第151話魔王の息子 其の二

 魔王に子供が産まれる。それ自体は目出度いことだ。魔王とは魔族で最も強い者を指す尊称なので世襲出来るとは限らないが、未来の魔王候補であることは明白。将来を見据えて英才教育を施すべきだろう。その教師役やお目付役の選別などはザインの仕事の範疇だ。しかし、はっきり言って今ザインを呼ぶことに意味はない。


 「助けてって…俺は助産師じゃ無いんですよ?他の魔将に聞けば…」

 「あいつら卵生ばっかりなの!」

 「巨人族なら…」

 「デカすぎるわ!」

 「じゃあ配下の悪魔に…」

 「悪魔は精神生命体だからお産なんて誰も経験ないの!黒いのは皆俺が眷属だし!後生だ!助けてよザインちゃぁん!」


 普段はニヤニヤして捉えどころの無い魔王が取り乱しているのは見ていて面白い。それに悪魔がどうして序列に忠実で上位者に逆らわないのかの理由まで知ることになった。

 しかし猫撫で声ですがりついて来るのが野郎で、しかも自分の主人であるのは鬱陶しいを超えて気色悪い。故に思わず素の口調が出てしまうのも致し方ないだろう。


 「ええい、離れろ!二人はお産に立ち会った経験は?」

 「ありますわ。」

 「あの、私も、二度ほどあります。一応、手順も覚えてます。」


 意外にも、と言うと怒られるかもしれないが二人とも経験があるという。ザインはアンネリーゼの記憶を漁ったところ、彼女が幼い時分に住んでいた村でお産を手伝ったようだ。ルルはと言えば、集落の女は必ずお産の知識と赤ん坊を取り上げる経験が一度はあるのだとか。


 「ほ、本当か!?頼む!」


 魔王セイツェルは土下座せんばかりの勢いで二人に頭を下げる。常に余裕を見せてきた魔王の殊勝な態度にザインは調子が狂ってしまう。とりあえず二人を使用人の悪魔に命じて王妃が居るという離宮に連れていかせたザインは、その場をグルグル回る魔王を落ち着かせる事にした。


 「魔王様、王妃様のことは二人に任せましょう。それに魔王様は父親になられるのです。母子を安心させる為にも、どっしりと構えねば。」

 「わかってんだけどさ、落ち着かねぇモンは落ち着かねぇよ!まさか受肉した悪魔は孕むなんて知らなかったしよ…。」

 「ほう?そうなのですか?」


 魔王が知らなかった、という発言にザインは興味をそそられる。悪魔とは地獄という違う次元に住む精神生命体だ。彼らには寿命が無く、故に古くから君臨する悪魔は膨大な知識を持っている。セイツェルやエルキュールのような悪魔王となれば過去に起こったあらゆる事象を知悉しているはず。そんな彼らも知らないということは、世界で初めて起こった事という訳だ。


 「そうだよ。悪魔が受肉する事自体稀だし、俺たちみたいに一緒になることなんて滅多に無ぇ。悪魔は上下関係がはっきりしてるしな…。」

 「つまり、魔王様と王妃様は二人とも悪魔王だったから夫婦になれたという訳ですか。」


 しかしザインの推理をセイツェルはチッチッチッと指を振って否定する。魔王は普段の調子を取り戻してきたようだ。ザインが安心して胸を撫で下ろしているとは露知らず、セイツェルは饒舌に語り始めた。


 「そりゃあ違うぜ。アイツは地獄で俺に負けた下僕だ。元々は俺の身の回りの世話をさせるために喚んだのさ。んで、俺を召喚して見せた人間に敬意を表してその死体に受肉させたんだけどよ、そこで面白い事が起こった。」

 「面白い事?」

 「ああ。そもそも術師の女は俺を呼び出すのに魔力を使い切っておっ死んだんだよね。んで、死体になったばっかりだったせいで魂が残ってたみたいでな、中に入った奴と主導権争いを始めたのさ。」

 「まさか…?」

 「わかっちゃった?結果的にさ、その女が悪魔を乗っ取りやがったのさ。信じられるか?俺に負けたっつっても悪魔王なんだぜ?ただの人間がその魂を喰らって第二の生を得たんだな。俺はそのガッツに一目惚れしてよ、猛アタックしたって訳よ。すっげぇ美人だしな。」


 惚気話を自慢げに語る魔王に苦笑しつつ、ザインは人間の中にも悪魔王に打ち勝つ強靱な精神の持ち主が居ることを再確認した。自分が人間だった事もあるが、その多様性と特異な能力を有する個体の存在こそが彼らの恐ろしい所である。人間の脅威について考えが飛躍していたザインだったが、魔王との話に戻った。


 「俺の妻達も負けてませんよ。」

 「お?嫁自慢なら負けねぇぜ?そう言やあザインちゃんの片方の嫁さん、赤毛だったね。俺の嫁さんもそうなんだよ。奇遇だねぇ~。」

 「凄い偶然で…」

 「ご歓談中の所、失礼します!」


 何時までも立ち話をしていた二人の前に現れたのは、執事である名も無き悪魔である。いつになく慌てた様子で彼は言った。


 「お喜び下さい!王妃様は無事、ご出産なさいました!母子共に健康そのもので御座います!」

 「そ、そうか!こうしちゃいられねぇ!行くぞ、ザインちゃん!」

 「え?俺もですか?」


 走り出したセイツェルを、ザインは反射的に追いかける。執事のように魔術で移動する、という考えはセイツェルの頭の中には無かった。

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