第149話帝国の蠢動 其の二

 皇帝の出兵宣言を受けて、帝国は一気に慌ただしくなった。結局は皇太子の意見通り、属国から軍資金や糧食、兵士の徴発が始まった。こういう時に備えて調査していたので、帝国は属国が支払えるギリギリの額を要求する。しかしながら、払えるからと言って支払えば国庫は空になり、大量の餓死者が出るだろうことは明白だ。属国を治めるのが帝国から派遣された太守だった場合はともかく、帝国に膝を屈することで存続した藩王国が流石に抗議するのは当然の理だろう。

 それを想定していた帝国は一つの提案によって抗議を黙らせた。それは各属国の軍が二日間の各都市部における略奪の権利を与えること、である。

 それは帝国の大義名分である『魔族に脅かされる同胞』から奪う行為に他ならない。しかし、魔族に内心どうであれ従っている旧王国の民は『魔族の手先』、あるいは『魔族の協力者』と言われても否定出来ない。そもそも、のだ。ならば疑わしきを罰した事にすればよい。それが帝国からの提案である。

 そしてそれを属国の藩王はのんだ。旧王国は相当の財を貯め込んでいると聞く。ならば幾つかの都市から略奪すれば、帝国にむしり取られた分を補填して余る利益を得られると踏んだのである。その皮算用こそが帝国の狙いであるとも知らずに。




 帝国にある皇太子の住まう東宮殿、その廊下を歩く金髪碧眼の美男子がいる。彼は『白馬の勇者』マデウス・クルス。帝国が誇る二人の勇者の一人であり、皇太子フェンドの数少ない友人である。彼は愚かなる藩王達が出した結論を伝えるためにここに来ているのだった。

 マデウスは最初にフェンドの執務室に行ったのだが不在だったので、もう一つの心当たりである寝室に向かっている所だった。そしてその予想は正しかったようで、寝室に近づくにつれて部屋から漏れ出る嬌声が大きくなってくる。室内に居ることは解っているので、マデウスはノックすらせずに寝室の扉を開けた。


 「おい。藩王共は予想通りに動いたぞ。」

 「おう、そうか、よっ!っと!」

 「あっ…!はぁぁあん!」


 マデウスはフェンドが自室で何をしようと干渉する事はないし、これから先するつもりもない。しかし、キングサイズのベッドの上に十人以上の裸の女性を侍らせるのは流石にどうかと思う。しかもその内の一人はついこの間使用人として奉公を始めた侍女だ。手が早いにも程がある。


 「空気を入れ換えろ。臭いが籠もって仕方ない。」

 「細かいことを言うな!女と酒、それに血の臭いは幾ら嗅いでも飽きんものさ。」


 そんな事を嘯きながら、フェンドは全裸のまま二つのグラスに酒を注ぐ。不遜な皇太子が、と思うかもしれない。しかし彼は有能な部下と友と認めた相手、そして美しい女性にはとても優しいのだ。マデウスはそんなフェンドに絶対の忠誠を誓っている。しかし、服を着ないということは話が終わったらの続きを始めるということであり、困ったものだと苦笑いしていた。


 「ほら、飲めよ。ふん、あの阿呆共は上手く騙されたようだな。流石は父上と爺様だ。逆らう気概も無く、さりとて欲は人並み以上にある者を属国の王とする、か。時間はかかるが効果的だ。」

 「ああ、全くだ。俺は帝国に生まれた事に感謝しているよ。」

 「それは良かった。まあ当然か。此度の戦で国などに産まれても苦労しかない。」

 「略奪する時にはもう属国の兵士はいないから、な。」


 帝国はこの戦争に勝つつもりだ。しかし、それによって得られる利益を属国に分ける気はさらさらない。大陸の東西を結ぶ平原には魔族も大量に軍勢を配備するだろうし、たった数日で実質的に王国を滅ぼした相手を寄せ集めで倒せるとは思っていない。故に平原で戦う者達は陽動であり、魔族に生贄なのだ。


 「それで、準備は出来てるか?」

 「ああ。人魚族は協力的、ではないが従うつもりはあるようだ。」

 「ふふん。向こうもこっちが同じ策を用いるとは思うまい。」


 ならばどうやって勝つか。その策とは少数精鋭によって魔族の本拠地に奇襲攻撃を仕掛けることである。そのために帝国近海に住む人魚族を利用する。人魚族とは半人半魚の亜人で、帝国近海の諸島に住む種族だ。海魔族に次ぐ回遊速度を誇り、種族的に魔術に秀でている。今回はそんな人魚族に大いに働いてもらう予定なのだ。

 帝国に限らずイーフェルン大陸は周辺海域に大型の魔獣が多数生息していて海軍が意味を成さない。故にどの国も海というものを最初から作戦に利用出来ずにいる。しかし、フェンドは魔族が海上輸送によって王国南部に移動した事を見抜いており、彼らに海魔族の代わりを人魚族にやらせるつもりなのだ。既に交渉も終えており、今は彼らに牽引させる為の巨大船が造られている。


 「もちろん、俺も行くんだろ?」

 「当然だ。俺とお前達、それにセトとチキートだ。それ以外は足手纏いだから要らん。」

 「ってことはブロスは陽動組か。それよりもセトはともかくチキートも一緒なのか…。気が重いな。」


 二人の会話に出てきたのは、帝国の勇者と英雄の名である。『巨象の勇者』ブロス・テールバック、『魔導英雄』セト・アデ、そして『拷問英雄』チキート・ゴート・ユートである。この内ブロスだけは此方が本気だと思わせて魔族の猛者を引きずり出す囮として帝国軍と属国軍に同行する。また、属国の兵士が逃亡することに対する抑止力にもなるだろう。それ以外は目的を果たすためにフェンドに同行し、魔王領に侵入する。その目的はたった一つしかない。


 「ごちゃごちゃ言うな。俺たちは魔王を討つ。伝説に謡われる存在となるだろうよ。」


 つまり、魔王の暗殺である。人魚族によって魔王領に直接乗り込んで、魔族の頭目である魔王を殺す。王を失った魔族は混乱し、後釜を巡って争う事になるだろう。それは帝国の攻勢に繋がる隙を生み出すのだ。


 「さて、乾杯しよう。帝国のさらなる発展と大陸征服の覇業に!」

 「帝国に!」


 英雄と勇者は酒精の高い高級酒を一気に嚥下する。彼らの目には帝国の明るい未来が見えていた。

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