第160話小国の声 其の三

 ザインとルルははブケファラスの、そしてアンネリーゼはアメシスの背に乗ってエルフ族の里にたどり着いた。以前に貰った護符の力で結界を素通りして集落の入り口に降りたった三人と二頭を出迎えたのは、『四天剣』と呼ばれてザインと闘技場で切磋琢磨していたアル・デト・ヤーと彼が率いる若いエルフ達であった。


 「久しぶりだな、アル。」

 「会えて嬉しいぞ。我が友、ザインよ。」


 ブケファラスからひらりと降りたったザインと前に出たアルは固い握手を交わす。同じ釜の飯を食った仲である二人の間に余計な言葉は必要無いのである。

 強い絆を持つ男二人の間に割ってはいるのは難しい。しかし両者と親しい者ならばそうでもない。ザインの隣に立ったルルはその例外の一人だ。


 「アル兄さん!久しぶり!」

 「ルルも元気そうで何よりだ。良人との仲は良いようで安心したよ。」


 今更ながら、名前からも解るようにアルとルルは親戚筋に当たる同じ氏族の者だ。エルフ族は閉じた社会で暮らすので、氏族という纏まりはあっても全員が親戚と言っても過言ではない。二人は従兄弟という比較的に近い親戚にあたる。ルルは氏族の本家の直系で、アルは分家なので立場はルルの方が上なのだが、二人は本物の兄妹のような関係だったらしい。ザインが結婚する直前にそれを聞かされて、彼女を不幸にしたら殺しにいくと釘を刺されたのは男同士の秘密である。


 「どうだ?故郷に帰れた感想は?」

 「最高だ、と言いたいがあの喧騒に慣れてしまったようだ。たまにあの連中と酒でも酌み交わしたくなる。」

 「ははっ。落ち着いたらそれもいいだろう。それよりも、仕事の話をしよう。」


 先程までの穏やかな空気はどこへやら、二人は既に仕事モードに切り替わっている。今まではただのザインとアルだったが、今は魔宰相と戦士頭として会話せねばならない。


 「それもそうだが…」

 「心配するな二人とも秘書みたいなものだ。恥ずかしながら俺個人の部下ってのがいないんだ。本当なら故郷でゆっくりして欲しいんだがな。」


 アルはアンネリーゼとルルが仕事の話に加わってもいいのか心配していたようだが、ザインの言で納得したらしい。それにザインの疲れた声から彼の苦労を察したようで同情の眼差しすら向けていた。


 「そうか、ならいい。トルキア藩王国の使者は結界の外に設営した仮設の小屋で待っている。調べさせたが尾行は無い。」

 「そうか…。エルフ族から立会人は出してくれるのか?」

 「ああ。ヤー族の氏族長が立ち会う。実は既に山小屋で使者殿の相手をしているのだ。」

 「それは申し訳ないな。急ごうとにかく、話だけでも聞かないとな。案内してくれ。」

 「わかった。こっちだ。」




 アルがザイン達を連れてきたのは、エルフ族の集落から随分東に進んだ場所にある一軒の山小屋だった。仮設ということもあって非常に粗末な、ただ丸太を組んだだけの見窄らしい小屋である。しかしながらある意味密談に向いた場所かもしれない、などとザインが余計なことを考えている間に、アルは小屋をノックして声を上げた。


 「魔宰相ルクス様がご到着されました。」

 「お通ししなさい。」


 アルが開けた扉からザインは室内に入る。そこにいたのは六名の男たち。エルフ族からはルルの祖父である氏族長とその護衛二名、そしてトルキア藩王国からは文官らしき丸眼鏡の小人とその護衛小人二名だった。


 (痩せているな。確かに、これならば他国に助けて貰いたくもなるだろうよ。)


 ザインがと思ったのは、偏に彼らが痩せ細っていたからである。立っている姿勢はしゃんとしていて、彼らが真面目に鍛錬を積み重ねてきたことが伝わってくる。だが、その身体は引き締まっているというよりも肉付きが悪いというべきだろう。トルキア藩王国の三人は三人共骨と皮ばかりで、どう見ても栄養失調である。こちらの同情を引く為かとも一瞬思ったが、一般的な魔族のイメージから考えて魔王とその配下相手に慈悲を期待するのは妙な話である。ならばこれは帝国の搾取によるもの、ということだろう。


 「お久しぶりですな、ルクス殿。」

 「ええ、氏族長。壮健そうで、何よりです。」

 「ほっほっほ。玄孫の顔を見るまでは死なぬと決めておりますのでな。」


 氏族長の遠回しな言い方に、ザインは苦笑し、ルルは頬を朱に染めた。アンネリーゼも無表情だったが、確実に鉄面皮の裏で笑っているに違いない。


 「ゴホン!世間話はこの辺に致しましょう。時間は貴重ですから。」

 「そうですな。では私からご紹介させて頂こう。ルクス殿、此方はトルキア藩王国のデュオラ・トルキアス公爵のご長男ツェバラ・トルキアス殿。ツェバラ殿、此方が魔王セイツェル様の片腕にして魔宰相であらせられるルクス殿です。」

 「紹介に預かった通り、私はルクスと申します。」

 「ツェバラ・トルキアスです。この度は我らの唐突にして不躾な呼び出しに応じて頂き、感謝の言葉もありません。」


 そう言って即座に頭を下げようとするのを、ザインは手で制した。


 「その言葉はまだ尚早です。我々はまだ藩王国の要求を飲むとは申しておりませんので。」

 「…そう、ですね。では単刀直入にお願い申し上げます。我が祖国を魔王様の傘下に加えて頂きたいのです。」


 帝国への反逆の意志を、ツェバラはハッキリとザインに伝える。山小屋での会談は、その貧相な見た目とは裏腹に小人族の将来を左右する重大な場と化していた。

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