第145話人竜の復讐 其の五

 「なんなんだ!?こいつら!」

 「何て腕前ゲァッ!」


 王城入口に陣取った剣闘士達は、暴れに暴れていた。貴族の寄せ集め軍隊など彼らの敵ではないのだ。しかし、流石にそろそろ疲労のピークに達する頃合いである。

 そんなタイミングで捕らえられていた近衛騎士が城内から飛び出した。誰かがこっそりと王城内に侵入したのだろうか。背後から突然現れた敵の増援に、仮面の賊は逃げるように城壁沿いに走りだした。


 「おお!賊が逃げるぞ!追え!」

 「近衛騎士も加わるんだ!ようやく流れが向いてきたぞ!」

 「首を取れ!功を上げろ!」


 苦境に立たされていた貴族軍だったが、援軍と相手の逃亡で志気が回復した。そして功績を上げて少しでも報酬を多く貰おうと賊の追撃を開始する。本来ならば賊など無視して城内に突入すべきなのだが、彼らは賊の追撃を選んだ。それは先程まで追い詰められていた反動だ。相手に対する恐怖は、増援によって塗り潰されている。ここで確実に倒しておかねばならないという焦りがそうさせたのかもしれない。賊を討伐は時間の問題と誰もが思った。


 「ぎゃああ!」

 「うわああ!な、なんで近っ!?」


 しかし、ザインの策は非常に悪辣なものだった。実は、これまで戦っていた仮面の賊の大半はアンネリーゼが洗脳した近衛騎士である。近衛騎士が賊の服と仮面を着けていただけなのだ。これまで連合軍に殺されたのは全て近衛騎士達であり、近衛騎士の鎧を着ている増援の正体は剣闘士。つまり、増援は増援でも賊にとっての増援だったのだ。

 近衛騎士に化けていた剣闘士達は、貴族連合軍の後背から賊を追いかけていた。それによって狭い通路で貴族連合軍を挟撃する形になる。

 突然の有り得ない裏切りとその真実に気付いた時には手遅れである。追い詰めていると思っていたのに、実は包囲されていた連合軍は混乱の極みにあった。志気はもう崩壊し、もう軍としての体を成していない。そこに更なるとどめの一撃が叩き込まれた。連合軍のど真ん中にファルゼルが落ちてきたのである。


 「我ハ非常ニ不愉快ダ。八ツ当タリニ付キ合ッテモラウゾ。」


 近衛騎士と同じ型で禍々しい色合いの鎧はその隙間から大量のどす黒い障気を立ち上らせながら呟いた。兜の隙間から見える赤い眼光に、連合軍は心の底から湧き上がる死の恐怖に絶望するしか無かった。




 空中に飛んだザインを追いかけるオットーだったが、実はかなり無理をしていた。ザインの魔術のせいでオットーが使える神通力は通常では有り得ない程に消耗しているからだ。

 神通力は剣に纏わせたり神獣を模した自律行動をとる力場を生み出したとしてもそれをもう一度回収出来る。消費するとなると敵に流し込む時くらいのものなのだが、それを失ってしまった。今、オットーはそんな残り少ない神通力を全身に纏っている。これが剥がされる程の魔力の籠もった攻撃を食らった時が彼の最期だろう。


 (だからこそ、一気に終わらせる!そして王国を守ってみせる!)


 剣を握る力を強めるオットーの目の前で、何を思ったかザインは右の剣と鞘を下に投げ捨てた。何かの策かとも思ったが、時間が一秒でも惜しい今、考える余裕はない。オットーは音速をも超える速度でザインの目が潰れた右側から突っ込む。そして彼にとって最高の斬撃を放った。神通力を纏う白竜の角剣は、あらゆる物体を斬り裂くはずだった。


 ガッッッッキィィィン!


 しかしオットーの確信めいた予想に反して、王都の空に響いたのは堅い物同士が衝突した不協和音であり、オットーの手に伝わったのは必殺の剣が何かに弾かれた感触だった。


 「馬鹿な!有り得ない!何だその武器は!?」


 制限時間が迫っているにもかかわらず、オットーはザインに向き合って思わず叫んだ。そして彼の右手に握られているモノを凝視する。それは白と黒の斑模様の棒を芯とする不定形の剣のような何かであった。


 「奥の手は最後まで取っておくモンだろ?」


 ザインが持つのは彼の鱗と甲殻の破片、そして血液を用いて造った生成武器である。ケグンダートの斧槍と同じ原理で作られたものであり、もしもの時を考えて彼から生成方法を学んだ成果だ。

 ただ、それだけでは神通力を受けきる事など出来はしない。そこでザインは得意の重力魔術で剣を極限まで圧縮し、濃密な魔力が宿る己の竜血を纏わせたのだ。すると圧縮された生体武器を芯として、あらゆる物体を吸い込む血刃を持つ恐るべき魔剣が誕生したのである。白竜の角剣が纏っていた神通力は魔剣の魔力と相殺され、切断出来なかったという訳だ。


 「化け物め…!しかし!」


 貴重な神通力をまたもや少し喪失したオットーは、先程のように一気に接近する。だが、考えなしではない。彼はザインの左側から攻撃を仕掛けたのである。


 「ちっ!」


 ザインはオットーの斬撃を紙一重で避ける。これでオットーは確信した。


 「左手の武器は魔具のようだが、そちらでは神通力を受けられないようだな!」

 「…そうだな。」


 ザインは悔しそうにオットーの言い分を認めた。右手に持つ魔剣はあくまでザインの肉体の一部を利用しているからこそ調整の難しい重力魔術を付与出来ている。しかし、左手の鎚ではそうはいかない。もし同じ事をすれば、鎚は単なる圧縮された鉄球に早変わりすることだろう。


 「ならば、やりようはある!」


 数合打ち合ったところで、オットーは勝てると確信していた。確かに『剣王』ザインの名は伊達ではなく、単純な剣術は相手の方が一枚も二枚も上手だ。しかし、神通力を消したり防いだり出来るのが右手の魔剣だけならば恐れる必要はない。それ以外では彼の纏う神通力の鎧は貫けないし、剣も防げないのだから。

 しかし、ここに来てオットーは二つの重大な勘違いをしていた。一つザインは対人戦闘における駆け引きが最も得意であったこと。そしてもう一つはザインの鉄鎚が変形出来ないと思い込んでいた事である。


 「ほらよ。」


 そう言ってザインはオットーの連撃をかわしながら、鉄鎚の先端を薄い布のように変形させてオットーを包み込んだ。金属の膜に捕らわれたオットーはそれを斬り払うが、その時、彼の目に映ったのは鎚の柄のみ。オットーが目を離した隙にザインは背後に回り込んだのだ。そしてオットーの背中の翼を根元から斬り落として、神通力を剣の魔力と相殺した。

 空を飛ぶ力を失って自由落下し始めたオットーだったが、このまま墜落しても神通力によって護られて死ぬことは無い。だが、ザインは先程からずっといた竜族の証たる力を解放した。


 「終わりだ。ガアアアアアアア!」

 「あ、ああああああああ!!」


 ザインはその口を限界まで開けて息吹を放つ。溜めに時間がかかる代わりにあらゆる竜族よりも強力な白い光。それは天から墜ちながらも仇敵たるザインに手を伸ばし、憎悪の絶叫を上げるオットーを貫いた。右腕と白竜の角剣だけを残して、ダーヴィフェルト王国の発展を支えた『大鷲の勇者』オットー・ガイム・ヴェーバーはこの世から消滅した。





 ルクスから受け継いだ竜の力で、ザインはようやく十年に渡る因縁に決着をつけた。復讐を終えた彼の胸に去来するのは微々たる達成感と強い虚無感であったと言う。

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