第150話魔王の息子 其の一
年が明けた春の早朝、ザインはいつものように早朝に起床する。彼の両隣では、彼の二人の妻が可愛らしい寝息を立てて眠っていた。二人の一糸纏わぬ姿は昨晩あれだけ盛り上がったにもかかわらず思わず生唾を飲み込んでしまう。
今の彼らの住まいは旧ダーヴィフェルト王国の王城ダングスムルクの一室である。王族が使っていた高級品に囲まれている、数ヶ月前までは考えられなかった贅沢な暮らし。しかし、ザインはそれに堕落してはならないと自らを戒めている。宰相としての仕事は多く、魔族として上に立つには強者でありつづける必要があるからだ。早朝に欠かさず行う訓練もその一環である。
「ファルゼル、ブケファラス。時間だ。行くぞ。」
「御意。」
「ワフン!」
現在の王都でザインの相手が務まるのは、ファルゼルとブケファラスのコンビだけだ。魔将達は全員別の場所におり、『四天剣』の四人の内三人はとっくに故郷へ帰った。残る一人である人間のジョナサンだが、彼をリーダーとする人間の剣闘士達は難民に紛れて帝国に侵入している。所謂、間者という奴だ。
間者の訓練などしていないので、プロに比べれば情報収集の効率は悪いし機密書類などは手に入らないだろう。しかし流石の帝国も、まさか魔族が既に人間を間者として動かしているなど考えていないハズだ。現に属国を酷使しての西進の準備を隠そうともしておらず、潜入したての間者達が幾つもの有益な情報を送ってくれている。しかし、これ事態がブラフの可能性もあるのでアンネリーゼや悪魔達と情報を分析することは怠ってはいない。。
「よし…来い!」
「参リマス!」
「ガルルアアア!」
頭脳労働に明け暮れる毎日だが、朝のこの時間だけは全てを忘れて身体を動かしていられる。最近は二人の連携も上手くなり、各々の地力も上がってきて中々手強い。充実した訓練になるのだ。
二時間ほどしっかり身体を動かしてから訓練はつつがなく終了した。そのころになるとアンネリーゼもルルも起き出しているので、三人で朝食をとるのが日課である。談笑しながら楽しく食べていると、食堂の扉をノックしてから一人の悪魔がやってきた。
「ザイン様、奥方様方。至急、魔王城へ来られたしとの魔王様のご命令です。」
「魔王様が?俺はともかく二人も?何があった?」
「申し訳ありません。至急、という事しか伺っておりませんので。」
悪魔は上位者に対して嘘は言えないし言わない。つまりは本当に知らないのだろう。魔王は退屈しのぎの材料をいつも探しているので、その相手をするために呼び出されることはしばしばある。今回もその一環だろうから、仕事を放り出して行くのは正直億劫だ。かと言って臣下が正当な理由無く主君の呼び出しを無視する訳にはいかないので、ザインは不本意ながら了承せざるを得なかった。
「わかった。すぐに出る。二人も早く支度しなさい。」
「かしこまりました。いきましょうか、ルル。」
「あ、うん!」
二人は連れだって衣装部屋に行く。恐らくは二人であーでもないこーでもないと言いながら服を選びあうのだろう。至急、と言われたにもかかわらず最低でも一時間はかかるだろうな、と諦めつつザインはバルコニーに出た。
「よう。」
「あ!おはよう御座います、ザイン様!」
「ウオォン!」
そこで春の陽気を浴びていたのはブケファラスと人造竜アメシスだった。今では並んで日向ぼっこをするくらい仲のいい二頭は、戦争前よりも遙かに強く成長していた。
ブケファラスはさらに一回り身体が大きくなり、何と『オルトロス』という二つの頭を持つ魔獣を召喚出来るようになった。多数の配下を引き連れて草原を駆ける姿は圧巻に尽きる。地上での戦では単騎で一軍を引っかき回せるだろう。魔宰相の騎獣として相応しい能力と貫禄を備えた頼れる相棒だ。
対するアメシスはヘドロの塊のような姿から一変して、一端の竜に変貌していた。全身は名前の由来通り透き通った紫水晶のような鱗に包まれ、ザインとの訓練で強力な息吹を吐けるまでに成長している。彼女の息吹は黒い粒子の混ざった熱風を吐き出すもので、熱風の温度もさることながら謎の黒い粒子は触れたモノを腐らせ、疫病を蔓延させる効果がある。物理的な威力ではザインには遥かに劣るものの、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出すに十分な力を持っていのだ。彼女はアンネリーゼとルルの護衛兼騎獣に任命してあり、その職責を果たすに十分な能力を有するのだ。
「ああ、お早う。突然だが、魔王様に呼び出された。ブケファラスは俺、アメシスは二人を頼む。」
「はい!わかりました!」
「ウォーン!」
二頭とも主人を乗せることが大好きなので大喜びしている。ちなみに、ブケファラス同様アメシスもルルの能力によって彼女にはすぐに懐いた。初めは怯えられたザインは複雑な気分であった。
それからしばらく待っていた所、思ったよりも早く二人の妻が庭に出て来た。どうやら動きやすい服に絞って選んだから早かったらしい。二人は同じデザインで色違いの乗馬服を着用している。アンネリーゼが赤、ルルが緑のワンポイントが良く似合っている。
「では、行くか。」
そう言ってザインは二人がアメシスの背に乗るのを手助けしてから自分もブケファラスに跨がった。そして一気に大空に舞い上がると、魔王城目指して一直線に飛んだ。
三人が魔王城にたどり着いたのは日没直前の事だった。普通に馬車などを使えば一週間はかかるので相当速いと言うべきだろう。魔王城の中庭に降りたった三人を出迎えたのは、他でもない魔王だった。
「ザ、ザインちゃん!待ってたよ!助けてくれ!」
「は?何をです?」
「か、か、かみさんが!俺のかみさんが!」
「神様?悪魔王でも神を信じて…」
「違ぁう!俺の妻!王妃!が産気づいちまって、どうすりゃいいか教えてくれぇ!」
何時になく取り乱してはいる魔王の衝撃発言に、三人は困惑することしか出来なかった。
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