第158話小国の声 其の一

 王子の誕生と母娘の再会という二つの慶事があったからといって、ザインの仕事が減る訳ではない。現在、彼は旧王国の王城にて悪魔達、そして二人の妻と共に職務に励んでいた。


 「なになに…王都に続く街道の清掃だぁ?んなもんまで俺の許可がいるのか。」

 「口ではなく手と頭を動かして下さいね?」

 「あ、新しい書類が来てますよ?」

 「…。」


 ザインがこなさねばならない仕事は多岐にわたる。旧王国の統治に関する調整や各種族間の利害調整、戦闘に不向きな魔族への技術指導員募集やスパイから齎される情報の精査など、一人に任せるには多すぎる仕事を回されていた。


 「んがあああ!王国関連だけでも誰かに押し、いや任せられんのか?このままじゃ俺は過労死しそうだ。」

 「なら、能力のある暇な御方を探す他にないでしょう。」

 「えぇ~?アンリちゃん、そんな人いるわけないよ。」

 「いや、いたぞ。」


 ザインの頭には、天啓が舞い降りたかのように一人の人物、というより悪魔が思い当たった。立場を利用して散々好き勝手やっている悪魔王の存在を。


 「アンリ、魔王様に繋いでくれ。」

 「用件は?」

 「美食家気取りに仕事をさせたいって言えばいいさ。」

 「わかりました。」


 ザインはこの機にいつもフラフラといなくなるエルキュールに、仕事を押し付けつつ腰を落ち着けて貰うつもりなのだ。魔王は許可を出すだろうし、エルキュールを説得する材料もある。これで少しは余裕を持てるようになるだろう。

 そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされる。入室を許可すると、一体の悪魔が何らかの書状を手にやってきたようだ。そしてその書状に押された文様には見覚えがあった。


 「宰相閣下、エルフの里から急報が入りまして御座います。」

 「何があった?」

 「ご安心下さい。エルフ族に危害が加えられた訳ではありません。」

 「…ほっ。」


 安心の吐息を漏らしたのはルルである。故郷に異変が起こった訳ではないと知ったのだから、妥当な反応であろう。しかし、そうであれば余計に単に力押しではどうにもならない厄介事の臭いが漂って来る。そしてその勘は正鵠を射ていた。


 「グ・ヤー大森林の東端と繋がるトルキア藩王国が内密に魔王様、もしくはその名代との面会を要求してきたとのことです。」

 「ハァ…。楽は出来ねぇな。」


 ザインは机に突っ伏したいのをこらえてそう呟くのみであった。




 場所は変わって時も少々遡る。ルカンティア帝国の属国の一つ、トルキア藩王国は帝国からのあんまりな要求に絶望していた。しかし、帝国の支配に抗うことは出来ない事を彼らの歴史が証明している。

 トルキア藩王国は元々はトルキア王国という名の小人族の国だった。成人でも一メートルにも満たない彼らは農業が得意であり、またグ・ヤー大森林のすぐ側という立地から東側の国では比較的豊かな土壌を持っていた。豊かと言っても西側の住人からみれば痩せた土地なのだが、それでも常に飢えとの戦いを強いられる大陸東部では魅力に溢れているのは事実である。

 昔から幾度と無く周辺諸国の侵略を受け、そのたびに国は疲弊し、領土を失い続けたトルキア王国は滅亡の危機に瀕していた。そんな折に手を差し伸べたのが今の帝国の前身、ルカンティア公国だった。精強な軍隊を持つ彼らだが、大陸東部諸国の類に洩れず食糧問題を抱えていた。故にトルキア王国は食糧面で、そしてルカンティア公国は戦力面で相互に協力する同盟関係が成立したのである。

 しかしながら、ここで当時のトルキア王国はミスを犯した。ルカンティア公国の強さに頼りすぎて、自国の軍隊の強化を怠ったのである。考えて欲しい。大陸東部という餓狼の巣窟で、たった一頭だけ腹の膨れた者が生まれたのだ。しかもその飢えはそのままに、である。気付いた時には既に遅く、ルカンティア公国は一気に東部諸国を併呑して帝国を名乗るようになり、大陸東部の統一を声高に喧伝し始めた。戦では絶対に勝てないトルキア王国が生き残るために取り得る道は、帝国に頭を垂れることただ一つしか残されていなかった。

 それからは帝国の自治権が認められた属国、藩王国の一国としてトルキアは存続を許された。しかし帝国の課す税は重く、自分達が作った作物のほとんどを徴収される日々。それに加えて遂に帝国が大陸西部への侵攻を決定したことで、税はさらに重く、国民の食糧事情は悪化の一途を辿っていた。


 「王弟殿下、本当によろしかったのでしょうか。その…」

 「もう不安なのか?」


 そんな藩王国の王宮、その一室にて二人の小人が密談を交わしていた。それはトルキア藩王国王弟ボッフォ・トルキアとデュオラ・トルキアス公爵であった。彼らは帝国の搾取と次なる戦争の目的を読み解き、帝国の要求を飲む訳にはいかないと結論付けていた。そして独断でエルフ族に使者を送ったのである。


 「安心しろ。何のために阿呆のフリを続けたと思っている。まさにこういう事態に備えてだろうが。」

 「仰る通りです。しかし、あの排他的なエルフ族が我らの声を正しく届けてくれるかどうか…」

 「確かに、我らの策は荒れ地に蒔いた種の如し。運が良ければ芽吹き、そうでなければ腐るのみよ。後は天のみぞ知る、だ。泰然と待てばよい。」


 彼らの用意した書状は正しく魔宰相ザインの元に届く事になる。彼らの蒔いた種は、確かに祖国と同胞を守ることに繋がるのだった。

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