸を放浪していたのだが、それを邪魔されたので些か以上に棘のある口調だった。ザインからすれば自分が仕事をしている間に遊び呆けているエルキュールに文句を言われる筋合いは無いのだが、喉から出そうな嫌味を堪えて彼は用件を切り出した。
「エルキュール公。貴方にやっていただきたい仕事があるのです。」
「仕事?我輩は盟友である魔王様に自由を認められておりますぞ?」
「存じておりますが、魔王様より説得する許可も得ております。信用出来ないのであれば、ご自分でお確かめになって下さい。」
エルキュールが言っている事は事実である。魔王セイツェルと同じく受肉した悪魔王であるエルキュールは、受肉時の肉体に性能の差こそあれど魔王の友人であり、同等の立場である事に変わりはない。故に自由に振る舞うことを許可していた。だからこそ、事前に魔王へ連絡をし、説得によって同意を得られたなら任せてもいいと許可を得たのである。
「ふぅむ。外堀は埋めてあるという訳ですな?」
「勿論、相応のメリットをご用意しております。」
「ほほぅ?聞きましょう。」
興味深そうなエルキュールを見て、ザインは彼が食い付いたことを確信する。とは言え、まだ交渉のテーブルについただけに過ぎない。ここからが本番なのだ。
「まず、公に頼みたい仕事とは旧王国の総督です。今でこそ魔王様の眷属達が業務をこなしておりますが、信の置ける人間の選別は目下進行中です。現状では公のお手を煩わせる事も多いでしょうが、直に最終確認の必要な事案にのみに目を通せば良くなるかと。」
「ふむふむ。戦後の混乱期である今が最も忙しいが、後は楽な仕事だけになる、と。しかし…」
ザインの言ったことは全て真実である。大陸西部の総督は紛れもなく大役であるが、最終的には肩書きと権限はあっても仕事自体は少なくするつもりだった。それに魔王の友であるエルキュールにしか任せられない、という事情もある。それが分かった上で、エルキュールは首を縦に振ろうとはしなかった。
「我輩にとって魅力的なメリットがイマイチありませんな。それでは総督などという大層な肩書きが無い今と大して変わりますまい?」
「ところで公。これは私が現在、計画している土木事業の計画書です。一度目を通して頂けますか?」
「何を突然…ほう!」
ザインが渡した資料を最初は流し読みしようとしたエルキュールだが、その内容は否が応でも彼の気を引くものだった。それは旧王国の主要都市と旧王都ダングルグを結ぶ直通道路の建設計画書である。シャルワズルの働きによって大陸西部沿海の安全は確保しているが、その事は機密扱いにして人間には教える予定は無い。魔族の目が届きにくい海上に人間が進出することを防ぎ、さらに彼らの移動手段を陸路に制限する事が目的だ。
「それと平行して、エルフ族とドワーフ族の運営する交易都市をグ・ヤー大森林とキフデス山脈付近に建設する計画もあります。無論、ダングルグへの直通道路も引きますよ。」
「つまり、ここを大陸西部の物流の中心にすると?」
「ええ。最終的にダングルグは大陸で産出されるあらゆる物資や人材が集まる場所にする予定なのですよ。」
「そこには当然、我輩が求める美味なる食材と未知なる食文化も集まるようになる。そうですな?」
先程までの不愉快さなど吹き飛んだのか、少年のように目を輝かせるエルキュールの推理にザインは無言で頷いた。この計画が完遂するまでに十年以上は掛かるだろうし、様々な問題が起こることは想像に難くない。言葉にする以上の困難が伴うだろう。しかしエルキュールは悪魔。十年など彼にとっては一瞬のことだろう。十年の面倒と引き替えに、己の求める美食の方から此方にやってくる状況を作り出せるとなれば答えは自ずと決まってくる。
「良いでしょう!旧王国のことは我輩に任せたまえ!」
「ええ。大船に乗った気分ですよ、エルキュール公。」
ザインは心にもないお世辞を返しながら肩の荷が一つ降りたことで一安心していた。立場上仕方のないこととはいえ、エルキュールに敬語を使うのは正直言って癪に障る。だがこれで彼がダングルグを離れても問題ない…はずだ。一抹の不安を抱えつつも、ザインはエルフ族の集落へ向かう準備を始めるのだった。
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