第144話人竜の復讐 其の四

 ザインは十年間に渡る剣闘士生活で様々な痛みを経験した。猛獣に噛まれたこともあれば魔術に焼かれたこともある。ありとあらゆる痛みを感じてきた彼だが、勇者による神通力が与える痛みは未知のものだった。少しずつ傷口が広がり、吐き気を催す体内で虫が蠢くような気持ちの悪い感覚。これが魂魄そのものを傷付けられるということなのだろう。こんなおぞましいものが神聖な力だとは、ザインには到底思えなかった。


 「終わりだ!」

 「うぐっ!」


 オットーの剣をザインは床に転がって避けた。そして大げさとも思える距離をとって必死に呼吸を鎮め、全身の不快感が消える時間を稼ぎつつ、新たな一手を考える。


 「逃がすもの…っ!」

 「あぁ?」


 そんな時間を与えまいとオットーは追撃の構えを見せたが、突然膝を着いて息を荒げ出した。よく見ると彼の顔色は悪く、青を通り越して土気色だ。ザインは不振に思うと同時に疑問を抱いた。


 「そう言えば、何故アイツは初っ端から神通力を使わなかったんだ?」


 仲間が生きていた最初からコレを使っていれば、ここまでザインにしてやられるハズは無い。何せ一撃でこれだけ効くのだ。これを当てる為だけに動けば良かったのである。

 ザインは神通力を使うと激しく疲労するのだ、と解釈したがそれは正解ではない。それではルクスやケグンダートと戦った時の持久力が説明出来ないからだ。事の真相はザインの重力魔術にあった。

 神通力は魔力と同じく総量が決まっているが、魔術と違って体外に放出した一部を回収することが出来る。オットーが良く使う黄金の大鷲も、飛び回った後は彼の身体に戻っていく。故に大技を出してから力を回収すれば即座にもう一度使うことが出来るのだ。しかし、ザインが重力魔術によって回収するはずだった神通力を消し飛ばしたので、オットーは予定外の消耗を強いられたのである。


 「よぉ、互いに苦しい見てぇだな。勇者様。」

 「黙、れ!貴様は、私の手で、必ず葬る!」


 オットーは体力と神通力の消耗をザインに看破されたと察したのか、短期決戦に出るつもりのようだ。残り少ない黄金の神通力を一気に放出し、全身に纏う。するとオットーの背中から巨大な黄金の鷲の翼が生え、目は猛禽類のそれとなった。


 「カアアアアアアアアア!!」

 「まるで鳥系の獣人だな。」


 鳥類のような人間とは思えない雄叫びを上げる。それを見たザインは不敵に笑った。


 「空中戦か。いいぜ?付き合ってやろう。槍二番。」

 「御意。」


 ファルゼルはザインの命令通り、槍二番を象る。槍二番とはなまくらだが非常に重く、もはや打撃武器と化した使い手を選ぶ槍だ。そんな一振りをザインは重力魔術を使いながら上に投げる。内側から隕石がきたような衝撃が、王城の天井を破壊して大穴を開けた。


 「付いて来い!」


 ザインはそう言い放って飛翔する。彼に追随するようにオットーも大空に舞い上がった。ザインに勝るとも劣らない速度で飛ぶオットーを後目に、ザインはファルゼルの本体である鞘を持った。


 「ザイン様!?」

 「お前は下の騎士どもの掃討を手伝ってやれ。」

 「何ヲ仰ル!我ハアナタ様ノ剣!ココデオ役ニ立テネバ…!」

 「すまんな。だがハッキリ言おう。神通力を纏った剣を受け止める自信はあるか?」

 「ソ、ソレハ…!」


 ザインの唐突な戦線離脱命令に意見したファルゼルだったが、続くザインの言葉には口を噤む他無い。自分が主人の足手まといになる可能性を否定出来ないからだ。


 「~~ッ!己ガ力不足ヲコレ程マデニ口惜シク思ッタ事ハアリマセヌ。」

 「そう思うならもっと敵の武具を喰らって強くなれ。神通力『如き』と言える位にな。」

 「…御意!」


 ファルゼルの力強い返事を聞きながら、ザインはファルゼルを乱戦模様の王城入口付近に投げ込んだ。空中で斑色の近衛騎士の全身鎧と化して戦場に降り立ったのを見届けて、ザインはオットーに向き直った。

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