第二章 大陸統一編

第147話閑話 魔宰相の仕事と女性事情

 ダーヴィフェルト王国滅亡の数ヶ月後、魔王の名を大陸中に轟かせた立役者にして魔宰相でもあるザインは書類の山と格闘していた。慣れないながらもアンネリーゼのお陰で知識だけはあるので、何をどうすればいいのかは理解できる。だが、だからといってそれが苦痛である事に変わりはなかった。


 「あぁ~、肩が凝る…。」

 「お疲れですね。どうぞ。」

 「おお。ありがとう。」


 ザインに茶を出したのはアンネリーゼである。真人という魔族に限りなく近い人間の上位存在になった彼女は、本人の希望でザインと共に生活していた。いわゆる内縁の妻状態である。まあ半年前からずっと一緒に居たようなものであったし、生い立ちも似ていて性格の相性も悪くない。そういう関係になるのは時間の問題だったのだ。今ではザインの補佐役として、彼を支えてくれている。


 「上手く行きそうですか?」

 「半々、だな。旧王国貴族の残党は粗方片付いたが…」

 「魔族に従うのは嫌、と。頭が悪い、と言うよりも保守的過ぎるのですね。」


 二人が話しているのは今後の国家運営についてだ。現状における最大の懸案は、吸収した王国の人間に反抗的な者が想定以上に多いことだ。もちろん魔族を恐れて早々に頭を垂れた者が大多数なのだが、魔族を信用出来ないという連中が少なからずいるのも事実だ。

 本来ならば暴力と恐怖で支配してもよかったのだが、強欲な魔王は人間が自分から王を讃える国を求めている。その途方もない我が儘を叶えるためにザインは苦労しているのだ。


 「此方が約定を守り、元の王国よりも良い生活が出来る、最低でも出来ていると思わせる必要がある。それには時間が掛かるだろう。」

 「ええ。偏見の無い、或いは支配されている状況をと思える世代ばかりになるまで…最低で三十年でしょうか。」

 「まあ、そうだろうな。」


 政務を預かるザインの部下は、魔王の眷属の悪魔達だ。彼らは非常に有能かつ忠実なので政務の公平性については問題ない。しかし、何事にも限度がある。ザインと彼らだけで小さな村を含めた全てに気を配ることは流石に無理だ。魔族の教養の無さと、文官の人数不足がここに来て響いているのだ。

 となれば即戦力を雇いたいのだが、不正と腐敗の温床であった王国の役人をヘッドハンティングするのは憚られる。悪魔を騙せる訳がないが、自分なら大丈夫だと考える阿呆は何処にでもいるのだ。故に膨大な元王国の役人で誠実な者の精査を行っている最中なのである。それと同時に選挙の準備まで行わねばならないので、文官は死ぬほど忙しいのだ。


 「亜人はどうなのです?」

 「ドワーフと獣人はこちらの条件を快く受けてくれた。唯一の問題はエルフだ。」


 ザインが思い描く魔族による支配とは、魔王と頂点とする多種族多国家の連合統治である。互いに互いが居なければ世界がうまく回らない、相互依存を強いる体制だ。

 具体的に言えばドワーフは流通する硬貨の鋳造と武具の鍛造を、獣人が都市の治安を、エルフが貴重な植物の栽培と収穫を独占するという形式だ。ドワーフが居なければ経済は衰退し、獣人が居なければ国内は混沌とし、エルフが居なければ疫病が蔓延する。その調停役であり外敵の排除を行うのが魔族、という計画である。

 人間の国家ならば有り得ない。互いが互いの急所を晒し会うが如き所行を認められないからだ。しかし、彼らは人間とは異なる長命な亜人種。各種族は同族を解放した魔族への恩を数百年に渡って忘れないだろう。彼らの信頼を裏切らない統治を心掛ければ、魔王の望む『あらゆる種族』が彼を崇拝することになるのだ。


 「前に言っていた輿入れの話しですね。」


 だが、エルフが条件を受けるにあたって一つの条件を出した。それがルルとザインの婚姻である。あのお姫様は本気でザインに惚れていたのである。ほんの少しの時間を共有しただけなのに、大した入れ込みようだ。


 「の恩もあって無碍にも出来ん。」


 コイツ、と言うのはザインの右手首にあるブレスレットだ。ルルが丹誠込めて作ったそれには非常に強力な治癒の力が宿っており、大小様々な傷跡は残ったものの、勇者に斬られて潰れた右目が元に戻ったのは間違いなく彼女のおかげだ。


 「お受けになればいいじゃありませんか。」


 ザインが首を縦に振らなかったのはアンネリーゼに遠慮していたからなのだが、彼女は驚くほどアッサリとルルとの結婚を認めた。意外と独占欲の強いアンネリーゼの思わぬ反応に、ザインは意外感を隠せなかった。


 「いいのか?てっきり俺はお前と一緒になると思っていたが。」


 成り行きで同棲し始めたザインだったが、今では彼女を深く愛している。だからこそそんな恋人に他の女とくっ付くことを勧められるとは思っておらず、またアッサリしている事で些か以上に傷付いていた。


 「もちろん、二人とも妻にしてくださいよ?そのくらいの甲斐性はあると思っていますけど。」

 「え?」

 「貴方は魔王セイツェル様率いる魔族の宰相、つまり国の重鎮なのです。妻が複数いてもおかしくありませんでしょう?」


 ザインは鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面を晒していた。そんな彼にアンネリーゼは呆れている事を全面に押し出して続けた。


 「現に魔将であるケグンダート様やウンガシュ様には複数の奥方がおられます。」

 「本当か!?初耳だぞ!」

 「それに、使い魔を通じてルルと話はついています。」

 「はぁ!?」


 何ということだろう。当の女性二人が同意の上ならば、一人で悩んでいた自分が馬鹿みたいではないか。端から見れば馬鹿そのものなのだが、それには触れずにアンネリーゼはしなだれかかる。そしてザインの耳元で扇情的に囁いた。


 「妻が二人でも、末永く愛して下さいましね?」

 「…わかった。」




 それからしばらくして、魔王立ち会いのもとでザインと二人の姫の結婚式が執り行われた。二人が『魔宰相の紅翠玉』と呼ばれるのはもう少し先のことであったとか。

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